第10話 女王の悪意
闘技場のアリーナ。私に向かって高速で複数の投石が放たれる。だが直線的な軌道でしか進まない投石攻撃は、事前に来る方向が解っていて、尚且つ来るタイミングも解っていれば避ける事は左程難しい事ではない。
「ふっ!」
私は身を屈めて頭に迫る投石をやり過ごす。そしてそのまま動きを止めずにサイドステップ。胴体に迫っていたもう一つの投石を躱す事に成功した。
見た目派手な挙動に観客席が沸き立つ。だが実際にはそれほど難しい動作ではなかった。
投石を躱された事で……2体のロックアインは歯を剥き出しにして醜い唸り声を上げながら、両腕を振り上げて同時に迫ってきた。
私は逃げる事無く、むしろ自分から奴等に向かって突進していく。逃げても無駄に体力を消耗するだけだし、それ以前に今の私には自信があった。
一方のロックアインがその長い腕で殴りかかってこようとする。私は双刃剣を前に掲げると、中央に位置する柄を大胆に回転させた。すると柄の上下から伸びている2本の刃が、まるで風車のように旋回した。
高速で回転する鋭利な
「グアァッ!?」
果たしてロックアインは、目の前に突如出現した風を切る刃の盾に驚いて動きが停滞した。当然その隙を逃す訳にはいかない。
「ふっ!!」
再度呼気を吐き出して、旋回状態からそのまま攻撃動作に移行する。双刃剣の一方の刃がロックアインの首筋にめり込んだ。急所を切り裂かれた魔物から派手な血潮が噴き出す。再び観客性が沸き立つ。
その間にもう一体のロックアインが私の背中に飛びつく勢いで襲い掛かってくる。だが私は一切慌てることなく、双刃剣の柄を旋回させて返す刀で魔物を斬り伏せた。この斬り返しの威力が弱いのが今の私の課題で、やはり一撃では仕留められずに、振り返ってから改めて止めを刺す必要があった。
だが危なげなく2体のロックアインを斃す事ができた。【アプレンティス】への昇格試合でこいつ1体に苦戦していたのが嘘のようだ。私は大きな手応えを感じていた。
『お、おおおぉぉーー!! な、なんと、クリームヒルト選手……2体のロックアインを相手に余裕をもって勝利してしまったぁぁっ!! 双刃剣の技術はこの魔女を一段階上の強さに引き上げてしまったか!? 最早レベル2の魔物では相手にならない! 【アデプト】階級への昇格も視野に入って来ているぞぉっ!!』
――ワアァァァァァァッ!!
――ウオォォォォォォォッ!!
司会の動揺や観客共の怒号や歓声を心地良い音楽のように聞き流しながら、私は気分よくアリーナを後にするのだった。
*****
控室に戻る途中の通路。私は通路の先に誰かが立っているのに気付いた。いつものようにジェラールだろうか? 私は若干
「……いい気なものだな、魔女め。危なげなく試合に勝てるようになってさぞ調子に乗っている事だろうな」
「……!!」
ジェラールではなかった。私の気分は一転して逆にどん底まで下降した。オールバックに撫でつけた隙の無い髪型、陰気で神経質そうな顔立ちの男。この闘技場の『支配人』ブロル・エリクソンであった。
憎々し気な目で私を睨みつけながらこちらに歩いてくるブロル。私は少し緊張した。このブロルは明らかに私を嫌っていて、害意すら持っている。それでいて本人の剣士としての技量は私など比較にならない強さだ。
今ここにジェラールはいない。またあの時のようにブロルが剣を抜いて私を殺そうと襲ってきたら……
「ふん、そう身構えるな、馬鹿女が。私の高貴な剣を、お前のような下賤で浅ましい売女の血で汚す気など無い。勿論陛下のご命令があれば別だがな」
「……っ」
吐き捨てるような調子のブロルは、明らかに本心で言っているらしい。とりあえず命の危険は無いようで私はホッと一息吐いた。ブロルは口の端を歪めた。
「安心したか? だが残念だったな。次のお前の試合は、
「特殊で大掛かりな試合?」
私はオウム返しに尋ねていた。それは今までのようなただ単に敵の数が多いとか、そういう試合とは異なるという意味だろうか。だが同時に、あの女の意向という言葉も気になった。やはりあの女は私を意識しているのだ。
「そうだ。ふふふ……名付けて『火炎舞踏会』。楽しみにしておけ」
「か、火炎舞踏会……?」
仮面舞踏会をもじってでもいるのだろうか。だとしたら随分なセンスの悪さだ。だがとりあえず今はそんな事より、その試合の名前が持つ不穏さが気になった。
だがブロルは意地の悪い笑みを浮かべるばかりで、試合の詳細を説明する気はないようだった。
「試合の準備にしばらく掛かる。お前はその間に精々
「……!」
その言葉と悪意に私は若干身を震わせた。昇格試合でもなく、それでいて私が確実に無傷では済まない試合だと? 一体どんな試合だというのだ。
私に精神的な動揺を与えた事で満足したらしく、上機嫌で踵を返して立ち去っていくブロルの背中を睨みながらも私は早くも降りかかりそうな新たな試練に気を重くしていた……
*****
「何……『火炎舞踏会』だと?」
翌日の訓練時、私はジェラールに昨日ブロルから告げられた内容を打ち明けてみた。
「え、ええ、そうなのよ。あなたは何か聞いていないの?」
私は藁にも縋る思いで聞いてみたが、ジェラールはかぶりを振った。
「前にも言ったが、俺は基本的に試合内容には関わっていない。特にお前の試合に関しては全てブロルが決めている。それと陛下の意向も影響しているだろうが」
「そう……」
確かに以前にもそう聞いた気がする。内容に関して知るのは諦めるしかないか。しかしそうなると私は次の試合までこの不安感を抱えたまま過ごす事になってしまう。恐らくそれがブロルの狙いなのだろうが。
「ふむ……」
ジェラールが少し考え込むような仕草になる。
「試合の詳細は解らんが……類推ならできる」
「え……?」
私は顔を上げた。
「『火炎舞踏会』という名前からして、まず間違いなく火を用いた試合になるだろう。そして舞踏会などという呼び名から、恐らくお前が常に動き回らねばならないルールなのかも知れん」
「う、動き回る……?」
「高熱で炙られれば熱さの為に動き回る事になるだろう。かなり限定された狭い空間で周囲を炎に取り囲まれて、その中で戦うという内容の可能性があるな」
「……!」
私はその光景を想像してゾッと血の気が引いた。それがあの女の意向だというのか。あの女自身だって、かつてフォラビアでそんな試合はしていなかったはずだ。
ジェラールが以前に言っていた、あの女が
「だが、それでは相手側もただでは済まんはずだ。捕えた魔物なら使い捨てはできるはずだが、それにしても割に合わん気はするな。となると……」
ジェラールは顎に手を当てたまま、何かを猛然と考え込んでいた。そしてやおらに顔を上げた。
「……よし、次の試合までの訓練の内容が決まったぞ。早速始めるぞ」
「え……ま、待って。どういう事?」
急な展開に私が戸惑っていると、しかしジェラールはかぶりを振って自らの双刃剣を構えた。
「確証はないので説明はせん。お前はとにかく俺の言う通りに動け。いいな?」
「ちょ、ちょっと……!」
私は大いに慌てたが、善は急げとばかりにジェラールが打ち掛かってきたので、強制的に訓練を開始せざるを得なくなった。私も自らの双刃剣を構えて、打ち掛かってくるジェラールに応戦するのだった……
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