第22話 その時、鬼は猫に打ち明けた

 ――翌日。

 今日もいつもの如く紅音達に振り回され、放課後までまつりに避けられ続けた後のこと。

 時は移り、真っ黒に染められた空には淡い月輪がちりん浮かんでいる。その下で、


 「いや〜、まさか息子とデート出来る日が来るなんてな〜。これも、普段の行いが良かったおかげかな!ハーッハッハッハッハッ!」


 緋色に輝く街中を歩きながら、一匹の寅が高々に笑っていた。

 その隣で、同じく一匹の猫が複雑な表情と共に付き歩いている。

 横による人目も気にしない堂々たる様から酔っ払いだと思われ、意図的に周囲から避けられているからだ。

 本当はシラフだが、これで正常だと思われたくない半面もあり、どうしたらいいのか解らない。


 「親父、もう少し大人しく出来ないのか?一緒に居るだけで、こっちも恥ずかしくなるんだが……」

 「オイオイ、自分から誘っておいて、そりゃねぇんじゃねぇか、ネコ?お父さん知ってんだぞ〜。お前もまんざらじゃねぇってことくらいよ!」

 ――うっざ……。


 一旦家に戻り、豹真ひょうまや代わりの者を連れて来ようか、猫丸はつい考えしまう。

 別にそれでも問題ない。これから向かう場所に入る為には、自分の傍らに大人を付き添わせれば良いだけであり、その相手が親である必要は皆無なのだから。

 それと一つ訂正させてもらうと、自分は別に父を選んで誘った訳じゃない。

 誰か一人、一緒に飯を食いに行く大人を募集したところ、真っ先に父が立候補してきたから付いて来てもらっているだけだ。

 断じて父が良かったとか、そう言う訳ではない。


 「見えてきたな……。親父、今日はここで飯にしよう」

 「おっ、居酒屋か?お前結構渋い店知ってんのな」


 しばらく歩き続け、猫丸が指を差した方向に寅彦とらひこは目を向ける。

 そこの入り口には、見覚えのある赤い暖簾がヒラヒラと風で靡いていた。

 そう、そこはつい前日、猫丸が紅音や九十九つくもと共にやって来た店であり、標的が消えた一軒の居酒屋。

 そしてここは、その標的の人物を三人で追跡していた飲み屋街だ。

 扉の前に立ち、猫丸はもう一度暖簾を潜ろうと手を掛ける。

 今度は大人ちちおやが居るので、何の問題もなく入ることが出来る。

 

