第31話 その刻、鬼は満面の笑みを見せた

 日にちが変わり、暗闇の中で赤く聳え立つテレビ塔の電光時計が消灯する。

 その光景を遠目に、猫丸達四人は廃ビルの外に出ると、並んで帰路に就いていた。


 「寒いか?鬼頭。コレでも羽織れ」

 「あっ、でしたら私のもどうぞ」

 「お、おう、ありがと……」


 夏の近付きを感じさせない夜風が吹き、身震いを起こしていたまつりに、猫丸と九十九つくもが自身のブレザーを提供する。

 廃ビルの中で紅音から借りた物も含め、祭は三枚重ねの形で体を包むと、未だ浮かない顔をしていることに、三人が気に掛けた。


 「オーガロードよ、まだ心の傷が痛むのか?」

 「心の傷って……。……まぁそうだな、痛むっちゃ痛むか」

 「未遂に済んだといえ、昔の友人に酷い目に遭わされたんです。簡単には癒えないでしょうが、ゆっくり時間を掛けて治していってください」

 「ああ、そうするよ」

 「また何かあれば、今度は素直に言え。困った時はお互い様だろう」

 「ああ、そうだな。……悪かったな、色々と迷惑掛けて」


 苦笑いを浮かべ、謝る祭。そんな彼女に、「気にするな」と猫丸は声を掛けた後。


 「俺達は友達だろう」


 温かい声でそう言った。

 すると、祭は何やら複雑な表情を見せて。


 「友達って、俺達いつの間にそんな関係になったんだよ」

 「?まだ違うのか?てっきりもうなってるものだとばかり……」


 勝手な勘違いをしていたことに気付かされ、人間関係を作り上げるのは難しいものだなと、猫丸は悩むように首をひねる。

 その遣り取りを見ていた九十九が、祭の方に寄り、耳打ちする形で尋ねた。


 「ひょっとして、不安に感じているんですか?」

 「不安?」

 「ええ、また友達に裏切られるんじゃないかという、ね」

 「…………」


 沈黙する祭に、九十九はイエスと捉える。

 仕方のないことだろう。ほんの一時間前、いや、もっとずっと前からそういった目に遭っているのだから。

 怖がるのも無理はない。ただ――、


 「黒木さんは、そんな事しませんよ」

 「!」


 九十九の安心付ける言葉に、祭はピクリと反応する。


 「黒木さんだけではありませんね。紅音も同じです。だって二人は、自分の危険も顧みず、真っ先に鬼頭さんを助けようとしていたじゃないですか」

 「まあ、確かにそうだな……」

 ――ビルから落ちるかもしれないってのに、壁をよじ登ってきていたし……。

 「そんな人達が鬼頭さんを騙したり、陥れようなんてする筈ありませんよ」

 「…………」


 その言葉を受け、祭は二人の方を一瞥する。

 腕を組み、難しい顔をしながら何かを必死に考え込んでいる男。

 大きな欠伸をし、ぽけ〜っと間抜けな顔をしながら特に何も考えていない女。

 全く正反対とも言えるその二人の姿に、祭はほんの少し口元を緩めた後。


 「……ああ、そうかもな」

 「でしょ?」


 笑ってそう答えた。

 良い返事が来たことに、九十九も微笑んで返す。


 「ん?オイ、二人して一体何の話をしている?」

 「いえいえ、何でもないですよ。ちょっと鬼頭さんに、紅音達の事を教えていただけです」

 「我々の事?」

 

