【短編集】鳥獣人物戯画
てつひろ
失恋狸
グループ:ムサシノ同盟(3)
たぬ子「武蔵野の月の光も萩の野も時の流れは変えてしまった」
ぽん美「お、なんだなんだこんな真夜中に」
なな代「どうかされましたか?」
たぬ子「どう言う意味だと思う?」
ぽん美「意味? 意味ってこれの? これ短歌だよね?」
たぬ子「うん」
なな代「そうですね、そのままの意味ではないでしょうか?」
ぽん美「えーと、武蔵野の風景も変わったってこと?」
なな代「月の光や萩の野と言えば武蔵野の雑木林以前のイメージです。それが変わったと言うことではないでしょうか」
たぬ子「ムカツク」
ぽん美「んん!?」
なな代「すみません、何かお気に触ることを言ってしまいましたか?」
たぬ子「アイツと同じこと言ってたから」
ぽん美「アイツ……」
なな代「ただならぬ予感がします」
たぬ子「ごめん。今少し酔ってる。愚痴に付き合って貰ってもいいかな?」
ぽん美「まあ、暇だし、いいよ。付き合ってやろうじゃないの」
なな代「乗り掛かった舟です。お付き合いします」
たぬ子「ありがとう。これアイツが婚約者から貰った歌」
ぽん美「あー、アイツって幼馴染の。しかし婚約者の方も古風なことするね。さすが山の手のお嬢様だ。確かそうだったよね」
たぬ子「そう」
なな代「狸界隈そういう方結構いますよ。ですが婚約者さんからとなると別の意味が生まれてきそうですね」
たぬ子「そうなの」
ぽん美「なるほど確かに。どんなシチュエーションだったのだろうか? この歌がやり取りされたのは」
たぬ子「アイツ曰く小金井らへんでデートした帰り際」
ぽん美「わかった。お嬢様はデートで何か不満があってそれを伝えたかった。例えばもっと別の場所に行きたかったとか」
なな代「うーん、そうでしょうか? デートに対する不満ならその場で直接言うような気がします。ましてや相手は婚約者ですよ」
ぽん美「確かにそれもそうか」
たぬ子「私はこの話聞いた時すぐわかった」
ぽん美「そうなの?」
なな代「どう言う意味だったのでしょうか?」
たぬ子「不満じゃなくて不安。あーあ、もう、あーーー」
ぽん美「落ち着け」
なな代「話聞きますよ」
たぬ子「雪見てたら思い出してどうしようもなくなって二人に連絡した」
ぽん美「うむ」
なな代「なるほどです」
たぬ子「そっちも降ってる?」
ぽん美「降ってるよ」
なな代「降ってます」
たぬ子「そか」
たぬ子「去年の秋の話。久しぶりに会ったんだアイツに。急に呼び出されて」
ぽん美「会ってなかったんだ」
たぬ子「うん。メールで連絡してたくらい」
なな代「彼の婚約の話はもう少し前からでしたよね」
たぬ子「うん。だから正直に言うと面白半分でちょっと期待してた。もしかしたら破局して私に泣きついてきたのかもって。仕方ないからなぐさめてやるかって。でも違ってた」
なな代「あの短歌のことを相談されたんですね」
たぬ子「そう」
ぽん美「それで私らと同じこと言ってたのか」
たぬ子「うん」
なな代「どちらでお会いになったんですか?」
たぬ子「昔良くアイツと遊んでた地元の公園」
なな代「所沢ですね」
たぬ子「あの日は風が強くて雲がすごく早く流れてた。月が明るかったから良く見えた。待ってるとき私胸が騒いでた。そう言う日ってあるよね? アイツがきて久しぶりって挨拶して、ちょっとぎこちなくて、お互いに次の言葉を探してる感じになって、そうしたらにわか雨が降ってきて、私たち公園の東屋まで走った。心臓が高鳴って息が切れて、でもなんだか楽しくなって笑って、それだけで昔に戻ったみたいだった。お土産とか言ってアイツが梨を二つ持ってきてたんだけど両方とも美味しくなくて二人とも一口で食べるの止めて、顔を見合わせてまた笑った。しばらく昔の話をしてたら雨が上がって、アイツが歩こうって、それで公園の雑木林の中を歩いてたら相談された」
ぽん美「なるほど」
なな代「続けて下さい」
たぬ子「デートの話と短歌聞かされて、それに二人と同じことも言ってた。ううんもっと酷かった。アイツ馬鹿だから。武蔵野が嫌いなのかなとか、時代の流れの中で景色が変わるのはしょうがないじゃんとか。その時私まだ内心ちょっと楽しんでた、予想に近い話だったから。それで聞いちゃったんだ冗談交じりで、婚約破棄でもする? って。そしたらアイツ怒ってさ、そんなことする訳ないって、自分たちはお互いに本当に大切に想い合ってるんだって。私に言うの。思わず謝っちゃったしアイツもすぐに謝ってきたけどね。結局アイツは私にこの歌の意味と、どんな返歌をすればいいかを聞きにきただけだった、お嬢様のために」
ぽん美「駄目な奴だな自分で考えろ」
