【アデプト】

第15話 レベル3の洗礼

 今日は私が【アデプト】階級に昇格してから最初の試合だ。この階級ではレベル3の魔物との戦いが中心となる。レベル3は【村落規模の危機】とされており、1体でも現れれば小さな農村などにとってはそれなりに脅威となるレベルという訳だ。


 それは前回昇格試合で戦ったリザードマンを思い出せば、まあ納得できる区分けではあった。


 あれと同レベルの魔物達との対戦が中心なのだ。私も以前に比べれば強くなっている自覚はあったが、それでも油断すれば即座に重傷を負ったり、最悪死ぬ場合もあるだろう。


 ジェラールからもお前はまだ油断ができるような腕前ではないと、しつこいくらいに念を押されていたので、若干ムッとしつつも事実としてそれを認めて試合に臨む事になった。



 最近ではすっかり扱いに慣れた双刃剣を携えて、例の露出度が非常に高い『鎧』を身に纏ってアリーナへと出る。


 北国のロマリオンと異なり、うだるような強い日差しが照り付けて私は眩しさに目を細める。全く……いつもながら忌々しい日差しだ。こんな日差しばかりいつも浴びているからこの国の連中は脳を灼かれて、下品な金色のけばけばしい髪をした低能な土人共が出来上がるのだ。



『紳士淑女の皆様! 本日午後の部最初の試合は、憎きロマリオンの象徴、銀髪紅瞳の魔女、クリームヒルト・ロマリオンが登場だぁぁぁっ!!』



 ――ワアァァァァァァッ!!



 相変わらずの暑苦しいアナウンスに、熱狂的な馬鹿どもの歓声。ああ、本当にウザったい。こいつら全員、今すぐに心臓発作で死ぬか、強い日差しで熱射病にやられてしまえばいいのだ。


 そしてやはり相も変わらず男の観客たちは、私の剥き出しの素肌に好色な目線を這わせている。くそ……下賤な土人の雄共が! 貴様らなど似合いの同人種同士で盛っていればいいのだ。



『それではこの卑しい魔女に対するエクスキューショナーの紹介だ! 群れの雑魚は倒せるようになってきたが、今度は強者・・が登場だ! 群れを率いるボスの親衛隊! その投石は時に鍛えられた傭兵の頭も粉砕する! レベル3の魔物、エルダーアインだぁぁぁっ!!』



 いつものように対面の門が開き、そこから1体の魔物が入ってきた。基本的なシルエットは私がこれまで何度か戦ってきた猿の魔物ロックアインと同じだ。


 だがまず目に付く相違点として、明らかに大きい・・・。ロックアインは私の身長より小さかったが、こいつは明らかに私より大きい。目算ではやや大柄な成人男性と同じくらいの大きさだろう。その分体格が良く四肢が太く、ロックアインより確実に膂力に勝る事を窺わせた。


 そして体毛の色も違う。ロックアインは大体くすんだ茶色か灰色の体毛であったが、こいつは真っ黒い体毛を生やしている。視覚効果というのは案外馬鹿にならず、それだけでも強そうに見えた。


 エルダーアインはその名の通りロックアインの上位種で、アナウンスが言っていたように群れのボスの親衛隊的な存在と考えられており、規模の大きい群れには複数体のエルダーアインが混じっているのが普通だ。


 そして膂力に勝るという事は当然、得意の投石に関してもより大きい石をより速いスピードで投げられる訳で――



「……っ!」


 そう思った傍から早速の洗礼・・が来た。エルダーアインがその大きな手に持った石を投げつけてきたのだ。私の頭くらいはありそうなサイズの石で、それがロックアインが投げる小石よりはるかに速いスピードで迫ってくるのだ。


 こんな物をまともに受けたら、その時点で勝負ありだ。当たり所によっては即死もあり得る。


 私は顔を引き攣らせながら、かなり大仰に飛び退って投石を回避した。剛速球の風圧が躱した私の元まで届いて、それが投石の威力を物語っていてゾッとした。


 と、息つく間もなく第2球・・・が飛来する。


「ッ!?」


 エルダーアインはもう片方の手にも同じくらいの大きさの石を持っていたので、来るとは予想していた。だが奴はまるで最初の投石が躱されるのを見越していたように、私が跳び退った地点目掛けて私が体勢を立て直す間を与えずに、こっちが本命とばかりの追撃を放ってきたのだ。



 まともに回避するのでは間に合わない。このままでは直撃する!



