第12話 そろそろ決着といこうじゃ無いか

 サファイア……


 幌馬車を走らせながら、未だに言葉を発しない通信機を握りしめ、焦る気持ちを抑え込み、馬車の速度を上げる。


 教団本部の前で急停車させると、入り口には間抜け面した、いかにもな男二人組が、銃を担ぎこちらを警戒し始める。


「アルジー・モスにお届け物だよ!

 受け取りにサインしな!」


 そう言って伝票を見せてやると、男たちは顔を付き合わせコソコソ話し、やがて、


「荷物の到着は明日のはずだ!」


「そうだったかい? まあ遅れるよりは良いだろう?」


「ダメだ! 明日出直せ!」


 やれやれ、顔に似合わず真面目なこって。


「これを見ても同じ事が言えるかい?」


 アタシは幌馬車の幌をバサリと外し、中身を披露してやると、男共の顔色が露骨に変わった。


 そこには白く輝く冷凍睡眠カプセルが、ダイナマイトの山に埋もれ鎮座していた。


 アタシは懐から葉巻を取り出し、火を付けると、一度大きく吸い込み白煙を吐き出す。  

 

 そしてニヤリと笑って見せた。


「ま、待て! 何を!」

 

 腰が引け、さっきまでの威勢も何処へやら。


 今度は荷台から一本ダイナマイトを取り出し、葉巻から導火線へ火を移し、バチバチと燃える導火線を見せつける。


 それを見た間抜けどもは、ヒィ! と短い悲鳴を上げたかと思うと、蜘蛛の子散らすが如く、一目散に逃げ出した。


 アタシはダイナマイトをその場に投げ捨て、馬車を急発進させると、教団本部に突入する。


 奥へ奥へと進む道すがら、勇敢にも立ち向かおうとする教団員もいたけれど、ダイナマイトの山を目の当たりにすれば発砲も躊躇う。


 おかげさんで、抵抗らしい抵抗も無く。ごく稀に骨のある奴も居たけれど、そん奴にはダイナマイトをプレゼントして、御退場願った。


「サファイアー!」


 馬車を走らせながら通信機に向かって叫ぶが応答は無い。


 お願い、繋がって! 声を聞かせて!


 教団内部の状況はサファイアからの連絡で概ね把握している。

 もう少し行けば儀式の間とか言うのが有るはず……


 一際大きい建物に馬車ごと突っ込み、更に加速させる。


 ここだけ雰囲気が違う。まるで宇宙船の内部みたい……


 端材を組み合わせて造られた通路は、お宝探しで何度かお目に掛かった、宇宙船の通路を思わせた。


 そんな事はどうでも良い。


 建物の一番奥に有る筈の、クソッタレな儀式部屋に急ぐ。


 通路を走り抜けると、突如広く開けた空間に出た。


 大きな部屋、信者を集め説教でもするのかしら……?

 

 とにかくそんな部屋。


 部屋の奥には、金色に塗られたカプセルが神像の如く祀られ、その前には説教台が置かれている。


 更にその奥には、金庫室にでも付いていそうな、頑丈な金属の扉が見えた。


 あそこにサファイアが!


 部屋の奥へ進もうと思った瞬間、カプセルの陰から人影が現れる。


 短く黒い髪、青白く細い顔に大きな鷲鼻。


 神父服と首から下げたシンボル。


 間違い無い……


「アルジー! アタシの相棒返してもらうよ!」


「……」


 アルジー・モスは不気味な笑みを浮かべたまま、その場を動こうとしない。


 両腕を広げ待ち構えるだけ。


 そっちがその気なら!


 ウマにムチを打ち更に加速、最高速で突っ込ませる。


 ウマの鼻先が当たる瞬間、アルジーの姿が掻き消えた!


 上!


 人間離れした跳躍力を見せ、アルジーはアタシの頭上を飛び越える。


 その両手にはいつの間に抜いたのか、銃が握られており、飛び越え様に撃ち込んできた。


 アルジーの放った銃弾は馬車とウマを繋ぐハーネスを切断し、コントロールを失った馬車はバランスを崩し横転する。


 アタシは横転する直前に御者台から飛び出し、事なきを得たが勢いの付いた馬車はそのまま壁に激突し、荷台の中身を撒き散らした。


 バラバラになる馬車からはカプセルも投げ出され、派手な音を立て床に転がる。


 オイオイ、大事な物じゃ無かったのかい?


