第53話 終わりの始まり

 シグルドが統括していたフォラビアの闘技場でも【ヒーロー】ランクというエリート階級に属していた元剣闘士。


 しかし実際には旧エレシエル王国の大貴族の血を引いており、フォラビアでカサンドラを幾度となく助け心を通わせてきた事もあって、王国復興後に正式に婚姻して女王の夫となった男。


 新生エレシエル王国復興の影の立役者とも言えるのが、このサイラスという男であった。


 復興後に女王……つまりカサンドラが積極的に親政を行うようになってからは余り政治の表舞台に立つ事は無く、この国の大将軍・・・として専ら私達ロマリオン帝国の侵攻を抑える為に各地の前線を回っていたらしい。


 ジェラールによるとカサンドラが不安定・・・になった要因の1つには、このサイラスの長期不在も影響していたのではないかとの事だった。


 そんな男が今は現実にこの闘技場に立っており、カサンドラの危機を救った。カサンドラめ。私の事を揶揄しておきながら、自分こそが白馬の王子様に助けられるお姫様ではないか。しかもサイラスは外見的にも王子様役にうってつけだ。




「……お前もクリームヒルトを殺そうとする敵か。邪魔するならまとめて片付けるまでだ」


 スルストが乱入してきたサイラスにも殺気を向ける。ドラゴンボーンから放たれる殺意にサイラスは目線を厳しくしながらもかぶりを振った。


「ふぅ、やれやれ。まるで狂犬だな。いや、『狂龍』だったか。言い得て妙だね」


 スルストの殺気を浴びながらそんな皮肉を口にする余裕があるらしい。スルストは構わず再びシャウトを使う。ただし今度は剣に何かを纏わせる能力ではない。


 スルストの姿がその場から掻き消え、サイラスのすぐ背後に出現・・した。文字通り瞬間移動の如き速さ。これはシグルドも使っていた『旋風』のシャウトか。そして一瞬でサイラスの背後に回ったスルストはそのまま大剣を薙ぎ払う。


「……!」


 しかしサイラスは驚異的な反応でスルストの奇襲を躱した。そして振り向きざまに長剣を一閃。その鋭さはやはりあのスルストが回避を選択せねばならない程。そのまま反撃に転じたサイラスは、恐ろしい程の速さで連続突きを繰り出す。


 私ならあの突きの1つたりとて見切れずに、全身を刺し傷だらけにして絶命していただろう。だがスルストもドラゴンボーンだけあり、あの大きな剣でサイラスの攻撃に対処して、逆に僅かな隙を見つけては反撃に大剣を薙ぎ払う。



 私では殆ど見えないような超常の応酬がしばらく続いたあと、どちらともなく距離を取った。



年齢・・の関係かシグルド程の強さではないようだけど、逆に言えばあの成長途上の小さな身体でこの強さと考えると、これは放っておけば冗談抜きにシグルドの再来になりそうだね」


 サイラスがそう断じる。シグルドの再来……いや、事態はもっと悪い・・・・・


 私は既に女として成熟しているので、スルストは私を攫ったらすぐにでも交わろうと・・・・・するはずだ。スルストも肉体年齢的にもうそういう事・・・・・が可能な年齢に見える。


 そしてその結果どうなるか……。私は死に、私の身体からフロスト・ドラゴンが復活するのだ。


 だが流石にジェラールはフロスト・ドラゴンの事まではカサンドラ達に話していなかったようだ。まあ当然と言えば当然だが。ドラゴンボーンの復活というだけでも充分荒唐無稽な話なのだ。



「……鬱陶しい奴だな。俺達の邪魔をするな」


 一方スルストは声に僅かな苛立ちが混じる。サイラスとはほぼ互角の強さに見えるが、ここはつまる所敵地・・のど真ん中であり、エレシエル側はどんどん増援が駆け付けるだろう。カサンドラだってドラゴンボーンとの再会というショックが、サイラスの救援によって薄れてきたようなのでこのままサイラスの加勢に入るかも知れない。そうなれば明らかにスルストが不利だ。


