第34話 ドラゴンボーンの証明

「……さて、何があったのか話してもらおうか」


「え……な、何の事?」


 ジェラールに連れられて私室へと戻って来た所で彼がそう切り出した。私は内心でギクッとしながらも、何の事か解らない風を装う。だが彼には通用しなかった。


「とぼけても無駄だ。ただ物見高い奴等に声を掛けられただけという訳ではあるまい。奴等はともかく、お前の様子は明らかにおかしかった」


 ジェラールはそう言って私の顔を覗き込んでくる。何もかも見透かされそうな気がして、私は思わず目を逸らしてしまう。


「奴等を知っているのか? だがロマリオンの間者という訳ではなさそうだな。お前はあの時、明らかに恐れ慄いて・・・・・いた」


「……っ」


 駄目だ。彼は完全に不審を抱いてしまっている。私と彼等の間に何か・・があると確信してしまっている。ここで私が知らぬ存ぜぬを通そうとしても、余計不審を抱かせてしまうだけだ。或いはそれこそ私が脱走なり良からぬ事を企んでいるなどと見做されて、監視を強められてしまうかも知れない。


 こうなったら彼にだけはある程度正直に打ち明けるしかない。この話を聞いてジェラールがどう考えてどのような判断を下すか……。これは一種の賭けとも言えた。彼なら常識的・・・な判断を下してくれると信じたいが……



「……今から私がする話は、恐らくかなり荒唐無稽に聞こえるでしょうけど……最後まで聞くと約束して」


「……! ふむ、良いだろう。話してみろ。最後まで聞いた上で判断すると約束しよう」


 ジェラールは僅かに眉を上げたが真摯な表情で請け負う。短い付き合いだが、彼がその場しのぎで適当な事を言う性格でないのは知っている。それに勇気づけられた私は頷いて語り始めた。


「ありがとう、ジェラール。実は……」





 そして私は夢の中でシグルドに会った事、彼から新たなドラゴンボーンについて忠告された事、フロスト・ドラゴンの目論見について、そしてどうやらスルストがその新たなドラゴンボーンかも知れない事などをジェラールに告げた。


「シグルドが……夢の中で……?」


 約束通り口を挟まずに私の話を最後まで聞いてくれたジェラールは、聞き終わった後にそう言って眉を顰めた。


 ジェラールも元はフォラビアの闘技場に所属していた剣闘士だ。当然シグルドが【ドラゴンボーン】としての異能の力を操る超常の戦士だという事は知っている。


 なので荒唐無稽とも言える私の話にも一定の真実味は感じられたはずだ。だが……



「……お前の話は解った。だが……正直、全てを鵜吞みにして信用する事は出来ん。それはお前自身も解っていよう」


「……ええ、そうね」


 私は不承不承頷いた。これはどうにもならない事だ。何故なら……証拠・・がないから。


 スルストがドラゴンボーンであるというのは、私の内部的な感覚でのみ知り得た事だ。これを第三者に証明する事ははっきり言えば不可能だ。


 ましてやフロスト・ドラゴンが復活して大陸の危機だなどと言った所で、それこそ現段階では夢想・妄想の類いであり、むしろ私が怪しげな流言飛語で周囲を惑わせて何か良からぬ事を企んでいるなどと取られても文句が言えないくらいだ。


「だが反面……お前の話が全て噓だとも思わん。それなりに濃い付き合いだ。今のお前がそのような下らぬ嘘を吐く女でない事くらいは解っているつもりだ」


「……! ジェラール……」


 私は思わず彼の顔を見上げた。全く信じてもらえず妄言と断じられる可能性も考慮していた。それだけに彼の言葉と態度は不意打ちで、私は若干込み上げてくるものがあった。


「だがそれは俺だけの話だ。他の奴には通じん。解っていると思うが今の段階で他の者には絶対にこの話はするな」


 勿論解っている。そもそもジェラールにさえ話すかどうか相当に迷ったのだから。それにこんな話が広まったら、自分がドラゴンボーンである事がバレたと判断したスルストがどんな行動に出るか予測が付かない。


 あの妄執に満ちた目を思い返すとあまり楽観視は出来ない。最悪この街に多大な被害を及ぼした挙句に、私を強引に攫うくらいはやってのけるかも知れない。


 それがあながち不可能とは言えないのがドラゴンボーンという超常の存在であった。ガストンがどこまでスルストを御しているかも未知数なのだ。



「それだけではない。カサンドラ陛下にとってドラゴンボーンとは今でも悪夢の象徴だ。もしあれだけの思いをして様々な奇跡が重なって、やっとの事で斃したドラゴンボーンが既に甦っていて自分のすぐ近くにいるなどと聞いたら、陛下こそ錯乱してどんな行動に出るか解らん。少なくともスルストが確実にドラゴンボーンであるという確たる証拠・・がない内は、この話が陛下の耳に入る事だけは絶対に防がねばならん」


「……!」


 そうか。カサンドラの事を忘れていた。あの女はシグルド……つまりはドラゴンボーンと深い因縁がある。ドラゴンボーンが復活してこの街にいるなどと噂が立ったら、真偽など関係なくスルストを捕えて処刑しようとしかねない。


