第28話 その時、竜は鬼の叫びを全力で拒否した
夜空に輝く月を背景に、二人の男女が並んでいる。
その特徴的な形容を説明すると、一人は十字型の紅いヘアピンを頭に付け、両腕に白い包帯を巻き付けており。もう一人は夜闇の如く黒い眼帯を左眼に付けていた。
毎日毎日、嫌でも眼にしてきた特徴と顔。
時にはストレスの原因にもなり、早く自分から離れてくれないかと願う事も多々あったその姿に、
「お前等……、何で……ここに?」
「済まないな。またしてもお前の命令に逆らい、こうして跡をつけてしまった。怒るならまた今度にしてくれ」
「いや、それもあるけど……。どうやってそこから入って来たんだよ……?ここ、十四階だぞ……?」
多くの者達が目を見開く中、祭が代表するように尋ねた。
そう、二人組の男女・猫丸と紅音が祭達の前に現れたのは、部屋の出入り口ではなく窓から。
つまり、外から侵入する形で姿を現してきたのだ。
衝撃的な現象に、祭を囲っている多くの男達がざわめいていると、紅音が自慢げに鼻を高くして。
「フン、愚問だな。我が赫赫たる翼を持ってすれば、この程度の建築物などひとっ飛びだ!」
「出鱈目な事を言うな、
勝手に威張る紅音をツッコむように猫丸が説明する。
しかし当然、質問を投げた本人達には皆目理解出来ず。
「よじ……登った?こんな高いビルを?」
「ん?ああ、そうだが。そんな事より
「うむ。オーガロードにはとても似つかわしくない、か弱き乙女の悲鳴だったな」
「う、うるせぇ……!」
二人に言われ、途端に恥ずかしくなった紅音が頬を紅潮させた――その時。つい先程この場を後にしようとしていた亜実が再び舞い戻り、二人の前に顔を出してきた。
「あれ?どっかで見た顔かと思えば、黒木君じゃん。何しに来たの?」
「さっき言っただろう。鬼頭の跡をつけてきただけだ。まあ、この状況を目の当たりにして、新しい目的が生まれた訳だが」
「うむ!貴様等のようなド汚いネズミ共から、オーガロードを解放させる!全員、ただで済むと思うなよ‼」
憤る紅音を加え、猫丸が返答する。
それを聞き、亜実はフーンと呟くと。
「ねぇ、祭。アンタの方から言ってやんなさいよ。余計なお世話だってさ」
「…………」
床に倒れている祭に近付き、非情な進言をした。
悩む祭。先程大声で「助けて」と叫んだばかりだが、ここで二人に助けを求めてしまえば、亜実の矛先が二人に向いてしまう。
自分の為に傷付いて欲しくなんかないという思いに至り、素直な感情を押し殺して告げる。
「黒木、竜姫……。お前等はもう帰れ」
「断る」
紅音が即答する。
咄嗟に祭は唇を噛むと、今度は優しく微笑み、本当に自分は大丈夫だと伝えるように。
「いいんだよ俺の事は。コイツ等の相手さえ終われば、すぐにでも家に帰れるんだから。それに、お前等がそこまで頑張る必要だってねぇんだ。だから頼む、このまま何も見なかった事にして、大人しく帰って……」
「断る」
紅音が尚も即答する。
すると、わなわなと身を震わせていた祭がとうとう痺れを切らし、下唇から小さな赤い雫を伝らせながら、
「帰れっつってんだよ‼」
全力で激昂した。
「一体何度俺の言う事を破るつもりだ⁉俺はお前等なんかに助けなんて求めてねぇし、そもそも付いて来てくれなんて頼んだ憶えもねぇ!いい加減お前等のストーキングにはうんざりしてんだよ!このまま警察の厄介にされたくなけりゃぁ、とっとと帰りやがれ‼」
怒りと悲しみの混ざり合った、祭の心からの叫び。
鼓膜が痛くなる程の大声に、紅音は耳を塞ぐことなく、しかと身に受けると。
「断る‼」
それを全力で拒否した。
「うんざりされるのも、警察に連れて行かれるのも我々は一向に構わん。だがな、ここで貴様を見捨て、何事も無かったようにする事だけは、私が絶対に許さん‼」
同じく激昂の力を借りた、紅音の固い意志。
その隣で、猫丸がコクリと一つ頷くと、祭はポロポロと涙を流しながら、呆れるように悪態をつく。
「お前等……、バカなんじゃねぇのか……?」
「ああ、そうだろうな。――一つ忠告しておこう、鬼頭」
ため息混じりに猫丸が肯定したその直後。意識的か、それとも無意識的か、猫丸のその口からは、かつて自身も耳にした事のある……。
「友達を見捨てて逃げる程、俺達は賢くないんだ」
とある人物の台詞が、猫丸自身の想いを乗せて発せられた。
自ら頭が悪い宣言をしてきた事に、思わずクスッと祭が笑った頃。
側で聞いてて、面白くないと思った亜実が、取り巻きの男一人を呼び、猫丸達の元へと向かうよう指示する。
男は静かに頷くと、近くに転がっていた鉄パイプを握り、それを肩に担ぎながら威嚇するように近付いていって……。
「オウオウオウ、テメェ等よぉ。勝手にしゃしゃり出て来やがって、何様のつもりだぁ?俺達の邪魔するってんなら、ただじゃおかな……――ア?」
最後まで言い切ろうとしたその時、突然猫丸が男の両肩を掴んできた。
何をしようとしているのか、全く予想がつかない男。
「オイ、何掴んで……」
無理矢理その手を放させようとした矢先、男は勢いよく床に埋められ、一瞬にしてつくしんぼへと生まれ変わってしまった。
一連の様子を眺めていた亜実の顔色が、途端に真っ青へと移り変わる。
同じく見物しようとしていた男達も、一瞬で血の気が引き、全員祭の側から離れていく。
「ちょっ⁉何か足をぷらぷらしてるんですけど!何か物凄い浮遊感に襲われてるんですけど……――ブッ‼」
「喧しい」
足をバタバタと動かしながら、現状の感想を述べていた男の顔を、紅音が無慈悲に踏み付けた後。
ダッシュで祭の元へと駆け寄り、自分のブレザーを上から被せていった。
「あ、ありがとう……」
「なに、気にする事はない!」
下着が顕になる程、ボロボロに破かれた制服と体を隠してもらい、祭はお礼を言う。
それに対し、紅音が元気付けるような満面の笑みで応える一方、友人を傷付けられた恨みから、猫丸は男達の方を振り向いて。
「お前達、よくも俺の
「お、オンナ⁉ちょっと祭、どういう事よ!アンタいつの間にマジもんの彼氏作ってたの⁉」
「ち、違っ……!オイ、黒木!お前何勝手な事ぬかしてんだ!」
誤解を招くような発言を聞き、亜実の追及に顔を赤くしながら否定する祭。
その頃、猫丸はそんな二人の遣り取りに眼も呉れず、いつもの如く標的の人数を目測でカウントしていた。
――28、29。そして、30……か。
「今潰した鼠を含めて三十人。現在残り二十九人……。今日はもう遅い事だし――」
数え終わると同時、猫丸は紅音と祭の前に出て呟く。
人を鼠と呼んだ時、彼の時間は始まりを迎える。
それは彼にとっての狩猟の合図。無慈悲で、無情で、無惨な形で彼を中心に巡る演舞の一時。
常闇を駆け、暗闇に紛れ、宵闇の中で血を被った、
「――手短に済ませるとしよう」
一匹の黒猫による、残忍で、残酷で、残虐な惨劇の幕開けである。
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