 対して私はカサンドラ達は勿論だがスルストの味方をする訳にも行かず、呆然と戦いを見ているしかなかった。だが……ここに来て状況が動き出した。


 スルストが……あの基本的に無表情だった少年が、僅かに口の端を吊り上げたのだ。



「やはりカスパール・・・・・様の言う事は当たっていた。事前に準備・・をしておいて正解だった」



「え……!?」


 スルストの口から漏れ出たその名前に私は反応した。カスパール? このタイミングで出るからには、それは間違いなくカスパール兄様の事だろう。


 今スルストはカスパール『様』と言った。つまりスルストは兄様に従っている立場という事だ。いつもスルストと一緒にいて、彼に対して主導権を握っていた相棒・・の顔が思い浮かぶ。スルストがドラゴンボーンの力で変装・・していた事を考えると……



 私がそこまで考えた時、俄かに観客席が騒がしくなった。何か動揺したような声や悲鳴まで聞こえてくる。それと同時に闘技場の外壁越しに街に火の手が上がっているのが見えた。それも一つではなく複数の火の手があちこちから上がっているようだった。観客席の騒音が増々大きくなる。


「な、何? 何の騒ぎ……!?」


 カサンドラが慌てて周囲を見渡す。私も釣られて観客席を見渡した。すると私達が見上げる先で、目を疑うような光景が巻き起こった。


 闘技場の外壁を飛び越えて、いくつもの黒い影が観客席の上空を飛び回る。あれは人間サイズの黒い巨大コウモリ……チュパカブラスだ! 他にもイグニファタスや、その他飛行能力を持った魔物の姿が複数確認できた。



 そう……魔物・・が観客達に襲い掛かっているのだ。観客席はたちまちの内に阿鼻叫喚の大パニックに陥る。



 観客席に配備されていた弓兵達が慌てて狙撃しようとするが、パニックになった群衆に邪魔されて、それどころか騒乱に巻き込まれる者も続出してまともに機能しなくなる。


 サイラスがその様子を見て苦い顔をスルストに向ける。


「まさか……君の仕業なのか、あれは」


「そうだ。お前達が魔物をストックしている場所を見つけて『服従』の力で魔物達を洗脳した。あれだけの数がいると細かい命令は出せないが大雑把な指示なら可能だ」


「……!!」


 それを聞いたカサンドラが顔を引き攣らせる。サイラスの表情も更に厳しくなる。この街にどれだけの魔物がストックされていたのかは解らないが、2人の様子からするとかなりの数なのだろう。


 フォラビアの闘技場では人間同士の試合が主体であり、魔物との試合は実はそこまで多くなかった。その魔物にしてもドラゴンボーンたるシグルドが『服従』の力で従えていたので全く危険は無かった。


 だがこのニューヘヴンの闘技場では完全に魔物との試合が主体であり、必然相当数の魔物をストックしておかなければならなくなる。それがスルストの力で一斉に解き放たれたとしたら……



 ――ドゴォォォォッ!!!


 その時強烈な破壊音と共に、アリーナを隔てている門がひしゃげて吹き飛んだ。そしてアリーナに巨大な魔物が踏み込んできた。


 体長は優に3メートル以上。頭は荒々しい雄牛のそれで、筋肉の塊のような人型の胴体、厚い剛毛に覆われた下半身に足は蹄状になっている。そしてその両手には恐ろしく重厚な両手持ちの戦槌が握られている。あれで扉をぶち破ったのか。


 レベル5の魔物、牛頭人身のミノタウロスだ。その雄牛の口から激しい咆哮が放たれる。するとミノタウロスが破った門からゾロゾロと他の魔物がアリーナに侵入してくる。ゴブリンやロックアインなど殆どが雑魚だが、一部レベル3や4の魔物も混じっているようだ。

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