 何だ何だと横から入ってくる紅音に、九十九は「ハイ」と返事をすると、祭の方をチラッと見た。

 釣られるように紅音も目を向け、恥ずかしくなってしまった祭が赤くなった顔を逸らしていると。


 「そうだ!」


 悶々と考えに耽ていた猫丸が、突然閃いたばかりに声を上げた。

 三人が思わずビックリすると、猫丸は祭の方を振り返って、


 「鬼頭、一つ頼み事があるんだが」

 「……?何だよ」

 「お前とラインを交換させてくれ」


 ポケットからスマホを取り出すなり、要求内容を口にする。


 「ら、ライン……?」

 「ああ、俺の親父の言説でな、ラインを交換すればもうその相手とは友達らしい」

 「随分と強引な理論ですが、あながち間違いとも言い切れませんね」

 「だな。――そうだ!オーガロードよ、我々とも交換しないか?貴様との通信を叶える刻印が欲しいと、常々思っていたのだ!」

 「あっ、私も欲しいです!紅音のは元々持っていましたし、黒木さんとも、この間交換したばかりなので」


 三人がスマホを手元に出し、画面にQRコードを映し出す。

 白い光に包まれた三つの黒い正方形を前に、祭は何故か気まずそうに目を逸らした。


 「いや、その……だな」

 「どうした?そんなに俺と友達になるのが嫌なのか?」

 「そ、そうじゃない!嫌とかそういうのは全然思ってないんだけど……。えー……っとその……」


 返答とは対称的に難しげな反応をするので、猫丸は首を傾げると、祭が心から申し訳ないと言うように告げてくる。


 「俺、スマホ持ってない……」



 翌週、月曜・朝のホームルーム終わり。


 「おおおおおおおおっ‼」

 「ついに、ついに鬼頭さんも手にされたんですね!」

 「あ、ああ。まあな……」


 驚きと感動の叫びを上げながら、紅音と九十九は祭の手元にある物に喰い付いていた。

 それは、彼女が今まで手にしたことのなかった文明の利器。

 携帯電話としての役割だけでなく、カメラやネット、更にはゲームのプレイも出来るという超便利アイテム。スマホであった。


 「なんていうかその……、本当にありがとな。金は絶対に返すから……」

 「いや、いい。これも俺の為だ。俺の為にしたことだ」


 近くで腕を組みながら突っ立っている猫丸に、祭は何度も頭を下げる。

 あの翌日、猫丸は祭を連れて携帯ショップを訪れていた。

 目的は一つ、祭とライン交換する為に、スマホを買い与える事だ。

 本人はそこまでしなくていいと止めていたが、猫丸が頑なに拒否し続けた。

 友達のラインが欲しいからという理由だけで、スマホを自分が代わりに買ってあげるというのはどうなんだと議論し続けるも、最終的に祭の方が折れ、こうして現在に至る訳だが……。


 「――なるほど、流石はブラックキャットだな。親切がいき過ぎてて、軽く引いたぞ」

 「なんでだ」

 「いやだって、コレ見方によっては、友達をお金で買ったみたいに思われますよ。しかも最新機種とは……。ほんと、恐れ入ります」

 「一応、月々の携帯料金だけは俺が受け持つ形で落ち着いたんだけどな。そうじゃないと面目がなさ過ぎて、逆に使えねぇし」

 「ええ、その方がいいと思います」


 スマホの電源を入れると祭はアプリを起動させ、画面に並ぶ連絡相手の名前を見る。

 その横から九十九が覗き見ると、ちゃんと使いこなせていることに驚きを見せて。

 

