第2話 その時、猫は目を丸くした

 ――舞台は大きく移動し、北海道・札幌市。

 朝日が空を照らすと同時に多くの者が起床し、登校や出勤へと動く中。


 「お帰りなさいませ、猫丸様」

 「ああ……」

 ――眠い……。時差惚けでもしたか?


 この男だけが、家路に足を向かわせていた。


 血の付いていないスーツに身を包み、大きめのスーツケースを隣りに置きながら、猫丸は走る車の中でうたた寝をしていた。


 「征くぞコマコマ!私に付いて来い!」

 「ま、待ってくださいよ紅音あかね!」


 窓の向こうで、次々と擦れ違っていく人物は、大人から子供に至るまで、全員が自分と違う世界に生きる人間だ。

 自分が関わる事など万に一つも有り得ないし、猫丸自身も、彼等と同じ世界に生きようとは思っていなかった。

 今日もいつもの様に、通行人AからZの人達が、自分と逆方向に進んでいく。

 それが彼にとっての当たり前の日常。

 平常で、何の異常も有りはしない、通常の朝。


 「到着いたしました、猫丸様」

 「――……ん?ああ、済まない。寝てしまっていたようだ」


 目が覚めると、車は既に停車しており、視線の先には見慣れた屋敷が建っていた。

 外観だけなら、どこかの富豪の所有物としか思われない様な建物だが、中にはその想像を遥かに超えた物が待ち構えている。

 しかし、それも猫丸にとっては、ただの通常運転に過ぎない。

 何故なら、これこそが彼の家であり、帰る場所なのだから……。



 「「「「お帰りなさいませ、猫丸様!!!!」」」」



 ドアが開かれたその瞬間、道を開ける様に並ぶ執事服姿の男達が、揃われた声と共に出迎えてきた。

 それに対し猫丸は、「ああ」とただ一言応えると、


 「ケースに入っている服の洗濯を頼む。汚れの落ちそうにないヤツは、そっちで勝手に棄てといてくれ」

 「了解しました」

 「空いてる者は武器の回収に向かってくれ。場所は通信係から聞くように」

 「了解しました」


 いつもの如く、家の執事達にテキパキと指示を送っていった。

 それを受け取ると、ある者は車からスーツケースを取り出すなり、中に入っている赤黒く染色されたスーツを抱えながら走り去り。

 またある者は数人のグループを瞬時に結成し、揃ってその場を後にした。

 

 「豹真ひょうまは居るか?」

 「ハッ、ここに……」

 

 廊下を歩く猫丸の後ろで、他の男達と同じ様に執事服を身に纏い、サングラスを掛けた寡黙そうな男が、まるで最初からそこに居たかの様に応える。

 猫丸自身も、それが当たり前かの様に対応して、

 

 「親父は何処に?」

 「自室の方で、猫丸様の帰りを待ち続けております」


 「そうか」と、一言で返すや否や、豹真という名の男と共に、長い廊下を迷う事なく歩き続けた。

 しばらくすると、目の前に一つの扉が現れる。


 「私はここでお待ちしております。何かあれば、すぐにお呼びください」


 そう言って、豹真は扉の側に移動し、一本の柱の様に立ち尽くす。

 その言葉に応答するや否や、猫丸はノックをすると、その向こうから一人の男の声が聞こえてきた。


 「ネコか?」

 「ああ、今帰った」

 「うっし。んじゃ、とっとと入れ」


 声の主から入室の許可を頂くなり、猫丸は静かにその扉を押していくと。

 広々とした一室でただ一人。中年期をちょうど超えたぐらいの男性が、座布団の上で退屈そうに胡座をかいていた。

 

 「いやー悪かったな、ネコ。急に帰って来るよう呼び出しちまって」

 「全くだ。おかげで向こうで洗濯出来る暇が無かったぞ。もし、血を落とし切れなかった場合は、また新しい物を買ってもらうからな」

 

