第19話 その時、猫は再び鬼の姿を追った

 ――翌日の放課後。

 昨日のファミレスでのいざこざが問題となり、猫丸はいつもより遅い時間に校舎を出る羽目となっていた。

 空には既に夕焼けが掛かっており、飛翔するカラスの鳴き声が街中に響く中。


 「なぁ、次は一体何処に連れて行かれるんだ?」


 前日と同様、猫丸はまた紅音と九十九つくもの二人に連れられ、とある場所へと向かっていた。

 勿論、この二人も猫丸と同じ理由で家路につく時間が遅くなっている。

 紅音の場合はまだ自業自得だが、九十九の方は完全に巻き込まれ型だ。


 「決まっているだろう。オーガロードの居るもう一つのバイト先アジトだ」


 先頭を歩く紅音が、猫丸の質問に答える。

 それを聞くと、猫丸の口から「ほう」と感心の呟きが漏れ。


 「鬼頭きとうは他の所にも働きに出ていたのか。真面目な奴だな」


 そう言うと、紅音がまるで自分を褒めてもらったかのように笑い、「そうだろうそうだろう」と頷いた。一方で、


 「ハァ……」


 重い足取りと共に、二人の後ろを歩く九十九の口から、重苦しい程のため息が漏れ出てきた。

 それに気付き、猫丸と紅音は同時に背中の方を振り向き尋ねる。

 

 「どうした咬狛かみこま?何処か具合でも悪いのか?」

 「いえ、そういう訳では……」

 「ならばとっとと向かうぞ。いつまでも悠長に歩いていては、日が暮れてしまうからな」


 早く早くと急かしてくる紅音の姿に、九十九は何とも言えぬ表情をする。

 チラッと猫丸の方を一瞥してみるも、こちらもどうやらまつりの元へ行く気満々らしい。

 そんな二人に、九十九は少し抵抗をアピールするように問い掛ける。


 「あの、ホントに行くんですか?」

 「勿論だとも!これもブラックキャットとオーガロードが盟友の契りを交わす為だ」

 「俺自身、まだ鬼頭に関する情報が欲しいところだからな。学校ではいくら話し掛けようとしても、キツい目線を送られるだけで何も進展しないし。少ない機会は逃したくないんだ」


 即答する二人。

 固い意志をぶつけられ、これはもうどうする事も出来ないなと九十九が悟った後。

 返すように紅音から質問が送られてきた。


 「コマコマよ、何故なにゆえにそうブラックキャットの助力に否定的なのだ?昨日はあれだけ協力的だっだろうに」

 「確かに、昨日の積極性がまるで嘘のようだ。何か引き返したい理由でもあるのか?」

 

 猫丸も続くように尋ねる。すると、


 「もしかして、忘れちゃったんですか?」


 低いトーンのまま質問に質問で返す九十九。

 該当するような記憶が見付からず、猫丸と紅音は共に首を傾げた。

 それを見て、九十九は重くなった頭を抱えた後、目の前に立つ二人に向けて精一杯の怒りを吐き出した。

 

 「だって、昨日あれだけ鬼頭さんやお店に迷惑を掛けた挙げ句、外へ締め出されちゃったんですよ!鬼頭さんからの好感度回復は絶望的。問題行動を起こした貴方達と一緒に居たという理由だけで、私も反省文を書かされる始末。おまけに二人が頼んだコーヒーを、私が飲まなくちゃいけない羽目になりますし!私だってコーヒー得意じゃないのに‼」