 「ほうほう。どうですか?使ってみての感想は」

 「便利だよ。おかげでバイト先との遣り取りも上手くいってるし、向こうで仲良くなった知り合いともよく話しているしな」

 「そうですか、それは何よりです」


 順調に物事が運んでいる様子に、九十九が安心した後。祭は表示画面を切り替え、カメラモードに移行した。

 それを見て、紅音と九十九も彼女の意思を察すると。


 「黒木さんはスマホ出さないんですか?」

 「ああ、俺はもうその日の内に交換したから」

 「んなっ⁉抜け駆けとはズルいぞ貴様!」


 あの夜と同様、二人の提示したQRコードを読み取るなり、祭は紅音達を友達枠に追加する。

 互いに連絡先を入手し、満足そうな表情を浮かべる中。ただ一人、全ての事を済ませていた猫丸は、祭の目元を注視した。


 「大分隈が薄れたな」


 その双眸の下には、初めて出会った時と同じ、荒んでいない、綺麗な肌色が染まっていた。


 「鬼頭」

 「何だ?」


 名前を呼ばれ、祭は猫丸の方を振り向く。


 「昨日はよく眠れたか?」


 それは、普通に何処にでもあるような何気ない質問。

 何の面白みもない、平凡で、シンプルで、どうでもいいただの質問。

 そんな質問を受け、祭は「ああ」と小さな声で呟くと、


 「グッスリだ!」


 満面の笑みと共に、元気よくそう答えた――


 ――それは、猫丸が校長室に直接赴き、祭の特待生資格来復を懇願した日の夜の事。


 「寅彦とらひこ様、お手紙が届いております」

 「あ?手紙?」


 深夜アニメを観賞していた寅彦の元に、一枚の白い封筒が寄越された。


 ――このデジタル社会に手紙ねぇ……。


 「随分とアナログなやり方をする物好きが居たもんだな」と思いながら、豹真ひょうまからその手紙を受け取ると、寅彦はその封筒に張られたテープを剥がす。

 開けてみると、中には一枚の手紙が入っていた。が、それはただの手紙ではなかった。


 「えーっと?コイツはロシア語か……?」


 そう、その手紙に書かれていた文字は全て日本語ではなく、まさかのロシア語だったのである。


 「読めますか?寅彦様」

 「オイオイ、舐めるなよ。引退を控えているといえ、世界中が仕事場の殺し屋オレが読めねぇ訳ねぇだろう。――ちょっとそこの辞書貸して」

 「…………」


 指示通りに豹真がロシア語の辞書を持って来ると、寅彦はそれを片手に手紙を読み上げる。


 『Хорошего дняごきげんよう、寅彦様。相変わらず輝かしい太陽をお持ちで何よりです。さて、挨拶はこれくらいにして、本題に入りましょうか。聞いたわよ、このハゲジジイ!アタシに何の断りもなく、ネコを表の高校に入れたそうじゃない!ふざけんじゃないわよ!アタシもその高校に転入させなさい!返事はдаダーかハイか喜んで以外認めないから!レイホーク・シルバードより』


 「「…………」」


 内容の無茶振り具合に、思わず無言で固まってしまう寅彦と豹真。


 「どうします……、これ?」

 「どうするって言われてもな……。――ん?まだ何か書いてあるな」


 手紙の下端に小さく文字が書かれていたことに気付き、寅彦はその字を凝視しながら、もう一度辞書を片手に読み上げた。


 『P.S.もし少しでも首を横に振ったら、その瞬間に貴方の頭を吹き飛ばすから。それじゃ、Пока-покаバイバーイ♡』


 「「⁉」」


 最後に脅迫文が残されていたことが解り、二人は共に驚愕する。

 そしてふと、何処からか監視されていることに気付いた。

 まさか、既に狙いを……?


 「コイツは参ったな……。もう言う事を聞くしかねーじゃねーか」

 「すぐに刺客を……!」

 「いーや、止めとけ。その分執事が殺られるだけだ。大人しく従うぞ」

 「……ハイ」


 周囲を警戒しながら豹真が頷くと、寅彦はスマホを手に取り、とある相手に電話を掛けた。

 呼出音が途切れ、向こうの応答が耳に入ると、寅彦はその相手と話し始める。


 「よぉ、今時間空いてるか?」

 『――……』

 「そうか。んじゃあ早速で悪いんだけど、そっちに新しく一人追加させるから、空きを新しく作っといてくれ」

 『――……⁉』

 「いや、解ってるんだけど、こっちも命が賭かってるからさ。文字通りで」

 『――……!』

 「そこを頼むって!俺とお前の仲だろう⁉何だったら借りにしてくれていいからさ!」

 『――……』

 「流石は俺の親友!んじゃ、そういう事でー」


 交渉が取れ、寅彦はOKのジェスチャーを送ると、やれやれと言わんばかりにため息を吐く。


 「まったく、我が儘なクソ餓鬼だな……」



 その頃、遠く離れたビルの屋上で、一人の少女がほくそ笑んだ。


 「ようやく逢えるわね、ネコ……」


 巨大な黒いライフルから手を放し、寝ていた状態からゆっくり立ち上がると、うーんと大きく背筋を伸ばし、耳元の髪を掻き上げながらブツブツと呟く。


 「まったく、何の知らせもなく、勝手に姿を晦まして。自分の立ち位置解ってるのかしら?まぁでもいいわ。何処に居ようと、何処に消えようと、貴方の心はアタシのモノ。貴方のハートは――」


 困ったように愚痴を並べ、月よりも遥かに美しい銀髪を風に靡かせ、口に白いキャンディーを咥えながら、その鷹の如く鋭い眼光を持った少女は、


 「――アタシが撃ち抜くんだから」


 指で小さな銃を作り、その銃口の先に居る数百メートル離れた黒猫に向けて。

 バンッ!と撃ち放った。

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