第42話 狂龍スルスト

 特殊試合『虫籠蝶々』が終わって翌週。流石にあれだけの過酷な試合を勝ち抜いた事実を考慮して、今週の試合は『休み』となった。


 だが『休み』だからと言って勿論安穏としてなどいられない。スルストの件やカスパール兄様の件など懸念事項はいくらでもある。



 そしてそんな中の懸念事項の1つ、スルストについて大きな動きがあった。何と今回の試合でスルストの『昇格試合』が実施されるのだという。昇格試合という事でワンランク上の相手と戦う試合になり、上手く行けばスルストを追い詰めてシャウトを使わせる事でドラゴンボーンとしての正体を暴けるかも知れないという目論見があった。


 私も曲がりなりにも【エキスパート】まで昇格したという事で、ジェラールなり他の【マスター】ランクの剣闘士が同伴していれば観客席で他の試合を観戦する事が認められるようになった。


 そこで今回ジェラールに頼んで彼に同伴する事で、スルストの昇格試合を観戦させてもらう運びとなった。その戦いぶりを見る事でも彼が本当にドラゴンボーンであると確証が持てるかもしれない。


 因みにスルストの相棒・・であるガストンに関しても同日に昇格試合があるので、そちらも観戦させてもらえる事になった。これはガストンとスルストの戦績・・はほぼ同じなので、スルストだけ昇格試合を早める事で先方に怪しまれないようにという目的もあった。


 この昇格試合に関してはジェラールが大分骨を折ってくれたようで、マッチメーカー兼支配人のブロルに怪しまれないように提案するのは大変だったはずだ。


 先日私に従属した魔物であるセオラングもジェラールの屋敷に置いてもらえる事になったので、本当に彼には頭が下がりっぱなしだ。


 しかしセオラングが自発的に私に従属した事とその後のレベルアップの話を聞いて、あのジェラールが滅多に見られないほど驚愕している表情を見れたのはちょっとだけ嬉しく、同時に誇らしい気持ちになったのは余談だ。



『紳士淑女の皆様! 本日は新進気鋭の【エキスパート】ランクの中から、栄えある【マスター】ランクへの昇格試合が2試合連続で実施されます! 挑戦者達がこの試合に勝てば、当闘技場から初めて【マスター】ランクへの昇格が為る事となります! これは大変な快挙であります!』



 拡声装置を使ったアナウンスの声がアリーナに流れる。そう。ジェラールによると、未だにこの闘技場で【マスター】ランクに昇格できた剣闘士はおらず、【マスター】ランクは八武衆による不動・不可侵の領域となっていた。


 昇格試合そのものは過去に何度も行われているのだ。だが1人として通過する事は出来なかった。その大きな理由が……



『それではこの昇格試合に限っては皆様もうよくご存知ですので、いつものように対戦相手たる防衛者・・・の方から先に入場となります! 【マスター】ランクへの道に立ち塞がるは不動の登龍門! これまでに幾多の挑戦者達を弾き続けてきた無情なる双璧! 【あか】のエグバート、【あお】のギャビンのデービス兄弟だぁぁぁぁっ!!』



 ――ワアァァァァァァァァッ!!



 大歓声と共にアリーナに2人の剣闘士が入場してくる。1人は赤い鎧を身に着け赤く染めた髪を逆立てた短槍と投網スタイルの闘士。先程の異名からしてこちらが兄のエグバートだろう。そしてもう1人は対照的に蒼い鎧に蒼く染めた長髪を垂らしている。スタイルは二刀流のようだ。こちらが弟のギャビンか。


 【エキスパート】ランクの剣闘士、『デービス兄弟』。彼等こそが今までこの闘技場で【マスター】ランクの剣闘士が新たに誕生してこなかった事の最たる理由であった。


「奴等は単体でも【エキスパート】ランクの闘士としては最高峰だが、兄弟2人揃えばその戦力は我等【マスター】ランクの闘士単体に匹敵するほどだ。昇格試合の対戦相手としては申し分ない条件だ」


