第33話 その時、鷹は猫の前に姿を現した
その日、
「なあなあ聞いたか?今日一年にすんげー可愛い娘が入ったって」
「あー、知ってる知ってる。超絶美少女って話だよな」
「私さっき廊下ですれ違ったんだけど、マジでお人形さんみたいだったよ!」
「へぇー、私も見に行こっかなー」
教室の至る所で、クラスメイト達がその話題に夢中となっている。
そう、本日、六月下旬の始まり。ちょうどこの上の階に在る一年三組の教室に、新たな転入生がやって来たのだ。
聞けばその一年、この学校に来て早々、圧倒的とも言える美貌で同学年のおよそ半数を悩殺したとの事。
ちなみにその人数は、九割が男のモノだ。
完全に一つの性で埋め尽くされてない辺り、同性にもウケは良いと窺える。
また、その噂を聞き付け、一目見てみたいと思った二年・三年の先輩達の中で、足を動かす者も現れてきた。
そして当然、その噂は彼女達の元にも。
「一体どんな人なんでしょうね」
「聞いた話によると、ロシアからの留学生らしいぞ」
「ほう、ロシア!遥か北の彼方に聳えし幻の大陸!これは面白くなってきたな……」
一つの席に固まり、思いっ切り流行で盛り上がる紅音、
その隣で会話を耳にしていた猫丸は、全く興味無しと言わんばかりに窓の外を眺めていた。
まったく、一体何処に唆られる要素があるのやら。
「せっかくですし、昼休みにちょっと見に行きましょうよ」
「おおっ!それは名案だな!一体どれ程の者なのか、この眼でしかと見極めてやる」
九十九の提案に、紅音が嬉々とした表情で賛成する。
祭の方も、少なからず興味があるのか、沈黙でイエスと答えていた。
昼食の前に、一度見物に足を運ぶという計画がいつの間にか決まってしまった。
現在三限目の終わり。僅かな休み時間を利用し、見に向かう者がこの教室にも出てきている。
その人数は刻限が過ぎる毎に徐々に増え、このペースで行けば昼休みは間違いなく上がごった返しとなるだろう。
そうなれば、階段も混雑するに違いない。
仕方ない、今日は一人で教室に残るか。そんな予定を密かに企てていると、
「それじゃあ決定ですね。同じ考えの人もきっと多く居ると思われるので、人混みに注意して行きましょう。いいですね、紅音、
「うむ!」
「ああ」
「解っ……た?」
つい返答してしまうなり、猫丸は硬直する。
「待て、俺も行くのか?」
「当たり前じゃないですか。どうしてこの流れで、黒木さんにだけお留守番を頼む形になるんです?」
「俺は別に見に行かなくても……」
「そう言うなって。いつもみたいに、屋上で飯食いに行くついでって事ならいいだろ」
「いや、しかしだな……」
「つべこべ言わずついて来い。もしかすると、自分の今後を左右する、新たな運命が待ってるかもしれんぞ」
半ば強制にして、猫丸の同行が決定される。
三人の話し合いが終わると、区切り良く校内に四限目開始を伝えるチャイムが鳴り響いた。
教室に教師が入ってくると同時、廊下に出ていた生徒をはじめとするクラスメイトが急いで席に着く。
――新たな……運命。
何処か引っ掛かる紅音の言葉に、猫丸は何とも言えぬ面持ちを見せていた。
妙な胸騒ぎがする。何か良からぬモノが待ち受けてるかもという不安に襲われながら、猫丸は机の上にある教科書を開いた。
昼休み。予想通りの人混みの多さに、猫丸は大きくため息を吐いた。
やれやれ、一人の少女を見たいが為に、よもやここまでの人数が動くとは……。
表社会の人間の心理は、未だよく解らない。無論、解かろうとする気もないが。
「赤の他人の顔を見れて、一体何だと言うんだ。というか、何故こんなにも男の割合が多い?」
「可愛い女の子を見たいって欲求は、世の男性諸君の足を前へと進めるモノなんですよ。入ってきた一年生は、相当なべっぴんさんと噂されていますし」
「つまり、ここに居る雄共は、全員下心を抱えているということだな」
「当ってるちゃ当ってるが、もうちょい言い方変えれねぇのか?