 「「ご、ごめんなさい……」」


 あまりの激情っぷりに、猫丸と紅音は畏縮しながら頭を下げる。

 こればっかりは何も言えない。

 まつりに好かれる為とはいえ、あわや喧嘩沙汰になるまで事態が運ぶのは流石にマズかった。

 九十九が乗り気じゃないのもよく解る。

 むしろ、ここまでよく付いて来てくれたと感謝したいくらいだ。


 「いやもう、本当に、本当に済まなかった……。次はあんな馬鹿な真似をしないから、どうかまた協力してくれないか?」

 「おい、ブラックキャット。その発言は遠回しに私のことを侮辱してないか?」

 「もういいですよ、乗り掛かった船ですし。それに、いざって時今度こそ止められるよう、私が付いてないと怖いですから」


 体に付いた二つのメロンを乗せるように腕を組んで返答すると、九十九はそのまま足を進め、二人の前を歩きだした。

 やっぱり九十九は優しい。

 理不尽とも言える巻き添えを喰らっておきながらも、こうして猫丸じぶん達に協力してくれるのだから。

 その優しさが、猫丸の心を更に打つ。

 申し訳ないと思う気持ちが、胸の奥から湧き出てきた。


 ――いい奴だな、本当に。


 九十九の背中を追い掛ける形で、猫丸は紅音と共に歩き続ける。


 しばらく経過すると、大きなビルや飲食店に紛れる形で設置され、何やら異様にきらびやかな装飾で施された建物の前に、猫丸達はやって来た。

 真っ白に輝く看板には、ピンクの文字で『エデンズクリスタル』と書かれている。


 「ここか?」

 「ハイ。前の放課後、ここに足を運んでいるところを目撃しました。高い頻度で通ってるそうなので、おそらく……」


 前回のファミレスとは違って、何処か確信のないような発言をしてくる九十九。

 なんとなく不思議に思い、猫丸は紅音の方を一瞥してみると、さながら不審者の如く窓の向こうを覗こうと必死になっている。


 「二人は店に入ったことがないのか?」

 「ええまぁ、一般のお店と違い、ここに女性が入るような印象はありませんし」

 

 九十九からの返答に、猫丸は疑問を浮かべるしかなかった。

 女性が入る印象は無いとはどういうことだろう。

 この店は男性に向けて作られた物ということだろうか。

 それだけを聞くと、何やら怪しい臭いがプンプンしてくる。


 ――鬼頭あいつ、ここで一体何をやっているんだ?


 いかがわしい商売にでも付き合っているのだろうか。

 しかしそれだと、九十九が評価していた、人一倍真面目という性格と合わない。

 本当に祭がここにいるのかどうか、疑わしくなってきた。


 ――とりあえず、行ってみるか。


 このまま扉の前で立ち尽くしたところで仕方がない。

 ここは堂々と正面からぶつかっていこう。

 居ないなら居ないで、すぐ引き返してしまえばいいだけだし。

 そう思い至り、猫丸は紅音と九十九を引き連れ、扉の向こうへと入って行く。

 すると、そこで待っていたのは……――、


 「「「「お帰りなさいませー、ご主人様ーー‼」」」」


 元気のいい挨拶と共に、一斉に猫丸達を出迎えてくれた、おそらく十人以上を超えるであろう、たくさんのメイド達だった。


 ――何だ……ここは?


 そのあまりに不可思議な光景に、猫丸は一瞬、思考が停止しそうになる。

 内装について感想を述べるなら、『恥ずかしい』の一言に尽きるだろう。

 いや、『今すぐ引き返したい』も付け加えておこう。

 壁一面とは言わず、床から天井まで全面に染め尽くされたピンク、ピンク、ピンク。

 そのある意味幻想的ともいえる空間を前に、目のチカチカを何とか堪え、猫丸は店内をざっくりと見渡してみる。

 あそこのテーブル席で客と一緒に座っているメイドは、この店の店員だろうか。

 失礼だが、あまりパッとしなさそうな男性客と一緒にじゃんけんをして楽しんでいる。

 業務をほったらかし、客と遊んでいる人間が居るというのに、何故誰も咎めないのだろうと考える猫丸であったが、一番の問題はそこではなかった。


 「ご主人様は何名でお越しでしょうか?」


 一人のメイドが訊いてきた。

 黒を基調としたエプロンドレスを靡かせ、満面の笑みを見せている。


 「さ、三人……」

 「では、こちらの席へどうぞー」


 質問に答え、なすがままに案内される猫丸に紅音、九十九の三人。

 空いたテーブルに着くと、その座席にゆっくりと腰を下ろし、メイドから水を受け取る。

 

