第51話 完敗


 ――ワアァァァァァァァァッ!!



 2人の露出度の高い美女闘士の息も吐かせぬ攻防に、観客席からは興奮した大歓声が沸き起こる。



「はぁ……! はぁ……! はぁ……!! ふぅ……!!」


 だが私はそんな周囲の様子を視野に入れてる余裕は無い。既に全身打ち身だらけの汗まみれで、肩で大きく息を荒げている状態だ。そしてカサンドラの方は当然無傷であり、しかもあれだけの戦闘挙動の後にも関わらず殆ど息を乱す事も無く、対照的にダメージを負って息も絶え絶えな私の様子を冷笑している。


「大分苦しそうね? 無駄な足掻きはやめて大人しく私に殺されたら? 少なくともこれ以上苦しい思いはしなくて済むわよ?」


「く……」


 盛大に侮られても、息が上がっていてまともに言い返す余裕さえない。しかし双刃剣を構えて屈する意思がない事だけは示す。


「そう……そんなに嬲られるのが好きなのね。じゃあ望み通りにしてあげる。いつまで持ち堪えられるかしらね?」


 カサンドラは嗜虐的に嗤うと、再び容赦なく踏み込んできた。私は試合開始時より格段に重く感じる身体で双刃剣を掲げると、柄を中心に風車のように旋回させる。何といっても上下両方に刃が付いているので、旋回させると容易に弾幕を張れる。事実カサンドラの踏み込みの勢いが鈍る。


 よし、今だ!


 カサンドラの停滞を隙とみて、私は双刃剣を旋回させたまま横薙ぎに払う。カサンドラは大きく後ろに跳び退った。逃がすか! 今度はこちらが攻める番だ。


 私は疲労した身体に鞭打ってカサンドラを追撃する。奴目掛けて突きを繰り出す。するとカサンドラはその切っ先に正確に盾を打ち当ててきた。


「……!」


 その衝撃は相当な物で、私は体勢を崩してしまう。そこを狙ってカサンドラが距離を詰めてくるが……


 馬鹿め、掛かったな!


 私は剣を弾かれた勢いも利用してそのまま柄を旋回。もう一方の刃がカサンドラを襲う。双刃剣の特性を活かしたジェラール仕込みのカウンター斬りだ。奴はバッシュを当てた直後で硬直していて、飛び退って躱す余裕は無い。


 しかし……その刹那の攻防の中で、私はカサンドラが驚愕ではなく冷笑を浮かべている事に気付いた。そして気付いた時にはもう遅かった。


「……っ!?」



 なんとカサンドラは絶対躱せないはずだった私の薙ぎ払いを、まるで上半身だけを後方に折り曲げる・・・・・ような不自然な挙動で躱したのだ! 



 ありえない現象に私は目を剥いた。


 そしてカサンドラはその体勢から片脚を大きく蹴り上げて、奴のブーツの爪先が私の双刃剣を持つ手にヒットした。


「痛っ……!」


 動揺していた所に激痛が重なって、私は思わず双刃剣を取り落としてしまう。


 しまった!


 私は慌てて剣を拾おうとするが、そこにカサンドラが上半身を戻す勢いを加味して剣を突き出してきた。私は咄嗟に身体を捻るようにしてその突きを躱す。しかしそこに再びシールドバッシュが迫る。


 剣を躱した直後で武器も取り落としている私には、それを防ぐ手段が無かった。盾の面でしたたかに身体を打ち付けられた私は、堪らずに大きくよろめいてその場に崩れ落ちてしまう。


「ぐ……ぅ……!」


 疲労と痛みで目が霞む。しかしそれでも強引に立ち上がろうとするが……



「あ…………」



 私の目の前、すぐ鼻先に、カサンドラの剣の切っ先が突き付けられていた。私は武器も手放して尻餅を着いた姿勢。そしてカサンドラは立ってそれに剣を突き付けている状態。


 ……有り体に言ってこれは、決着・・と言って差し支えない状態だった。ここから何をした所で、それはもう悪あがきにしか過ぎない。



 私は……負けた・・・のか?