押し寄せてくる人の波に呑まれながら、猫丸達は先へ先へと進んで行く。
ようやく目的地の教室が見えてくると、扉の前で人集りが出来ていることに気付いた。
あそこから覗き見しているのだろう。コソコソと隠れるような真似をせず、堂々と見ればいいのに。
ついに自分達の番が回り、猫丸達は縦に重なって扉の向こうに目を呉れた。
「何処に居るんだ……?」
一番上に顔を置く祭が、誰が噂の転入生か捜しまくる。
「あっ、アレじゃないですか?ほら、あの銀髪の……」
二段目に顔を置く九十九が、見付けたとばかりに指を差した。
それを頼りに、他三人が辿るようにして目を遣ると、迷惑そうにこちらを見る少年少女の集まりの中に、存在感からまるで違う。一際目立つ少女の姿がそこにあった。
銀色に煌めきながら、背中を覆い尽くさんばかりの長い髪。思わず見蕩れてしまう程に美しく、そして見惚れてしまう程に可愛らしい面差しをしていて、何よりも極めつけは、そのサファイアの如く輝かしい蒼い眼だ。
気をしっかりと保たなければ、一瞬で心と魂を奪われてしまいそうな、凛々しく、二つの鋭い碧眼が、こちらを静かに捉えている。
すると――、
「クスッ」
「!!??!?!?!!?」
目が合い、少女が微笑んだその瞬間、三段目に顔を置く猫丸が、思わず言葉を発せられないくらいに驚愕した。
目は丸くなり、口をパクパクとさせ、全身が小刻みに震え続ける。
「有り得ない……。どうして奴が、こんな所に……!」
「?どうしたブラックキャット。鳩が豆鉄砲を食いながら、雷に打たれて焼け死んだような顔をして」
最下層に顔を置く紅音が、真上に居る猫丸を気に掛けた――その時。
「ぬおっ⁉」
突如として、入り口の扉が勢いよく開かれ、前方向に体重を預けていた紅音が重力に従うようにして倒れた。
ゴチンッ!と鈍い音が鳴り響き、額を赤くしながら涙目になる。
かろうじてバランスを崩す程度で済んだ祭と九十九が、床に伏している紅音に手を伸ばした。
「大丈夫ですか?紅音」
「な、何のこれしき……」
「オイ黒木、いきなり扉開けんじゃねぇよ!って、聞いてんのかテメェ!」
憤慨する祭。しかし、彼女の声が猫丸の耳に届くことはなく。教室内外問わず全員が一斉に驚き固まる中で、猫丸は足を進めていった。
唐突な先輩の入室に、一年生達がどよどよとする一方、猫丸はそんなことを一切気にもせず、その少女の元まで近付いて。
「
ロシア語でそう言い残し、その場を後にした。
一人で教室に出るなり、紅音達を置いて階段を登る猫丸。
「ちょっ、黒木⁉」
「待てブラックキャット!貴様、
「すみませんすみません……。本当にすみません」
走って後を追い掛ける紅音と祭、そしてペコペコと周囲に頭を下げながら九十九が廊下から消えていった。
その頃、猫丸が何を言っていたのか、皆目理解出来なかった一年生達は未だ困惑し。
「何だったんだろ、あの眼帯の先輩……」
「考えない方がいいって。ほら他の先輩方も、教室の前で固まらないでください!」
一人の女子生徒が憤りながら蔓延る有象無象をシッシッと追い払らい、誰も居なくなったことを確認してから出入り口の扉を閉めた。
一方、少しずつ落ち着きを取り戻したもう一人の女子生徒が、注目の的だった転入生の彼女に話を掛ける。
「ホントに何だったんだろうね。シルバードさんは解る……?」
その質問に対し、転入生はうーんと首を傾げた後、してやったりと言いたげな顔で、
「サァ〜?チンプンカンプンデス〜」
片言な日本語でそう応えた。
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