第48話 舞台裏の血戦

 2人はそのまま鋳造工場の内部に入る。中には様々な武具やその失敗作などが置かれた棚が所狭しと並んでいて、その棚の奥にはこれまた様々な武器や鎧兜を造るための鋳型や溶鉱炉などがズラリと設置されていた。当然今日は休日なのでどの炉も稼働していないが。


 金床などもあり、平日には大勢の鍛冶屋や作業員達がここで兵士達の武具を製造したり修理したりしている様が想像できる。


 だが侵入した2人は当然そんな風景には目もくれずに、自分達の目的に合致している物を探す。途中で内部を巡回している何人かの衛兵と遭遇したが、誰何すいかの声さえ上げさせずに一瞬で処理・・した。そして……



「……! あった。あれだ」


 スルストが指差す先、工場の奥には不釣り合いな程大きな両開きの扉があった。鋳造された武具を保管しておく倉庫にしても不自然なほど大きい扉で、しかもかなり分厚く頑丈に作られているようだった。


 カスパールが扉の把手を全力で引いてみるが、中から・・・かんぬきのような物で施錠されているらしくビクともしなかった。明らかに怪しい。


「スルスト、行けるか?」


「ああ」


 カスパールが振り返ると、スルストが前に進み出てきた。そして扉の前に立つと、大きく息を吸い込んだ・・・・・・・・・・



『ཁ༌ཨི༌རྗོ༌』



 カスパールには全く聞き取れない言語・・・・・・・・・・で呪文のような声を発すると、スルストの口から扉に向かって何らかの力が放射された。巨大な扉がビリビリと小刻みに振動する。


開いた・・・


「……!」


 あまりにもあっさりと言うので、命じたカスパール自身も半信半疑で再び扉の把手を引いてみる。すると先程は確かに閂で施錠されていたはずの扉が、扉自体の重さは別としてそれ以外には抵抗なく開いたのだ。



(……惜しい。実に惜しいな……)


 別に大きな扉の施錠を開けたからそう思ったのではない。これは彼の能力のほんの一端に過ぎない。要はこのような通常不可能と思える常識を軽々と覆す力そのものが、彼の今後の政争・・においてどれ程役立つだろうと考えると、やはり惜しいという気持ちが激しく生じるのだ。


 だがクリームヒルトもいずれは抹殺しなければならないという事を考えると、この力との両立・・は不可能だ。


(……何事も全てが上手く行くという都合のいい選択肢はないものだな)


 彼はそんな世の無常さを内心で嘆いた。




 大きな扉を開けると、その先は……中央がスロープ状になった広い階段が斜め下へと降りていた。地下・・に続いているようだ。そして扉を開けた瞬間にその地下から、非常に強烈な臭気が漂ってきた。それと何か唸り声・・・のようなものも。


 最早間違いない。2人が慎重に階段を下っていくと程なくして地下のスペースに到達した。


「おぉ……やはり予想通りだ……!」


 カスパールは思わず会心の声を漏らしていた。そこは天然の地下洞窟を利用改装したと思われるかなり広い空間となっており、大小様々な『檻』がいくつも並んでいた。そしてそれらの檻には、檻ごとにやはり様々な種類の魔物・・が収容されていたのだ。


「間違いない。ここが奴等の魔物のストック場所だ」


 エレシエル国軍が様々な魔物を捕えて、それを闘技試合に利用しているのは知っていたが、魔物をストックしておく場所は必ず必要になる。しかしあの闘技場内にはついぞそのような場所は発見できなかった。そもそもあんな大勢の市民が行き交う街中にレベル4や5の魔物をストックしておくなど危険極まりない。