 そしてそうなると先程私が危惧したドラゴンボーンの暴発という最悪の事態を招く可能性が高い。


 またこれはまあ私の知った事ではないが、噂だけで確たる証拠も無しに人気の剣闘士を罪人扱いして処断しようとしたとなれば、民からのカサンドラの求心力が落ちて暴君のレッテルを貼られる事になるかも知れない。ジェラールとしては避けたい事態だろう。



「証拠だ。スルストがドラゴンボーンであるという事を示す明確な証拠が必要だ。そうすれば国軍を動員する正当な理由ができる。いかにドラゴンボーンとはいえまだ発展途上・・・・であれば、相応の準備を整えた上で国軍の精鋭部隊を当てれば倒す事は出来るはずだ」


「で、でも……どうやって証拠を?」


 その手段がないから困っているのだ。私の内部感覚など証拠にはなり得ない。それではジェラール以外の人間にスルストがドラゴンボーンであるという事を納得させられない。いや、そのジェラールにしたって今の私の人格を信用してくれているだけで、何の証拠もない私の話を完全に信じてくれている訳ではないのだ。



「……ドラゴンボーンを超常の存在足らしめている一番の要因・・・・・は何だ?」



「一番の要因?」


 急に何の話かと思ったが、彼が意味も無くこんな質問をするはずがない。私はシグルドの事を思い出して考えてみた。


 凄絶な剣技? 卓越した身体能力? 人を惹き付けるカリスマ性? いや、それらは確かにドラゴンボーンの特徴の1つではあるが、別にドラゴンボーンではない普通の人間でも才能や努力次第では持ち得る事が可能だ。それだけでは超常の存在とは言えない。


 シグルドが旧エレシエル王国や小国家群の軍隊相手に無双できた一番の要因。それは…………



「……!! そうか、シャウト・・・・ね!?」



 【龍叫シャウト】。人の身でありながら龍の力を使う事の出来る能力。『衝撃』や『火炎』、『凍結』や『旋風』といった様々な異能の力を自在に使いこなす事で、ドラゴンボーンは人間の兵士達がどれだけ束になっても敵わない超常の存在足りえたのだ。


 ジェラールが頷いた。


「そうだ。シャウトこそがドラゴンボーンの最大の特徴であり、逆に言えばそれ以外の人間が決して真似できない要素であるという事だ。シャウトを実際に使う事。それこそがその者がドラゴンボーンである事の最も確実な証明になると思わんか?」


「……!」


 確かに……それなら確実にスルストがドラゴンボーンであると証明できる。言い逃れも不可能だ。


 幸いというかシグルドの武勇伝は大陸中に遍く広まっており、どんな民衆でもシャウトの力を見ればシグルド……即ちドラゴンボーンの再来だと思うはずだ。証人・・には事欠かない。



「でもあのスルストが都合よくシャウトを使ってくれるかしら?」


「シャウトは基本的に戦闘の力だ。奴が使用するとしたら、それは戦闘中が最も可能性が高い。そしてここは闘技場だ。戦闘・・なら毎週のように行われている」


「……! 闘技試合を利用してスルストにシャウトを使わせるように仕向けるという事?」


「それが最も確実だ。無論簡単な事ではなかろう。奴は素の実力でも【エキスパート】まで余裕で昇格した程だ。奴にシャウトを使わせられるとしたら、最低でも【マスター】ランクの試合でなければ不可能だろうな」


「……っ!」


 私は当然スルストの試合を見た事は無いが、あの年齢で既にそれほどの強さなのか。もう少し成長すればそれこそシグルド並みの怪物になってしまうかも知れない。そうなったらもう誰にも手が付けられなくなる。


「スルストは正式に闘技場にエントリーしている剣闘士なので、お前と同じで現在のランク以上の試合を組む事は出来ん。だが奴の実力ならそう遠くない内に、【マスター】ランクへの昇格試合の話が持ち上がっても不自然ではない。上手く行けばそこで奴の正体を暴けるだろう」


「…………」


 スルストがシャウトを使えば、それはドラゴンボーンである事の動かぬ証拠だ。エレシエル王国にとってドラゴンボーンは不俱戴天の敵といえる存在。軍隊を以ってスルストを討伐・・できる大義名分を得られる。


「それしかなさそうね……」


 急に不自然に高ランクの試合を組んだりすると怪しまれる可能性がある。スルストが自然・・に【マスター】ランクに昇格するのを待つしかないという事か。


 その間、私はあのスルストの妄執を躱し続ける事が出来るだろうか。


「先程の件でスルストのお前への接触を監視する名目が出来た。しばらくの間は常に衛兵にお前の周囲を見張らせておくので安心しろ」


「あ、ありがとう……」


 私はやや複雑な気持ちで礼を言った。スルストの事は別として、今ここには私を救出するためにカスパール兄様も潜入しているはずなのだ。監視を強められてしまうと、カスパール兄様との接触も難しくなる。


 だが流石に兄様の事まで話す訳には行かないし、彼は悪気があってやっている訳ではないので余計に複雑な気持ちになってしまうのだ。



 スルストにどのように対処していくかの方針はジェラールのお陰で定まったが、カスパール兄様の件もそうだし、何よりも私自身の闘技試合の件もある。当然私の試合も【エキスパート】になった事で難易度が上がっているので全く油断は出来ない。


 目の前に積み上がった問題の数々に、私は思わず大きな嘆息を漏らしてしまうのであった……


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