 パパン! パパン!と連続した発砲音が響き、周囲の床にいくつもの穴が開く。


 不気味な笑みを浮かべたままのアルジーが、両手に構えた銃をやたらめったら撃ちながら近づいて来る。


 クソッタレ! 自動拳銃オートマチックかい!


 慌てて神像の陰に飛び込むが、何発か貰った感触が体中に響く。


 幸いお手製防弾コートに弾かれ、ダメージは無いが、ホークに撃たれた脇腹がシクシクと痛み始めた。


 包帯でガチガチに固めて来たけど……長期戦は不利だね。


 アルジーはゆっくりと近付きながら、銃の上部からカートクリップで弾丸を押し込み、コッキングピースをリリースする。


 厄介だね……


 自動拳銃オートマチックは連射速度、装填速度、装弾数、どれをとってもアタシの銃より優れている。


 まあ、射手がドヘタッピなんで助かってるけど……

 

 しかし、アルジーのあの動き……


 猛スピードで走って来る馬車を寸前で飛び越えるとか、それを予備動作無しでやって退けるとか。


 人間とは思えない……


「どうしたね? 配達員のお嬢さん。

 もう終わりかね?」


 甲高く、生理的嫌悪感を及ぼすアルジーの声。


「着払いだよ! お代はカプセルに詰め込まれた青い髪の少女さ!」


 腕と頭だけ出し、シックススターに二度火を吹かせる。


 放った弾丸は、正確にアルジーの両肩に着弾したが全く意にも介さず、お返しとばかりに十数発の弾丸シャワーをお見舞いされた。


 防弾? いや、違う……あれは!


 弾痕から僅かに覗く、金属質な身体。


「何を驚いているのです? 機械の身体を見るのは、初めてでは無いでしょう?」


 なっ! アイツ……サファイアの事を……


「お前なんかとアタシのサファイアを、同じにするな!」


 神像から飛び出し、シックススターを連射、シリンダーに残った弾を全て撃ち込む。


 それでも余裕の表情を崩さないアルジー。


「おやおや、あの機械人形ダッチワイフは、サファイアと言うのですか。

 機械人形に名前を付けて愛でるとは……」


「黙れ! サファイアはそんなんじゃ無い!」


 アルジーの言葉に、怒りで視界が赤く染まる。

 

 アタシは、レバーアクションショットガンを左手で引き抜き、スピンコックで立て続けに四発叩き込んだ。


 ホークに撃ち込んだ物と同じ弾は、流石に効いたか、数歩後退させ上体をよろめかせる。


 これでも倒れないのかい! 


 アルジーは直ぐに体勢を立て直すと、自動拳銃を乱射して来た。


 くっ!


 下手な鉄砲も何とやら、防弾されていない場所を弾丸が掠め、血飛沫が宙に舞う。


 あたしは馬車の残骸に飛び込み、シックススターをリロードするが、ショットガンは弾切れ。


 こうなると最早ただの棒だね……


「やれやれ、200年経っても射撃の腕は上がらないものですな」


 アルジーはノンビリと弾込めをしながら、そんな事を言いつつ、距離を縮めて来る。


「安心しなさい。あの機械人形はじっくり調べ上げた上で、私の身体の一部になって貰います。

 私と共に生きるのです!」


 大仰に腕を振り上げ、芝居がかったセリフを吐く。


 ふざけるな!


 脇腹がズキズキと痛み、呼吸が荒くなる。


 額の傷が開き、血が滲み視界の縁が赤く彩られる。


 そろそろ限界が近いね……これ以上長引けば動けなくなる……


 そんなアタシの目に、ある物が止まった。


 そういやこんな物も有ったね……良し。


 床に散らばったダイナマイトを手に取り、導火線に火を付け投げ付ける。


 投げたダイナマイトは、アルジーの前で爆発し、派手な爆煙を上げる。


「そんな物で私を倒せるとでも? 私自らの手で作り上げた、不死身の身体を!」


 アルジーが喚くが、構わず二本三本と次々に投げ付けてやる。


 その都度、炎と煙に巻かれる。


「貴様、ふざけるな! 効かんと言っているだろうばっ!」


 煙と言う目眩しを突っ切り、アルジーに肉薄したアタシは、左手に握りしめたショットガンで鷲鼻を殴り付けた。


 アルジーの頭が後ろに反り返り、顎が上がる。


 上がった顎の下にピタリと、シックススターの銃口を押し当てる。


「キ、サ、マ、私は天才だ。200年以上生きた不死身の人間だ。神に愛された唯一無二の存在なのだぞ!」


「アンタは誰にも愛されてなんかいないよ」


 ダララランっと、連続した発射音を轟かせるシックススター。


 フォーフィンガーショットで撃ち込まれた四発の弾丸は、アルジーの下顎から入り、頭の中で超弾し、めちゃくちゃに駆け回る。


 耳、眼孔、鼻からドロリとした赤黒い体液を垂れ流し、自称神に愛された狂人は、200年に及ぶ人生に幕を閉じた。


 哀れな男、どこでボタンを掛け違えたんだか……


 はっ!


