第33話 これが親の務めってやつさ
「兄い! 誰か出て来ますぜ!」
アタシが表へ出ると、家の正面を囲む様に並んだ、不潔でむさ苦しい男共が下卑た笑いと共にお出迎えしてくれる。
数は、七、八……ドン・マニエロとその後ろに控えるのを合わせて丁度十人か。
伝説のガンマンを仕留めに来たにしちゃあ、チョイと少ないんじゃ無いかい?
「兄い、女ですぜ」
「何だ? シルバリオのオンナか?」
「しかも、なかなかの上玉だ。こりゃあ可愛がり甲斐が有るぜ」
「赤髪がそそるね〜」
ゴミ虫共が口々に好き勝手な事をほざいているけど、そんな事は気にも止めず。
パラランッ!
油断し切っているバカな奴らに、挨拶代わりのスリーフィンガーショットを叩き込む。
自らに何がおきたかも分からない哀れな男三人は、少ない脳味噌を撒き散らしながら、その場に崩れ落ちた。
ダスターコートの裾が、フワリと元の位置に戻る。
「な、なんだ!」
「あいつが撃ったのか!?」
「……誰か見えたか?」
奴らには、抜き手どころか銃を収めたのすら、捉える事は出来なかっただろうさ。
何せ、あの
「てめー、ただの女じゃねーな? 何もんだ!」
「アタシかい? アタシの名はルビー、賞金稼ぎのルビーさ!」
答えてやる義理も無いけど、自分を殺したのが誰だか分からないってのは、チョイと哀れだからね。すると……
「ルビー……? どっかで聞いた名前だ……!
あ、兄い! ありゃヤベー!」
「そういや聞いたことが有るぞ!
追い詰めた賞金首を、鉱山ごとバラバラに吹き飛ばしたとか!」
あ〜うん、そんな事も有ったね。概ね事故だけど。
「不死身と言われたアイアンホーク一味を、一人で無力化したって聞いたぜ」
まあね。色々策は練ったけど、間違っちゃいない。
「頭のおかしいカルト教団に、単身乗り込んで壊滅したとも聞いた!」
アレは、サファイアを助ける為に必死だったし、結果的にパールも助けられたし……
「デジマシティーでは、娼婦に化けてお偉いさんを暗殺したんだっけか?」
そんな事実は無い! オイランガールの格好はしたけど暗殺とかしてないから!
「赤い髪の女賞金稼ぎ。目にも止まらないガン捌き。間違いねー、あいつは……」
ん?
「
ナニその不名誉な二つ名! 初めて聞いたんだけど!!
大体、破壊したのだって鉱山だけじゃ無いのさ! それで破壊屋って……
まあ良い、ヤツら勝手に怖気付いてくれてる。これに乗じない手は無いね。
「そう、そのルビーよ。分かったならその子を置いてさっさと帰んな!」
アタシの啖呵に、明らかに動揺を見せるバカ共。
しかし……
「へっ、おもしれーじゃねーか。噂のルビーを
テメーらビビってんじゃねー、殺っちまえ!」
ドン・マニエロが吠えると、手下共も再び殺気立ち始める。
ちっ! 流石、頭目張るだけは有るね。そう簡単に事は運ばないか……
まあ、元よりそのつもりだったから、構いやしないんだけどさ。
ネオジパングを出る時に、餞別代わりと渡された
ダスターコートの裾を掴み持ち上げ、腰とガンベルトの間に突っ込む。
ホルスターを露出させ、何時でもガンを抜ける状態。
さっきみたいな、曲芸じみたガンプレイじゃ無い。これがアタシの本気に構え。
相手は七人、シックススターの弾倉には弾が三発。
コートの下、左腰の重さを確認する。そこにはいつも通り、ソードオフされたレバーアクションショットガンがぶら下がっている。
こっちの弾は四発……合わせて七発。丁度ピッタリだね。
緊張の糸がピンと張り詰める。
誰かが撃てば、それが戦いの合図。
さあ、誰が抜く?
乾いた風が吹き、コートを僅かにはためかせる。
砂塵が舞い上がるが、視界を遮る程じゃ無い。
息を呑む音と風が通り抜ける音が微かに響く中、突然背後からバン! と言う発砲音が轟く。
まさか後ろに伏兵!
