第27話 その時、鬼はらしくない悲鳴を上げた

 「悪い、待たせたか?」

 「いいや。それより、さっさと本題に入ろう」


 一旦外に出て、言われた通り入り口付近で待機していた猫丸は、まつりがやって来たと同時に話を始める。


 「お前、あの深夜のバイト、辞めてないだろ?」

 「や、辞めたっつの……」

 「嘘だな」


 眼を逸らして答える祭に近付き、猫丸はそのくすんだ色をした涙袋辺りに指を差した。


 「眼の隈が取れていない。それどころかより一層色が濃くなっている。睡眠が取れていない証拠だ」

 「ちょっ、近いんだよ!もうちょい離れろ!」


 頬を赤く染め、祭は動揺しながら猫丸の肩を思いっ切り押し離す。

 無理矢理距離を空けられた後、猫丸は腕を組んで、少し説教を交えるように言い寄った。


 「何故辞めていない。言った筈だ、お前にこの学校を去られたり、倒れ死にされると、こっちも困ると。特待生資格を再び手にした今、身を削るまで働く必要は無くなった。何故忠告を無視してまで、体調に支障を来すまで働いている?」

 「それは……」


 だんまりを決め込む祭。

 すると、入り口の扉が開かれ、一人の少女が現れてきた。


 「あっ、祭ここに居たんだー。……誰?その人」

 「同じクラスメイトの黒木。そっちは俺の小・中時代の知り合いの亜実あみだ」

 「亜実でーす!よろしくね、黒木くん♡」

 「ああ、よろしく」


 ニコニコと屈託のない笑みを浮かべながら歩いてくる、祭の昔の頃の知り合い。

 見てみると、その身に纏われた服装は、先程食器の残骸を片付けていた祭の近くでクスクスと嗤っていた者と同じだった。

 その知り合い、亜実という名の少女はそのまま祭の元へと近付いていくと。


 「つーかさ、祭ったらなにアタシの事仲良くない奴みたく紹介してんの?アタシ達大の付く親友じゃない」

 「ああ……、そうだな。ごめん……」

 「いいのいいの、解れば全然気にしないから。それよりさ、二人で何の話してたの?ひょっとして痴話喧嘩?」


 首を傾げながら、亜実が猫丸達に尋ねると、祭はまたしても顔を真っ赤にして。


 「そ……そそそ、そんな訳ねぇだろ!誰がコイツなんかと……!」

 「だよねー。祭ってちっとも男っ気無いし、むしろ男みたいな体してるから。キャハハハハ!」

 「っ……!」


 毒を吐くと共にからってくる亜実に、祭は怒りを抑えるようにぷるぷると震える。

 その会話を一歩下がった所から見物していた猫丸は、腹部を押さえながら笑っている亜実の方を見た。


 「ハハハハ……何?」

 「いや、何でも」

 「……そっか。んじゃあ祭、今日の十一時、待ってるからね」

 「……ああ」


 祭からの返事を聞くと、亜実は手を振りながら二人の元から去っていった。

 再び店の前で二人きり。亜実の姿が見えないのを確認すると、猫丸は祭に訊いてみる。


 「十一時って、深夜の方だよな。何をしに行くんだ?」

 「さあな。お前には関係ねぇだろ」

 「まあ、確かにそうだが……ん?ちょっと待て。『さあな』とはどういう事だ?お前もよく知らないのか?」


 返答に違和感を覚えた猫丸が、再度質問を投げ掛ける。

 「しまった」と祭は思うと、逃げるように店内へと向かった。


 「う、うるせぇ!だからテメェには関係ねぇっつってんだろ!もう仕事に戻るから、お前もアイツ等の所に戻りやがれ!」

 「待て!まだお前が深夜のバイトを続けている理由を聞いていない。それを聞くまでは帰さないぞ!」


 瞬時に離れようとする腕を掴み、猫丸は叫んだ。

 それを聞き、祭は尚も口籠ると。


 「それは言えねぇ……」

 「何故⁉」

 「言ったらよ、また何とかしようと、お前は頑張っちまうんだろ……?」

 「……え?」


 そう言い残し、猫丸の手からスルリと腕を抜きながら戻っていった。


 夜の帳が下り、時刻は午後十時。

 ようやくファミレスでのバイトを終え、年齢を誤魔化す為に着ていた私服ではなく制服姿に着替えてから外に出た祭は、何故か浮かない顔をしていた。


 「……何でまだここに居んだよ?」

 「お前が戻るのを待っていたからに決まってるだろ」

 「あっ!コマコマ貴様、それは私が手に入れた不死鳥だぞ!」

 「いいじゃないですか、一口くらい。小腹が空いてきたんですよ」


 祭の前で、仲良く焼き鳥を片手に戯れ合っている三人組。

 嫌になるくらいに見慣れたその顔に、祭は深くため息を吐いた。


 「何でそこまでして俺に構うかね……。ったく、マジで呆れるわ」

 「すみません、黒木さんがどうしても鬼頭きとうさんの事が気になると言うので」

 「……!」


 焼き鳥を頬張りながら九十九つくもが応えると、祭は本日三度目の赤面を披露した。

 言葉の足りなさから、何か誤解を招くんじゃないかと猫丸が思っていると。


 「ブラックキャットだけではないぞ!」


 突然、紅音が声を上げてきた。


 「私も、コマコマも!気が気でないのは、全員一緒だ‼」

 「竜姫たつき……」

 「黒木さんから全部聞きました。鬼頭さん、今日はもうお休みになってください。無責任な事を言ってしまいますが、この後の予定もバイトも全部忘れて、すぐにでも帰って眠った方が……」


