第17話 その時、猫は鬼に手の平を返した

 「…………へ?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、猫丸は素っ頓狂な声を上げた。

 思わず鼻から、ついさっき詰めたばかりの赤いつっぺが零れ落ちる。

 

 「女?」

 「ハイ」

 「誰が?」

 「鬼頭きとうさんが」

 「嘘吐け」

 「嘘じゃないです。だから信じてくださいって」


 眼をぱちくりとさせながら、猫丸は何度も九十九つくもに問い掛ける。

 理解も納得も及ばないことをアピールするが、九十九からの返答は一切変わらず。

 ただ、あの男の格好をしたクラスメイトが本当は女性だったという嘘のような真実を耳にする以外に他なかった。


 「いやだって、あの制服姿はどう見ても……」

 「スカートの代わりにスラックスを履く女子生徒くらい居ますよ。冷え性な子だったり、脚を出すのが恥ずかしい子だったり」

 「そ、そうなのか。だがあの身長は流石に……」

 「アレは確かに女子高生にしては高過ぎですけど、モデルさんやスポーツ選手を目指してる人にはあれ位の身長を持つ方も居らっしゃいますし、完全に有り得ないとまでは言えないでしょう?」

 「人の成長力は未知数だからな。私だって、いつか180を超える身長を手にするかもしれん。なっ、コマコマ!」

 「紅音は……、まあ一応ゼロではないと言っておきましょうか。あくまで一応ですが……」


 根拠も無いまま腕を組んで発言する紅音に、九十九は目を逸らしながら応えていると、まだ納得し切れていない猫丸が再び尋ねてきた。


 「じゃあ一人称は?あいつ自分のことを『俺』って呼んでたし……」

 「黒木さんは『オレっ娘』って言葉、聞いたことないですか?」

 「お、オレっ……娘?」

 「端的に言うと、黒木さんの言っていた通り、自分のことを俺呼ばわりする女の子のことです。普通はあまり居ませんが、そういう強がりな子も世の中には居るんですよ」

 「は、はぁ……」


 本日二度目の聞いたことない単語により、猫丸の頭の中で疑問符が増殖を繰り広げる。

 表社会こっちの世界には訳の解らない物だらけで、頭がパンクしてしまいそうだ。

 だが、今まで九十九が答えていったモノを全て真実とし、鬼頭あの男を一旦女として仮定した後に考えてみると色々合点がいく。

 高い身長の割に、片手で支えられる程の軽い体重。

 加減しなければ、うっかり圧し折ってしまう危険性がある程に細い腕。

 男性にしては少々高めの声と、つい先程この手で直に触ってしまった柔らかい胸。


 ――その件については、後で謝っておく必要があるな……。


 整理した結果、確かに導き出すことが出来る。


 鬼頭きとうまつりは、紛れもない女子高生だ。



 「二人は、最初に出会った時から鬼頭の正体に気付いていたのか?」


 既にこの場から居なくなっていたまつりの姿を思い浮かべながら、猫丸は二人に尋ねた。

 その問に対し、紅音は「勿論だとも!」と自慢げに放った後、包帯だらけの右手で顔の右半分を覆い隠し、指の間から覗かせた瞳をギランと怪しげに輝かせて。


 「この『竜眼ドラゴンズアイ』に掛かれば、どのような虚構も無意味なモノよ!」

 「去年の入学式の日に、一日だけスカートで登校してきたことがありましたからね。その時から背が高く目立っていたので、一応は」


 隣から遮るように話してきた九十九の言葉に、猫丸は納得とばかりに頷いた。


 「なるほどな。最初から男装をしていた訳ではなかったのか」

 「そういう事です。でもまあ、黒木さんが混乱する気持ちも、解らなくはないですけどね。かくいう私も、初めてあの格好を目にした時は、一瞬性別がどちらなのか解らなかったですし」


 苦笑いを浮かべながら、九十九はポリポリと頬を掻く。

 その言葉を聞いた後、猫丸はふと考えに耽り始めた。


 ――しかし、格好一つ変えるだけで、あれ程までに精密な異性への変装を可能にするとはな……。


 まさか表にもこんな逸材が隠れていただなんて。

 この場に居ない相手に、猫丸は多大なる称賛の意を贈った。


 「まあ、もし鬼頭さんが女子かどうか事前に知らなくても、そのうち気付けたかもしれませんけどね。紅音この子が気に入った人物ということは、何かしら興味を引く答えが可能性が高いですから」

 「己の本性を隠す為、偽りの鎧で身を包む……。オーガロードのあの姿を初めて見た時、私の中でビビッと来た感覚は今でも覚えているぞ」


 近くで二人が何か話している。

 紅音が気に入った人物……。その理由は、猫丸でも微かに解る気がしていた。

 何故なら、自分もから。

 この時、猫丸の中で、祭の評価が手の平を返すように変わっていった。

 九十九に教えられるまでの間、全く正体に気付けなかったことを皮切りに。

 紅音の時とはまた違う。裏ではなく、表にこのような人間が存在していたという事実に興味が湧いていったのだ。

 あの時、初めて面と向かった時は、お互い気に入らないと吐いてしまった。

 しかし、今は違う。

 あの男……、いや、あの女についての興味が溢れんばかりに湧いている。

 表の人間にこれ程までの興味を抱いたのは、鬼頭祭あの女が初めてだ。


 「――ったぞ……」

 「「?」」


 猫丸の呟きに二人が反応する。

 

 「気に入ったぞ」

 「ど、どうしたんですか、黒木さん?」

 「一体何が気に入ったというのだ?ブラックキャットよ」


 二人は猫丸に尋ねる。

 その質問に、猫丸はゆっくりと立ち上がりながら答えると。


 「俺は……、俺は鬼頭が気に入ったぞ」

 「ええっ⁉」


 九十九は驚愕した。

 昨日、あれだけ険悪なムードを向けていた相手に対し、急に真逆なことを発してきたのだから。

 一方で、その相手に自分と同じ評価を付けた猫丸の発言に、紅音は満面な笑みを見せて。


 「そうかそうか!ブラックキャットも、ついにオーガロードのことを気に入ったか!」

 「ああ、まさかこっちの世界にも、ああいった面白い人間が居るとは驚いた。……竜姫たつき咬狛かみこま、俺は決めたぞ――」


 ここが廊下であることを忘れ、一人高笑いを続ける紅音。

 未だ困惑した表情を見せ、何がどうなっているのか理解が一向に追い付かないでいる九十九。

 そんな二人に向け、猫丸は拳を固く握り、決意を顕にするように宣言した。


 「――奴を、鬼頭を俺の友達おんなにする!」

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