第20話 その時、鬼は愛を念じ込めた

 それはあまりに突然かつ衝撃的で、双方にとってこの上ない程に予想外な対面だった。


 「あっ、鬼頭きとうさん!良かった、居なかったらどうしようかと……」

 「いや、何も良かねぇよ。何でまた俺のバイト先にやって来てんだ。お前等は俺のストーカーか何かか?」

 「失礼な。我々はただ純粋に、オーガロードとの面会をしに足を運んで来だけ。そこに悪しき思惑や企みなど存在せん。そのような下卑た連中と一緒にするな」


 昨日から連続、またしても迷惑な連中に絡まれてしまったとまつりは悩む。

 これは夢だ。ただの夢なんだと思いながら頬を抓ってみるも、目の前に座る三人の知り合いの姿が消えない。


 ――悪夢だ……。


 現実に打ち拉がれ、天井を仰ぐことしか出来ない祭。

 なんとかして彼女達をここから追い出せないか密かに考えていると、その内の一人が自分の肢体から目を外さないまま黙っていることに気が付く。


 「おい、なに人の体ジロジロ見てんだコラ。また殴られてぇのか?」

 「ああいや、そういうつもりで見ていた訳じゃないんだ。ただその……」


 拳を握り構える祭に、猫丸は弁明しようと。


 「制服姿の印象が強いせいか、男が女装しているようにしか見えなくて……」

 「死ねっ‼」


 鈍い音が店内に響くや否や、猫丸の鼻から赤い雫が零れ落ちた。

 怒りで顔を赤くしながら、祭が己の右拳を優しく撫でる一方、猫丸は別の理由で顔を赤くし、顔面の中心部を手で押さえている。


 「黒木さん、流石にその発言は……」

 「うむ。年頃の娘に投げ掛ける感想では決してないな。今のは流石の私も引いたぞ」


 一部始終を見ていた紅音と九十九つくもから冷たい一言を投げつけられる。

 どうやら、自分の味方は一人も居ないらしい。

 周囲からも、チラホラと怨恨の籠められた視線が向けられているのを肌で感じる。

 完全なる四面楚歌状態を悟り、猫丸は自分が悪かったと反省すると、今度は慎重に言葉を選んで……。


 「す、済まない。いや、とてもよく似合ってると思うぞ。衣装のおかげで体の線がいつもよりくっきりと出ているし。脚なんかは本当に女性のそれみたいで……――」



 ――注文を聞き終わると、祭は一旦三人の元を離れ、他の客の所へと駆け付けていった。

 身長のおがけで、何処に居るのかがすぐに解る。

 同じように注文を伺い、不器用ながらも精一杯に笑顔を見せると、男性客は満足げな表情を浮かべてきた。

 慣れないうぶな新米感が、客の心を逆に刺激しているらしい。

 普段のキリッとした表情とモデル顔負けの高身長により、恥ずかしがる表情や仕草がギャップ効果となって現れているのだ。

 それだけではない。男性客のおよそ半数が自分のメイドそっちのけで祭の方を見ていた。

 正確に言うと、祭の下半身、もといドレスの裾から伸びたスラッとしている脚を。


 ――クソッ、どいつもこいつも下品な目で見やがって……。


 一体自分の何がいいのか。何処をいいと思っているのか、皆目理解出来ない祭。

 それでも、店内を駆けるその脚線美には、童貞共の目を奪いに奪っていた。

 この世というのは以外に広いモノで、顔で飯を食っていける者も居れば、脚で飯を食っていける者も居るのだ。

 もっとも、祭の場合はアスリート的な意味ではなく、別の意味を擁しているのだが。


 そしてここにも、他の客と同様、祭のひたむきに働く姿に目を奪われた者が。


 「鬼頭さん可愛いですね〜。紅音もメイド服とか着てみればいいですよ。絶対似合いますって」