たぬ子「あはは、まあね。でも変に一途でさ、アイツ昔から。変わってないなって。私も、相談できる相手はお前しかいないとか言われて悪い気はしなかったし力になりたいとか思っちゃったんだよね。それに私に相談してきたのは正解。だって私お嬢様の気持ちすぐにわかったから」
なな代「歌の意味ですね」
たぬ子「不安だよ。武蔵野の美しい景色だって変えられてしまう、だったら二人の関係も、相手の気持ちも時の流れは変えてしまうんじゃないかって」
ぽん美「そっか、そう言う歌か」
たぬ子「でもさ、姿形は変わっても武蔵野は人間や私たちの生活を守ってきてくれてるでしょ。きっとそんな風に変わらないものもあるんじゃないかな? って。そしたらアイツ納得したみたいで、すんごい笑顔でそうかありがとうって、思わず笑っちゃったよ私も。しかもそのあとアイツ落ち着かなくなって、私アイツのこと良くわかるからさ、早く帰って返歌作ったらって言ったんだよね」
ぽん美「勝手な奴だなまったく」
たぬ子「だけど正直帰ってくれて良かった。ちょっと辛かったから」
なな代「そうですね」
たぬ子「アイツが帰ったあと一人で雑木林の中を歩いたんだけどすごく綺麗でさ。濡れた落ち葉も、雨みたいに落ちてくる葉っぱも、木の間から見える流れる雲も、遠い月の光も。雑木林を抜けると狭い道路があってすぐに住宅地になってるんだけど、私、縁石に座ってしばらく月を見てた。道路に張り出した木と並んだ家の屋根。どっちも雨のせいかな、光って見えて、綺麗だった。少ししたら雑木林の中から音が良く聞こえてきて、ザワザワって音と、パタパタパタッて葉っぱが落ちる音。なんだかそれが遊んでる足音みたいに聞こえて。私、振り返れなかった。昔の自分たちがそこにいる気がしたから。赤も、黄色も、緑も、ねえ、なんでかな? どうして思い出ってもう戻れないってわかるとあんなに色鮮やかになるのかな」
たぬ子「あはは」
たぬ子「なんだか感傷的で笑っちゃうね」
ぽん美「そんなことない気持ちわかるよ」
なな代「わかります、私も」
たぬ子「それでさ」
たぬ子「なんか悔しいからあとでアイツに聞いたんだよメールで。協力したからなんて返歌したか教えろって」
ぽん美「ほう」
なな代「それでなんと?」
たぬ子「武蔵野が人の暮らしを抱くように変わらず君を受け止めるからぜったいに」
ぽん美「おお!?」
なな代「ぜったいにですか」
たぬ子「そう! そうなの! 何がぜったいに、だ。ああ!? まったくさあ、余ってんだよ、溢れちゃってんだよ、なんか、愛情がさあ、あーあーあー、あーーー」
ぽん美「落ち着け」
なな代「落ち着きましょう」
たぬ子「そんなことを降ってくる雪を見てたらあの日の落ち葉を連想して思い出しておりました。ご清聴ありがとうございました」
ぽん美「うむ了解です」
なな代「はい。わかりました」
たぬ子「ごめん。急にこんな病んでる感じ」
なな代「大丈夫ですよ」
ぽん美「そうそう、酔ってるって言ってたし酒の肴みたいなもんでしょ」
なな代「そう言えばたぬ子さんってお酒飲めましたっけ?」
ぽん美「あれ? 確かに。え? 大丈夫か?」
たぬ子「モンブラン食べた」
ぽん美「え?」
たぬ子「大人の味がした」
なな代「なるほどそのモンブランにお酒が入ってたんですね」
ぽん美「なんだそれ可愛いかよ」
たぬ子「モンブラン君と過ごした武蔵野の
たぬ子「なんつって!」
ぽん美「うむ、うむ、良い歌じゃ」
なな代「心に沁みます」
たぬ子「馬鹿にされてる気がする」
ぽん美「そんなことない」
なな代「ないです」
たぬ子「はあ、二人に会いたいよー」
ぽん美「そうだな」
なな代「そうですね。春になったら井之頭公園に桜でも見に行きましょう」
ぽん美「美味しいお団子でも買ってさ」
なな代「馬鹿騒ぎをしましょう」
ぽん美「お、いいね。モンブランじゃなくていっぱいお酒飲んで」
なな代「飲み過ぎは駄目です」
ぽん美「まあまあ良いではないか」
なな代「私とたぬ子さんで止めますからね、ね」
ぽん美「ん? 返信が……」
なな代「ないですね」
ぽん美「おーい」
なな代「これは、寝ましたね」
ぽん美「なんだよ可愛いかよ」
なな代「では私たちもそろそろ寝ましょうか?」
ぽん美「そだな。じゃあ、また。会える日を楽しみにしてる。多摩川のほとりから二人を想ってるぜ」
なな代「はい。私も時の鐘の音を聞きながら二人とお会いできる日を心待ちにしています」
ぽん美「じゃ、おやすみ」
なな代「おやすみなさい」
※武蔵野文学賞に応募した作品なので武蔵野及び国木田独歩関連のネタが散りばめられています。
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