第21話 隷姫再び


『紳士淑女の皆様、大変長らくお待たせいたしました! いよいよ本日の最終試合、メインイベントです! 本試合はかねてより告知のあった我等が女王、【英雄殺し】のカサンドラ陛下御自らが出場する特別試合となります!』



 ――ワアァァァァァァッ!!



 耳を劈かんばかりの大歓声が巻き起こる。忌々しいが多少私の事が認められてきたと言っても、やはりあの女とはまだまだ比較にならない。戦士としての実力以外の部分で、私は自分が登ろうとしている山の頂を実感した。



『そして試合形式は、これも事前に告知されていますように、ガントレット戦という形式となります! これはかつてカサンドラ陛下が、かの悪名高きフォラビアで虜囚の屈辱に伸吟していた折に強要された過酷な試合と同じルールとなっています! 具体的には出てきた魔物と一対一で戦い、その魔物を倒したら即座に次の相手が投入されて、休む間も無い連戦を戦い抜くという極めて過酷なルールの試合です! 試合数はフォラビアの時と同じく全部で五戦・・!! これを一切のインターバル無しで勝ち抜かねばなりません! 勿論女王陛下は今回の試合も全く同じルールで行うと自らが強く希望されました!』



「……っ!」


 5連戦だと!? それもインターバル無しで!? 馬鹿げている! あの女は安泰な女王という立場に居ながらそんな試合をするというのか! 正気の沙汰ではない。あの女も、そんな試合を認めた臣下達も、皆イカれている!

 

 戦いに絶対という物はない。もし何か間違いが起きて自分達の女王がこんな試合で死んだら笑い話にもならんぞ!? 


 それを自ら希望するなど、あの女はそれ程までに――



「……それ程までにお前の台頭・・を、ある意味で脅威と感じたのだろうな」



「……!」


 ジェラールがまるで私の心を読んだかのように重々しく発言する。


「かつてあのシグルドも【グランドチャンピオン】として、我々にすら……いや、彼以外に誰も勝てないだろう試合を自ら行い、それによって絶対的な強者としての地位を確かなものとし、民衆を熱狂させて惹き付けていた。恐らく陛下はそんなシグルドにあやかろうとしているのかも知れんな」


「…………」


 他ならぬシグルドの強さは私が一番よく知っている。あの女は彼の真似をする事で、私に傾きかかった・・・・・・民衆の心を自分に引き戻そうとしている。だがあれはシグルドの文字通り超人的な強さがあって初めて可能な荒業だ。


 そんな事をしなければならない程、あの女は精神的に――


「けけっ! 精神的に追い込まれてんだろうなぁ!」


 今度はレイバンが私の心を代弁するように嗤った。


「ま、俺としちゃ変に落ち着いて大物ぶってる女王様より、フォラビアにいた時みたいにがむしゃらに必死こいて頑張ってる女王様の方が好みなんだよなぁ。だからこの傾向はむしろ俺らにとっちゃいい事かも知れねぇな」


「……!」


 嗤いを引っ込めて肩を竦めるレイバンの姿に私は少し目を瞠った。言動は正反対だが、この男はもしかしたらジェラールに比較的近い視点を持っているのかも知れない。



『さあ、それではご登場です! 一度は滅亡の憂き目を見たエレシエル王国の救世主! 暴虐なる英雄を斃し祖国を復興させた【英雄殺し】の女王!! カサンドラ・エレシエル陛下だぁぁぁっ!!』



 ――ワアァァァァァァァァァァァッ!!!



 先程よりも更にけたたましい歓声が轟き、空気が振動する。そしてアリーナの一方の門が開き……


「なっ……!?」



 ――ウオォォォォォォォォォォッ!!!



 私は自分の目を疑った。横ではレイバンが口笛を吹いていた。そしてそれ以外の観客達の歓声が……少し質の変わった・・・・・・物になったのが解った。


 アリーナの門から現れたのは、確かに私が知るカサンドラ本人であった。それは間違いない。だが……その格好・・が問題であった。


「……そこまでするのか、カサンドラ・・・・・


「いやいや、硬ぇ事言うなよ、ジェラール! こいつは最高のサプライズじゃねぇか! フォラビアにいた頃の姫さんのが好みだって言ってたら、まさか格好までそれに合わせてくれる・・・・・・・なんてよ!」


 苦虫を噛み潰したようなジェラールの様子とは対照的に、レイバンは大喜びで手を叩いていた。だがジェラールの反応がここでは少数派・・・であり、大多数の観客はレイバンに近い反応となっているようだった。それも致し方ない事だろう。



 長い金髪をなびかせてアリーナに登場したカサンドラ。その両手にはあの女の戦闘スタイルを象徴する小剣と小盾が握られていた。女王の武器らしく、遠目でもかなり質が良いと解る逸品のようだ。そこまでは良い。予想の範疇だ。問題は、あの女が身に着けている衣装・・にあった。