 「断る。メイドというのは主人に仕える従者、つまりは端女はしためだろう。そんなものになるつもりは無い。何故なら、私が主の位置に立つ人間だからな」


 紅音の釣れない返答に「えー」とぼやく九十九。

 すると、今度は紅音の方から提案が持ち掛けられ。


 「私じゃなくとも、ブラックキャットに纏わせればいいだろう。意外と様になるやもしれんぞ?」

 「いやいや、流石に黒木さんは……」


 何故男にメイド服を着せようと思えるのか。

 苦笑と共に、九十九は目の前に居る猫丸の方を一瞥する。

 つい先程、祭から二発目を頂いてしまい、両の鼻の穴には九十九から貰ったティッシュの紙玉が詰められていた。

 何という無様な姿。これにメイド服を着せるというのは、どう考えても……。


 「……ん?何だ?さっきから俺の顔をジロジロ見て」

 「あっ、すみません。何でもないですよ。ちょっと想像してみただけで……」

 「???」


 言ってる意味が解らず、猫丸は首を傾げてしまう。

 その頃、九十九の脳内でとある妄想が形作られていった。

 この店の衣装として採用された、オーソドックスなデザインのメイド服。

 それを着用し、頭に同じホワイトプリムを乗せ、スカート部分をヒラヒラと靡かせる中性的な顔立ちの少年。

 そして極め付けには、あのお決まりの台詞を。


 『お帰りなさいませ、ご主人様♡』


 「…………イケますね」

 「?????」


 真剣な面持ちで何かを呟く九十九。

 ギラリと光る眼鏡の向こうから、少年の鼻血塗れの顔を眼に捉える。

 一方で、言葉の意味は勿論、何故睨まれているのかすら解っていない猫丸。

 途端に謎の怖気が襲い掛かり、身震いを起こしてしまう。そんな時――、


 「お待たせしました……」

 「おおっ!」


 盆を片手に、気の滅入りを顕にしながら、祭が紅音達の元に戻って来た。

 盆の上には三人の注文したオムライスが並んでおり、それを一品一品各人の前に並べていく。


 「では、ごゆっくり」

 「ちょっと待ってください」

 「何だ?追加の注文でもしたいのか?」

 「いえ、そうではなくてですね……」


 そそくさと逃げるように動く祭に、九十九は突然の待ったを掛けてきた。

 頭上に疑問符を祭は浮かべると、その答えとばかりに九十九が他の席に指を差し向ける。

 誘われるようにして祭、ついでに猫丸と紅音もその方向に目を呉れると。


 「ハ〜イ、それじゃあいきますよ〜」

 「お、お願いします!」


 何やら店員メイドの一人が、客の目の前で妙な動きを始めている。

 それは、その客が頼んだドリンクだろうか。

 色が重なるよう三つに別れ、カラフルな映りをしている。

 一体どんな味がするのだろうと猫丸は考えていると、そのドリンクに向け、メイドはまるでいつものように指でハートを作り……。


 「おいしくな〜れ!萌え萌えキュンッ!」


 謎の甘ったるい声と共に、まじないのようなモノを念じ届けた。

 あまりに不可解な行動っぷりに、猫丸は思わず困惑してしまう。

 一体それに何の意味があるのだろう。

 料理や調味料について詳しい訳では決してないが、それの有無だけでドリンクの味が左右されるとは到底思えない。

 しかし、その考えを否定するかのように、客が満面の笑みでドリンクを口にしだした。

 表情や雰囲気から、満悦の至極っぷりが見て取れる。

 それこそ、まるで天国と言う名の楽園エデンに居るみたいに。

 やはりあの妙な動きに意味があるのだろうか。そんな疑問が、猫丸の脳内を駆け巡る中。

 

