第18話 その時、鬼は鬼の形相を浮かべた

 ――同日、放課後。

 学校を後にした猫丸は、紅音と九十九つくもの二人に誘われ、とあるファミレスに寄っていた。

 まだ平日の夕方前だからか、客はそこまで入っていない。

 ちらほらと同年代の姿が見えるものの、それでも空席の数より少し勝る程度だ。


 「とりあえず、何か飲み物でも注文しましょう。紅音は……」

 「コーヒー。ブラックで!」

 「紅音、何度も言いますが、飲めないくせにブラックを頼もうとしないでください。毎度毎度、最終的には私が飲む羽目になるんですから」

 「大丈夫だ、コマコマ。今日はなんだかイケる気がする!」

 「それ、いつも言ってますよね」


 テーブルを介し、向かい側の席に座る二人がメニュー表を手に会話している。

 その様子を眺めながら、猫丸は黙ったまま座っていると。


 「黒木さんは何にします?」

 「……何で俺はここに居る?」


 九十九からの質問を返さないまま、今更のような形で、猫丸は二人に尋ねた。


 「なぁ教えてくれ。何で俺達はファミレスこんな所に来ているんだ?」


 その問いに対し、紅音は一旦九十九にメニュー表を預け、真剣な表情で目の前に座る猫丸の眼を見ると。


 「ブラックキャットよ、貴様は言った筈だぞ。オーガロードと盟友の契約を交わしたいと」

 「まあ、一応そうなんだが。……ていうか、さっきから疑問に思ってたんだが、そのオーガロードって一体何なんだ?」

 「紅音が勝手に名付けた、鬼頭きとうさんのあだ名ですよ。鬼の頭目、つまり鬼の王様だからオーガロード――なんだそうです」


 横から挟まれた九十九の解説を聞き、猫丸は紅音が呼ぶまつりのあだ名の由来、ついでにオーガと言う単語が鬼の意味を表すことになるほどと納得する。


 「話を戻すぞ。オーガロードと盟友になりたいと言うブラックキャットの意思はよく解った。しかし貴様は、オーガロードについてまだ知らないことが多過ぎる!」

 「確かに」


 紅音の言葉に、猫丸はコクリと頷いた。

 その直後、紅音は続けざまに声を発して。


 「盟友になりたいのなら、その相手についてもっとよく知らなければならない」

 「尤もだな」

 「だから我々は貴様をここに連れて来たのだ」

 「フムフム、なるほどなるほど……ん?ちょっと待て。説明を聞いても尚、イマイチよく解らなかったんだが……」


 飛躍した紅音の説明で余計に頭が混乱し、疑問符が払拭されない猫丸。

 そのやり取りを見て、九十九が呆れるように言葉を入れる。


 「紅音は言葉が足りな過ぎるんですよ。私が代わりに説明してもよろしいですか?黒木さん」

 「ああ、頼む」


 猫丸は即答する。

 了承を得るなり、九十九はゴホンと一つ咳払いすると。

 