 目の前に用意されていた座布団に腰を下ろすなり、猫丸は男の真似をする様に胡座をかく。

 その一方で、ため息混じりに告げてくる息子の言葉に、猫丸の養父、黒木くろき寅彦とらひこは笑いながら返した。


 「解った解った、そうしとくよ」

 「それで?要件とは何なんだ?重要な話とか言っていたが……」

 

 家の者に、自分の仕事を任せる様な真似をしてまで呼んできたんだ。

 さぞ大掛かりなものなんだろう。

 これから言われる事を、猫丸は全く予想出来ずにいた。

 緊張のせいか、いつもより表情が強張ってしまう。

 寅彦の方も、いつの間にか笑みが消え、真剣な面持ちを見せていた。


 「ああ、それなんだがな……。……ネコ」

 「…………」

 

 空気が重くなる。

 部屋を包み込む様に、緊張感が張り詰めていくのが、猫丸には解った。

 一体何を告げてくるのだろう……。

 喩えどんな仕事殺しの指令が来ても、甘んじて受けようと身構える猫丸。

 そんな息子に、父の寅彦が告げてきたのは――



 「――お前、明日から高校生になれ」



 予想していたのとは、遥かに違ったベクトルを突き進んだものだった。

 

 「……………………は?」


 耳を疑う様な言葉に、猫丸の目は丸くなり、顔だけに留まらず、全身が凍り付く様に固まってしまう。


 「親父、もう一度言ってくれ」

 「何だ、聞き逃しちまったのか?」

 「あ、ああ、そうみたいだ」

 「仕方ねーな。んじゃ、もう一回言うぞ。一応、耳かっぽじっとけ」


 父の言う通り、猫丸は両耳に小指を突っ込ませ、音の入りを鮮明にさせる。


 ――きっと何かの間違いだ……。親父の言う通り、聞き逃したか、聞き間違えたに違いない……。


 「いいか?」


 コクリと頷く猫丸を見て、寅彦は一つ咳払いする。


 「ネコ……」

 「…………」


 耳を澄まし、今度は一言一句逃さぬよう、猫丸は全神経を耳に集中させると――、



 「――お前、明日から高校生になれ」

 「……………………………………は?」



 余計に訳が解らなくなってしまった。

 聞き間違えじゃなかった。聞き間違えであって欲しかった。

 何でこんな意味の解らない指令に対し、こんなに頭を悩まさなければならないのだろう……。


 「親父……、どうして急にそんな……。高校生になれだなんて、ボケるにはまだ早過ぎるんじゃないか?」

 「アホか。俺はボケてなんかいねぇ。大真面目で言ってんだよ」

 「やっぱりボケてんじゃないか」


 父の言う事に1ミリたりとも理解出来ず、猫丸は頭を抱えてしまう。

 その様子を見て、寅彦は再度咳払いをすると。


 「ネコ。お前、今日の仕事、依頼内容に不備があったらしいな」

 「えっ、ああ、うん。そうだけど……」


 急に話が変わった事に対し、猫丸は戸惑いながらも返答した。


 「標的ターゲットの人数が、報告と違っていたんだって?」

 「ああ、九人も超過していたよ。でも大丈夫、全員問題無く殺っといたから」


 その言葉に、寅彦はフーンと呟いて。


 「九人、問題無く……ねえ?」

 「な、何だよ……?」

 「ネコよ、嘘はいけねぇなぁ?」

 「……!」


 ニタリと笑う父の言葉に、猫丸は思わず反応してしまう。


 「ホントは九人じゃなく、十人だったんじゃねーのか?その十人目は……、おそらく子供だろう」

 「んなっ、何で……それを?」

 「産まれた時からずっと一緒に居た訳じゃないといえ、これでもお前の父親なんだぜ?舐めてもらっちゃ困る」


 まさか、見透かされていたとは。

 猫丸はすっかり隠すのを忘れ、動揺を顕にしてしまう。


 「、自分の過去すがたを重ねちまったのか?」

 「…………」

 

