第10話 愛した女の為に命張るのは当たり前でしょ?

 夜が明けるまで後15分……ってところかな?


 懐中時計で時間を確認し一つうなずく。


 アタシはキャラバンを偵察した小高い砂丘の上へ再び訪れていた。


 キャラバンの護衛3人の内起きているのは大柄な男だけ。

 相変わらず櫓の上に陣取り周囲を警戒している。

 

 馬車の前には焚き火を囲んで横たわるホークともう一人の護衛の姿も確認出来た。


 焚き火のおかげで目標もなんとか視認出来る。有り難い事だ。


 先ずはアイツね。


 アタシはツケで購入してきたとっておきを荷物から引っ張り出し組み立てて行く。


 ゴツい金属の塊の様なレシーバー前方に1Mを超える長さのバレルを突っ込む。

 バレル先端には巨大なマズルブレーキが取り付けられており、その反動の強さを物語っている。

 お世辞にも構えやすいとは言えない金属剥き出しの無骨なストックをレシーバー後端へ取り付け、スコープを上部に載せる。

 チャンバーに全長140mmにも及ぶバカでかい12.7mmの弾をセットし、最後にボルトを差し込み固定する。


 単発式の対物ライフル『ストライカー』

 

 売り文句じゃあ20mmの鉄板を撃ち抜けるって事らしいけど、本当かね?


 アタシは櫓の上に狙いを定めセーフティーを外しトリガーに指を掛け息をゆっくり吐き出し、そのまま止める。


 こんな商売だ。お互い恨みっこ無しだよ……


 ゆっくりと絞る様に指に力を掛けると僅かな抵抗の後、ファイアリングピンが解放されカート底部のプライマーに叩きつけられる。


 直後、轟音と共にマズル先端から射出された音速の2.5倍の弾丸は一直線に標的に到達し文字通り目標を粉々に粉砕した……


           ✳︎


 バギャッ!と言う何かが砕ける音で飛び起きると櫓に設置されていた手回し式のガトリングガンがバラバラに砕け散っていた。


「敵襲!」


 一声叫び装甲馬車へ駆け寄ると地面に大の字で倒れる仲間の姿が目に飛び込んでくる。


「デニス!」


 駆け寄り容態を確認するが、撃たれた痕跡は無い。


 どうやらガトリングガンを撃たれた衝撃で櫓から飛ばされ落下のダメージで気を失っているだけのようだ。


「リーザ!」


「あいよ!」


 声を掛けるまでも無く、リーザは自分のライフルを担ぎ装甲馬車の屋根へ登ると、弾丸が発射されたであろう方向をスコープで索敵し始める。


「ダメだ! 暗くて何も見えない!」


 クソ! 焚き火が仇になった。

 こっちからは見えなくとも向こうからは丸見えだろう。


「ホーク! ウマが一頭こっちに向かって走って来る!」


「狙えるか?」


「私を誰だと思ってるのさ!」


 リーザが狙いを定め撃とうとした瞬間、ウマの背からパパパッと言う音と共に眩しい光が発射され一瞬で視力を奪われる。


 照明弾! ちっ!


 俺が横を向くのとバンッ! と言う乾いた破裂音が響いたのはほぼ同時だった。


「……」


 リーザのライフルはレシーバー部分を撃ち抜かれ、使い物にならなくなり、リーザ自身も着弾の衝撃で目を回していた。


「恐れ入ったぜ。一人も殺さずこんな近くまで来るとはな……」


 視線の先には片膝を付きレバーアクションライフルを構えた、酒場で会った女賞金稼ぎの姿が。


 確かルビーとか言ったか?


 ルビーはライフルを投げ捨て立ち上がるとゆっくり俺に近づいて来る。


 それを俺は自然体で待ち構えていると、距離にして8メートル。ピストルでも外す事のない位置でルビーは立ち止まり叫ぶ。


「ホーク! 積荷を頂くよ!」


「何故お前がこんな物を欲しがる! お前が持っていても何の役にも立たない物だ」


 可動しているとは言えたかが冷凍睡眠カプセルだ。普通の人間が持っていたとしても何の役にも立たない。ましてやあちこち放浪する賞金稼ぎには邪魔な荷物位にしかならないだろう。


 売って金にしようにもこんな物を買う物好きは限られている。そりゃあ幾らかにはなるだろうが、危険を冒してまで奪う程の稼ぎにはならない。


 こんな物に大金を出すのは依頼主のスリーパー教団位なもんだ。


「アンタには関係無い! 渡さないなら力ずくで頂く!」


 訳ありか……だからと言って大人しく渡すつもりは無いがな。


 俺は右腕を僅かに動かし、いつで銃を抜ける姿勢を取った。


           ✳︎


 ここまでは上手く行った。

 ホーク以外の護衛を黙らせ後はアイツだけ。

 不死身の男とか呼ばれてるけど1対1でなら負けるつもりは無い。


 ホークは鋭い視線でアタシを睨み付けたまま、その手をだらりと両脇に垂れ下げ何時でも銃を抜ける姿勢をとっている。


 アタシはダスターコートの右側を掴みゆっくりと捲り揚げ腰の後ろまで回すとガンベルトに裾を突っ込み固定する。


 腰の愛銃『シックススター』を露出させ、これでコートを跳ね上げずとも銃を抜く事が出来る。


「何故俺の仲間を殺さなかった?