しかし、そう思ったのも
硝煙は孤児院の割れた窓から棚引き、全身から血を噴いて倒れたのは、端の方に居た手下の一人だった。
✳︎
へっ、ルビーの奴良い面構えになりやがって。
俺の若い頃に……いやそれ以上だぜ。
それに比べて自分の姿はどうだ。ジェムを助けるどころか、子供達を満足に守る事すら出来ないのか。
何が、
少し動くだけでも全身に痛みが走る。
医者は癌だと言っていた。
しかも脊椎に出来る珍しいもんで、そこを根城にして全身に転移するらしい。
そして、もう手の施しようも無いんだとよ。
出来る事と言えば、薬で痛みを和らげる程度だってんだから笑わせる。
珍しい筈なのに、エレーナの命を奪った物と同じ病気に掛かるとは、運命を感じるぜ全く。
ルビーの戦いっぷりを見たが、成る程良い腕だ。俺が教えたクイックショットも、完璧にマスターしてやがる。
いや、それどころか俺より早いかも知れんな。
チョイと思い耽っている間に、コナーとリリーが二人がかりでショットガンを運んで来た。
リリーの肩にフォアエンドを置き、コナーが片膝立ちで構える。ストックを右肩に押し付け、下から左手でしっかり押さえる。
非力な子供達だけでも撃てる方法を教えたが、無駄にはならなかった。
なかなかサマになってるじゃ無いか、二人共耳栓は……してるな。
俺が目配せすると、他の子達も伏せたまま両手で耳を押さえる。
コナーを見て、何時でも良いと頷き合図を送ると、コナーも頷き返し狙いを澄ます。
小さな指が動きトリガーを絞って行く。
そうだ、良いぞ。トリガーは引くもんじゃ無い、ゆっくり絞るんだ。
カチリっとハンマーの落ちる音、そして続く強烈な発砲音が室内に響く。
放たれた九発の鉛玉は、狙い違わず。手下の一人を、見事に吹き飛ばした。
やるじゃ無いか、お前達……いや、俺は何を喜んでいる?
ジェムには人殺しになって欲しくないと言いつつ、この子達は良いのか?
俺は何をしてるんだ……
ジャケットの内ポケットを弄り、茶色い小瓶を取り出す。
どうしても痛みに耐え切れなくなったら飲めと言われ、医者に手渡された特別なクスリ。
極短時間だが、一切の痛みを消し普通に動ける様になるんだとか。
効果は強烈だが、その分副作用も強い。
言ってしまえば、寿命が縮み最悪死ぬかも知れない。
つまりコイツは、最後の命の火を燃やし尽くすクスリって訳だ。
強くなって来た風が、窓枠をガタガタ揺する。
「先生……」
小瓶を見つめる俺の不審な姿に、何かを感じ取ったコナーが、今にも泣き出しそうな顔で声を掛けてくる。
俺はフッと笑い、
「なんて顔してやがんだ。心配するな、お前達は必ず俺が守ってやる」
コイツらを守るのに、何を躊躇う必要が有る!
「それを飲めば貴方は……」
サファイアが言い掛けたところを、パールがその肩に手を置き、首を横に振る。
あんたらにまで気使わせちまって悪いな。
ルビーは良い仲間を持ったな……
小瓶の中身を一気に呷る。
意外に何ともねーな。
何も起きないし、何も感じ無い……
そうか、そうだ! 何も感じ無い、ついさっきまで全身に
ゆっくりと立ち上がる。
身体が軽い、何処にも痛みを感じ無い。
ガンのグリップを握ると、ひんやりとした金属の冷たさが伝わって来る。
感覚が死んだ訳じゃ無い。
動ける……病気になる前の様に……
つい顔がニヤける。
自由に動けるって事が、こんなに素晴らしいとはな。
床に落ちていたハットを手に取り、目深に被る。
子供達には見られたく無い。
人殺しに戻った俺の顔なんざな。
「先生……帰って来る?」
ドアに手を掛けた時、リリーが俺の腕を掴み、不安気な表情で顔を見上げて来る。
俺はしゃがんでリリーの頭を撫でながら、
「ああ、帰ったら皆んなで食事の続きをしよう」
精一杯優しい口調で言うが……
「やく……そく……だよ?」
ボロボロと涙を流しながら、途切れ途切れに言葉を絞り出すリリー。
すまんな、お前には分かっちまったか。俺が約束を守れないって……
立ち上がり、一度子供達全員の顔を見てからドアの方を向く。
「コナー、後は頼んだぞ」
目に涙を溜め、それでも泣くのを堪え一つ頷くコナー。
男の顔になったじゃねーか。
ドアを開け、砂嵐の中へ一本踏み出す。
さあ、賞金稼ぎ
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