 胸を覆う金属製の乳当て、腰を覆う短い草摺りグリーヴ、そして同じ金属製の肩当て、腕当て、脛当てで補強された膝丈のブーツ。


 私の黒い『鎧』とは対照的に、金属部分は全て白銀に輝き光沢を帯びている。


 そしてそれら鎧の下には革製のブラとパンツ以外に一切の衣類を身に着けておらず、素肌が剥き出しになっていた。程良く鍛えられて引き締まった腹部や二の腕、太ももが惜しげも無く衆目に晒されているのだ。


 それはまさにレイバンが言う通り、フォラビアで剣闘士として戦っていた頃のあの女の衣装そのものであった!



「な……何なの? あの女、露出狂か何かなの!?」


 私は思わずあの女の正気を疑っていた。露出度というだけなら私の試合用の『鎧』だって負けてはいない。だが私は断じて自分から望んであの衣装を着ている訳ではない。それこそあの女の権力によって強制された物だ。


 だがその事情はあの女には当てはまらない。今のカサンドラにあの衣装を着て試合をしろと強制できる存在はここにはいないし、する理由も無い。


 つまり……カサンドラは自ら望んで・・・、あの露出鎧を着てこの場に立っているという事になる。これが露出狂でなくて何なのだ。



「……この試合そのものと同じだ。お前への対抗心・・・が、彼女にあの姿を選択させたのだろう」


「……!」


 ジェラールが相変わらず不機嫌そうに、アリーナ上のカサンドラの姿を睥睨したまま呟く。


「くっくっく……! 嬢ちゃんの人気・・の理由の一つにあの『鎧』の存在があるとなりゃ、自分も同じ手段で観客の目を惹き付けようと考えても不思議はねぇが……まあ女の嫉妬ってヤツは怖いねぇ。感情が先走って理屈や常識で物を考えられなくなっちまうんだからよ!」


 レイバンも好色な目をカサンドラに向けつつも、その口はまるであの女を嘲るように皮肉気に歪められていた。



『さあ、それではいよいよガントレット戦の開始です! 第1戦目の相手は、レベル4の魔物! 人間の頭蓋骨を収集するという獰猛な森の人喰い野人! トロールだぁぁぁっ!!』



 ――ワアァァァァァァッ!!



 カサンドラが入ってきたのとは反対側の門が開き、そこからアリーナへ飛び出してきたのは、一見私が戦ったロックアインやエルダーアインに近いシルエットを持った怪物であった。しかしその体格も筋肉の厚みもエルダーアインよりも遥かに上だ。剛毛に覆われた腕の太さなど私の胴体くらいある。あんな腕で薙ぎ払われたら、それでけで骨が砕け内臓が破裂して死亡確定だ。ましてや今のカサンドラは私の『鎧』と同じく、防御力皆無の装備しか身に着けていないのだから。


 魔物の威容を見た観客達が歓声を上げる。


「ふむ、トロールか。彼女がフォラビアで戦ったガントレット戦の最終戦・・・の相手だな。それを敢えて初戦に持ってくる事で、あの時と今の自分の違いを見せつける算段か」


 ジェラールが冷静に分析する。不機嫌そうではあるが、少なくともそこにカサンドラの敗北や死を懸念している様子はない。それはレイバンも同様だった。


 レベル4といえば【村落規模の危機】の上位に分類され、1体だけで自警団などを備えた村を壊滅させかねないレベルという事になる。彼等はそのレベル4の魔物であるはずのトロール相手にあの女が負けるとは微塵も思っていないのだ。その事実が私を戦慄させた。



 試合は魔物が入場してきた瞬間から始まっている。トロールは恐ろしい咆哮を上げると、アリーナの中央に佇むカサンドラに向かって一直線に突撃していく。魔物は当然相手がこの国の女王だろうとなかろうと関係ない。八百長は一切なしの完全真剣勝負だ。私は知らずの内に喉を鳴らして、拳を握り締めていた。


 トロールは2メートル以上の巨体だ。膂力も相当な物だろう。一発でも攻撃がクリーンヒットすれば、カサンドラは下手すると即死だ。本当にあんな魔物にカサンドラは勝てるのだろうか? もしかすると私は復讐を待たずして、今ここであの女の死を見る事になるのでは……?


