第12話 『火炎舞踏会』
『そして対戦相手の登場です! 狂える炎の使い魔! 残忍なる放火魔! イグニファタスだぁぁぁぁっ!!』
衛兵共がアリーナから逃げるように退場していくのと入れ替わりに、反対側の門が開いて、そこから複数体の魔物がアリーナに飛び込んできた。
飛び込んできたと言ってもそれほど速い動きではなく、ふわふわと
見た目は空中に浮かぶ火の玉といったところだ。
一説には無念のうちに死んだ人間の魂が魔物となって甦り、道連れを求めて森や荒野を彷徨っているのだとか。
だがあのふわふわした動きに代表されるようにそれほど素早い動きは出来ず、体当たりや火花を飛ばすくらいしか攻撃手段がないので簡単に逃げられるし、ちょっと訓練を積んだ人間なら対処するのも容易だ。そのため脅威度レベル2に分類されている。
今の私にとっても
イグニファタス共がリング上にいる私に気づいて、一斉に空中を漂いながら迫ってきた。いよいよ開始だ。
先頭にいる魔物が燃え盛るリングの縄を軽々と飛び越えて入ってきた。イグニファタスは当然ながら自身が炎の塊のような物なので水に弱いという弱点があるが、反面あらゆる炎や熱による侵害が無効だ。
なのでこの炎のリングは私のみが行動を著しく制限され、イグニファタス共は全く行動を制限されないばかりか、炎のロープを盾にさえできる有利なフィールドだ。
イグニファタスが身体から小さな火花を飛ばしてきた。厚手の服などを身にまとっていれば大した脅威ではないが、当然ながら肌の殆どを露出している私が食らったらそれだけで火傷を負ってしまう。
私は双刃剣を旋回させて降りかかる火花を散らす。見た目派手な挙動に観客席が沸く。
その間に他の2体のイグニファタスが私の側面に回り込んで体当たりを仕掛けてきた。正面の火花に対応している為にすぐには対処できない。やむを得ず回避を余儀なくされる。だが……
「……っぅ!」
とっさに後ろに飛び退って体当たりを回避したが、この大して広くもないリングの上で大きく飛び跳ねると、当然すぐに
油を染み込ませた縄から上がる炎が容赦なく私のむき出しの背中を炙った。熱さに対する反射的な防御反応として私は、飛び跳ねるようにリングの中央に戻った。そこにイグニファタスが再び体当たりを仕掛けてくる。私は背中を炎で炙られたショックからパニックに近い状態になって、とても体当たりに対処するどころではない。
条件反射的に私は再び体当たりから身を庇うようにして今度は前に跳んだ。すると必然的に目の前に燃えるロープの壁が迫る。
「……っ!!」
すんでの所で制動を掛けるが、今度は炎の熱が私の身体の前面を炙る。容赦なく肌を熱する感触に私は後ろに下がらざるを得ない。しかしその時にはイグニファタス共が背後に迫ってきていた。
「くそ……!」
私は思わず毒づきながら必死に逃げ回る。リングが狭いために迂闊に攻撃動作を取ろうとするとすぐにロープの炎に接触しそうになってしまう。相手を攻撃する為にはリングの中央辺りに留まらざるを得ない。しかしそれは同時に奴等の攻撃を躱しつつのカウンターが取れないという事を意味する。
私が逃げ回る姿に観客共は大喜びだ。耳障りな歓声が鳴り響く。
「っぅ!!」
そして遂にイグニファタスの体当たりが私の身体を掠めた。ロープの炎を気にして大きく回避動作が取れなかった為だ。
脇腹の辺りに物凄い熱を感じた。一呼吸置いてから、全身の感覚が一気にそこへ集中したかのように痛みを感じ始めた。
くそ、掠っただけでこれだ。体当たりをまともに食らうかロープの炎に完全に接触してしまったら、全身に火傷を負って戦闘不能。恐らくそのまま追撃されて死に至る事になる。そしてこのままじわじわと追い詰められれば、いずれ遠からずその未来は訪れる。
「……!!」
私は懸命に冷静さを取り戻そうと呼吸を整える。幸い脇腹の痛みは我慢できなほどではない。
思い出せ。昨日までやってきたジェラールとの訓練を!
正面からイグニファタスの一体が再び体当たりを仕掛けてくる。周囲を炎に包まれ逃げ場がない環境と火傷への恐怖から無意識的に回避を選択してしまい、結果としてドツボにはまってしまっていた。だが私は己の心を鼓舞して何とか冷静さを保つ。そして……
「ふっ!!」
イグニファタスの体当たりを避ける事なく正面から剣を斬り下ろした。本当にただ炎の塊を斬った場合と違い、ほんの僅かな手応えらしき物を感じ、そのまま剣はイグニファタスの
イグニファタスの『顔』が叫ぶような表情をした後に、そのまま纏っている炎ごと霧散してしまった。
所詮はレベル2の魔物。冷静に対処できさえすれば大した敵ではないのだ。燃え盛る炎の視覚効果と肌に感じる熱に惑わされすぎていた。
ジェラールは恐らくこの試合形式を見越していたのだ。私に戦いの中でもパニックに陥らずに冷静さを取り戻す訓練を施してくれていた。
もう一体のイグニファタスが側面から突っ込んでくる。私はやはり回避動作を取らずに双刃剣を旋回させて、返す刀でイグニファタスを斬り伏せた。悲鳴を上げて霧散する魔物。これで残りは一体だ。
イグニファタスは怖気づいたり逃げたりする習性はなく、自分か相手が死ぬまで攻撃を止めない。最後の一体は火花を飛ばしつつ迫ってくる。
私は慌てる事なく双刃剣を風車のように旋回させて火花を散らしつつ、自分から敵との距離を詰める。そして斬撃の間合いに入るや即座に旋回の勢いを利用して、そのまま上段から斬り下ろす。
一刀の元に最後のイグニファタスも斬り伏せた。これで敵は全滅だ。
………………
いつの間にか観客席は静まり返っていた。
『う……おおぉ……! し、信じられない! クリームヒルト選手、炎に囲まれた狭いリングでも冷静さを取り戻し、3体のイグニファタスを全滅させたぁっ!! 剣の技術だけではない! 戦いでも冷静さを失わない精神力もまた強さの証! 北の魔女は確実に戦士として成長を遂げているぅぅぅっ!!』
――ワアァァァァァァァァッ!!
司会のアナウンスによって、観客共が一斉に堰を切ったように喚き始める。だが私はそれら有象無象共には構わず、じっと主賓席のカサンドラを見上げていた。
どうだ、カサンドラ。これが今の私の実力だ。そうやってふんぞり返っていられるのも今の内だ。私は必ずお前に追いついてやる。その時に慌てふためくお前の顔を見るのが楽しみだ。
だが私が
「……!」
あの女め。あくまで私を無視して歯牙にも掛けていないというスタンスを貫くつもりか。
私は歯ぎしりして剣の柄を握る手に力が籠もる。いいだろう。どこまでその余裕ぶった仮面が続くか見ものだな。必ずお前を私と同じ高さに引きずり下ろしてやる。精々楽しみにしているがいい……!
私は未だに燃え盛っているリングの中央から、闘技場を退席していくカサンドラの背中を睨みつけながら決心を新たにするのだった……
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