第13話 その時、猫は竜達と晩餐を共にした

 時は流れ、午後の十二時半。

 校内に四限目終了と昼休み開始を同時に告げるチャイムが鳴り響き、黒板の前に立つ教師がチョークを持つ手を止めだした。


 「それでは、今回はここまでにします。日直さん、号令を」

 

 教室の至る所から教科書を閉じる音が現れると、一人の生徒が声を上げ、それ以外の全員が従って行動に移る。


 「起立――礼!」


 一斉に席を立ち、頭を下げるや否や、一人の少女がカバンから弁当箱を取り出し、忙しそうな顔をして。


 「コマコマ!」

 「ハイハイ、解りましたよ」


 まだかまだかと隣の友人を急かしながら、早くいつもの場所に向かおうと足踏みを繰り返した。

 すると、その落ち着きのない少女にやれやれと思いながら、九十九つくもは思い出したように告げる。


 「あっ、そうでした。紅音、今日は特別ゲストが来てくれますよ」

 「特別ゲスト?」


 頭上に疑問符を浮かべながら、紅音はその言葉に首を傾げる。

 その様子にクスクスと笑う九十九は、一旦自分の席を離れ、紅音を通り過ぎ、その奥に居る仏頂面の男に近付くと。


 「さっ、行きましょうか。黒木さん♪」

 「…………」


 ニコッと笑い掛けるように、同行を誘った。

 背中の方で、紅音が目を見開きながら驚愕している。


 「コ、コマコマよ……。特別ゲストとは……まさか⁉」

 「ハイ、そのまさかですよ」

 「……‼」


 九十九の返答を聞くと、紅音はパッと顔を明るくさせた。

 一方で、それとは対称的に、猫丸は心底嫌そうな顔付きで。


 「なぁ、今から断るというのは……」

 「ダメです。もう手遅れですから、諦めてください」


 冷淡に告げられた九十九の言葉に、ハァと大きくため息を吐いた。その直後、


 「グオッ⁉」


 何者かに背後から襟首を掴まれ、引っ張られるようにズルズルと引き摺られる猫丸。

 仰天し、絞められた首を苦しそうに押さえながら見上げると、その包帯だらけの手の向こうには、爛々と楽しそうな顔をした紅音の姿が。


 「このっ、急に仕掛けてくるとは……!その手を離せ!殺すぞ!」

 「フハハハハハ!そうかそうか、ブラックキャットも仲間に入りたかったのか!いいだろう。我が新しき盟友よ、共に空の下で晩餐といこうではないか!」


 悶えながら叫ぶ猫丸だが、人目も気にせず高笑いする少女に、そのような警告は届かない。

 テンションのままに廊下に連れ出されると、他クラスの者や教師が次々とおかしな視線を向けてくる。

 晒し者にされた感覚に襲われ、猫丸が恥ずかしそうに顔を赤らめてしまう一方、紅音は依然として意に介さないまま、新しい玩具おもちゃを買ってもらった子供の様にはしゃぎながら走りだした。


