第38話 その時、鷹は再び姿を現した
その夜、黒木家の屋敷では、とんでもない大事件が巻き起こっていた。
「どうしてお前がここに居る……?」
広々とした玄関前で、目を丸くした猫丸が尋ねた。
硬直する彼の周囲には、動揺を隠せずにいる執事達が並んでいる。
そんな男達の前で、質問を受けた当人はやれやれとばかりにため息を吐くと。
「そう怖い顔しないでよ。三月に学校を去るまで、ここに泊めて欲しいの」
左手に握ったアタッシュケースと、右手に握ったスーツケースを横に置き、靴を脱ぎながらそう告げた。
更に固まる猫丸。ご丁寧に脱いだ靴を揃え、靴下状態で邸内に上がろうとする美しい銀髪の少女、レイホーク・シルバードに再度質問を投げ掛ける。
「何故?」
「修学旅行でもないのに学生がホテル暮らししてると、従業員や客に変な目で見られることが多いのよ。それに結構お金も掛かるし。ここなら宿泊代や食費もタダな上、そういった視線も気にしなくて済むでしょ」
何という図々しさ。ホテルマン達の視線は気になるのに、今集まっている執事達の視線は気にならないのだろうか。
「何処か適当なアパートでも借りて、一人暮らしすればいいだろう」
「イヤよ。家事とか面倒くさいし。勝手に部屋が掃除されてて、勝手に食事が出てくる環境じゃなきゃイヤ」
「うちの親父も引くレベルの我が儘だな」
もし今の職に就いていなければ、将来ニートという、何の生産性も持たない社会不適合者になるんじゃないか。と、猫丸は謎の不安感に襲われる。
一方、目の前の男がそんな考え事をしているとは露知らず、ズカズカと上がり込むなり、レイはたまたま近くに居た執事に声を掛ける。
「ねえ、アタシの部屋は何処?」
「い、いやその……、最初から
「何処?」
「えー……っとですね……」
「ねぇ、何処?ねぇ。ねぇったら」
威圧感に押され、執事はすっかり萎縮してしまう。
それを見兼ねた猫丸が、「仕方ないな」と二人の元に歩み寄って。
「部屋なら後で用意する。だからあまり、うちの者をイジメるな」
「ごめんごめん。ちょっと遊んでみただけだから。あっ、そこにある荷物は両方共その部屋に運んどいて」
振り向くと共に、また勝手な指示を送ると、レイはうーんと背伸びをしながら廊下を歩き出す。
緊張の糸が切れ、膝から崩れる執事に、猫丸は「済まない」と頭を下げた後、他の者達に空いてる部屋は無いか尋ねた。
二階に誰も使っていない個室が残っていることを確認すると、そこの清掃と、レイの置いてった荷物を運ぶよう今度は自分から指示を出す。
「よし、それじゃあよろしく頼むぞ」
「「「「了解しました」」」」
元気のいい返事が聞けると、猫丸は一人先を行くレイの後を追い始めた。
二人きりになったところで、猫丸がレイに報告する。
「部屋が決まったぞ。二階の個室を使ってもいいそうだ」
「そっ、良かった。猫の部屋は何処ら辺にあるの?」
「同じ二階だが……」
「そっ、じゃあ寝る前に遊びに行っちゃおっかな〜」
気楽なことを口から出し続けるレイ。
その様子に、流石の猫丸を眉を顰め。
「お前、自分の立ち位置理解していないのか?お前もうちに狙われている対象なんだぞ」
「大丈夫でしょ。ここの家の連中に殺される程、アタシもやわじゃないし」
「お前な……」
人がせっかく心配してやってるというのに、随分と舐めた態度を取る。
寝首を掻かれても責任は取れないぞ。そう言い掛けた時、
「それに――」
突然、レイは猫丸の方に振り返り、ニコッと微笑んで、
「――もし連中が襲ってきたとしても、ネコが守ってくれるでしょ?」
そう言ってきた。
まるで、最初からそうしてくれると信じているみたいに。
――コイツ、何を根拠にそんなことを……。
もし守る時が来たとしても、それはレイの為ではなく、家に仕える執事達や父親の為だ。
レイも猫丸に負けず劣らずの一流の殺し屋。たとえ寝込みの瞬間を襲ったとしても、瞬く間に反撃を喰らうのがオチだろう。
この場でレイを守る理由があるとするなら、この家の全てを守ることこそが猫丸にとっての守る理由だ。
だが、レイの言う「守ってくれる」という意味は、そういったモノと違う感じがする。
脅迫ではなく、信頼。猫丸なら絶対に自分を守ってくれるという、謎めいた信頼がそこにはあった。
どうやら本気でこの屋敷に居候するつもりだと、猫丸が観念した後。思い付く限りの心配事を潰す為、念を押す形で問い掛けた。
「俺とお前が一緒に暮らしているところを誰かに目撃されれば、忽ち学校の耳に届くぞ」
「いいじゃない別に。むしろ同棲してるって噂が流行れば、貴方とアタシがそういう関係ってことで広まるでしょ」
「うわぁ……」
「ねえ、何でそんな嫌そうな顔をしてるの?たった一日で学校のアイドルに君臨したアタシと一緒に暮らせるのよ。もうちょっと喜んでくれたっていいじゃない!」
猫丸の予想外の反応にショックを受け、憤りを見せるレイ。
容姿には自分でもかなりの自信を持っていた方だが、未だに相手は靡かない。靡いてくれる気配すらない。
「好みのタイプでも解れば、すぐそっちに合わせるのになー……」
「……?何の事だ?」
「別にー。こっちのはなしー」
一向に兆しが見えないことに、レイが密かに不満を抱く中。
「まったく、急に日本にやって来たかと思えば、同じ高校に転入して、更には衣食住の内二つを提供しろとはな……」
「三つ全部寄越せと言わないだけマシでしょ。良かったわね、年頃の女の子に衣服までせがまれちゃ、白色家電五台はくだらないわよ」
「マジでか。女とは怖い生き物だな……。――そういえば、お前が
猫丸は思い出した様に尋ねた。
「あっ、ホントだわ。色々とバタバタしていたせいで、タイミング逃しちゃったわね」
「昨晩
「ええ、そうよ」
「何故だ?」
正面を向き合う形で、猫丸が問い質す。
自分は特に目的があってこの高校に来た訳じゃない。今でこそ、あの生意気な女の首を刈るという目的が生まれた訳だが、それは最初から抱いていたものではなく、ただの後付けだ。
そもそも、この高校にやって来なければ、あの女と出くわすこともなかった訳だし。
レイも同じだ。レイもこの高校に入るまで、彼女の存在に気付かなかった。したがって、事前に彼女を刈るという目的を持って、ここに来たとは考え難い。
すると、レイはゆっくりと猫丸の許に近付いていって。
「何故って、決まってるじゃない」
一歩一歩、着実に距離を縮めに掛かり、ついに目と鼻の先までに近寄ると、
「貴方と一緒に居たいから」
猫丸にしか届かないくらいの声量で、囁く様に、静かにそう答えた。
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