 ジェラールによるとあのカサンドラもかつてフォラビアで、あの2人を相手に勝利して、この闘技場での【マスター】ランクに相当する『グラディエーター』に昇格を果たしたのだとか。


 そういった経緯からデービス兄弟は普段は単体で剣闘士として戦っているが、昇格試合の相手を務める時は必ず兄弟で組んで現れ、挑戦者達への高い壁として立ちはだかってきたのだ。


 かつてあの女も乗り越えた壁か……。出来れば私が挑戦したかったが、まあ命あっての物種だ。私の目的はこの闘技場で大成する事ではないし、あの女に勝つという目標も既に諦めた。


 今はもう彼等がスルストの正体を暴いてくれる事を願うだけだ。



「あの2人には試合前に接触して、可能であればスルストを殺すように言ってある。スルストがシャウトを使うまでに追い込むには、本気で命の危険を感じさせねばならんだろうからな。それにもしあの2人が首尾よくスルストを殺してしまえるなら、それはそれで構わんだろう?」


「……! それは……ええ、確かにそうね」


 私は消極的に同意した。確かにそうなれば一番理想的だ。だがそのくらいでドラゴンボーンを殺せるなら、祖先のイングヴァールも含めて誰も苦労はするまい。スルストに命の危険を感じさせて、シャウトを使用するまで持っていければ御の字だろう。


 デービス兄弟は2人揃えばレベル5の魔物単体より強いそうなので、やはり今回の昇格試合の相手としては適任であった。私としては都合が良いのだが、スルストが本当にシャウトを使い出したら彼等もただでは済まないはず。


 極めて危険な役割ではあるのだが、ジェラール以外はそもそもスルストがドラゴンボーンである事など知らず、そのジェラールにしても当然だが半信半疑な部分はあるので、スルストの危険性を彼等が完全に理解していないのは仕方がない。


 まあ私としては赤の他人であり、しかもフォラビアからの移籍組という事で、恐らくあの女の忠実なシンパでもあるだろうデービス兄弟をそこまで心配してやる義理は無い。精々スルストの正体を暴くのに役立ってくれと思うばかりだ。



『さあ、それでは栄えある挑戦者の登場だ! まだ年若い少年でありながら驚異的な速さで昇格を遂げた期待の超新星! その外見とは裏腹に一度火が点いたら止まらず、狂ったように魔物を殺戮する様から付いた異名は『狂龍』! スルスト・ムスペルムだぁぁぁぁっ!!』



 ――ウオォォォォォォォッ!!



 歓声とも怒号ともつかない大音量がアリーナに響き渡る。しかしまるでそんな周囲の声など聞こえていないかのように、悠然とアリーナに進み出てくるのは……


「……っ」


 あの邂逅以来その姿を見るのは久しぶりだ。黒髪黒瞳に浅黒い肌をした、十代半ばを少し過ぎた程度と思われる年若い少年。その背には身の丈を超えるような大剣を背負っている。


 こんな少年があのような大剣を振るって【エキスパート】まで勝ち上がり、そして今また【マスター】への昇格試合を受けようとしているなど、事情を知らない者からしたら奇跡以外の何物でもないだろう。


 だが私だけはそれが奇跡でもなんでもない事を知っている。ドラゴンボーンとはそういう存在なのだ。しかもそれはあくまでシャウトを用いないでの話。ドラゴンボーンの真髄はシャウトにこそある。


 シャウトまで制限なく使い出したドラゴンボーンを普通の人間が止める事など出来ない。シグルドが斃されたのはカサンドラ1人の力では決してなく、様々な偶然や要因が重なっての結果であった。……無論その最大の要因が当時の・・・私自身の存在であったのは間違いないが。



 歓声の中アリーナの中央まで進み出たスルストは、そこでデービス兄弟と向き合う。ここからでは聞き取れないが、何か言葉のやり取りをしているらしい。やり取りと言っても仕草や表情を見る限りエクバートが一方的にスルストに絡んで、それを無視された為に激昂して弟のギャビンに止められているという構図のようだが。

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