第43話 冷血の殺戮者


『両陣営、準備はいいか!? それでは昇格試合……始めぇぇっ!!』


 アナウンスの合図によって遂に試合が始まる。私は無意識に緊張する。ドラゴンボーンが強大だという事は知っていても、実際にスルストが戦う姿を見るのはこれが初めてなのだ。一体どの程度の強さなのか……


 試合開始の合図とほぼ同時にエグバートが持っていた網を横に薙ぎ払う。投擲するのではなく、まるで鈍器のように薙ぎ払ったのだ。


 細い金属で補強された網の塊はそれだけで立派な凶器だ。しかも振るわれる過程で網は広がり攻撃範囲が拡大するおまけ付きだ。恐らく網の先端にはそれぞれ小さな鉤でも付いていて攻撃力を増しているのだろう。


 スルストは反射的に後ろに跳び退って躱す。するとエグバートは薙ぎ払いの途中にも関わらず網を巧みに操作して、今まで束ねていた網を全て開放する。すると網は薙ぎ払いの勢いを維持したまま、まるで獲物に襲い掛かる魔物のように広がりスルストを絡め捕らんと襲い掛かる。


 変幻自在の網捌きだ。私が同じ状況だったら躱せずに捕らわれてしまったかも知れない。そうなればその時点で試合終了だ。果たしてスルストは……


「……!」


 何と恐ろしい速さで抜き放った大剣を掲げると、エグバートの投網を大剣で受け止めたのだ。当然大剣に投網が絡み付く。エグバートは会心の笑みを浮かべて、大剣を絡み取った網をしっかりと把持する。


 当然絡み付いた網はすぐに外せるものではない。つまりこれでスルストの大剣を封じる事が出来てしまった。



 その間に側面に迂回したギャビンが二刀を振りかざして、武器を封じられたスルストに迫る。ジェラールから殺しを依頼されているだけあって迷いのない殺気に満ちた挙動だ。


 私は目を見開いた。万事休す。いきなり打つ手なしだ。まさかドラゴンボーンが死ぬのか? こんなにあっさりと? 


 私は信じられない思いだったが、その時眼下で更に信じられない現象が起きた。



 ――スルストが両手で持った大剣をギャビンに向けて振ったのだ。絡み付いた網と……それを把持するエグバートごと!



「な……!?」


 私は思わず唖然としてしまう。周りの観客達も、ジェラールですら同じ思いだったろう。


 凄まじい牽引力に抗えずにエグバートが体勢を崩す。彼は慌てて網を手放した。スルストは構わず網が絡み付いたままの大剣を横薙ぎにギャビンに叩きつける。ギャビンも明らかにギョッとしたように慌てて後ろに跳び退って躱した。


 見るからに壮健なエグバートがしっかりと網を保持して踏ん張っていたにも関わらず、自身の持つ大剣ごと強引に振り抜いたスルストの怪力は一体どれほどの物なのか。



 スルストは大剣を頭上に掲げると、轟音がこちらにまで届きそうな速度で旋回させた。その凄まじい遠心力に抗えず、絡み付いていた網が刀身から強引にはぎ取られる。


 そのままスルストは間髪入れずギャビンに向かって突進する。凄まじい踏み込みだ。一瞬にして距離を詰めたスルストは、ギャビンの胴体ごと両断する勢いで大剣を薙ぎ払う。


 ギャビンは明らかに顔を引き攣らせて、更に後方に下がって辛うじて薙ぎ払いを躱す。しかしスルストの追撃は止まらない。文字通り息も吐かせぬ連撃でギャビンに反撃の隙を与えずに追い込んでいく。


 あれだけの大剣をまるで棒切れのように軽々と振り回し、尚且つ全く疲れる様子も見せない。膂力だけでなくスタミナも化け物級だ。これもシグルドと共通している。相対する者にとっては悪夢以外の何物でもない。



 しかし弟の危機に当然エグバートが座して見ているはずも無く、短槍を構えて後ろからスルストに向けて吶喊する。


 するとまるで後ろに目が付いているかのような反応で、スルストはエグバートの奇襲に対処する。驚異的な反応で突き出された槍を避けると、逆にカウンターで大剣を叩きつける。


 エグバートもまた目を剥きながら必死になって大剣の刃を躱す。当然追撃しようとするスルストだが、今度はターゲットから外れたギャビンがその二刀で反撃を仕掛ける。


 スルストはやはり驚異的な反射神経でギャビンの二刀流による連撃を悉く躱しきり、大剣で受けきる。だがそこに間髪入れず体勢を立て直したエグバートが参戦して、取り回しの軽い短槍を駆使した連続突きで攻め掛かる。ギャビンもそうだが全ての攻撃が相当の速さ、正確さであり、彼等単身での連撃でさえ私には受けきれるか自信が無かった。


 それが兄弟の連携攻撃である。互いが互いの隙を補い合う抜群の連携で、スルストに反撃の暇を与えず防戦一方に追い込む。


 スルストは兄弟の連携攻撃の前に手も足も出ずに回避や防御を強いられている。このまま押し込めばスルストを斃せるか、そうでなくともシャウトを使わざるを得ない状況まで追い詰める事が出来るかも知れない。