 父の問い掛けに、猫丸は無言で返した。

 イエスと受け取った寅彦は、黙る猫丸に向けて、尚も言葉を発し続ける。


 「ネコ、お前が業界での殺し屋と呼ばれていても、の殺し屋と呼ばれない所以が、解るか?」

 「…………」

 「それはな、お前が子供を殺せないからだ」


 その二人の面と向かっての姿は、正に父が息子に説教する光景そのものだった。


 「殺し屋としての腕は一級品。おまけに、殺しのすべを叩き込んでやった師匠オレですらとっくに超えてしまう様なお前が、子供を相手にした途端、急に殺れなくなってしまう。それが足を引っ張り、熟せなかった依頼も少なかねーだろ?殺した人数なら他を寄せ付けないが、達成した依頼の数なら話は別。『白犬ホワイトハウンド』にそれで数字を抜かれた事、忘れちゃいねーよな?」


 圧と共に、息子に向かって畳み掛けてくる寅彦。

 俯いたまま、父の言葉を真に受け止める猫丸。

 凍り付いていく空気は、その二人を決して逃す事はなかった。


 「……だがな」


 すると、寅彦は突然猫丸の頭に手を置き、優しくその髪を左右に撫でると、


 「俺はそんな冷てぇ野郎より、お前の様な情のある男の方が好きだ」


 優しい声と笑顔で、そう告げた。


 「親父……」

 「確かに、殺し屋にとって心は命取りだ。人の命奪うのを仕事にしてるくせに、そんなもんに囚われてりゃあ、逆にこっちが危ねえってもんだ。だがな、心が無くなっちまえば、そりゃあもう機械と一緒なんじゃねーのか?いや、人工知能AIなんて凄えモンがある時代なんだから、むしろ機械以下か」


 冬の様に冷たかった空気が、暖かくなっていくのを感じる。

 父の優しさが、身を、心を包んでいってくれるのを感じる。


 「お前は俺に拾われてからの約十年、殺し屋として育てられ、殺し屋として生きながらも、その心を失わないでくれた。昔の自分が重なったからとはいえ、お前は未来ある子供の命まで取らないでいてくれた。人間でいてくれた。それだけで俺は嬉しいんだよ……」

 「お、親父……」

 「苦しい思いもしてきたろう。大変な思いもしてきたろう。――だからもうそろそろ、休んじまってもいいんじゃねーのか?」


 その時、猫丸はハッとした。


 「まさか親父……、その為に俺に高校に行けと⁉」

 「ああ、俺にはお前を闇に引き摺り込んじまった事への責任がある。せめて、お前にも年頃の普通な少年らしく、学校で楽しい思い出を作りながら、目一杯休んで欲しいんだよ。まあ、最近は業界の方も忙しくなってきてるせいで、一年くらいしかやれそうにねーが……」


 苦笑を浮かべ、寅彦は申し訳無いとばかりにそう言った。

 一年。それは長いようで短いという、言い回しの代表例の一つ。

 四つある季節は一回毎でしか巡って来ず。思い返せば、皆口を揃えて『あっという間だったな』と洩らしてしまうのは、定番中の定番。

 この短い期間をどう過ごすか、猫丸にとって、それは未知とも呼べるものだった。


 「親父……、そんなに俺の事を気遣って……」

 「当たり前だ。血は繋がってないといえ、俺はお前の父親なんだぜ?」


 熱い父の言葉に、猫丸は目を潤わせてしまう。

 気恥ずかしくなったか、一瞬父から目を逸らすと、片手で右目を軽く擦り、笑顔でもう一度顔を上げて、



 「……で?本音は?」

 「少し前に、ネット配信で学園ラブコメ作品を五つ程一気観してな。思いの外面白かったんで、お前がそういう甘酸っぱい青春を送ってるところも、折角だし観てみたいなーと――」

 「台無しだよ‼」



 何とも言えぬ感情のままに、立ち上がると共に大きな声を荒げた。

 猫丸は知っていた。父が善意で、自分に休暇を与える様な人間ではないという事を。

 こういう時は必ず、何か良からぬ企みがあって喋っているのだという事を。


 「あんだけ熱く語っておいて、何だその理由⁉親父、そんなくだらないきっかけで、俺に高校に行けと言ってたのか!」

 「くだらないとは失礼な。お前はアニメとかドラマとか、そういった類を一切観た事がないから知らないんだろうが、物語ってのは、お前が思ってる以上に深いモンなんだぞ?特にラブコメモノなんて、キャラの感情と人間関係の揺れ具合が観ていてめっちゃむず痒いし、ヒロインの落ちた瞬間とか堪らなくキュンと来て……」