 紅音と九十九からの悲痛な叫び。

 何とも言えぬ心情になり、そのまま家族の待つ家に帰ろうかと祭は本気で悩む。しかし、


 「ありがとう。でも、行かなきゃなんねぇから……」

 「オーガロード!」

 「お前等はもう帰ってくれ。間違っても、今度は付いて来ようなんて真似すんじゃねぇぞ」

 「鬼頭さん……」

 「それと……――」


 三人の姿を振り切り、祭は背中の方を振り向こうとしないまま、


 「本当にありがとな。こんな俺に、心配なんてしてくれて」

 「鬼頭……」


 そうお礼を残し、去っていった。


 午後十一時。

 約束の時間通りに、祭はとある廃ビルを訪れていた。

 照明の類いは全て故障しており、ガラスの剥がれ、ボロボロになった窓から漏れる月明かりだけが、その瓦礫塗れの一室を照らしている。


 「やっ。ゴメンね、わざわざこんな夜遅くに来てもらっちゃって」

 「…………」


 無造作に散らかった部屋の真ん中で、亜実がこっちこっちと手招きしてきた。

 従うように祭は向かうと、手に持ったカバンを近くに置いて尋ねる。


 「んで?何だよ話って」

 「いやさー、祭には色々と迷惑掛けちゃったじゃない?」


 それから亜実は、思い出すように一つ一つ、祭が自分にしてくれた事を語りだした。

 夕食代を奢ってもらった事。欲しい物をたくさん買ってもらった事。

 それ等一つ一つ耳にする度、祭の怒りは蓄積していくばかりだった。

 食べ切れないと解っている筈なのに、メニューを十種類以上頼んできた。買ってあげた物の中には、学生が普段手にすることも出来ないようなブランド品も入っていた。

 おかげで、愛する弟妹達の為に用意してきた貯金は見事なまでに底をつき、無いなら頑張って増やしてこいと、居酒屋のバイトを強制させられる羽目に。

 そろそろ抑え切れなくなった頃、亜実の口から狙ったような言葉が。


 「流石に悪いなーってなってさ、お詫びも兼ねて恩返ししようと思ったの」

 「恩返し……?」

 「そ、恩返し♡」


 そう言うと、亜実は指をパチンと鳴らした。

 暗い室内に弾いた音が響き渡る。その直後、部屋の入り口からぞろぞろと大勢の男達が入り込んできた。

 突然の出来事に、祭は動揺を隠せずにいると。


 「お、オイ、これって……。コイツ等は一体……?」

 「いやー、募集を掛けてみて驚いたよ。意外と人が集まったからさ。まっ、これくらい居れば、アンタも満足出来るでしょ」


 意味不明な事を告げる亜実。

 祭が混乱しながら後退りするも、男達はジリジリと距離を詰めていって。

 

 「アンタって一生彼氏とか出来なさそうだからさ、お礼にアンタの一日彼氏、たくさん用意してきたから」


 そう言うと、亜実はその男達に「いいわよ」と声を掛けた。その瞬間、数十人の男達が一斉に祭を襲いに掛かる。


 「亜実……!テメェ‼」

 「あんまり抵抗しない方がいいわよ。騒ぎでも起こして、とくたいせい資格ってのが無くなったら、アンタの家族も悲しむでしょ?」


 その忠告を聞いた途端、祭の動きがピタッと止まった。


 「……オイ、それ……どういう……?」

 「あれっ?気付いてなかったの?」


 何故、一度資格を剥奪された事を知っているのだろう。

 いやそもそも、何故あの時に亜実は自分の前に姿を現してきたのだろう。

 そんな疑問が祭の脳内で目まぐるしく回る中、亜実は酷薄な笑みを浮かべながら、



 「アンタの学校にあの証拠写真を送りつけたの、アタシよ」



 そう告げた。

 ただでさえ暗い視界がより真っ暗になった。

 何故、何で、どうして。そういった疑問が滝のように押し寄せ、祭の口をパクパクと開かせる。


 「なん……で……」

 「何でって、決まってるじゃない。昔一緒に悪さした仲なのに、勝手に全うな道進もうとしてんのが気に入らないのよ」


 意味が解らない回答だった。

 全身に力が入らなくなり、為す術もなく衣服を引き剥がされる。


 「アンタと高校別々になってからさ、アタシも結構苦労したのよ?ヤリたいだけの男共に付き纏われたり。それが鼻についたのか、クラスの女子達からは陰湿なイジメ受けたり。――ホント、何なんだろうね。昔はアタシ達同じ底辺に居たっていうのに、いつの間にかこんなにも差が開けちゃうだなんて」


 半ば独り言のように喋った後、亜実は祭と祭に群がる男達に背を向けた。


 「んじゃ、アタシはもう帰るから、皆で楽しんでね」

 「亜実……、亜実…………」


 バイバイと手を振る亜実に向け、祭は目に涙を浮かべながら手を伸ばす。


 「たす……け……て。誰か……。誰かぁ…………」


 今にも消えてしまいそうなか細い声。

 潤んだ瞳から一滴の雫が溢れた頃、僅かな力を振り絞り、祭はそこに居ない筈の『誰か』に向け、悲痛な叫びを上げる。


 「誰か助けてェェェェェェェェェェ‼‼」


 今までに上げた事のない、絹を裂くような悲鳴。男勝りな性格やなりをした祭らしくない、何処にでも居る普通の少女の泣き叫ぶ声。

 救いのヒーローを求めるそんな声が、夜空の彼方に消えていくと、



 「とうっ‼」



 その『誰か』は、突如として現れた。


 「夜天より出でし紅蓮の竜!紅竜レッドドラゴン、見・参‼」

 「それ、言う必要あるのか?」

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