第23話 無謀なる挑戦!?


『うおぉぉぉっ!! 3連戦! レベル4の魔物との3連戦を突破したぞぉぉっ!! 素晴らしい! まさに素晴らしいの一言です! 我等が女王は無敵の英雄だぁぁっ!!』



 ――ワアァァァァァァッ!!



 興奮したアナウンスに被さるように観客達の大歓声がアリーナを震わせる。悔しいが彼等の気持ちも解ろうというもの。


 (認めるのは極めて癪だが)見目麗しい女が露出度の高い衣装を身に纏って、熟練の戦士もかくやという戦いぶりを発揮して、決して弱くはない魔物を3体も連続して屠っているのだ。それだけでも奇跡と言って良い光景だが、それが自分達の崇拝する女王ときているのだ。まあ熱狂するなという方が無理な話だろう。



「……ここまでは順調だな。だが、今の彼女が順調なまま・・・・・で終わらせるとは思えん」



「え……?」


 私はジェラールを仰ぎ見た。彼は未だに厳しい表情をアリーナに向け続けたまま喋る。


「確かにこのまま同じように5連勝しても、充分に臣民の心は掴めるだろう。だが今まで見たようにレベル4単体では最早彼女の脅威とはなり得ん。いくら連戦とはいえ、それではインパクトが弱い・・・・・・・・


 そこでジェラールはようやく私に視線を向けた。


「お前はこれまでの試合、絶対に生き残れるはずがないという下馬評を覆して勝利してきた。特にあの『火炎舞踏会』や『奈落剣山』のインパクトは非常に強かったはずだ。陛下があれに匹敵するインパクトで民の心を上書き・・・するつもりであるなら、恐らくここからが本番・・となるはずだ」


「……!」


 ジェラールのその予想を裏付けるように、第4戦目のアナウンスが流れる。



『さ、さあ、それでは続けて第4戦目です! ……っ。こ、これは、流石に……。ほ、本当に宜しいのでしょうか……?』



 今まで自国の女王に(例えそれが女王自身の意志とは言え)レベル4の魔物を嗾けても、お構いなしに興奮してアナウンスしていた司会が初めて躊躇う様子を見せる。


 つまりそれだけ今までとは段違いに危険な相手という事か。ジェラールの予想は当たっていたようだ。観衆達も俄かに騒めき始める。


 だがアリーナに立つカサンドラは、司会に向かって剣を振った。構わずに続けろという意思表示だろう。良く見るとカサンドラの『鎧』から剥き出しの素肌は汗で濡れ光っており、呼吸も大分荒くなって肩で息をしているようだった。


 普通なら体力を回復させてから次の試合に臨むべきだろう。だがあの女はそんな状態でありながら、早く次の相手を出せと司会を急かしているのだ。インターバル無しで連戦すると明言した以上、本当にそれを貫くつもりらしい。


 ……面白い。お前の覚悟が本物か、この試合で見極めてやる!



『……っ! も、もうどうなっても私の責任ではありませんよ!? それでは4戦目です! 邪悪な魔物どもを率いる邪将軍! その膂力と武技は時に人間の戦士すら上回る! 脅威度はレベル4! ゴブリンロードの登場だぁぁっ!!』



「え……?」


 再び門が開いて登場したのは、私も以前に戦った事があるゴブリンやホブゴブリンの親玉とも言える魔物、ゴブリンロードだ。身長は2メートル程はあり、その体格も身長に見合った分厚い筋肉に覆われ、更にその肉体を武骨な板金鎧に包んでいる。


 そしてその手にはカサンドラの胴体など一撃で両断できそうな巨大な蛮刀を携えていた。


 私は若干拍子抜けした。確かにゴブリンロードは強力な魔物であり、騎士や熟練の傭兵にも匹敵する強さだと言われている。だがそれでも単体としてはレベル4であり、カサンドラがこれまで倒してきた魔物達と同ランクの強さのはずだ。


 あの司会は一体何を躊躇っていたのだろう。だがその答えは直後に提示された。



『……2体目・・・です! 強靭な防御力と研ぎ澄まされた武技を兼ね備えた龍の眷属! 脅威度は同じくレベル4! ハイリザードマンだぁぁっ!!』



「……っ!?」


 このアリーナには全部で4つの門があり、その内2つは普段は使われていない。その中の1つの門が開いてそこから新たな魔物が入場してきた。


 やはり私が以前に戦ったリザードマンの上位種であるハイリザードマンだ。体格は普通のリザードマンより一回り大きく、その分筋肉もより発達しているのがこの距離からでも解る。鱗の色もやや赤みがかった色合いで普通のリザードマンとの区別は容易だ。