 一発目も二発目もやろうと思えばやれた筈だ!」


 ホークが当然の疑問をアタシに投げかけて来る。


 命を奪わず無力化する方がその逆に比べると数段難しい。

 それに意識を取り戻せばまた3対1に逆戻りでアタシはたちまちピンチに落ち入る。


「アタシは悪党以外殺さない」


 その分悪党には容赦しないけどね。


 そして今この状況だとアタシの方こそ悪党か……


「はっ、ポリシーってやつか。ご立派なこった。しかし、訳有りにしちゃあ甘過ぎるな」


 言う通りだ。アタシはサファイアを救う為に何としても積荷を手に入れなければならない。


 例え誰かの命を奪ってでも……


 でもね、それをしてしまったらサファイアに合わせる顔が無くなっちまう。


 きっとあの子も悲しむだろう。自分のためにアタシがただの人殺しになったらね。


 コートのポケットに左手を突っ込みコインを一枚取り出す。


「ベタな方法だけど」


 ホークに見せると、首を縦に振り理解したと伝えて来る。


 アタシはお互い睨み合う真ん中付近に落ちるようコインを親指で弾き上げた。


 コインが地面に付いた時が始まりの合図。


 まるで時間の流れが遅くなったかのようにコインはゆっくりと地面に近づく。

 

 後、5m……1m……30cm……2cm……!


 コインが砂の地面に音も無く突き刺さる。


 お互いほぼ同時に銃を抜くがアタシの方が僅かに早い。


 パランッ! と連続した破裂音を響かせ一気に3発の弾丸をホークにお見舞いする。


 スリーフィンガーショット。


 右手で銃を抜き腰だめで保持、トリガーは引いたままにし左手の人差し指、中指、薬指で順にハンマーを弾く。

 それを一瞬で行なう。


 放たれた弾丸は狙い違わず、ホークの身体を斜めに縦断し左足、胴体、右肩にそれぞれヒットした。


 大概のヤツはこれで無力化出来る……が!


 アタシは咄嗟に横っ跳びしその場から身を翻すと一瞬前まで自分が立っていた場所を50口径の弾丸が通過していった。


 ホークは右腕はダラリと下げたまま左手で銃を抜き撃って来たのだ。


 不死身の男ってのは噂だけじゃ無いってかい!?


 アタシは直ぐ様立ち上がると走りながら牽制で残りの弾を撃ち込み、ホークに対して左方向に回り込んで装甲馬車の陰に滑り込む。


 シリンダーを貫通するベースピンを前へ引き抜きシリンダーをフリーにして叩き出す。

 弾の入った新しいシリンダーを取り付けベースピンを戻しリロードを完了させた。


 馬車の陰からホークを伺うと流石に移動したか、元の場所に姿は無い。


 初手で決めれなかったのが痛い。こうしている間にもホークの仲間が目を覚ますかもしれないのに……


 アイアンホークの名は伊達じゃ無かったみたい。それでも右腕は動かなくなっていたから全身どこも彼処も防弾仕様って訳じゃ無いみたいね。噂を信じるなら胸と頭。

 足にも一発くれてやったから移動にも支障が出てる筈……


 ドンッ!と言う衝撃と共に右脇腹に衝撃が走る。


強烈なボディーブローを食らったかのような衝撃に馬車の陰から吹っ飛ばされ、地面に投げ出される。


 衝撃を受けた場所が熱い……息が出来ない。

 肋骨を何本か持ってかれた?


 口の中に込み上げて来た物を息と一緒に吐き出すと、口から血が滴り落ちた。


 脇腹に触れてみるが出血はしていない。

 

 良かった、貫通はしていない……死ぬ程痛かったけど。


「防弾とは姑息な手だな」


 サンダラーを左手に構えたホークがこちらに近づいて来る。


 コートの裏に予め縫い付けておいた鉄板がホークの放った50口径を受け止めてひしゃげていた。


「不死身の男に喧嘩売るんだ、この位の備えはするさ!」


 ひしゃげた鉄板をむしり取り投げ付けてやると、ハークは反射的に銃を持つ左腕で払いのける。


 やっぱり右腕は使えない!


 アタシはホークに銃を向け一発撃ち込むが……


 っつ!


 腕を上げた瞬間脇腹に激痛が走り、放った弾丸はホークの足元を僅かに削るだけに終わった。


 鋭い衝撃が右手を襲い宙を舞うシックススター。


 直ぐ様反撃に出たホークにアタシの愛銃は弾き飛ばされたのだ。


「勝負有りだ、今なら命は助けてやる。

 大人しくしてな」


 アタシの頭に狙いを付けハンマーを起こしながらの最後通告。


「なんで殺さないのさ」


 まだ? 多分もう少し……


「お前さんにはウィスキー一本分に借りが有る」


 早く!


「あれは情報料だよ。貸し借りなんざ無いさ」


 ……


「俺だって悪党以外は撃ちたく無いのさ」


「アンタだって充分甘いじゃ無い」


 アタシが言葉を言い終わる瞬間、背後から眩しい光が差しホークが目を細める。


 地平線から登る太陽の光にほんの僅かだが目が眩み隙ができる。


 アタシは左腰にぶら下げていた、ソードオフされたレバーアクションショットガンを抜き撃ちする。


 ホークも目が眩みながらもアタシに向けて引き金を引く。


 朝焼けの中、二発の銃声が響き渡った。

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