第26話 その時、猫は鬼を気掛かりに思った
四日後。
「――では、この公式を用いて、教科書にある①から③の問題を解いてみてください」
三限目・数学、教師に指示された通りに、クラスの生徒が一斉に問題を解き始める。
猫丸も、教科書に書かれた内容をなんとか理解しながら、ひたむきにその問題と向かい合っていた。
その隣では、プス〜と頭から煙を出しながら、紅音がペンを握った状態で静止している。
「コ、コマコマよ、私を助けてはくれまいか?」
「すみません、あと一問で全部終わりますので、それまでどうにか」
「そんな悠長に待ってられん!ブラックキャット、貴様は……」
「済まないが、俺ももう少し時間が掛かりそうだ。というか、お前も教えを乞う前に、少しは自分で考えてみてはどうなんだ?」
「無理だ!最初から最後まで聞いてみたはいいものの、もうさっぱり解らん!」
「それでも、一回やってみるべきですよ。全部解らないと投げ遣りで言われるよりも、一回やって止まった時にここが解らないと具体的に教えてもらった方が、私達も対処出来ますから」
「無理だ無理だ無理だ!この目まぐるしい数字の羅列を見た瞬間に、私の脳は限界を迎えてしまった!」
挟まれる形で猫丸と
その醜い様に、二人はハァと深くため息を吐くと、その一部始終を見ていた教師がやって来た。
「あーあー、もうそんなに喚くな。先生がもう一度教えてやる。済まないな黒木、
「解りました」
猫丸が返事をした直後、教師は涙目になっている紅音の側に付き、一から説明し始めた。
これで一安心と落ち着くと、九十九は右隣に座る
「すみません、騒いじゃって。
「……ん…………」
「鬼頭さん……?」
「うーん……――ハッ⁉」
机に突っ伏しているところを、声を掛けながら叩いてやることで、祭が勢いよく頭を上げてきた。
ガタンという物音を立てた後、祭は靄の掛かった視界を晴らそうと眼を擦り続け、口に付いたヨダレを拭い取る。
ようやく意識がハッキリしてくると、九十九が自分を気に掛けていたことに気が付いた。
「わ、悪い。驚かせちまって……」
「いえ、私は何とも。それより珍しいですね、鬼頭さんが授業中居眠りだなんて」
「ああ、どうやら少し疲れが溜まってたみたいだ。ええっと、今どこら辺まで進んでたっけ?」
「今ですか?今はちょうどここの問題を、皆で頑張って解いていたところです」
開かれた祭の教科書に指を差し、現在の状況を伝える九十九。
そこに眼を遣り、祭は「そうか」と呟くと。
「済まねぇな。感謝する」
「いえいえ、お気になさらず」
お礼と同時に頭を下げ、改めて問題と向かい合った。
――…………鬼頭。
遠くからその遣り取りを見ていた猫丸が、眼を細めながら不審に思う。
これは一体どういう事だろうか。
その後も四限、一旦昼食を挟み、五限・六限と続いてく最中も、猫丸は何度も祭の方を一瞥した。
そして放課後、やはりおかしいと思い、祭が学校から去った後、今度は自分から紅音と九十九に誘いを掛ける。
「二人共、今日は鬼頭の居るファミレスに顔を出そうかと思うんだが……」
「おおっ!それは良いな!よし、行くぞ!すぐに行くぞ!」
即決。この後時間が空いているかどうか訊く前に提案が可決され、猫丸達は早速そこに足を運ぼうとした。
「咬狛もいいか?」
「ええ、勿論構いませんよ。それに……」
「ん?」
了承するなり、九十九はふと遠い目をし始める。
「それに、今日の鬼頭さんは、少し不安げでしたから」
「…………」
その言葉を聞いた瞬間、猫丸も無言で同じ方角を見た。
どうやら、九十九も少なからず祭の事を気掛かりに思っていたらしい。
「何をモタモタしている!いざ行かん、鬼共の眠りし巣窟へ!」
ただ一人を除いて……。
ファミレスに到着すると、三人は店員に案内された席に座り、適当な飲み物を選んでいった。
「えっと、取り敢えず紅茶を一つ。紅音は……」
「聞くまでもないだろう?」
「そうですよね……。ブラックコーヒーを一つください。黒木さんは何にします?」
「
「……すみません、コーヒー二つでお願いします」
「かしこまりました」
注文を承り、店員が三人の元を離れる。
その直後、目の前に置かれたコップの中の水を口にしながら、九十九が何か言いたげな顔をしていることに他二人が気付いた。
「どうした?」
「いえ、二人共私が言ってた事もう忘れちゃったのかなーと」
「コマコマが言ってた事?何か我々に共通するような事でも発してたか?」
「……あの、お二人に反省しようという気構えはあるんですか?」
「さっきから何を言っている?」
「うむ、コマコマの言いたい事がまるで解らん」
「もういいです……」
すっかり記憶が抜け落ちてしまっているのか、二人の反応から、過去の出来事や今回の件について九十九が諦めようとした――次の時。
ガシャン!と、何かが割れたような大きな物音が、突然店内中に響き渡った。
猫丸達は勿論、他の客や店員達までもが、その音の方に目を向ける。
するとそこには、
「す、すみません、お騒がせして!今片付けますので……」
床から起き上がってすぐ、粉砕された食器の破片を慌てて拾い上げている祭の姿があった。
急いで自分も手伝いに行こうと、紅音が一番に動き出し、猫丸と九十九も続けてその後を追う。
「オーガロード!」
「んなっ⁉お前等、またここに来てんのか!」
「我々の事はいい。それより、大事無いか?何があったのだ⁉」
驚きを隠せないでいる祭に、紅音は一緒に破片を拾いながら尋ねた。
すると、祭は一瞬黙り込み、目線を逸らしながら何とも気まずそうに応える。
「べ、別に、ちょっと転んだだけだっつーの……」
「そうなのか?しかし、王たる血を受け継ぎし者が、まさか足元が疎かにするとは。オーガロードよ、貴様相当弱っていると見えたぞ」
「!」
紅音の言葉に、近くに居た猫丸が反応する。
――やはりか……。
疑念が確信へと移り、猫丸の右眼が祭をしかと捉える。
「ううう、うるせぇな!ちょっと疲れてただけだ!」
「かなり無理されているのでは?今日はもう安静にした方が……」
「だからうるせぇっつってんだろ!後はもう俺がやっとくから、お前等はとっとと戻ってくれ!」
シッシと猫丸達を追い遣ろうとする祭。
仕方なく、三人は元の席に戻る為、足を動かそうとした矢先。
「クスクス……」
すぐ側の席に座っていた少女が隠すように嗤っていたことに猫丸が気付いた。
見たところ、その少女は制服のような服装を身に纏っている。
だが、ブレザーやスカートの色、ネクタイ等のデザインが自分達の通っている
何が可笑しくて嗤っているのか、甚だ疑問だ。
「オイ、何立ち止まってんだよ。さっさとお前も行けよ」
「ああ、済まない……」
祭の吐き捨てるような言葉を受け、猫丸も紅音達同様その場を去ろうとする。が、その前に一つ、確認すべき事が。
「鬼頭」
「……何だよ?」
突然名前を呼ばれ祭は猫丸の方に顔を向ける。
無言で睨むように目を合わせてくる猫丸。
これには流石の祭も隠し切れず。
「解ったよ……。今休憩貰いに行くから、入り口の方で待ってろ」
「ああ」
言質を取るや否や、猫丸は反転し、皿だった物の山を掃除する祭の元を離れた。
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