 カサンドラに接近してきたトロールがその剛腕を薙ぎ払う。私は半ばあの女の死を予測して息を呑んだ。しかし……


「……っ!?」


 カサンドラが小盾を掲げてトロールの拳を受け止めた。すると本来なら小盾ごと薙ぎ払われてもおかしくないはずなのに、トロールの拳が不自然な軌道を描いて逸れたのだ。


 魔物の体勢が大きく崩れる。カサンドラはその隙を逃さず小剣を閃かせる。私が目を瞠るような鋭さで放たれた斬撃はトロールの肩口から胴体を斜めに斬り裂いた。魔物の身体から血が噴き出す。それを見た観客達が更なる歓声を上げる。


 しかしトロールはレベル4の魔物だけあって、その一撃だけでは致命傷になっていない様子で、怒り狂って今度は拳を振り上げて上から叩きつけてくる。


 カサンドラは今度は盾で受ける事はせずに、斜め後ろに下がるようにして身を躱す。地面に叩きつけられたトロールの拳は石畳を大きく陥没させる。あんな物をまともに喰らったら一溜まりも無い。


 しかしカサンドラは一切怯まずに即反撃に移る。素早く踏み込むと剣を真っ直ぐ突き出す。その剣先はトロールの脇腹に深く突き刺さった。トロールが怒りと苦痛の咆哮を上げて腕を薙ぎ払うが、その時にはカサンドラは素早く離脱して薙ぎ払いの届かない所まで後退していた。


 何度か同様の攻防が繰り返されたが、やはりトロールの攻撃は一度もカサンドラに当たらず、逆にあの女の斬撃は振るわれる度にトロールの身体に傷を穿っていく。



 カサンドラの身のこなしは相当なものだ。完全にトロールの動きを見切っている。それでいて体力の消耗を抑える為か最小限の動きのみで敵の攻撃をいなしているのだ。


 しかし素早い身のこなしで攻撃を躱すのは解るが、最初のようにトロールの攻撃があの女の掲げた盾に触れた瞬間、不自然に逸れる事が何度かあった。


「何故……あんな小さな盾であの魔物の剛腕を防げるの? 普通なら盾ごと吹き飛ばされそうな物だけど……」


「ただ正面から受け止めれば無論そうなる。彼女がそんな愚を犯すはずもあるまい。あれはトロールの動きを見切った上で、その攻撃の威力を受け流してずらして・・・・いるのだ」


「ず、ずらす?」


 私の疑問に答えたジェラールの言葉に私は目を見開いた。口で言うのは簡単だが、それは相当に高度な技術なのではあるまいか。今の私にはそれが実感できた。



 私が驚愕している間にも試合は進んでいた。業を煮やしたトロールが両手を同時に振り上げて、ハンマーナックルの要領で一気に振り下ろした。


 当たれば、人間の女でありしかも『軽装』のカサンドラは一瞬で挽肉に変わるだろう威力。しかしその剛撃は虚しく地面を叩くに終わった。石畳が大きく抉れて破片が飛び散るが、その時にはカサンドラはトロールの背後に回り込んでいた。恐るべき体捌きだ。


 カサンドラはそこから僅かに飛び上がるようにして、丁度トロールの延髄がある辺りに小剣を深々と突き立てた。


 トロールの巨体がビクンッと跳ねて、それから今までの狂乱ぶりが嘘のようにあっさりと地に倒れ伏して動かなくなった。即死したようだ。



『おおぉぉぉっ!! す、素晴らしい! 何という華麗で、それでいて力強い試合運び! 流石は【英雄殺し】!! 我等が女王! その腕は錆び付いていないどころか、増々磨きが掛かっている! トロールなど相手にもならなかったぞぉっ!!』



 ――ワアァァァァァァッ!!



 民衆が一気に熱狂の大歓声を巻き起こす。私はその歓声の中で1人青ざめ、唇を噛み締めていた。


 強い。


 レベル4の魔物を実際にあっさりと屠っている時点で私より確実に強い事は明白だ。フォラビアでは私自身がまだ素人で愚かだったが故に気付かなかった。あの女はこれほど強かったのか。



 隣ではレイバンが暢気に口笛を吹いている。


「ぴゅうぅぅっ! 王城でぬくぬくと女王様暮らしで腕は鈍ったかと思ってたが、その心配は無いみてぇだな。大したもんだぜ、実際」


「当然だ。彼女は余程生理が重い日以外は、一日たりとも鍛錬を欠かしておらん。その鍛錬も常にサイラスやミケーレを相手にしているからな。時には俺やブロルも協力している。彼女はアナウンスの言う通り、むしろフォラビアにいた頃より更に強くなっているかも知れんぞ」


「マジかぁ? 別に前線に出る訳でもなし、そんなに強くなってどうすんだ、あの姫さん?」


 ジェラールの補足に呆れたように眉を上げるレイバン。因みにサイラスというのは、この国のナンバー2の地位にいる男でカサンドラのでもある。同時にその剣の腕はジェラール達をも上回るこの国最強の剣士であり、この闘技場の頂点【チャンピオン】に君臨している。


 ミケーレというのは王都に詰めているもう1人の八武衆で、普段はカサンドラの親衛隊長・・・・を務めている男……いや、少年・・だ。

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