 こいつは長い丈夫そうな槍を持っていた。しかも要所要所を金属の鎧のような物で覆っていた。当然その戦闘能力も下位のリザードマンより遥かに上だろう。


 2体の魔物との同時戦闘! そういう事だったのか! 確かにそれだけでも難易度は跳ね上がる。魔物は種族が異なると魔物同士でも敵対しあうが、今この場には露出鎧を身に着けた若い女が襲ってくれとばかりに佇んでおり、魔物達がまずは優先してカサンドラを襲う事は間違いない。自然と2対1の状況が出来上がる訳だ。


 レベル4が2体同時か……。今までよりも格段に厳しい戦いになるのは確かだろうな。あの女は本当に勝てる自信が――



『つ、続けて3体目・・・です! 遥か東の島国から渡ってきたと言われる謎に包まれた魔物! 硬い甲殻と俊敏な動作を併せ持つ生粋の戦闘種族! 脅威度レベル4! アームドウィングだぁぁぁっ!!』



「――なっ!?」


 3体目? 3体目だと!? 私がその言葉の意味を理解するよりも前に、4つ目の最後の門が開いてそこから1体の異形が進み出てきた。


 それは一言でいうなら、直立した昆虫人間とでも形容すべき異形であった。全身が紫がかった甲殻と節に覆われており、それでいて人間に近い四肢を備えているのだ。尤もその先の手や足の形状は人間とはかなり異なる怪物的な物であったが。


 体格自体はゴブリンロードよりやや小さく細身な感じだが、当然カサンドラよりは一回り以上大きい。


 頭部は巨大な蟲そのものといった感じで、はっきり言って非常に気色悪い。全体的にかなりインパクトのある外見だ。


 更にそいつは甲殻に覆われた醜い魔物のくせに、その上から服のような物を着ていた。大陸では見られない奇妙なデザインの服だ。


 そしてその『手』には剣、なのだろうか? やはりこの大陸では見慣れない形状の、細身の剣のような武器を握っていた。



「ほぉ! アームドウィングとはまた珍しいモンを引っ張り出してきたなぁ! 以前にハオランから聞いた事があったんだが、東国には奴等の一大勢力圏があるらしいぜ。ハオラン達とも違う独自の文化を持ってる魔物で、めちゃ強ぇ上位種とかもいるらしいぜ。まあ今そこにいる奴は只の一般兵・・・みたいだがよ」


 レイバンが少し興味深そうな様子で補足する。東にはこのアルデバラン大陸とは海を隔てて、独自の文化を持った巨大な島国が存在しているらしく、稀に密輸や武者修行目的などでその『東国』から人が渡ってくる事がある。


 だが渡ってきたのは人だけでなく、時折魔物も紛れてくる事がある。今アリーナに登場した魔物はまさにそうやって大陸に渡ってきた個体なのだろう。



 だが今問題はそこではない。流石にこれで打ち止めのようだが、カサンドラは今から3体の魔物相手に同時に戦う事になるのだ。レベル4の魔物と3対1だと!? それは余りにも馬鹿げている! あの女は完全にイカれている! 


 試合開始の合図は無い。アリーナに入ってきた魔物達は人間という共通の敵の前に、互いに争う事無くカサンドラのみにターゲットを絞って襲い掛かる。


 同時に3体。それも今までとは異なり、武器で武装した人型の魔物だ。殺意に満ちた敵国の熟練騎士3人に囲まれているような物だ。しかもカサンドラはここまでの連戦でかなり体力を消耗している状態だ。


 しかもゴブリンロードは重厚な板金鎧に身を包み、ハイリザードマンは鱗、アームドウィングは甲殻という天然の鎧で全身を覆っており、いずれも多少の斬撃など物ともしないだろう。対してカサンドラは大胆に素肌を露出した『鎧』姿であり、僅かに掠っただけでも負傷は免れず、まともに当たれば一撃で致命傷を受けてしまう。


 これは流石に無茶が過ぎる。私は半ばカサンドラの死を予感した。

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