第54話 訣別と抵抗
スルストはサイラス達の方を指差して、龍の言語で何かを怒鳴る。すると乱入してきた魔物達がミノタウロスも含めて、サイラスとカサンドラに対してだけ敵意を剥き出しにして向かってくる。
「ち……カサンドラ、下がっていてくれ!」
「嫌よ! 私も戦うわ!」
カサンドラは激しくかぶりを振ってサイラスの隣に並び立つ。どのみち今は衛兵達も魔物への対処で手一杯だろうし、アリーナの門を開ける余裕は無い。今現在魔物達が溢れ出している門から逃げる訳にも行かないので、カサンドラ達に逃げ場はない。
忽ちの内に殺到してきた魔物達とカサンドラ達2人が乱戦状態になる。サイラスもカサンドラも戦士としては極めて優れているため雑魚の魔物では相手にならないが、ミノタウロスを始めとした高いレベルの魔物はそう簡単には倒せないので、乱戦はすぐには収まりそうもない。
その乱闘を横目にスルストが私に走り寄ってきた。
「さあ、クリームヒルト、今の内だ。俺と一緒にここから逃げよう」
スルストが私に手を差し出してくる。スルストに付いて行けばここから、このエレシエル王国から確実に脱出できるだろう。以前までの、そして何も知らない頃の私であれば迷わずその手を取ったはずだ。
だが……私はその手を払った。
「……!」
「……ごめんなさい。どうしてもあなたと一緒に行く事は出来ないの。あなたがドラゴンボーンである限りは」
私は側に落ちていた自分の得物である双刃剣を手に取って立ち上がった。そしてスルストに刃を向ける。
「クリームヒルト……何故だ?」
スルストが戸惑う。シグルドのように
彼もまたこの呪われた悲しい連鎖の被害者なのだ。同情はするが、しかしだからと言って彼の望みを叶える事はできない。それは私の死だけでなく、この大陸が魔物の世界になってしまう事に繋がるから。
「ごめんなさい。あなたは……あなた達は、この世に存在していてはいけないのよ」
私は双刃剣の刃を彼に向ける。それは完全なる拒絶と訣別の意思表明に他ならない。スルストの顔が歪む。
「そうか……あくまで拒絶すると言うんだな? ならば仕方がない。
スルストは1人で勝手に納得すると私に対して大剣を掲げる。強硬手段という言葉からも、彼が私を力づくで攫うつもりであるのは明らかだ。
スルストが踏み込んで大剣を薙ぎ払う。私の持っている双刃剣を狙っている。武器を叩き落とす気だ。私はその攻撃を受け流して、もう一方の刃での反撃を狙う。だが……
「ぐ……!?」
剣に加わった衝撃が予想以上に強く、柄を持つ手が痺れ受け流しに失敗する。恐らくスルストは大幅に手加減している。それでこの速さ、この衝撃だ。まともに戦ったら勝負にならないだろう。
スルストが畳み掛けるように追撃してくる。全て私を直接狙わずに武器を叩き落とすための攻撃だ。それもかなりの手加減をしている。
「ぐぅ……! ぐ……!!」
それでも私は完全には対処しきれず、スルストの攻撃をまともに受けてどんどん手の痺れが強くなっていく。このままではすぐに叩き落とされてしまう。武器を失ったらもう抗う術はない。
「クリームヒルト、諦めろ。君では相手にならない。無駄な抵抗は止めて大人しく俺と一緒に来るんだ」
それを解っているのだろうスルストが私を哀れんで警告してくるが、私は意地でも降参する気は無かった。どのみちスルストに攫われれば私の死は免れないのだ。
「お生憎様……。私は諦めが悪い事で定評があるのよ」
「愚かだな。じゃあ少し手荒になる事を覚悟してくれ」
私に降伏の意思がない事を悟ったスルストが、再び少し顔を歪めてから大剣を構えた。先程までより少し闘気が上がっている気がする。本気の度合いを高めたようだ。マズい。私だけではスルストに抗えない。
私は思わず一歩後ろに下がる。周囲は魔物だらけで逃げ場がない。どのみち逃げた所ですぐに追いつかれて終わりだ。私は内心で絶望し掛けるが……
「……何をしている、クリームヒルト。戦闘の最中は諦めたらそこで終わりだと以前に教えたはずだろう」
「……!」
この混乱の最中にあっても落ち着いた声音。私はその声を聞いて急速に心が落ち着きを取り戻していくのを感じた。私の横に白い影が現れて並び立つ。
「ジェラール……!!」
それは私の師でもある【氷刃】のジェラール・マルタンであった。既に彼自身の双刃剣を構えて臨戦態勢だ。いや、彼だけではない。
――Gyauu!!
「……!」
空気が形を得たような
「セオラング……!」
体高が私の肩よりも高い巨大な黒狼セオラングも、私を挟んでジェラールとは反対側に進み出てきた。
「待たせたな。闘技場内にも魔物が湧いてその対処に追われていたが、ようやく目途が付いたのでな。ブロル達もいるぞ」
「……!」
ジェラールの言葉に見やると、何人かの騎士や衛兵を引き連れたブロルが自身も刺突剣を抜いて魔物達と既に戦っている最中だった。
「陛下、ご無事ですか!?」
ブロルはとにかくカサンドラの安否が気に掛かるらしく、他の魔物を騎士たちに任せて自身はカサンドラの援護に駆け付けていく。
「お前は、あの時の……。そうか、お前がクリームヒルトを
やはり1人で納得したスルストは、私に対するのとは比較にならない程の闘気と殺気をジェラールに向ける。
「……最早話が通じる段階ではないな。こうなればやるしかあるまい。覚悟は良いな、クリームヒルト?」
「ええ……勿論よ!」
私は双刃剣を構え直した。ジェラール達の乱入のお陰で、既に手の痺れは引いていた。
スルストが踏み込んで突進してくる。それを迎撃する私達。私自身の運命を切り開く為の戦いが始まった。
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