 観客席は総立ちの大興奮と大歓声に包まれていた。そんな喧騒を遠い世界のように聞こえる。呆然と自身の敗北を認識した私の脳裏に、シグルドとの約束や、先程のジェラールとの約束が甦る。


 う、嘘だ……。こんな……こんな事があるはずない。私は、彼等と約束したのだ。必ず生き延びて、その約束を果たすと。それなのに……



「勝負あったわね。でもまさかあの技・・・を使わされるとは思わなかったわ。それだけは褒めてあげる」



 あの技……。状況的に言って、あの上半身だけほぼ後方直角に折り曲げたような不自然な体動の事か。あれが無ければ私の斬撃は確実にカサンドラの胴を薙いでいたはずだ。


「あれは、あなたの元婚約者・・・・のお陰よ」


「……っ!?」


「『服従』の呪い……。あれを逆手に取った戦法で、私はあの地獄のフォラビアを勝ち抜いてきた。あの呪い自体は無くなったけど、その感覚・・は私の中に残り続けていた。だからそれを意図的・・・に使えるように訓練したのよ。身体への負担が大きいから多用はできない、あくまで緊急時のスキルではあるけどね」


「……っ!!」


 あの力を意図的に使いこなせるように訓練しただと? 想像を絶するような荒行だったはずだ。女王という立場でありながら、そこまで自分を追い込むような厳しい訓練を続けていたのか。


 私は……こいつに、勝てない。それを、悟ってしまった。


 それと同時に全身の力が抜けていく。ごめんなさい、シグルド。ごめんなさい、ジェラール。私は、所詮これが限界だったのだ。あなた達との約束は果たせそうにない。



「諦めが付いたようね。これ以上の悪あがきをしなかったのは褒めてあげるわ。なら私もせめて苦しまないように一撃で殺してあげる。あの世で戦争で犠牲になった全ての人々に詫びてきなさい」


「…………」


 諦念から虚脱してしまった私は、冷笑しながら剣を振りかぶるカサンドラの姿をただ呆然と見上げていた。もうすぐあの剣が私の首を刎ねるのだ。



 虚脱していた私は、その直前に誰かが・・・観客席とアリーナを隔てる柵の縁に足を掛けて、まるで砲弾のような勢いでアリーナに飛び出していた事に気付かなかった。


 そして私に止めを刺そうとしていたカサンドラも気付かなかったようだ。


『あ……!?』


 アナウンスの動揺の叫び。同時に観客席も熱狂から戸惑いに変わる。何かが恐ろしい勢いで迫ってくる。この期に及んでようやく私も異変に気付いた。


 私がその方向に振り向いた時には、もうソレ・・は間近まで迫っており、その担いでいた大剣・・を凄まじい勢いでカサンドラに向けて薙ぎ払った。


「……っ!!」


 それはあのカサンドラが、思わず表情を引きつらせて必死に回避せねばならなかった程の鋭い斬撃であった。


 カサンドラは私から離れて、大きく後ろに飛び退って大剣を躱した。そしてその横槍を入れた者は私とカサンドラの間に立ち塞がった。……まるで私を庇うかのように。


「あ、あ……あなたは……」




「……クリームヒルト、君は誰にも殺させない」




「……!」


 それは身の丈に不釣り合いな程の大剣を担いだ、浅黒い肌と黒髪黒瞳の少年であった。それは紛れもなく……



「……やはり・・・現れたわね。ジェラールの言っていた事は正しかった」



 カサンドラは何故かその少年が乱入してくる事を最初から解っていたかのように、剣と盾を構えて油断なく少年を睨みつける。


 乱入してきて私を救ったのは……【マスター】ランクの剣闘士にしてドラゴンボーン・・・・・・・でもある少年、【狂龍】スルスト・ムスペルムであった!


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