第19話 歪み

 あの『奈落剣山』の試合から1週間が過ぎ、今日はまた闘技場の試合が催される日であった。いつもならその中の一試合に必ず私が出場する『特別枠』の試合が設けられており、そこでこれまで処刑試合という名目で様々な魔物と戦わされてきた。


 つまり闘技場の試合開催日は必ず私の処刑試合の日でもあったのだ。だが今日この日だけは例外であった。今日の興行の『特別枠』は私の試合ではなく……



「ジェ、ジェラール……。本当なの? 本当に今日あの女が……カサンドラが戦うの?」


 私は前を歩くジェラールにしつこく確認していた。これで同じような質問を今日だけで3回している。

 

 だって仕方がないではないか。確かにあの女が試合をするとは聞いた。だが冷静になって考えると、この国の剣闘士達が女王であるあの女相手に本気で戦えるはずがないし、どうせ最初から勝敗が決まっている出来レース的な試合なのではないかと思ったのだ。


 魔物相手では八百長は出来ないし、今や権力の絶頂にあるあの女がわざわざ魔物と戦う理由が無い。


 なので聞いた当初は興奮していた私も日が経つにつれて、ただあの女を讃える為だけの出来レースの試合など見た所でむしろ虚しさと忌々しさが募るだけ……。そう思うようになっていたのだ。


 だから今朝になって私を迎えに来たジェラールから、カサンドラの試合が魔物相手であり、しかも複数の魔物と連戦・・する形式だと聞いて、自分の耳を疑ってしまったのだ。



「ガントレット戦という形式だ。相手の魔物を倒したそばから休む間もなく次の魔物が投入され、それらと連戦していくという試合形式だ。かつて陛下はフォラビアでも同様の試合を戦い、生き延びた経験がある。恐らくそれにあやかっての事だろうな」


「な…………」


 ジェラールの説明を聞いて増々唖然としてしまう。魔物と連戦? 休む間もなく? そんな試合は魔物のレベルによっては自殺行為だ! 


 いや、待てよ。レベルによってという事は……


「ふ……あはは。解ったわ。きっとレベル1やレベル2の魔物と連戦するという事ね? それならまあ安全ですものねぇ?」


 私は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。女王であるあの女が自分からそんな危険な試合に身を投じる訳はないし、あの女を英雄視しているこの国の臣民共もそんな試合を認めるはずがない。


 それなら相手のレベルを落とせば良いだけの事だ。レベル1や2の魔物なら例え連戦になろうが、私だって危なげなく掃討できる。それでも魔物を倒した事実には違いないので、魔物に打ち勝つ『強い女王様』は演出できるという訳だ。あの女を神格化さえしているらしい馬鹿共はそれだけでも充分熱狂する事だろう。


 全く下らない。多少でも期待させておいて、結局馬鹿げた茶番を見せられるだけか。だがもう別に構わない。あの女がそうやって茶番を演じれば、それだけ自分で自分の価値を下げる事になるだけだ。そうなればジェラールも目を覚ますだろう。そして下らない演出劇しか出来ないあの女よりも私の方が強いという事実を遂に認める事になる。


 そう考えれば、まあ例え茶番と解っていても多少なりとも価値はあるか。私が内心でそう結論づけた時、ジェラールが私の方を振り返ってじっと見つめてきた。


 私は少し心臓の鼓動が高鳴るのを自覚した。


「な、何?」


「……正直お前が【アデプト】まで昇格を果たし、『火炎舞踏会』や『奈落剣山』といった特殊試合も勝ち抜いてここまで生き延びる事を予測できた者は極めて少ない。それは恐らくカサンドラ陛下とて同じだろう。お前は間違いなく戦士としても着実に成長している」


「……! な、何よ、急に?」


 脈絡なくいきなり私を褒めだしたジェラールに、私は妙にどぎまぎして若干目を逸らした。



「最近ではお前がロマリオンの皇女であるという事実を半ば忘れ、お前の試合を純粋に楽しみにしている者も現れだしていると聞く。1人の剣闘士としてお前の奮闘を讃えるべきだという声が、特に市民の間からちらほら出始めているのだ」


