第56話 もう一つの因縁


ミハイル・・・・か……。この姿に戻った以上バレるのも当然だな。だが俺がここにいる事に余り驚いている様子がないな?」


 カスパールが少し血の気を失った顔で苦笑する。彼は五体満足とは言えず、身体のあちこちに傷を負っていた。中にはそれなりに深い傷もある。


 その傷痕の形状、そして今日このタイミングで魔物達が解放されたという事実から、カスパールが事前・・に戦ったであろう相手の見当が付いた。


 カスパールの剣の腕は相当な物だが、それでも1対1の戦いであればミケーレ・・・・が不覚を取る事は無かったであろう。最低でも相討ちになっていたはずだ。恐らくその場にはスルストも一緒にいたのだ。それが戦局を決定づけた。


(ミケーレ……)


 あの少年は殺しても死なないような生命力の持ち主だ。どうにかして無事に生き延びている事をジェラールは心の中で祈った。そして目の前のと向き合う。



「余りこの国を見くびらん方が良いぞ。お前がロマリオンから姿を消して、恐らくこの国に潜入しているだろうという情報は掴んでいた。勿論ドラゴンボーンの力で変装・・しているなど想定外であったが故に、今までお前がカスパールである事を見抜けなかったが」


「……! ドラゴンボーンの事まで掴んでいたとは意外だったな。だが、まあいいさ。俺の計画はもう半ばまで成功している。ああなったスルストはもう誰にも止められん。それにこの魔物の襲撃騒ぎが加われば、クリームヒルトを連れてこの街を脱出する事は容易だ」


 カスパールは少し表情を歪めたが、それを認めたくないのか虚勢を張って含み笑いを漏らす。


「俺がむざむざ貴様の思い通りにさせると思うか? 大方クリームヒルトを無事に救出した手柄を以って、皇位継承の争いに名乗りを上げようという魂胆であろうが。自らの器も測れん分不相応な自尊心は昔から変わらんな」


「……! ミハイル、貴様……」


 カスパールが気色ばむ。



 これはこの国ではサイラス以外に誰も知らない事であったが、ジェラールはロマリオンの帝都ガレノスの出身であった。それも位はそれ程高くないとはいえ、貴族の家に生まれた。


 だが生まれた時からいわゆる色素欠乏症であった彼は、常に周囲からの奇異や嫌悪、そして嘲笑の対象であった。特にそれが顕著だったのが、第二皇子であるこのカスパールだった。


 ジェラール(当時の本名・・は別にあるが)は常にカスパールと彼の取り巻き達から、陰湿ないじめと凄絶な迫害を受け続けてきた。実家からも疎まれていた彼を助ける者は誰も居なかった。


 そしてある時、遂にその境遇に耐えかねて家からもガレノスからも逃げ出して、事実上の出奔をしてしまったのだ。


 それからは過去を捨てて名を変えて、二度と誰にも自分を見下させないという強い信念の元で死に物狂いで文武を独学で鍛え、最終的にはガレノスから遠く離れたフォラビアで剣闘士として【グラディエーター】ランクまで昇りつめていたのであった。(その上昇志向があまりにも強すぎたが故に、自分の昇格を阻んだサイラスに対して逆恨みしていた時期もあった)



「ある意味でお前には感謝しているぞ、カスパールよ。お前達のお陰で俺はあの境遇から逃げる決心が付いて、結果として今の俺があるのだからな」


「……っ!」


「いい事を教えてやろうか。クリームヒルトは帝国に戻ったら、お前達を全員退けて帝位を目指すと俺に言った。そしてその為に俺の力を貸して欲しいともな。俺はそれを承諾した」


「な、何だと……!?」


 カスパールが明らかに動揺する。この男にとってはクリームヒルトは、多少成長したとはいえ未だに愚かな妹であるという意識が抜けきっていなかったのだろう。まさか自分から帝位に名乗りを上げるなど想像もしていなかったに違いない。


「何の因果か、このような形で再びガレノスに戻る事になるとは思わなかったぞ。だが最早過去は捨てた。俺はただのジェラール・マルタンという1人の男として、俺なりのやり方で今の帝国を内側から変革してみせよう」


「……っ! ふ、ふふふ……」


 カスパールは自らの動揺を否定するように昏い笑いを浮かべる。そして両手に持っていた二刀を掲げる。


「それは確かにいい事を聞いた。つまり貴様をここで殺しておけば、クリームヒルトの力を大きく削ぐ事が出来る訳だ。ロマリオンの帝位は俺の物だ。ハイダルにも、ましてやクリームヒルトなぞにも絶対に渡さん!」


