第11話 逢う為に

 ホークはアタシの頭に狙いを付けていた。

 つまりホークの放った弾丸は、正確にアタシの頭目掛け飛んで来るはず。


 どこに飛んで来るかが解っていれば、避ける事は出来る。


 実際撃ち合ったアタシは確信している。

 ホークの腕は一級品、信用してるよ!


 アタシは首を傾け、弾道の予想経路から頭を逸らす。


 高速で回転し、周りの空気を切り裂きながら飛来する弾丸。


 ほんの僅かに避け切れず、額を掠めた弾丸に皮膚を裂かれ、鮮血が飛び散り視界を赤く染める。


 アタシの撃った弾はホークの胸に着弾し、バキン! と、人に撃ったとは思えない金属音を立て、その身体を後方へ吹っ飛ばした。


 地面に倒れ伏したホークにスピンコックで次弾を装填しながら慎重に近付く。


 胸から血を流して横たわるホークはピクリとも動かないが、その手にはまだしっかりと銃が握られていた。


「死んじゃいないだろ?」


「……スラッグの中空弾か……死ぬ程いてーが死んじゃいない……」


 ショットガンスラッグの中空弾は、硬い物に着弾した際に弾頭が潰れるようになっている。

 貫通力は無いに等しいが、エネルギーを余す事なく衝撃として伝える。


 アイアンホークの噂が本当だった時用に準備していた物だけど、まさか使う事になるとはね……


「これでおあいこさ」


 アタシはホークに一発もらった脇腹をさすりながら言う。


「違い無い……俺の負けだ、好きにしな」


 負けたにも関わらず、何処か満足そうな笑みを浮かべるホーク。


「じゃあ悪いけど、積荷は頂いていくよ」


 ホーク達三人は、装甲馬車の方に固めて拘束しておく。


 デニスとリーザ、だっけ? この二人は意識を失っているだけで、怪我自体はかすり傷みたいな物。

 ホークには包帯を傷口に巻き付け、応急処置を施しておいた。


 まあ、ほっといても死にはしないだろうけど、一応ね。


 自分の額に触れ、怪我の度合いをを確認する。


 出血の割に傷は浅い。

 流れ出る血が鬱陶しいので、頭に包帯を巻きハットを目深にかぶり直す。


 こんな顔、サファイアには見せられないね……


 積荷を乗せた馬車へ向かい荷台を確認すると、奥の方で運送会社の人間が、肩を寄せ合い身を縮めていた。


 アタシは今更と思いつつも覆面で顔を隠し、銃をチラつかせながら、


「積荷は頂く。降りな!」


 と、ややドスの効いた声で宣言してやると、血相を変え我先にと荷台から飛び出して行く。


 装甲馬車から二頭のウマを幌馬車に繋ぎ直し4頭立てにする。

 更に二頭は野に放ち、これで装甲馬車の速度は激減する。

 もしホーク達が追いかけてきたとしても、相当時間が掛かるはず。


 サファイア待ってて! 今行くからね。


 アタシは幌馬車をスリーパー教団本部へと走らせた。


           ✳︎


 答えの出ない無限ループの様な自問自答を繰り返す内に、気が付けば10時間が経過していた。


 随分時間を無駄にした。これ以上無意味に時間を浪費しては駄目。


 私は再びカプセルのハッチに手を触れ、少し力を込めて押し上げるが、当然びくともしない。

 そのまま徐々に掛ける力を強めて行くと、頭の中に私じゃ無い私の声が響く。


『警告。左右上腕部にパラメーター異常検知。ストレス過多』


「警告は無視」


 私は更に力を込める。


『警告。左右上腕部、及び肩甲上部にパラメーター異常検知……』


「うるさい」


 リミッターの限界ギリギリまで力を掛ける。


『警告。左上腕部に筋繊維断裂を検知。右前腕部に骨格変形を検知。これ以上のストレスは深刻な機能障害の恐れが有ります』


 カプセルの中に、ミシミシと言う耳障りな音が響く。

 その音がハッチからなのか自分の身体からなのか、もう区別も付かない。


「もっと。もっと!」


 ついにリミッターの限界値を超えた力が加わり、耳障りな音もいよいよ大きく鳴り響く。


『警告。左上腕部に機能障害発生。原始プログラムに従い義体の強制シャットダウンを行います』


「駄目! そんな事させない!

 私の身体よ、私の指示に従いなさい!」


『原始プログラムにアクセス。自己防衛違反に該当。人格プログラムの命令は却下されます』


「うるさい! 私は違反なんかしていない!

 これは順位付けの問題。私はルビーの命令に従い、ルビーを助ける。その為に自己防衛の順位を一番下に設定しただけ!

 さあ、私の命令に従いなさい!」


 肩から腕、指の先にまで焼ける様な痛覚信号がフィードバックされる。

 許容を超えた感覚が『痛み』として検知され、警告等聞かずとも義体が限界を迎えようとしている事を、否が応でも認識させられる。


「私はルビーを助けるの。ルビーの隣に居たいの! ルビーにもう一度会うの!」


 焦げ付く匂いが辺りに立ち込め鼻を突く。


 関節に埋め込まれたモーターが異常加熱し、人工皮膚に焦げ跡を作り始める。


 メキメキ……バキッ!


 何かが崩壊する音がカプセル内に鈍く響く。


 カプセルのハッチがゆっくりとずり落ち、傍にガラン、と音を立て転がる。


 構造限界を超えた力が加わり、とうとうハッチをこじ開ける事に成功したのだ。


『加熱部の緊急冷却を開始』


 体内に蓄えられた余剰水分を循環させ、異常加熱した駆動部を冷やして行く。


 私の身体からは水蒸気が立ち昇り、辺りを濡らす。


 髪が顔に貼り付く。鬱陶しい……


 身体を起こし周囲を見渡すが、部屋の中に人の気配は無い。

 この下らない儀式の間、人は立ち入らない事にでもなっているらしい。


 カプセルの縁に左手を掛け起き上らうとし、自らの異常に気が付く。


 左腕は肩から肘に掛け人工皮膚が裂け、筋繊維や信号配線が飛び出している。


 右腕はまだ、見た目は正常だが、肘と手首を繋ぐ骨格が歪み、僅かに湾曲していた。


「左腕は動かない。右腕はまだ大丈夫」


 まだルビーの為に動く事が出来る……


 今の私を見てルビーはどう思うかな?

 怒る?

 悲しむ?

 

 違う、きっと自分を責める。

 あの人はそう言う人……


 部屋の一角に私が着てきた服が、無造作に置かれているのを見付けた。


 すっかり汚れてボロボロになった青いワンピース。


 私はそれに袖を通し身に付ける。

 

 どんな形になろうと、ルビーが買ってくれた大切なモノ。

 

「こんなにしちゃって……ごめん。ルビー」


 ……ルビーに連絡しないと。


『ルビー。カプセルから脱出した。私は大丈夫』


『……』


 相変わらずルビーからの応答は無い。

 電波が届いているかも解らない。


 ルビーの声が聞きたい……


 ドアまで近付き寄り掛かる。


 ルビー……会いたいよ……


 ザリ……サ……


 ! 今一瞬……


『……ファイ……』


 間違い無い!


『ルビー!』


『……サ……イア!』


 ルビーの声が聞こえる。

 ルビーが近くに来ている。

 ルビールビールビー!


『ルビー!』


『サファイア!』


 はっきりと聞こえた。

 間違い無い、愛しいあの人の声。


 硬く閉ざされたドアの向こうにルビーがいる!

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