 「そういう事を聞きたいんじゃない!というか、中年卒業を控えたオッサンが、『キュンと』なんて言葉使うな!」

 

 憤慨し、苛立ちがどんどん溜まっていく中、猫丸は膝から崩れる様に倒れてしまった。


 「なんて事だ……。ふざけた事を言ってくるもんだから、どうせ理由もふざけているんだろうとは思っていたが。まさか、ここまでとは……」

 「見縊ってもらっちゃ困るな。さっき言ってた事だって、ちゃんと理由の中に組み込まれてるぞ?」

 「……何割くらい?」

 「0.8くらい」

 「一割にすら満たない!」


 心の底まで落胆すると、猫丸は怒りを通り越し、とうとう呆れてしまった。


 ――何で俺の父親は、こんななんだろう……。


 息子にこんな呼ばわりされる一方、そんな事を毛程も知らない寅彦は、落ち込んでいる様子の猫丸に、まぁまぁとばかりに近付きながら。


 「そう気を落とすなって。行ってみれば、案外楽しいと思うぞ?年齢的にも、ちょうど高校生活が一番楽しい時期と言われている、二年生を過ごせる訳だし。そうだ、せっかく高校に通うんだから、恋人の一人くらい作ってこいよ。お前は見た目も悪くないから、ワンチャン有り得るかも……」


 そう言って、励ます口調で息子に学校生活を送る事を勧めていく。

 だがしかし、当の本人にそんな気は更々無い訳で……。


 「ふざけるのもいい加減にしてくれ!何が高校生活だ。何が恋人だ!アンタはただそれを見て、面白がっていたいだけだろ!――もういい!俺は部屋に戻って寝る!」

 

 そう吐き捨てるなり、猫丸は先程通ってきた扉の方に向きを変え、父の元を後にしようとした。その時、



 「待てっ‼」



 寅彦の方から、呼び止める叫びが飛んできた。

 咄嗟に足を止めてしまった猫丸は、その父の方をチラッと振り返る。


 「解っていない……。ネコ、お前はちっとも解っていないぞ!」

 「……何が?」

 「いいか?高校生活という限られたチャンスを逃してしまえば、この先恋人を作れる機会などそう簡単にはやって来ない!お前みたいに裏社会を生きる人間なら尚更だ!」


 くどくどと説明を続けてくる寅彦。

 そんな父親に、猫丸は内心、余計なお世話だと思いながらも、一応耳を傾けておく。


 「子供の時間ってのは短いんだ……。青春ってのは短いんだ……。三年生になり、皆が受験などで必死に机に向かうようになってしまえば、異性と語り合ったり、触れ合えるチャンスは限りなくゼロになってしまうだろう。つまり、お前が恋人を作れるチャンスは、修学旅行などのビッグイベントが控えており、かつ皆が本格的に受験スイッチに入る前のこの期間……。そう、この一年間しか残されていないんだ!」


 熱が入り、寅彦の演説は徐々にヒートアップしていく。

 それと共に、二人の距離はどんどん狭くなり、


 「もし、お前がこのまま殺し屋稼業に専念し、このたった一年を逃してしまえば……――」

 「し、しまえば……?」


 遂に、目と鼻の先までのものとなった頃。

 いつにも増して熱く語っていく父に対し、一応素直に聞いてあげていた猫丸は……、


 「――過酷な仕事の日々に追われていき、自分にぴったりな伴侶を見付けれないどころか……。知らぬ間に五十を越えてしまい、店でしか童貞を捨てる以外選択肢は無いという結果に……」