 「っらっしゃいやせぇーー‼」


 扉を開けた瞬間、酒の匂いと共に店員の掛け声が出迎えてきた。

 猫丸にとって初めての居酒屋。ここは自分が先導してやろうと寅彦が前に立つ。


 「いらっしゃいませ。一名様ですか?」

 「いや、二名で」


 人数を尋ねに来た店員に、寅彦は指でピースを作りながら応える。

 それを聞いて、そのやけに身長の高い店員は、寅彦の後ろに並ぶ猫丸に視線を移すと。


 「嘘だろ……」


 両眼を見開き、唖然すると同時に硬直した。

 あまりに予想外、予想したくもない現実に、店員の冷や汗は止まらなくなる一方、その店員と目を合わせた瞬間、猫丸は安堵の息を洩らした。

 良かった、やっぱりここに居た。

 席を案内されると同時、猫丸はその店員とすれ違う。


 「お前、いよいよヤベェぞ……」

 「言うな。俺も薄々そう思ってきたところなんだから」


 高身長の店員もとい、祭の囁きに猫丸も囁いて返す。

 ヤバいというのは、いよいよ通報されてもおかしくないところまで来ていると言う意味だろう。

 それだけ、猫丸は祭に付き纏いストーキングし過ぎたのだ。


 「どうやら、マジで警察に連れて行かれてぇらしいな」

 「別にいいが、それはお前も困るんじゃないか?」


 猫丸の全て解っていると言いたげな発言。

 これには祭も黙っている訳にいかず、目力を込めて睨みに掛かる。


 「……脅しのつもりかよ?」

 「好きに受け取ってくれて構わない」


 数秒程互いにその状態を保ち続けると、既に案内された席に腰掛けていた寅彦が横入りするように声を掛けてきた。


 「オーイ、さっきから何突っ立ってんだ?早くこっち座れよ、ネコ」

 「続きは後で話そう。いつ時間取れる?」

 「三十分後くらいなら……。つーか、お前こそ、そのおっさんどうすんだよ?一緒に飯食いに来たんじゃねーのか?」

 「心配無用。ビールを一つ持って来てくれ。それでなんとかなる」


 猫丸の言葉に首を傾げる祭。

 言われた通り、注文を承る形で寅彦用のビールと適当な料理を運んでくると。


 「うっし!んじゃ、かんぱーい!」

 「乾杯」


 合図と共に、金色に輝くジョッキと透明なグラスから甲高い音色が響き渡った。



 「――さて、これで時間の許す限り話が出来るな」


 居酒屋裏口前の外。冷たい風の吹く中で、猫丸が夜空を見上げながら呟いた。

 目の前で腕を組みながら、祭が不服そうな顔をする。


 「いいのかよ?親父さん一人にして」

 「問題ない。掏られる心配の無いよう、ちゃんと財布や貴重品はこっちが預かっているし。酔っ払いの一人や二人、店内で寝ていたとしても不思議じゃないだろう?」

 「まぁ、そうだけど……」


 自分が訊きたいのはそういうことじゃないと思いながら、祭はため息を吐いた。

 現在、店内には他の客と一緒に、寅彦が一人残されている。

 頬を赤く染め、ニヤつき顔で机に突っ伏しながら、幸せそうに眠りこけていた。

 いつもは酔っ払っているように騒がしい父だが、酒が入れば一変。

 気絶するかの如く、深い眠りへといざわれる。

 想像以上の下戸。故に扱いやすい。

 普段当たり前のように手玉に取られているのだ。今回くらい、こちらが取らせてもらう番が来ても良いだろう。


 「親父の事はいい。さっさと本題に入らせてもらうぞ」

 「ああ、好きにしろ」


 素っ気ない返答を送る祭。

 どうやら、ごまかす気はさらさら無いらしい。

 遠慮は無用と判断し、猫丸は大きく一つ咳払いすると。


 「まず一つ聞かせてもらうが、何故ここでバイトをしている?こんな時間、それに高校二年生こうにのお前が何故一人でこの店に入れる?」


 いきなり忌憚のない質問を投げ掛けてきた。

 一番の疑問はコレだろう。

 時刻はもうすぐ深夜を廻ろうとしており、自分と祭以外、外出している学生は見当たらない。

 18歳未満による十時以降のバイト、そして彩鳳さいほう高校の学生が大人の同伴抜きで居酒屋に入ることは、共に禁止されている。

 祭もそれを認知しているに違いない。では何故、祭はここで働いているのか。

 考えられることは一つ――それは……。


 「鬼頭きとう。お前、年齢を偽っているな?」


 それが妥当だ。

 思い返せば、祭は昨日ここに来る途中、服装が制服ではなく私服に変わっていた。

 アレは自分が高校生だとバイト先に悟られないよう、彼女なりに偽装した結果なのだろう。

 おまけに、祭の身長は180センチオーバー。制服でも纏わない限り、彼女を高校生と判断することは難しい。

 女性かどうか識別するのはもっと難儀だ。失礼な話だが。


 「ハッ、勘の良い野郎だな、テメェは。そんなんじゃモテねぇぞ?」

 「真面目な話をしてるんだが」


 はぐらかそうとしてくる祭に、猫丸は冷静さを保ったまま話を戻す。

 冗談も通じないのかと思いながら、祭は半分呆れ気味に頭を掻いていると。


 「何故そこまでする?」

 「決まってんだろ。金が要るんだよ」

 「何故そこまでして金を手に入れようとする?歳をごまかしてまでする必要が、お前には有るというのか?」

 「有るね。俺にはどうしても金が必要なんだ」


 祭は迷いのない返答を告げる。

 それに対し、猫丸はこれ以上推理することは難しいと判断した後。

 

 「何か事情でもあるのか?」

 「…………」


 一瞬、祭はだんまりを決め込んだ。

 それから少し考え、黒い天をふと仰いでから、


 「聞いたって、何にも面白くねぇぞ……」


 意を決し、自身の過去を打ち明けた。

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