 「ご注文がお決まり次第、またお呼びください。それでは、ごゆっくりしてくださいね、ご主人様♡」


 最後に謎の甘ったるい声を残し、メイドはその場を去っていった。

 しばしの時間、沈黙のまま固まり続ける猫丸。

 目の前には、派手な内装やメイド達に目がいき、辺りをキョロキョロと見回している紅音が座っている。

 その隣で、同じく興味有りげに周囲を見渡しながら、暢気にメニュー表に手を伸ばそうとしている九十九に猫丸は尋ねてみた。


 「咬狛……」

 「あっハイ、何でしょう?」

 「何故、店員達はあんな格好をしているんだ?」

 「何故って、そりゃあメイド喫茶だからでは?」


 一番意味不明の謎に、九十九は淡々とした口調で答える。

 何の理由にもなっていない。何の解決にもなっていない。

 適当に返され、猫丸は余計に訳が解らなくなってしまう。

 が、それは九十九の言葉が足りないからではなく、ただ単に猫丸の理解力が足らないだけ。

 普通の男達にとっては、それだけで充分であった。

 何故なら、ここは世の男性諸君が理想として掲げる夢の楽園エデンであり、かのエイブラハム・リンカーンが設立に一口関わったとされる(嘘)。男達の男達による男達の為のメイド喫茶なのだから。


 「いや解らん」

 「変ですねー。男性の方なら、猛烈に喜ぶ場所なのですが」

 「うむ。そこらに蔓延る飢えたケダモノの如く盛り狂うと思っていたぞ」


 適当に何か注文しようとメニュー表とにらめっこしている紅音から不名誉な誤解を受ける猫丸。


 「もしかしたら、もう既に色々済ましているのかも」

 「おい、勝手な想像で俺の人間性を捻じ曲げるな。言っておくが、俺にそんな趣味はないし、メイドなんてうちには居ないからな」

 「そうなんですか?お弁当の豪勢さから、かなりのお坊ちゃんではないかとお見受けしたので。てっきりメイドの百人でも居るのかと」

 「居ない。うちに居るのは執事だけだ。――ていうか、誘われるがままにここに座ったが、本当に鬼頭がここに居るのか?全然アイツのイメージと掛け離れているぞ」


 あちこちを歩くメイド達を一瞥しながら、猫丸はぼやくように疑念を呟く。

 無理もない。ここは空間から店員に至るまで、あの男女おとこおんなが隠れているようには到底想像も付かないのだから。

 無駄足にしかなってるように思えない。

 すると、先程までメニュー表を食い入るように見ていた紅音が、


 「今日くらい休んでもいいだろう。せっかくやって来たのだ。昨日と今日の鬱憤が晴れるまで、とことん饗応を受けようではないか」


 と、すっかり当初の目的を忘れ、店員のメイドを呼ぼうとコールボタンに手を伸ばし始めた。


 「なぁ、ホントはただ遊びに来たかっただけとか、そんな馬鹿げたことはないよな?」

 「失礼な。この私が己の目的を差し置き、道楽に走る訳があるまい」

 「紅音、ボタンを押しながらでは、何の説得力もありませんよ」


 紅音の指先から穏やかな音色が響き渡る。

 応じるように奥から「ハーイ」とメイドの返事が聞こえると、軽快な足音が近付いてきた。

 恥ずかしそうに笑顔を振り撒きながら、一人のメイドが注文を伺いにやって来る。


 「お待たせして申し訳ありません。ご注文はお決まりでしょうか、ご主人さ……ま……――」


 突然、猫丸達の顔を見るなり、三人の元に現れたメイドが顔面を蒼白させた。

 不思議に思い、猫丸はその異様に背の高いメイドをじっくりと眺める。

 クラシカルな作りをした定番中の定番とも言える衣装メイド服から生えた、細くて長い、真珠のように美しい脚。

 黄金こがね色に煌めく髪の上には、メイドらしさをより強調させるようにホワイトプリムが乗せられている。

 そして、現在もこちらを見て絶句している失礼な顔は、正に今自分達がここにやって来た目的の対象と瓜二つの造形で……。


 「――な、何でまた……。お前等が……ここに…………?」

 「お前……、鬼頭……なのか?」


 


 

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