 ……以前までの私・・・・・・ならそう考えた事だろう。



「むぅ……よもやこれ程とは。奴は本当に、ドラゴンボーン……なのか?」


 デービス兄弟の連携の前に防戦一方のスルストを見ながらジェラールが顔を顰めて呻く。当然ながら彼も私と同じく……いや、私以上に正確にこの試合の状況を把握しているようだ。


 周囲の観客達は大歓声を上げており、これまで通りデービス兄弟の壁の前に挑戦者が脱落していく様を半ば想像している事だろう。


 だが私達だけは違った。私達は共に……スルストの底知れぬ実力を感じ取って戦慄していたのだ。恐らく一方的に攻め立てているはずのデービス兄弟も同じように……いや、最も戦慄している事だろう。


 スルストを追い詰めているようで、その実追い詰められているのは彼等の方だった。その事実に観客席では私達だけが気付いていた。



「……! 動くぞ!」


 ジェラールの言葉に私は緊張を高めて試合を注視する。エグバートとギャビンの同時攻撃を躱したスルストは、そのまま大きく後方へ跳び退る。兄弟の連携攻撃が一瞬途絶えた。勿論2人とも攻撃こそ最大の防御とばかりに間髪入れずに追撃を仕掛けようとするが、その前にスルストが動いた。


 彼はまるで大剣を肩で担ぐような構えを取った。そして身体の捻りを加えつつ大剣を高速で薙ぎ払う。


 デービス兄弟は2人とも優れた戦士なので、無論どれだけ速くても予備動作の大きい攻撃を喰らうような事は無い。


 2人はここで異なる回避動作を取った。ギャビンは後ろに跳び退って躱し、エグバートは下に屈み込むようにして薙ぎ払いを躱した。そしてエグバートの方はそのまま勢いを殺すことなく、屈んだ姿勢から跳び上がるようにしてスルストに突きかかる。


 スルストは大振りな薙ぎ払を躱された直後でエグバートの槍撃に対処できない……はずだった。


「……!?」


 何とスルストは薙ぎ払いを躱されてもお構いなしに独楽のように身体を回転させて、エグバートの突きを躱しつつ……再度・・の薙ぎ払いを仕掛ける。


 つまり全く止まることなく、薙ぎ払いを継続したまま二回転・・・したのだ。普通ならバランスを崩して転倒するか、そうでなくともあれ程高速で回転すれば相手の姿などとうに見失っている。しかも奴はその間にエグバートの攻撃も躱しているのだ。


 人間業ではなかった。



 その常識外れの攻撃に、逆に自分の突きを躱された直後のエグバートは対処できなかった。恐ろしい速さで旋回する大剣の刃は、回転しながらとは思えない正確さで……エグバートの首を一撃で刎ね飛ばした!



「……っ!!」


 切断された首から大量の血液が噴出する。観客席から悲鳴と怒号が湧き上がる。私もまた凄惨な光景に息を呑んだ。


 頭部を失ったエグバートの身体が前のめりに倒れる。エグバートの頭は冗談のような距離を飛んでから地面に落下しコロコロと転がっていった。一部女性の観客などが失神したようだ。



「――――――」


 兄の死を間近で見せられたギャビンが、これまでのクールさが嘘のように何かを大声で叫ぶ。そしてその線の細い顔を憤怒と憎悪に歪めて、狂乱したようにスルストに斬り掛かる。


 しかし兄弟の連携攻撃でも倒せなかった相手を彼1人で倒せるはずもない。冷静にギャビンの斬撃を躱したスルストは、まるで地面を這うような低い姿勢から一気に大剣を斬り上げた。


 その一撃で股間から頭頂までを断ち割られたギャビンの身体が、左右に分断・・された。ここで更に多くの女性客が失神した。男性客からも悲鳴や怒号が轟く。



「く……!」


 私もトルベンを殺した経験があったからこそ何とか見ていられたが、正直顔から血の気が引いているのが自分でも解った。


 デービス兄弟の血に塗れた大剣を肩に担いで、一切の動揺も無く彼等の惨殺死体をまるで路傍の石でも見るような無感動な様子で見下ろしながら悠然と佇むスルストの姿に、私は……恐怖・・を覚えていた。


 違う・・。あいつは……同じドラゴンボーンとは言っても、シグルドとは全く違う。


 シグルドも敵には容赦しない恐るべき戦士であったが、彼には感情・・があった。人間らしさがあった。カサンドラに対する仕打ちだって、ある意味では彼の人間らしさの発露であった。


 だがこのスルストは……まるで全く無機質な人形が、ただ私に対する妄執のみに支配されて突き動かされているような……何とも言えない非人間的な印象を抱かせた。

 


『し、し……信じられない! 信じられない事が起きてしまった! まさかこのような結末となるなど誰が予想出来たでしょうか!? これまで相対する魔物を容赦なく殺戮してきた『狂龍』の刃が、あのデービス兄弟の命までも屠ってしまうとは! ス、スルスト選手、【マスター】ランクへの初昇格の快挙を成し遂げましたが、その代償・・は余りにも大きかったぁぁっ!!』



 ――Buuuuuuuuuuuuu!!!