「サファイア!」


 通信機を取り出し叫ぶ。


「サファイア! お願い返事して!」


 何度も叫びながら扉に取り付き、大きな円形のノブを回す。


「サファイア!」


『…ビー』


 !


「サファイア!」


『ルビー!』


           ✳︎


「ルビー!」


『サファイア!』


 はっきりと聞こえた。

 間違い無い、愛しいあの人の声。


 硬く閉ざされていた扉が、少しずつ開いて行く。

 

 いても経っても居られず、私は動く右腕を扉に掛け、必死に押し開く。


 扉が開いた拍子によろけ、倒れそうになる私を、ルビーは優しく抱き止めてくれた。


 ああ、ルビーにまた会えた……


 ルビーの胸に顔を埋め、右腕だけで抱き付くと、ルビーはいつもみたいに頭を撫でてくれる。


「ごめん……ごめんね、ルビー。

 私、何も出来なかった……」


「良いのよサファイア。アタシこそ遅くなってごめんね」


 ルビーに抱き付いていると、何かが心を満たして行く。


 以前ルビーが“サファイア分”って言っていたけど、きっとこれが“ルビー分”なんだね……


「さあ、こんな所とは、さっさとおさらばしましょ」


「ルビー……その傷……」


 私はルビーの頭に包帯が巻かれ、そこから血が滲んでいる事に気が付いた。


「ああ、これ? かすり傷よ!

 唾でも付けときゃ治るわ」


「ルビー……私のせいで……」


 額だけじゃ無い、身体中傷だらけ……

 そんな身体で、どうしてあなたは笑っていられるの?


「そんな顔しないで、それにアタシなんかより、アナタの方がどう見たって重傷よ」


 そう言って、ボロボロになった私の左腕に触れ、悲しそうに顔を歪める。


「無茶しちゃって……でも安心して。

 必ず治せる場所を探し出してあげる」


 治せる場所……有るのかな……

 そんな所、見つからないかもしれない……

 でも、ルビーがそう言うならきっと見つけてくれる。

 そう信じてる……


「さあ、行きましょう」


 私の肩を抱き、歩き出すルビー。


 その時初めて部屋の惨状に気が付く。


 あちこち焼け焦げた床や、そこら中に付いた弾痕から、戦いの壮絶さが伺える。


 部屋の中央には、顔から血を流したアルジー・モスが倒れている。


 所々服が破れて露出した手脚は、無骨な機械製の物に置き換わっていた。


 サイボーグ……


「アイツが言っていたわ。身体を機械化して200年以上生きて来たって」


 私の視線に気が付いたルビーが、説明してくれた。


「そこまでして地球アースとやらに帰りたかったのかね……」


 悲しいヒト。どんなに待ったって迎えなんか来ないのに……

 地球なんてとっくの昔に……


 視線を逸らすと、床に転がる冷凍睡眠カプセルが視界に入る。


 ……あれ?


「ルビー。アレを確認させて」


「カプセル? 良いけど、持っていけないわよ?」


 冗談めかして言うルビーを引っ張り、カプセルへ向かう。


 内部データを示す計器類を調べると、疑念が確信に変わる。


「……ルビー、これ……」


「どうしたの?」


「中身が入ってる……」


「……え? それって……」


 間違い無い、全ての数値は正常値を示している。


「中に人が入ってる。

 目覚めていないスリーパーが居る」


「生きてるの!?」


「うん。どうする?」


「どうするって……もしかして起こせるの?」


「可能。生態データを見る限り、正常なコールドスリープ状態。現在は内部電源だけで稼働している。なので近い内に停止する」


「……」


 顎に手を当て、暫し考え込むルビー。


「何れにせよ、このまま置いとくわけには行かないわね。良いわ、開けて頂戴」


「了解」


 私は、接続ポートに展開した指を突き刺し、管理者権限を書き換え、蘇生処置を実行。

 

 暫く見守っていると無事蘇生が完了し、カプセルのハッチが音も無く開き始める。


 カプセルの中には、透き通るような銀色の髪をした女性が静かに眠っていた……

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