 「最初に言いたいことは紅音と同じです。友達を作る上で、情報収集は基本中の基本。それをする為に、まずは自分から動かなくてはなりません」

 「ああ、そこまでは解っている。だがそれだけの理論でファミレスここに来ている理由が解らない。鬼頭あいつの情報を得る為に、何か作戦会議でも始めるのか?」


 その質問に、九十九は静かに首を横に振った後、「その必要はありません」と呟いて。


 「会議なんかしなくても、本人と直接話せばいいんです」


 そう言うや否や、テーブルに設置されたコールボタンを押し始めた。

 「ハーイ」と言う店員の元気ある声が遠くから聞こえた後、駆けるような足音が近付いてくる。


 「お待たせしましたー、ご注文は……――」


 紙とペンを持ったウエイターがテーブルに到着すると、席に座る三人に注文を聞こうとした。その時……、


 「んなっ……、何でお前等が……?」

 「…………鬼頭?」


 驚愕するウエイターと目を合わせながら、猫丸は咄嗟にその名を口にする。

 そう、三人の元にやって来たのはウエイターではなく、それと同じ格好をしたウエイトレス。

 しかも、猫丸達と同じ彩鳳さいほう高校に在学し、同じクラスに在籍する生徒の一人。

 鬼頭きとうまつりその人であった。


 「お前こそ、何故そんな格好をしている?もしやと思うが、ここで働いているのか?」

 「悪いかよ。別に禁止されちゃいねぇだろ、バイトくらい。ったく、竜姫たつき咬狛かみこまだけならともかく、まさか黒木お前まで居るとはな……」


 猫丸の存在を認識するなり、全力で顔を顰める祭。

 解ってはいたが、あまり良い印象は受けてもらっていないようだ。


 「そうだ、お前に謝りたかったことがある。廊下で顔を合わせた時のことだが、アレは大変済まなかった」

 「テメッ⁉ここで謝ってんじゃねぇよ!二人こいつ等に聞かれちまってんじゃねぇか!」

 「あっ、私達はその現場を陰から見ていたので、聞こえても問題ありませんよ」

 「うむ。ブラックキャットこいつがオーガロードの乳をまさぐるところなら、この眼にしかと焼き付けておいた」

 「…………!」


 思い出したように頭を下げてくる猫丸と、笑顔で衝撃の事実を告げてくる九十九と紅音に、祭は怒りと恥ずかしさで頬を紅潮させる。

 さっさと注文を聞き、一秒でも早くこの場を離れようと考えると、震えた声でもう一度「注文は?」と尋ねた。


 「私は麦茶を。紅音は……」

 「コーヒー!無論、ブラックで!」

 「ですよね……。黒木さんは、もう決めましたか?」

 「えっ?ええとそれじゃあ、竜姫と同じ物をくれ」


 何も考えていなかった為、猫丸は咄嗟に回避策を打った。

 注文を承ると、祭はそそくさとその場を離れ、厨房に居るスタッフ達に内容を知らせる。

 活気のある返事が猫丸達の所まで響き、その声を聞きながら猫丸は祭が走っていった方を向き続けた。


 「学生の身分でありながら、もう働いているとはな。正直驚いた」

 「鬼頭さんはああ見えて、人一倍真面目な方ですからね。去年のこの時期辺りから紅音とこのファミレスに通い始めましたが、その時点で既にバイトをされていましたし」


 九十九の話を耳にすると、猫丸は改めて祭の働き様を眼で追った。

 嫌な顔一つせず、真剣にバイトに勤しんでいる。

 さっきまで自分と顔を合わせていた時とは偉い違いだ。

 その取り組む姿に、何か堅い信念や目標のようなものを感じる。


 この時、猫丸はふと自分の姿を祭に重ねていた。


 成人にも満たない年齢で、ただひたすら裏社会で働き殺しに身を投じていた自分。

 それに対し、同じくただひたすら表社会で働きバイトに身を投じていた祭。

 やってることや年季、舞台は大きく違えど、一生懸命労働に身を捧げるその姿に、猫丸はますます近しい何かを感じていた。

 それは、ある意味好感とも呼べるものだったのかもしれない。

 彼女と交友を結びたいという欲望が、無意識の内に込み上げてくる。


 「竜姫、咬狛……」

 「何でしょう?」

 「鬼頭あいつの中にある俺の評価は、地の底と言っても過言はないか?」

 「ないな。むしろ、底と言う底を突き破り、マントルよりも遥か深くにあると言ってもいい」


 即答する紅音。

 現状確認を終え、猫丸はどうしようかと悩みに耽る。


 「なるほどな……。今友達になってくれと頼み込んだところで、無理ノーの一言で終わるのが目に見えるか。――どうすれば好感度を上げられると思う?」

 「難しいですね。まず、お互いの第一印象が最悪でしたし。私としては、逆によく好かれたいと思えるまでにたった一日で持ち上げられたなと、黒木さんに感服しています」

 「まあそれだけ、オーガロードには人を惹き付ける魅力があったと言うことだろう。流石、王の血を引く一族なだけのことはある」

 

