第11話 隔絶の再会

 そしてジェラールの指導の元、特訓に明け暮れ……2週間近い期間が過ぎた。いよいよ例の『火炎舞踏会』の日がやってきた。


 いつもの闘技用の露出度の高い『鎧』に着替えて、今となっては愛用の双刃剣を携えてアリーナへの通路を進む。


「へへへ、さあ出ろ。今日はたっぷりと地獄を味わってくるんだな」


 アリーナと隔てる門まで到着した私は、悪意たっぷりの衛兵が開けた門を潜ってアリーナへと出た。そして……


「……!!」

 私は目の前の光景に眉を上げる。


 アリーナの中央に四角形の広い台座のような物が設置されており、その台座の四隅にはポールが立てられ、それぞれのポールは太めの縄のようなもので連結されていた。縄とポールによって囲われた四角形のリング。


 コーナーの一角に台座に昇る為の階段が据え付けられており、間違いなくあの台座が今回の舞台・・であるらしい。私は緊張に喉を鳴らした。


「ほら、早く行け。あの中に入るんだ」

「……っ」


 今日は衛兵が2人私の後に続いてアリーナに入ってきて、持っている槍を突き付けて私を促してくる。私はそれに押されるようにして中央のリングに追い立てられていく。


 その姿を見て、今日も観客席を埋め尽くす群衆共が嘲笑混じりの罵声を浴びせかけてくる。


 そして衛兵に追い立てられて階段を昇らされた私は、ポールの間を張り巡らされた縄を潜るようにしてリングの中へと入った。




『さあさあ、皆さん! 今日はお待ちかねの『特別試合』の日です! ご覧のように今日はいつもの試合とは一味違うギミックが施されています! 名付けて『火炎舞踏会』です!』


 ――ワアァァァァァァッ!!


 観客共が歓声を上げる。茶番はいいから、さっさとルールについて説明しろ。私は苛立ちを感じながら客席を見上げるが、そこで驚愕に目を見開く事になった。



『試合の商会に入る前に、本日は特別ゲスト・・・・・がお出でになられています! 皆様、主賓席をご覧になって下さい!』


 司会のアナウンスと共に、観客席の中に一際豪華に誂えられた見るからに特別なスペース……主賓席に、何人かの供を引き連れた1人の女・・・・が入ってきたのだ。


 南の土人共を象徴するような長い金髪と蒼い瞳、そして私達高貴な北方人とは違う、日に焼けたような醜いピンク色の肌を趣味の悪いドレスに包んでいる。


 直に見るのは久しぶりだが、忘れもしない。そいつは紛れもなく……



『至高の御座に着くは、紛うことなき高貴なる王族の生き残り! そしてこのエレシエルを復興させ、ロマリオンの悪鬼どもを駆逐した真の勇者! 偽りの英雄シグルドを打倒した『英雄殺し』! 生ける伝説、我等が女王! カサンドラ・エレシエル陛下だぁぁぁっ!!』



 ――ワアァァァァァァァァァァァァァァッ!!!

 ――ウオオオォォォォォォォォォォォッォォォッ!!!



 先程とは比較にならないような、それこそ大気が割れるのではと錯覚するほどの熱狂的な大歓声が沸き起こる。


 あの女……カサンドラは、その大歓声に応えるように主賓席から群衆に向かって手を振る。すると耳障りな歓声が更に大きくなった。だがそんな雑音が気にならないほど、私もまた食い入るようにその姿を見つめていた。



 ようやく……ようやく私の前に姿を現したな。今まで余裕ぶっておきながら、遂に私を無視できなくなったのだな。私がお前の想定を超えて勝ち残り続けているから。


 どんな気分だ、カサンドラ? 自分が見下して侮っていた相手に反抗されて、自分の予想を覆されるのは? 内心では悔しいのだろう? 私の事が目障りで気になって仕方ないのだろう? 


 生憎だったな。私はお前などの浅い思惑には決して乗らないし屈する事もない。お前がどんな姑息で陰湿な罠を仕掛けてきても、私は必ずそれを乗り越えてみせる。


 闘技場の剣闘士という枠に私を当てはめてしまった事がお前の最大の失敗だったのだと、これからじっくりと教えてやる。お前自身だってかつてフォラビアでそうして這い上がってきたのだろう? お前にできる事が私にできないとでも思ったか。


 お前は自分自身の体験という最大の教訓がありながらそれを軽視して、私を利用しつつ陰湿な報復を企てた。それこそがお前の大いなる過ちだったのだ。


 私が見上げている前でカサンドラは民衆に手を振ってから、主賓用の豪華な椅子に着席した。そして足を組んで、あろうことかリングにいる私を見下ろして睥睨してきた。


「……っ」


 奴が私を見下ろす目は余りにも冷たく無関心で、まるで路傍の石やゴミでも見るような目であった。


 私は思わず動揺してしまう。何だ、その目は。カサンドラの分際で、私をそんな目で見ていいと思っているのか! もっと悔しそうな目をしろ! 私を睨みつけて舌打ちの一つでもしてみろ! 私がお前の想定外の存在である事を……お前が意識するべき対象である事を認めろ!


 だがカサンドラは私の心情など一切構わず、司会の方に向けて手を振った。国王から続きを促された司会がアナウンスを再開させる。



『それでは競技の説明に入りたいと思います! 今回の試合は『火炎舞踏会』。その名の通り、炎に包まれた舞台の上であの忌まわしい銀髪の魔女が踊り狂う様を存分に堪能できる試合内容となっています!』



 司会の言葉とともに、私を追い立てた衛兵共が腰に提げていた松明を掲げて火を点ける。そしてその松明の炎をリングを囲む縄に近づけると……


「……っ!」


 炎は縄に一瞬で燃え移って激しい炎を上げる。どうやら油か何かが仕込まれているようだ。衛兵共は四角形のリングを囲む4面の縄全てに火を点けていく。


 私は完全に燃え盛る炎に取り囲まれてしまう。炎の熱はかなり強く、私は慌ててリングの中央部分に退避する。これからこの中で戦わねばならないのか……



 ――ワアァァァァァァァァッ!!



 暗澹とする私の内心とは裏腹に、派手に燃える炎のリングを見た観客共が一斉に囃し立てる。カサンドラの奴は相変わらず無関心を装った・・・視線と態度で、主賓席から優雅に私の苦境を眺めている。私は今現在の奴との立場の違いを浮き彫りにされて歯噛みする。

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