 その点ここなら郊外で人気は少ないし、軍事施設なので普段は大勢の兵士が常駐していて安全面でも問題ない。



「どうだ、スルスト? やれそうか・・・・・?」


「……これだけの数で試した事はないが、多分いけるはずだ」


 檻に入っている大勢の魔物の姿を睥睨しながらカスパールが尋ねると、スルストが頷いた。まあその辺りはある程度出たとこ勝負になるが、この際贅沢は言っていられない。


 だが……その前に一仕事・・・しなければならないようだ。



「オ……オ前ラ、何デココニ……ドウヤッテココマデ入ッテキタ!?」



 片言の口調での驚愕。収容所の奥から現れたのはスルストと同年代くらいの少年であった。しかしその半裸に露出した肉体は引き絞られて、歳に似合わない無数の傷痕が刻まれている。


 エレシエル八武衆の1人、【獣王】ミケーレだ。女王の親衛隊長でもあるはずだが、同時に魔物の管理責任者でもあったはずだ。その半裸の肉体は屠った家畜の血でべっとりと汚れている。


 どうやら魔物達への給餌・・の為にここにいたようだ。あの地上の扉が中から施錠されていたのも納得だ。



 相手は女王の側近だ。そうでなくてもこの場に居合わせた以上、生かして帰す訳には行かない。


「ふっ!!」


 問答無用で踏み込む。そして胴体を薙ぎ払う軌道で剣を一閃。しかし……


「シハッ!!」


「……!」


 何とミケーレは咄嗟の奇襲でありながら、後方に大きく宙返りしながらカスパールの剣を躱したのだ。脅威的な身体能力だ。しかも決して手を抜いていた訳ではなく本気で殺すつもりの一撃だ。衛兵達なら反応すら出来ずに死んでいただろう。


(ち……八武衆の名は伊達ではないか。厄介だな。時間をかけ過ぎれば計画そのものに支障が出る)


「スルスト、お前も手を貸せ。まずは邪魔者を排除するぞ」


「ああ」


 カスパールの要請にスルストも大剣を構えて殺気を漲らせる。スルストと2人掛かりであれば、いかに八武衆とはいえそう手間取る事も無く倒せるはずだ。だが……


「ミケーレ様、何事ですか!?」


「……!! 何奴だ! どうやってここに入った!?」


 檻が立ち並ぶ奥から、騒ぎを聞きつけた何人かの男達が駆け付けてきた。数は全部で4人。全員大きな革製のエプロンのような物を着ており、やはり返り血でべとべとに汚れていた。ミケーレの部下で同じ給餌係のようだ。既に全員が抜剣している。


「曲者ダ! ココヲ知ラレタ! 2人トモ殺セッ!!」


 ミケーレも自らの武器である鉄の爪を素早く装着しながら怒鳴った。それを受けて男達も殺気を噴出させる。その殺気も佇まいも明らかに衛兵や傭兵達とは格が違う。今はあんな格好だが恐らく全員正規のエレシエル騎士だろう。


 騎士は単体でも平均的な【エキスパート】ランクの剣闘士とほぼ同等の強さと見ていい。それが4人だ。カスパールは舌打ちした。


「スルスト、あの騎士共は任せる! 可能な限り迅速に片付けろ」


「ああ」


 短く応えたスルストは大剣を担ぐと正面から突進した。それを迎え撃つ騎士たち。忽ちの内に剣撃音が響き渡り、殺気や闘気に反応した魔物達が騒めきだす。



「オ前ラ、カサンドラノ敵ダナ!? 殺スッ!!」


 鉄の爪を両手に装着したミケーレは、まるで四足獣のように両手まで地面に着けた低い姿勢で獰猛な唸り声を上げる。その姿は人というより完全に獣のそれであった。


「なるほど、【獣王】の異名は伊達ではないらしいな。面白い。【マスター】ランク同士の闘技場外試合と行くか!」


 カスパールは二刀を掲げると旋風のような勢いで踏み込む。ほぼ同時にミケーレも咆哮を上げながら飛び掛かってきた。



 直に2人の姫同士が戦う事になる華やかな舞台の裏、魔物がひしめく巨大な地下空洞で、互いの存亡を掛けた壮絶な戦いが始まった!

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