第24話 遥かな高み

 かなり素早い動きで最初に戦端を開いたのは甲殻人間アームドウィングだ。持っていた奇妙な形状の剣――レイバンによると『刀』という武器だそうだ――を、まるで滑らせるような動きで薙ぎ払ってくる。ただ力任せに振るうのではなく、技術・・に裏打ちされた斬撃だ。


 カサンドラは盾でその斬撃を受けるが、トロールのように受け流すのは難しいようで激しい金属音と共に僅かに体勢が崩れる。既に体力を消耗している事も影響しているのだろう。


 アームドウィングはそのまま追撃を繰り出してくる。カサンドラは体勢を立て直す間もなく防戦を強いられる。それでもこれが一対一であれば、隙を見つけて体勢を立て直し反撃に転じる事も出来たかもしれない。だが……そんなカサンドラの側面から赤い影が迫る。ハイリザードマンだ!


「あ、危ない……!」


 私はあの女の死を願うはずの立場でありながら、反射的にそんな声を上げていた。赤いトカゲ男の槍が側面から突き出される。かなり鋭い槍撃だ。


 直前で気付いたらしいカサンドラは咄嗟に後方に跳び退る事で槍の一撃を躱した。だがそこを狙ったかのように今度は後ろからゴブリンロードが蛮刀を振り下ろしてくる。カサンドラは条件反射的な動きで横転してその斬り下ろしを躱す。


 しかしその間に当然他の2体が黙って見ているはずが無く、次々と刀や槍を繰り出して追撃してくる。ゴブリンロードも勿論、獲物を殺すのは自分だとばかりにカサンドラを追い立てる。カサンドラは完全に防戦一方で、生き延びるのに精一杯の状況となっていた。


 あの3体の攻撃を生き延びているだけでも信じられない事だが、それとていつまでも続く訳ではない。ただでさえ既に消耗していた体力が恐ろしい勢いで削られているはずだ。このままではすぐに限界を迎えるだろう。



 私は知らず知らずの内に立ち上がって拳を握り締めて、試合を食い入るように見据えていた。あの女が憎いはずなのに、死んでほしいはずなのに、そういった理屈・・とは別の、人間としての本能的な部分で、私は無意識の内に心の中でカサンドラを応援・・してしまっていた。その矛盾に自分で気付いていなかった。


 私でさえこうなのだから、他のギャラリー達は言わずもがなだ。今やカサンドラは、ある意味ではこの場の空気を支配・・していると言えた。



「……レイバン。気付いているか?」


「ああ……。全く、本当に大したモンだぜ、あの姫さん……いや、女王様はよ」


「え……?」

 私は2人のやり取りが気になって、一時的に試合から目を逸らして2人を振り返る。ジェラールがかぶりを振った。


「目先の斬り合いだけに囚われるな。冷静になって全体・・を俯瞰してみろ。今のお前なら気付くはずだ」


「全体?」


 言われて私は再びアリーナに視線を戻す。そこでは相変わらず3体の魔物の攻撃に防戦一方のカサンドラの姿があるだけだ。このまま追い詰められて体力が尽きれば一巻の終わりだ。絶体絶命の状況は何も変わっていないはずだ。だが……


「ん……?」


 しばらく戦いを見ていて私はある事に気付いた。試合開始から今まで、カサンドラは一度たりとも2体以上の魔物から同時攻撃・・・・を受けていないという事に。


 カサンドラに攻撃を仕掛けるのは常にどれか1体だ。その1体の攻撃が躱されるとまるで順番待ち・・・・のように次の魔物が攻撃を仕掛け……。それが繰り返されている。


 妙だ。魔物達に順番待ちする理由は無いし、普通なら我先にと同時に襲い掛かるはずだ。魔物を調教する技術などないし、3体とも明らかに本気でカサンドラを攻撃している。にも関わらず1体ずつしか攻撃をしていないという事は……


「ま、まさか……?」



「そうだ。彼女がそう仕向けている・・・・・・のだ。彼女は一見追い詰められているようで、その実戦場の流れをコントロールしている」



「……っ!」

 やはりそういう事か! 常に敵の位置関係を把握して、同時に襲われないような立ち位置を確保している。そして巧みに敵の動線を誘導して、自らの望む角度、望みのタイミングで攻撃させている・・・・・・・のだ!


 恐らく他の観客達も、そして当の魔物達でさえ、自分達が巧みにカサンドラの術中に嵌っている事に気づいてはいまい。レベル4の魔物……つまりは熟練の傭兵や正規軍の騎士クラスの実力の持ち主を3体同時に相手にしている状況を鑑みれば、それはある種の神業とさえ言えた。



 これが……私が挑もうとしている高み・・なのか。私は、このレベルに追い抜いただの追い付いただの戯言・・を恥ずかしげもなく抜かしていたのだ。ジェラールに呆れられ叱責されるのも当然の事だ。



「……! 女王様がそろそろ反撃・・に移るみてぇだぜ」


 レイバンの言葉に私はカサンドラの動きを注視する。恐らくカサンドラは戦いながら敵の攻撃や動きの癖、弱点などを分析していたのだ。そしてそれが終わったという事か。


 最初はアームドウィングだ。蟲男が連続して刀を煌めかせる。技術と速さを兼ね備えた鋭い斬撃で、並みの兵士などでは受ける事さえ出来ずに斬り伏せられかもしれない。


 だがカサンドラにとっては既に繰り返し体験した攻撃であり、その軌道を完全に見切ったようだった。彼女は盾でその斬撃を受けた。すると試合開始直後の攻防とは異なり、攻撃をいなされたアームドウィングの方が体勢を崩した。カサンドラはその隙を逃さず、反撃に小剣を突き出した。彼女がこの試合で初めて能動的に攻撃した瞬間である。


 そしてその鋭く正確無比な突きは狙い過たず、アームドウィングの甲殻に覆われていない喉の関節部分に突き刺さった! 恐らくそこが弱点だという確信を、戦っている間に得ていたのだろう。


 急所を刺し貫かれたアームドウィングが口から大量の液体を噴き出しながら崩れ落ちた。即死のようだ。これで1体。観客席から大歓声が巻き起こる。



 次はハイリザードマンが槍で突きかかってきた。やはりゴブリンロードに同時に攻撃されないように、巧みに位置取りを変えている。


 ハイリザードマンの槍捌きも相当な物だが、やはりカサンドラは既に見切っているようで盾で攻撃を逸らしつつ、相手に肉薄。下から斬り上げるような軌道で、ハイリザードマンの下顎部分を一直線に斬り裂いた! 


 硬くそれでいて柔軟な鱗を持つ龍族だが、どの種族にも必ず『逆鱗』と呼ばれる急所が存在する。かつてあのシグルドもレベル10の【邪龍王】ファーブニルとの戦いでは、最終的に逆鱗を貫く事で勝利したという。ハイリザードマンの逆鱗は顎の下に存在していたようだ。


 急所を斬り裂かれたハイリザードマンは大きく痙攣してから地面に沈んだ。これで2体。



 残り1体になったゴブリンロードは一瞬状況に戸惑ったように目を瞬かせたが、カサンドラが大きく息を荒げながらも挑発するように剣を左右に振ると、狂乱したように襲い掛かってきた。蛮刀を大きく振りかぶって一気に斬り下ろしてくる。


 しかし今更そんな大振りの攻撃に当たるカサンドラではない。最小限の動きで敵の斬撃を躱すと、すれ違いざまに剣を一閃。ゴブリンロードの首筋から大量の血が噴き出して、声にならない呻き声を上げつつ魔物は自身の血だまりの中に沈んだ。これで……3体!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る