「え……!?」


 私は目を剥いた。そんな話は初耳だった。私の試合を純粋に楽しみにしている……? そんな者達がこの国にいるのか? いや、現れ始めているだったか。それだけでも普通なら考えられない事だ。


 だがその考えられない事態が起き始めるだけの事を、私は成し遂げてきたのか。私の胸に若干だが名状しがたい感覚が去来する。同時にあの女に対する痛快な思いも。


 それが事実だとしたら、あの女にとってはこの上ない屈辱だろう。いい気味だ。思わず口の端が吊り上がってしまう私だが、そんな私を戒めるようにジェラールがかぶりを振った。


「お前が何を考えているかは解るぞ。そしてまさにそれ・・こそが、陛下が今日の試合を決断された理由だろう」


「……!」


「今の状況が陛下にとって面白いはずがない。自分を絶対視しているはずの臣民達が、あろうことか憎きロマリオンの象徴であるお前に靡き・・だしているのだ。少なくとも陛下はそういう認識だろう。彼女にとってそれは絶対に看過できる問題ではない。何としてもこの歪み・・を修正しようとするはずだ」


「…………」


 歪みを修正。


 最も手っ取り早い方法は、やはり私を強引に処刑するなり何なりする事だろう。だがあの女はそれをやりたくても出来ない。あの女が自分でそういう状況を作り出してしまったから。ましてや今ジェラールが言った事が本当なら、増々私に対して強引な処断はしづらい状況になっているはずだ。


 どうやらあの女は完全な自縄自縛に陥っているようだ。何とも愚かで滑稽な事だ。今頃さぞ過去の自分の判断を後悔している事だろう。


「お前を強引に処断などすれば、彼女の負け・・だ。彼女のプライドからもそれは絶対に出来ない。ではどうするか。その答えがこの試合という訳だ。自分の強さを改めて臣民にアピールして英雄視させ、お前に傾き出している臣民達の心を強引に引き戻そうという訳だ」


 まあそれしか方法が無いとも言えるか。私はあの女と民衆の関心を取り合う今の状況に若干の面白さを感じた。私を意識するどころではない。そうなれば私は完全にあの女のライバル・・・・だ。くくく……カサンドラはその事実を絶対に認めたくはないだろうがな!


「そしてそんな状況で行う試合において、ただ雑魚の魔物を刈り取るだけの出来レースの試合など実施すると思うか? そんな事をすればむしろ逆効果で、カサンドラ陛下の威信は地に墜ちて、民衆はお前が勝った・・・とすら思うだろう」


「…………」


「間違いなく今日の試合に出てくる魔物は、今のお前ではまだ歯が立たないレベルの強力な魔物となるだろう。それらを打倒する事で、彼女は自分がお前より遥かに上だという事実を臣民にアピールするつもりだ」 


「……!」


となると最低でもレベル4以上の魔物という事か? もしくはレベル3でも複数とか。それを連戦だと? 私は自分の存在とこれまでの奮闘が、あの女をそんな試合に追い込んだ事実に胸のすく思いを感じた。



 だが反面、あの女にはそれを勝ち抜ける実力があるという事か。でなければ臣下達が絶対に止めているだろう。そんな試合が実際に催される程度に、あの女は臣下達からその実力を信頼されているという事になる。


 私も過去にフォラビアであの女の試合を何度か見ているのだが、あの時は痛めつけられたリ苦しんだりしているあの女の姿を嘲笑するのに夢中で、あの女が実際どの程度強かったのかは実は良く覚えていないのだ。


 ち……! 面白くない! 


 いいだろう。あの女の実力がどれ程の物か今度は私の方が検分してやる。今の私ならフォラビアにいた時とは違い、それをある程度正確に測れるはずだ。


 ふん! 願わくば手違いが起きて、あの女が卑しい魔物に殺されてしまえばこれ以上痛快な事は無いのだがな……!


 私はジェラールの先導に従って観客席に向かいながら、内心でカサンドラの敗北と破滅を願っていた……

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