猫々サマータイムマシン 4

 虎太郎こたろうが大きな音を聞いて、それが博士の家からだと思ったのには理由がある。理由と言っても簡単なものだ。ただ単純にこう言うことは初めてでは無いというだけだ。


 博士は普段から自分の家で何やら発明品を作ったり実験をしたりしている。もちろんそれ故に職業として博士なのだが、その博士と言う呼称はあだ名でもあった。


 失敗をすることも多々あるようで今回のように光ったり、大きな音がしたり、小爆発を起こしたりと、そんなことは日常茶飯事だった。


 ご近所迷惑になって苦情が来るんじゃないか? と聞いたことがある。それに対して博士は、


「うふ、大丈夫よ、そこのところは上手くやっているから」


 と言っていた。実際、虎太郎の知る限り苦情は来ていないので本当に上手くやっているのだろう。


 虎太郎が博士の家に駆け付けると、さっきとは違いガレージが少し開いていた。中からは煙なのか埃なのか、何かそれらしきものがモウモウと吹き出している。


「博士ー!」


 虎太郎がガレージの隙間に声をかけると中から返事をするように声がした。


「やだっ! もう、何これ!? すっごい!」


 そんな文句と何かをガチャガチャと動かす音のあと、内側からガレージが開けられて、果たしてそこに博士が姿を現した。


 ガレージのシャッターを片手で持ち上げ、もう片方の手で煙を仰いでいる。長身でガタイも良い方なのでそれだけでも何となく迫力がある。フリルの施された丈の長い白衣とその中にはカラフルなワイシャツ。どちらも汚れ一つ無く異様に清潔感があった。


 自称天才発明家。


「あら、虎太郎じゃないー、ごきげんよう」


 そして自称女豹めひょうの中年。

 本名、猫宮博士ねこみやひろし。通称、博士はかせ


 博士は虎太郎に向かってスペシャルスマイルを向けた。


「博士! 今の音、それにこの煙、また何か作ったのか!?」


「あら、気になっちゃう感じ? でもまあちょうど良かったわ。たった今完成したところよ」


「え、え、何!? 何々!?」


「ふふふ、タ・イ・ム、マシンよ」


「タ、タイムマシン!?」


 虎太郎は智孝ともたか莉子りこからの告白に続いて本日二度目の衝撃を受けた。






 ガレージの中で虎太郎はタイムマシンについての講義を受けていた。


 博士はガレージを研究室として利用している。なのでガレージの中に車は無く、代わりに何やら複雑に入り組んだ機械や大掛かりな装置、実験に使用するであろう試験管やビーカーなどが所狭しと置かれていた。


 虎太郎はここに来るといつも理科準備室に入った時と同じような印象を受けていた。と言ってもこの研究室の方が物量やら仰々しさやらが圧倒的に上なのだけれど。

 ちなみに今日はさっきの大きな音の事故のせいか、いつもより散らかっていた。


「だからつまりね、気持ちの高ぶり、それと心拍数と回転数が一定数を超えると時を越えるって訳」


 虎太郎は椅子に座っていて、目の前では博士がホワイトボードいっぱいに数式や図を書き込んでいた。


「どうかしら? 凄いでしょ」


「う、うん。すごいっちゃすごい……」


 チンプンカンプンだった。


「虎太郎、あなたの自転車でも時を越えることが出来るわよ。そうなったらもう自転車じゃなくて時転車よ。時を転がす車よ!」


 ますます訳が分からなくなった。


 虎太郎が何とか発言する。


「え、えーと、つ、つまり、自転車をめっちゃ漕げばタイムスリップする……、てこと?」


「そう! そうよ! あなた賢いわね! あ、でも正確にはタイムリープね。過去の自分に戻れるの」


「へ、へー……」


 虎太郎はガレージのシャッターの方を振り向いた。そこには前籠が歪み、チェーンの外れたママチャリが横たわっていた。


「ちょっと手違いで飛び出しちゃって、やーね」


 さっきの衝突音のような大きな音は、まさしく自転車がシャッターに衝突した音だったのだ。


 虎太郎はさらにその自転車からもう少しガレージの中心の方に視線を移した。そこにあるものこそがタイムマシンだった。しかしその見た目は虎太郎がタイムマシンと聞いてパッと思い浮かべるようなものでは無かった。


 一言で言えば、自転車競技の室内練習用のローラー台。自転車用のルームランナー、自転車を上に載せて使うあれだ。例えこのマシンを目にしても、これがタイムマシンであると思うものはいないだろう。しかしこれこそが博士が発明したタイムマシンであった。

 けれどローラー台はそれ単体でタイムマシンと言う訳ではない。それを中心に様々な配線が伸びている。配線の先にある装置、計器類は、ローラー台と比べると確かにそれらしいものが設置されていた。


 それらの装置は虎太郎には良く分からないものだったが、一つだけ分かるもの、と言うか分かりやすいものがあった。


 時計だ。アナログ時計とデジタル時計が組合わさっているような装置があったのだ。その近くには入力装置のような物もあるので、恐らくあそこで行き先の時間を設定するのだろうと思えた。


 ベタにタイムマシンを連想させるそんな分かりやすい機械が、やっと虎太郎の気持ちを刺激した。


「あのさ、これを使えば、すっげー昔に行って、恐竜とか見れるってことか?」


 ワクワクして聞いた虎太郎。

 しかし博士は首を横に振った。


「いいえ、そこまでは無理よ。過去には戻れるけれど、一ヶ月が限界ね。それに、ついでに言うと未来にも行けないわ」


「え、何だよそれ大したことないじゃん」


「大したことないですって? 失礼ね」


「だって一ヶ月が限界ってそれじゃあせいぜい八月中に戻るってことだろ?」


「そうよ」


「八月中に戻ったってそんなのついこの間じゃん」


「そうよ、でも、八月よ」


 博士が何か含みを持たせるように言った。


「八月? 八月……、八月……!」


 虎太郎の表情が如実に変わっていった。

 太陽に向かって花開く向日葵の早送り映像でも見ているかのようだった。


「夏休みじゃん!」


「その通りよ! これを使えば夏休みに戻れるの!」


「マジかよ!」


「大マジよ!」


「え、え、でも、これ、俺、使ってもいいのか?」


「ええ、いいわ。実はさっき最終実験が終了したところだったの。夏の間虎太郎には冷たくしちゃったからそのお詫びに一番に使わせてあげるわ」


 あ、そっか、夏休み中博士はこのタイムマシンを作っていたから忙しかったんだ。

 虎太郎は納得した。


「安全性は私が保障するわよ」


「安全性……」


 倒れたままの自転車をチラリと見やった虎太郎。正直その点は博士に保証されても不安だ。


 それでも虎太郎の心はもう一直線に走り出していた。

 博士が駄目押しのように問いかける。


「どう? 夏休みに戻ってみない?」


「うん、戻る、夏休みに俺は戻る!」


 走り出した虎太郎の心の行き先はそう、終わってしまったはずの夏休みだ。

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