 行き止まりとも呼べる壁にブチ当たり、更に悩みに耽る猫丸達。その時だった――


 「ハイどーもー!何でも検証何でもチャレンジ。『チャレンジモルモット』です!」

 「今日は、店の物を一から頼んで、全部食い切れるかってチャレンジをしまーす!」


 突然、遠くの席から二人の若い男達の声が聞こえてきた。

 他の客が居るにも拘らず、携帯電話スマホと向かい合って何かを大声で話している。


 「騒がしいな。何だアレは?」

 「無名の動画投稿者でしょうか?最近増えてるって噂ですよ。同じ高校の学生にも、何人かそういった活動を始めている人が居ると聞きますし」


 九十九の説明に、猫丸はフーンと返す。

 周りをふと見渡すと、迷惑そうに思っている客の顔がちらほらと見受けられた。

 従業員は勿論のこと、祭も嫌そうに顔を顰めている。

 どうやら、店に許可のようなものは取っていないようだ。と、九十九が即座に悟った――その直後。


 「そうだブラックキャットよ!いい事を思い付いたぞ!」

 「いい事?」


 紅音が突然、手をポンッと打ち鳴らした。

 何か提案でもあるのかと、猫丸は紅音の言葉に耳を傾ける。


 「あの害悪共を外に追い出せば、オーガロードも貴様を見る目を変えるのではないか?」

 「‼」


 猫丸は眼を見開かせた。

 そのハッとした顔からは、「それだ!」と言わんばかりの輝きが映っている。


 「あの、きっともう少ししたら帰ってくれるでしょうし、大人しくしといた方が……」


 いち早く嫌な予感を察知し、二人に止めるよう提案する九十九。

 しかし、その助言は二人の耳に届くことはなく。


 「なるほど、それは妙案だな。乗ったぞ竜姫、天才的だ!」

 「よしっ!では早速行くとしよう!」


 そう言って、猫丸と紅音は席を立ち、その二人組の元へと向かっていった。



 「――お待たせしましたー……って、ん?おい、他の二人は何処行ったんだよ?」


 注文の受けた飲み物を乗せた盆を手に、祭は猫丸達のテーブルに着く。

 が、そこには九十九一人しか座っておらず、猫丸と紅音の姿は無い。

 不思議に思い、祭は一人残っていた九十九に質問してみると。


 「えーっとですね、あそこに……」

 「へ?」


 たじたじと答えながら、九十九は人差し指をある場所に向ける。

 その指に誘われ、祭は向けられた先の方に目を遣ると。


 「オイオイオイオイオイオイ……!何やってんだアイツ等⁉」

 

 驚愕する祭の視界に映ったのは、先程入店してきた動画投稿者の真似事をする二人組。

 ……と、その迷惑客達と何やら口論で揉めている猫丸と紅音の姿だった。


 「貴様等!ここはみなが集いて晩餐に興じる神聖な場だ!貴様等のような分を弁えぬ身勝手なドブネズミ共は、即刻退出してもらおう!」

 「んだと⁉そっちこそいきなり話し掛けてきたかと思えば、勝手なこと言いやがって!」

 「文句あんなら殺っちまうぞゴラァ!」


 一触即発の雰囲気に、他の客や従業員達が見て見ぬふりをし、意図的に避けようとしている。

 このままではいけないと思い、祭が止めに入ろうと試み、動き始めた。


 「おいっ!お前等いい加減に……――!」


 その矢先、


 「――ブホッ⁉」

 「――ゴヘッ⁉」


 憤りを見せていた二人の男達が、重たい音に悲鳴を添える形で、仲良くテーブルに熱いキスをした。

 彼等の後頭部には、猫丸の両手が乗せられている。

 目にも止まらぬ速さで、二人の顔面をテーブルに打ち付けたのだ。


 「よし、後はこの二人を棄てるだけだな」

 「見事だったぞ、ブラックキャット。流石は我が盟友だ」


 白目を剥き、気絶した二人を担ぎながら、猫丸は紅音と共に外に出る。

 目立たぬよう、建物と建物の間の陰に二人を置いていき、再び店に入ろうとした。すると、


 「…………」

 「む?オーガロードではないか。どうかしたのか?」


 わなわなと体を震わせた祭が、入り口の所で立ち構えている。

 何やら酷く憤慨しており、その青筋を立てた顔付きは、文字通り鬼の形相。

 だが、その意思に気付いていない猫丸は、もう大丈夫と励ますように語り始め。

 

 「鬼頭、喜ぶといい。あの煩い二人組なら、俺達が退治してやったぞ。これで心置きなくバイトに励んで……――」


 ――その後、猫丸と紅音は揃って祭に締め出され、今日一日店に入れてもらえなくなった。

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