「……っぁ!!」


 私は跳び退ったり横っ飛びするのではなく(それでは間に合わない)、思い切って身体を後ろへ倒して地面に仰向けに倒れ込んだ。


 かなりの勢いで倒れた為に背中を強く打ち付けたが、それでも剛速球の直撃を喰らうよりはマシだ。その大胆さが功を奏して、私が仰向けに倒れ込んだ直後にその鼻先のすぐ上を、大きな石が唸りを上げて通過していった。



 間一髪だった。後わずかでも判断が遅れていたら、私は投石によって致命的な負傷をしていた事だろう。


 だが悠長に寝たまま一息ついている暇はない。何故なら投石を凌いだ事で今度はエルダーアイン本体が突進してきたからだ。私は急いで立ち上がると、今の一幕にも離さずに持っていた双刃剣を構えた。


「グアァァァッ!!」


 奇声を上げながらエルダーアインの巨体が迫る。自分の身体より大きい魔物が敵意むき出しで襲ってくるというのは、人間の本能的な恐怖を刺激する。だがその恐怖に呑み込まれるか否かが、一般人と戦士の違いだ。


 私は恐怖に震えそうになる心と身体を叱咤して、双刃剣を目の前に掲げた。柄を回転させて2本の刃を旋回させる。まだ私の技量ではジェラールのようにまるで弾幕のような高速回転は不可能だが、それでも相手の視覚を攪乱させて牽制程度にはなる。


 案の定回転する刃を見たエルダーアインの突撃の勢いが鈍る。私はその隙を逃さずに、旋回を止めて一方の剣を突き出した。


「ギァッ!?」


 肉を貫く感触と共に魔物が怯む。だが毛皮と筋肉が厚くて致命傷は与えられなかった。私は慌てて剣を引き抜く。


 そこに傷を負わされたエルダーアインが怒り狂って拳を振り回してくる。私はそれを避ける為に大きく後退する。だが魔物は当然のように追撃してくるので距離を取れない。



 こうなったら……正面勝負・・・・しかない! リザードマンの時もそうだったが、私に足りないのは自信・・だ。ジェラールに教え込まれた技術とこの双刃剣、そしてこれまでの魔物達との戦いを潜り抜けてきた自分を信じるのだ。


 私は後退を止めて、敢えて自分から魔物に斬り掛かった。エルダーアインも止まる事無く私に突っ込んでくる。


「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 私は双刃剣を縦に旋回させて連続で斬り付ける。血しぶきが舞うが、私の力ではやはり倒すには至らない。


「ガアァァッ!!」


 エルダーアインも負けじと長い両腕を振り回して打ち付けてくる。最初の一撃は躱す事が出来たが、もう一方の腕に対処するのが間に合わずに、薙ぎ払われた腕に接触してしまう。


「……っ!」


 その衝撃に抗えずに、私の身体は地面に引き倒される。観客席が沸き立つ。興奮したエルダーアインが上から圧し掛かって来ようとする。魔物相手にマウントを取られて上から抑え込まれたら終わりだ。


 私は無我夢中で剣を突き出した。すると運よく、突き出した剣が圧し掛かってきた魔物の心臓のある辺りを貫く形となった。



「……! ……!!」


 急所を貫かれたエルダーアインの身体がビクンッと跳ねる。それから急激に弛緩して、私の身体の上に覆いかぶさってきた。しかし攻撃は無い。どうやら死んだようだ。


 私は大きく安堵の息を吐いて、魔物の死体から這い出た。



『おおぉーー!! クリームヒルト選手、レベル3の魔物であるエルダーアインを斃したぁぁっ!! これで前回の昇格試合に続き2体のレベル3の魔物を斃した事になります! 北の魔女はどこまで勝ち上がるのか! 支配人であるエリクソン卿の次なる采配に期待しましょう!』



 ――ワアァァァァァァッ!!



 観客の歓声と怒声を浴びながら、私は大きく乱れた息を荒げていた。肉体的な疲労と精神的な緊張によるものだ。


 確かに勝つ事は出来たが、正直運に左右された部分もあった。特に狙った訳でもない咄嗟に突き出した剣先が、たまたま魔物の急所に当たったのだ。


 これでは駄目だ。運に左右されているようでは安定した勝ちは拾えない。それではこの先生き残る事が出来ない。恐らく試合を見ていたジェラールからも駄目出しされる事だろう。


 これまで順当に勝ち上がってきた事で、少し安心というか慢心してしまっていた部分もあったかも知れない。



 私は歓声や怒号を浴びながら、ジェラールに更にステップアップした訓練を願い出ようと決心していた。

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