 再び体を反転させ、そのまま部屋を出ようとした。

 それを見て、寅彦は縋る様に息子の体にしがみつくなり、尚も話を続けに入る。


 「待てネコ!おまっ、俺はお前の為を思って言ってるんだぞ!それなのに途中退席するだなんて、一体どういうつもりだ⁉」

 「俺はアンタのくだらない体験談を聞く為に、態々ここに来たんじゃないんだよ。大体、もし高校で恋人を作れたからといって、童貞を捨てれるとは限んないだろ?」

 「いや、そうでもないぞ。ネコ、お前日本のどれくらいの男女が、高校生の内に初体験を済ませているか、知ってるか?」

 「……?」


 当然知る由もなく、猫丸は首を傾げる。


 「調べたところによると、およそ三割の男女がこれに当て嵌まるらしい。つまりだ、運良くいけば、簡単にヤラせてくれる女と付き合える可能性が――」

 「なあ、今思ったんだが、息子にそんなふざけた事を教える様な人間だから、相手が見付からなかったんじゃないのか?」


 息子の指摘が予想以上に刺さったか、寅彦は胸をギュッと押さえ、重力に身を任せる様にその場で倒れ込んだ。


 「おまっ……、今父さんの繊細なハートが、ガラスの如く砕け散ったぞ……」

 「もういいか?親父の言いたい事も、少しは解っているからさ。せっかくのところ悪いけど、俺はもう向こうの世界でやっていく気は……」


 流石に言い過ぎたかと反省し、猫丸は優しげな口調で、父の勧めをやんわり断ろうとする。

 しかし……、


 「ネコ……」

 「何だ?」

 「悪いけど、お前にその気が無かろうが、行く事はもう決まっている」

 「何で――?」


 猫丸がどう足掻こうが、どう否定しようが、



 「――お前が仕事で家を離れてる間に、経歴偽装とか入学手続きとか。諸々全部済ませちゃいましたー!」



 時は、既に遅かった。

 

 「……………………へ?」


 猫丸は思わずポカンとしてしまう。

 今何て言った?何を済ませたって言った?

 手続き?何の?入学?


 「入学って言うより転入だな。昔一緒に仕事をしてた奴が、足を洗って、表社会の方で教師をしていてな。今はもう校長にまで上り詰めたらしいが。そいつに色々協力してもらい、お前には明日から、そいつの居る彩鳳さいほう高校って所に転校っつー形で、行ってもらう事になった」

 「ちょっ、ちょちょちょちょっと待て⁉何勝手に話進めてんだ!それじゃあ、今までの遣り取りは何だったんだよ?」

 「アレは、お前が少しでも快く受け入れるようにと、話を持ち掛けてやっただけだ。急に高校生になれって言っても、お前の事だ。絶対、聞き入れちゃくれねぇだろ?まっ、持ち掛けるも何も、とっくのとうに決まってる事なんだがな!」

 「当たり前だ!というか、こんな話、俺じゃなくても無理があるぞ!」


 全て仕組まれていた事だと教えられ、抵抗は無意味だと、猫丸は知ってしまう。


 ――最悪だ……。このクソ親父、一体どこまで俺を弄べば気が済むんだ……。


 行き違いなどにより、衝突する事は過去にも何度かあったが、今回ばかりは酷過ぎる。

 悪意か善意かも解らない仕掛けに、猫丸は頭を抱えずにはいられなかった。


 「言ったじゃねーか。高校生になれって。ギリギリまで敢えて伝えなかった俺の戦略、舐めてもらっちゃ困るぞ」

 「こんの……、どこまでもふざけやがって……!」

 ――最初から、逃がす気はないって事か……。


 嵌められた事への恨みか、その猫の様に鋭い眼光で、猫丸は父を睨み付ける。

 ケラケラと笑う父の顔が、いつにも増して憎たらしく思えた。

 

 「そういう訳だ。制服とか教科書はとっくに用意してあるから、お前はもうゆっくり休め」

 「何でこういう時に限って用意がいいんだ……」


 気力も体力もすっかりゼロになってしまい、猫丸は重い足取りで部屋を出る。


 「あっ、起きたら制服試着してみてくれー!息子の晴れ姿を、この目にバッチリ焼き付けたいからなー!」

 ――もう、勝手にしてくれ……。

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