 「アレ、私達にはやってくれないんですか?」

 「…………」


 九十九の口から意地悪な問いが投げ掛けられる。

 黙秘する祭。ジリジリと逃げるように後退り、体の向きを反転させる。

 そのままさり気ない形で去ろうとするも、一瞬の内に九十九に手首を掴まれてしまった。


 「何処に行くんです?」

 「俺は仕事があるから……」

 「これも仕事の一つでは?ダメですよ、ご主人様をほったらかしにしてしまっては。ねっ、紅音?」

 「うむ、全くもってその通り。オーガロード改め、我が端女よ。我々に奉仕の限りを尽くすまで、帰ることは許さんぞ!」


 最早悪意すら感じ取れてしまう、二人のあくどいご主人様。

 逃げたい一心で脚を進めようと試みるも、九十九の力が意外にも強く、放すことが叶わない。


 「……見られんの超恥ずいんだけど」

 「お気持ちは解ります。でもそれはそれ、これはこれです。私達は鬼頭さんの恥ず……、お仕事を頑張っている姿を見たいんです」

 「今、恥ずかしがる姿を見たいって言いかけなかったか?」

 「言ってません。紅音と黒木さんも、鬼頭さんの頑張っているメイド姿、見たいですよね?」

 「メイド云々に興味は無いが、このまま何もナシで帰られるのは気に入らん」

 「俺も特には……。というか、そこまで強制する必要もないんじゃないか?鬼頭も嫌がってるし、ここは見逃してやってもいいんじゃ……――」


 二人と比較し、願望が無いことから猫丸は祭の擁護に回る。

 味方が出来たことが解り、祭も内心ホッとする。

 が、当然他のご主人様達が納得する訳もなく……。


 「何バカなこと言ってるんですか!鬼頭さんみたいな普段つんけんしている人が、こういう萌え〜な事してくれるところなんて滅多に見られないんですよ!超レアシーンなんですよ!千載一遇ですよ!空前絶後ですよ!盲亀の浮木なんですよ!」

 「ブラックキャット!貴様、オーガロードの味方につこうと言うのか?いいだろう、私に敵対すると言うならば、今ここで戦争だ!私を屈服させてみろ!」

 「ほう、まさか堂々と宣戦布告してくるとはな。面白い。機会を伺ってから殺るつもりだったが、気が変わった。その首ここで刈り取って……」


 余計な火が付き、皆目理解出来ないようなことを熱く語りだしてしまう九十九。

 またこちらでも、余計な火が付いたことから、ここが何処かということを忘れ、拳を構える紅音と、殺気を放ちながら隠し持っていたナイフを握る猫丸。

 一触即発とも言える雰囲気、光景から早めのデジャヴを覚えると、祭は猛烈に焦ると共に悩み込む。

 そして、ついに決断すると。


 「わぁーった、わぁーったよ!やりゃあいいんだろ?やりゃあ。――その代わり、こっちからもお願いしたいことがある」

 「何でしょう?」

 「頼むから、眼を瞑っといてくれ。それとプラス、手でちゃんと眼を隠すこと。ちゃんとな!」


 要求を耳にし、三人は一度眼を合わせる。


 「なぁ、それだとやる意味がなくなるんじゃ……」

 「我々を騙すつもりか⁉おのれオーガロード、なんと姑息な女か!」

 「う、うるせぇ!いいからとっとと眼ェ瞑れ!じゃねーと絶対ゼッテーやんねぇぞ!」


 恥じらいがどうしても上にきてしまい、祭は駄々を捏ねてしまう。

 これ以上の譲歩は無いと二人は考え、仕方なく眼を閉じるなり手で覆い隠す。

 猫丸も同様、既に眼帯によって塞がれた左眼はそのままにし、空いている右眼のみを手で隠した。


 「み、見えてねぇか?」

 「「「見えてない(ません)」」」

 「本当に、ほんっっっとうに見えてねぇか?」

 「「「見えてない(ません)見えてない(ません)」」」


 念の為と思い、祭は確認を続けた後、大きく一つ咳払いし。


 「よし……、行くぞ」


 顔面をリンゴやトマト以上に真っ赤にしながら、テーブルに並べられたオムライスに両手で作ったハートを向け、


 「お、おいしくなーれ……、萌え萌えキュン……」


 他の席の主人の耳に届かないくらいか細い声で、無理矢理まじないを念じ込めた。

 ついでに、耳も塞いでもらえば良かっただろうか。

 別に眼を隠してもらうまでのことは必要なかったのでは。

 今もこうして、眼を瞑ってくれているのだし……。


 「…………テメェ等……」


 テーブル席を一瞥するや否や、祭は眉根を寄せる。

 額からは青筋が浮かび上がり、加えて盆が凹む程に拳を強く握りだすと。


 「ちゃんと隠せっつったろォがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ‼」


 指を開け、隙間から眼を覗かせていた紅音、九十九、……そして猫丸の三人に、腹の底から怒号した。

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