 予想通りの反応にジェラールは失笑する。そして彼も自身の得物である双刃剣を掲げる。


「ふ……だから自分の器も測れん愚か者だというのだ。クリームヒルトの為に、そして俺自身の過去と訣別する為にも、貴様はここで討たせてもらおう」


 両者の身体から強烈な闘気と殺気が発散される。カスパールの強さは知っているが、ジェラールとて昔とは全く違う。その闘気の鋭さは些かもカスパールに劣っていない。



「く、く……『蛆虫』ミハイルの分際で……俺に勝てるつもりか」


「……!」


 それは忌まわしき過去を象徴する渾名。全身が真っ白であった彼を、同じく白一色であるうじに例えて揶揄した悪意の渾名だ。名付け親は勿論、目の前のこの男だ。


 ジェラールは僅かに眉を上げたが、彼の闘気は全く乱れなかった。今の彼は既に低次元な過去の事象は乗り越えて久しい。


 ジェラールの動揺を引き出せなかったと悟ったカスパールが忌々し気に舌打ちする。



「ち……生意気な。貴様らクズ共は俺の足元にひれ伏していればそれでいいんだよ!」


 カスパールは一際闘気と殺気を強烈に噴出させると、一気に踏み込んできた。恐ろしい程の速さだ。しかしジェラールは冷静にカスパールの動きを見て、ある事実・・・・を見抜いた。


「ふっ!!」


 そして突進してくるカスパールへの迎撃に、双刃剣の一方の刃を横から薙ぎ払う。それは正確無比にカスパールの首筋を狙う一撃だったが、


「甘いわ!」


 カスパールも一方の剣を掲げて、その斬撃を危なげなく受け止めた。兵士や並みの剣闘士なら反応すら出来ずに斬り伏せられていただろう鋭い一撃だったが、流石に一筋縄ではいかない。


 だが双刃剣の真髄は、受けられた衝撃さえ利用した流れるような剣閃だ。ジェラールは柄を回転させてもう一方の刃で反対方向から斬り付ける。


「馬鹿め!」


 カスパールもまた二刀流なので反対側から斬り付けられようと、もう一方の剣で受け止めるだけだ。そして今度こそ動きが止まった所で彼の二刀の餌食となるのだ。


 カスパールはジェラールの再度の薙ぎ払いに対して、もう一方の剣を掲げてそれを受けようとする。だが……


「……っ!?」


 防御の反応が遅れた。目ではジェラールの斬撃が見えているのに、身体がそれに追いつかないのだ。その結果、ジェラールの刃はカスパールの剣を潜り抜けて横薙ぎに一閃された。



「お……おぉ……な、何故……」


 カスパールが信じられないと言う風に目を見開く。ジェラールは至極冷静に返した。


「馬鹿は貴様だ。如何に貴様の剣の腕が立とうとも、八武衆を2人・・も相手にして勝てるはずがあるまい?」


「……!!」


 ミケーレの与えた傷がカスパールの動きに影響を及ぼしている事をジェラールは見抜いたのだ。そして最初に軽傷の側から攻撃してそれを受けられる事を見越して、本命・・の重傷側への攻撃に繋げたのだ。


 ミケーレから受けた傷によって身体の反応が遅れたカスパールは防御が間に合わず、結果として……


「お、俺は……俺は、皇帝に……」


 そのうわ言のような言葉を最後に、カスパールの喉がぱっくりと裂けて、そこから大量の血液が零れ落ちる。喋ろうとしても最早言葉にならず、その口からも血液を溢れ出させる。そしてゆっくりと仰向けに倒れ伏した。


「……さらばだ、俺の忌まわしい過去の象徴よ。冥府の底からお前の妹が帝位に就く様を見届けるがいい」


「…………」


 その言葉は聞こえたかどうか……。倒れたカスパールの瞳は既に何も映しておらず、その表情は苦悶と驚愕、そして妄念に歪んだままであった。





「馬鹿な男だ……」


 カスパールの死体を見下ろすジェラールの顔には僅かな憐憫が浮かんでいた。その時後ろから駆けつけてくる気配があった。振り向くと巨大な黒狼が走り寄ってくる所だった。


「セオラングか。足止めご苦労だった。お陰でこちらの片は付いた」


 Bauu!!!


 吼え声で応えるセオラングの口や牙は、幾多の魔物の血や体液で汚れていた。どうやらかなり多くの敵を倒してくれていたらしい。だが他の入り口から、多くの魔物が既にアリーナ上へ溢れ出してしまっているようだ。


「俺の用事は済んだ。さて、それではお前のご主人様・・・・を助けに行くか?」


 Gau!!



 そしてジェラールとセオラングは他の場所で魔物と戦っていたブロル達とも合流して、クリームヒルトやカサンドラを助ける為にアリーナへと急ぐのであった……


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