 澄み渡る青空の下で、小さな竜が吼えている。


 「蒼天を付き従えし太陽神よ!喜ぶかいい、愚かなる曇天が過ぎ去りし今、この偉大なる竜の姿態を拝めるのだからな‼ハァーッハッハッハッハ!」


 高々と笑い上げる紅音の後ろで、その背中を見ていた猫丸はただただ唖然としていた。


 「あの女、いつもあんなことをやっているのか?」

 「ええ。毎日毎日、本人にとってはルーティーンのようなモノなんでしょうね」


 道中ずっと引き摺られたことにより、猫丸の体中に付いてしまった埃を払いながら、二人は紅音の元に近寄っていく。

 所々にまだ小さな水溜まりは残っているものの、日光の当たる広い面積が既に乾いていた為、九十九は遠慮なくその場所にシートを敷いた。


 「猫丸さん、どうぞ」

 「ああ、済まない」


 三人で輪を作るように座ると、九十九が猫丸に風呂敷で包まれた箱を渡す。

 つい先程、紅音に無理矢理引き摺り出されたことにより、教室に置いてきてしまった猫丸の弁当箱だ。

 一人残された九十九が気付き、持って来てくれたのだ。

 三人一斉に各々の弁当箱を開くと、紅音が猫丸の箱の中身を見て驚嘆する。


 「ほほう、ブラックキャットよ。貴様、中々豪勢なパーティーを揃えているではないか」

 「言ってることはよく解らないが、うちの家の者が作った物を褒めてくれているのなら、素直に感謝しよう」


 猫丸が手に持つ弁当の内容は、旬の野菜をふんだんに使い、かつ選び抜かれた一級品の肉・魚と言ったメインを使用した、値段を意識しないような豪華なラインナップ。

 栄養バランスは勿論、彩りも工夫されており、通常の高校生が平日の昼に摂取するような弁当では間違いなくなかった。

 対して、他の二人が持つ弁当は至ってシンプル。

 特に掘り起こす要素もなければ、掘り下げる特徴もない。

 普通の女子高生が手にしているような、何処にでもある平凡極まりない内容だった。


 「何だかお弁当だけで住む世界が違っているように見えますね……。松阪牛がお弁当箱に入ってる姿なんて、私初めて目にしましたよ」

 「ブラックキャットの家は、ひょっとして物凄い富豪だったりするのか?」

 「まあ、裕福な部類には入るだろうな」

 ――高額で取り引きされる仕事が、毎日のように入ってくるし。


 今頃も必死で仕事に明け暮れている家の連中の顔が浮かび、有り難いと思う反面、自分だけこうしていることに、猫丸は申し訳なく思ってしまう。

 感謝の意を込め、弁当に手を付けようとした、その時だった。

 ふと、紅音と九十九の二人が、猫丸自分の弁当に釘付けになっていることに気付く。


 「……ひ、一口いるか?」

 「「是非!」」


 目を爛々とさせていた二人に、猫丸は自分の弁当を差し出す。

 すると、紅音と九十九の二人は一切の躊躇もなく、猫丸の弁当箱に入っていた牛肉を箸で取り、それを自分の弁当箱のラインナップに加えた。


 ――ま、迷わず取りにきたな……。


 紅音はともかく、九十九までも食い意地が張っていたことに、猫丸は密かに驚いてしまう。

 おかずは減ってしまったが、まぁいいかと思いながら自分の弁当箱をもう一度見てみると、何やら箱の右半分を埋め尽くしている白米の上に、衣に包まれた大きな肉塊が一つ置いてあった。


 「お返し……には、全く届かないと思いますが。良かったら食べてください」


 頬を膨らませ、口元を手で隠している九十九が、優しい声でそう言った。

 白米の上で堂々と鎮座しているのは、彼女の弁当箱に元々入っていた北海道名物。

 唐揚げのようで、唐揚げによく似、唐揚げではないもの。通称、ザンギだ。


 ――一体いつの間に……。

 「私からもコレを授けよう!」


 知らない内に置かれていたザンギを不思議に感じていると、今度は紅音から見知らぬ物体を渡された。

 白茶色をした肉塊の隣で、見たこともない赤い生き物のような物が白米の上に立っている。

 その姿形は、頭と思わしき部分からそのまま生えるように下肢が伸びており、その枝分かれした足のような部位は、全部でおよそ八本……。


 「なっ、何だ……コレは?まるで小さなタコのようだが……」


 怪しげな物体を箸で摘み、猫丸は恐る恐る訊いてみると、何やら不敵な笑みを浮かべている紅音が、クックックと小さく嗤って。


 「驚くがいい、ブラックキャット。それは私が作り上げし呪いの大悪魔、デッドリーカースクラーケンだ‼」

 「デッドリーカース……クラーケン……?」


 叫ばれたその聞いたことのない恐ろしげな名前に、猫丸は思わず硬直する。

 冷や汗が頬を伝り、それが一体何なのか訊いてみると。


 「何だ……、その如何にも死にますよとアピールしてそうな名前は?呪いがどうとかと言ったな?それって一体……?」

 「フフフ、察しがいいな。そう、これは少しでも口にすれば全身に私の呪毒が広がり、一秒を待たずして対象が即死すると言う禁忌の魔蛸まだこ‼」

 「毒……。即死……!」

 「ただのタコさんウィンナーですよ、黒木さん。紅音も、食事中に黒木さんをからかうのは程々にしてください」

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