 観客席からはブーイングが鳴り響く。歓声を上げている者も僅かにはいたが、大半はブーイングで占められていた。だが当然と言うかスルストはどこ吹く風という様子で、ただ無感動にアリーナから退場していくのみだった。



「クリームヒルト、お前の言う事は正しかった。奴は危険だ。シャウトこそ使わせられなかったが、俺も奴がドラゴンボーンであるという確信を得た」


 ジェラールは腕組みをした姿勢で厳しい表情のまま呟く。


「デービス兄弟は八武衆でこそなかったが、フォラビアからの移籍組で女王陛下からの信任も厚かった。これで陛下もスルストに対して注意を向けるようになるだろう。そうなれば何かの拍子に奴がドラゴンボーンであると見抜くかも知れん。何と言っても前のドラゴンボーン……シグルドとは因縁が深かったお方であるが故にな」


「……!」


 性格や性質はシグルドとは全く違うとはいえ、それでもスルストがドラゴンボーンである事に変わりはない。シグルドとは様々な共通点があるはずだ。カサンドラなら或いはそれを見抜いてしまうかも知れない。


「だが……こうなった以上は、陛下にもドラゴンボーンの件を伝えて、スルストを上手く排除する方法を検討していかねばならんかも知れん。シャウトは使わせられなかったが、デービス兄弟が討たれた今なら陛下も俺の話を一笑には伏すまい。勿論ドラゴンボーンの発生・・にお前が関わっているという事実は伏せておくが」 


「…………」


 確かにあの女を納得させる事が出来れば、国家権力を使ってスルストを排除できるかも知れない。勿論その過程で多大な犠牲は出るかも知れないが、それは正直私にとってはそこまで懸念事項ではない。



 だが……根本的な問題が一つある。それは恐らく何とかスルストを排除する事に成功したとしても、また新たなドラゴンボーンが誕生するだろうという問題だ。


 また新たなドラゴンボーンが現れでもしたら、カサンドラは確実にその原因・・を突き止めようとするだろう。そして私の存在に行き着く可能性は充分考えられる。そうなれば待っているのは処刑台のギロチンだ。


 ドラゴンボーンが現れ続ける『元』を断たない限り、私を取り巻く問題は根本的な解決を見ない。


 その『元』を断つ方法なら知っている。あの夢の中でシグルドが『最後の願い』として教えてくれた。だがそれにはどうしてもこのエレシエルの虜囚という立場から逃れる必要がある。私がここから脱出できない限り、ドラゴンボーンの『元』を断つ事も出来ないのだ。


 だが脱出は私1人の力では不可能だ。カスパール兄様が来ているようだが、それでも私をここから逃がすのは一筋縄では行かないのは想像がつく。



 内部に手引きしてくれる協力者・・・が必要だ。



「…………」


 私は再びジェラールを仰ぎ見た。これまでにも私を何度も助けてくれて、色々と便宜を図ってもくれた。セオラングの保護も引き受けてくれた。彼が協力してくれれば或いは……


「……っ」


 いや、駄目だ。彼はそれでもあくまであの女の……カサンドラの臣下なのだ。それも側近中の側近として重用されている立場だ。脱出計画を相談し、ましてやカスパール兄様の事を打ち明けるのは相当リスキーな賭けになる。


 彼を信じたい。しかしどうしても信じきれない。その相反と迷いが私の心に影を差す。私は先の見えない問題と心境に深く溜息を吐いた。





 その後、スルストの相方・・であるらしいガストンの昇格試合も予定通り執り行われた。


 先程のスルストの試合が余りにも強烈なインパクトを私や他の観客達に与えていたので相対的に地味に見えたが、ガストンもまた【マスター】ランク昇格試合を受けるに相応しい実力者であり、同じ二刀流を扱うギャビンよりも確実に鋭い剣捌きで、レベル5の魔物であるオークジェネラルとの戦いに見事勝利していた。


 スルストの試合が素直に称賛するには些か衝撃的に過ぎた事もあって、真っ当に・・・・昇格を果たしたガストンに対して観客からは惜しみない拍手と称賛が贈られていた。



 しかしガストンの試合を見たのも勿論初めてだが、彼は二刀流を扱う剣士だったのか。それもあの剣術は……どことなくカスパール兄様のそれに似ている気がした。


 私がカスパール兄様の剣技を見たのはまだガレノスにいた頃で、当然その当時の私は何の心得も無かった上に、剣術自体に興味も抱いておらずむしろ野蛮な物として敬遠していたくらいなので、ガストンの太刀筋が本当に兄様と同じ物だったか今一つ自信が持てなかった。


 そして私は内心に大きな杞憂を抱えたまま、ジェラールに連れられて観客席を後にする事となった。部屋に帰る前に彼が連れてきていてくれたセオラングと会って、そのふさふさした体毛に身を埋める事が出来たのが唯一の癒しだった。

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