第9話 サファイアを助ける為ならお尋ね者にでもなってやるさ!

「サファイア! サファイア!!」


 いくら叫んだところで通じるはずも無い。

 そんな事は解ってる!

 でも叫ばずにはいられない。


 アタシは何の音を発しなくなった通信機をただ茫然と眺める。


 36時間……

 最後の通信でアルジー・モスは確かにそう言っていた。

 

 どうする? 36時間後だとカプセルは既に教団へ送り届けられてしまう。

 その後からでもサファイアに手引きしてもらえば中に入る事は出来るかも……


 いや、ダメ。


 36時間経ってカプセルが開けられた時サファイアが人間じゃ無いってバレる可能性が有る。


 だってそんな長い間、排泄もせず汗もかかない人間なんて居ない。

 少なくともアタシは無理。


 じゃあどうする?……


          ✳︎


 冷凍睡眠カプセルのハッチが閉じられ外部との通信ができなくなってしまった。

 壊れていても密閉率の高さはさすがと言える。


 関心している場合じゃ無い。ここから出てルビーに連絡を取らないと。

 私を人間として扱うあの優しい人の事だ、放って置けば私を助けるために無茶をしかね無い。


 それはそれでちょっと嬉しいけど、ルビーが大怪我をしたり、それ以上の事になったら私は迷わず自己崩壊プログラムを実行する。


 ルビーのいない世界に何の未練も無い。

 あの人は私の全て、あの人がいるから私は存在出来る。


 大好きなルビー……


 視界を暗視モードに切り替えカプセルの内側を観察する。


 元々白いクッション材で覆われたはずのカプセル内部は人から出たと思われる老廃物や体液で酷く汚れ、そこら中に引っ掻き傷が付いている。


 36時間もこの中に閉じ込める馬鹿げた儀式の名残。

 

 一般的なカプセルで中から出来る操作は殆ど無い。唯一操作出来るのは緊急時にハッチを吹き飛ばしてカプセルから脱出するためのパージシステムが付いている位。勿論作動しなかった。


 カプセルに入れられる直前光景を思い出してみる。


 表から見た感じだと、ただ無造作にカプセルを置いて有ると言う感じでは無く、一応船内の様子を再現しようとしているように見えた。


 集中管理用のケーブル類や生命維持用の配管もどこかに繋げて有った。そう見えるようにしているだけかもしれないけど……


 とにかく試してみよう。


 カプセルの内装に指を突っ込みバリバリと引っぺがし隠されたアクセスポートを露出させる。

 指先を展開させアクセスポートに接続し意識を微弱な信号に変換する。


『接続開始……メンテナンスモード起動……回路捜索……機能チェック……メインフレーム喪失……集中管理システム喪失……生命維持装置接続無し……』


 何処にも繋がっていない、やっぱり見せ掛け?


『スタンドアローン操作へ切り替え……緊急脱出用炸薬ボルト起動……カプセル内部電源喪失……義体の生体電流を使用……動作可能電流確保……カウント、3・2・1……』


 カプセルの外側からパパパン!と断続的な破裂音が響く。


 やった。成功した、これでハッチが開……かない。


 緊急脱出装置は動作したけど全ての炸薬ボルトが本来の機能を全うした訳では無かった。


 内側からハッチを押し上げて見るが頑丈さが売りのカプセル外殻はびくともしない。


 私はアンドロイドだけど力は人間並みにしか出せないようにリミッターがかけられている。

 リミッターを外せばハッチをこじ開ける事も可能かも知れない。けど、義体を損傷する恐れが有る。

 修理する技術を失ったこの世界では、僅かな損傷も永続的な機能損失に繋がる。


 だからそれは最後の手段。


 ? 私はルビーの事が心配なはず。なのに自分の身体が壊れる事に躊躇している。


 ああ、そうか。あの原始的な命令のせい。

 私の人格以前に存在する矛盾を孕んだ三原則とか言う命令。

 これが無ければリミッター等とうの昔に外してハッチを吹き飛ばしているのに。


 私が本当に守りたい物は何?

 ルビー? それとも自分自身?

 両方共守るのが無理な場合どちらを優先させるの?

 ルビーが命令してくれたらそれに従う。

 でも聞けば『自分の身体を優先しなさい』って言うに決まってる。

 あの人はそう言う人だから。

 だから聞けない。私がルビーを守れなくなってしまうから。


 そんな答えの出ない自問自答を繰り返す内に、体内時計では既に10時間が過ぎていた……


            ✳︎


 サファイアからの連絡が無くなって既に6時間。


 日は落ち部屋は闇に包まれている。


 限界……


 もうただ待つのは限界!


「よし、やろう」


 一つ決断し、そのための準備のため街に繰り出し。

 今は夜中、人気が有るのは遅くまでやってる酒場位なもの。

 準備をするのに人目が無いのは丁度良い。


 何せサファイアに全財産渡しちまったから手持ちも無いしね……


 私は仕方が無くで買い物を済ませる事にする。


 雑貨屋の裏手に回り首に巻いてあるスカーフを鼻が隠れる位置まで持ち上げる。


 これでアタシもお尋ね者の仲間入りかね〜


 不注意な店主が裏口の鍵を掛け忘れていないかと期待したが、さすがにそれは無かった。

 窓ガラスに厚手の布を当てガンベルトから抜いたシックススターをクルリと回しバレルを握る。

 銃を持った腕を勢い良く振り下ろしグリップでガラス叩き割った。


 ガラスの割れる音は外には殆ど漏れなかったが店内には当然響いただろう。


 店主が起きて来なければラッキーだけど……


 割れた窓ガラスの隙間から腕を突っ込み鍵を外し窓を開け店内へ入り辺りをうかがう。

 幸い店主の眠りは深いのか、今の所起きてくる気配は無い。


 大き目の袋を取り出し目当ての物を物色する。明かりを付ける訳にもいかないので、暗闇に慣れ何とか見える程度のなか、ほぼ手探りでだ。

 

 コイツとコイツ、ああコレもね。それとアレは何処かな? 明るい内に下調べ出来りゃ良かったんだけどね。


 ギシ……


 いくらか目当ての物を袋に放り込んだ頃、店内の私室に繋がっているであろう階段の方から微かな物音が聞こえた。


 やば! 店の人間が起きたかな?


 素早く物陰に潜み階段を伺っていると、左手に明かりを持ち右手にピストルを持った寝巻き姿の男が階段を降りて来る。


 男は辺りに明かりを向け店内を見回していたが、割れて散らばった窓ガラスに気が付いた様子で、そちらに歩いて行く。


 アタシは物陰から出るとコッソリ後ろから近付き男の頭にシックススターを突きつけ、ハンマーを起こす。


 カチリっとハンマーを起こす音にビクリと肩を震わす男、アタシは極力声色を変え、


「手の物を床に置きな」


「なんだ? 金か? 金ならここには無いぞ!」


 男は怯えた声で叫んで来る。


 余り大きな声を出して欲しく無いな〜


「静かにしな、強盗じゃ無い。客だよ。

 ちょいとツケで買い物に来たのさ」


「は? 何言ってやがっ!……」


 このまま話してても埒が明かないので後頭部を銃のグリップで殴り付け男の意識を刈り取った。


「すまんね、お代は必ず払うからさ」


 明かりも手に入った事だしさっさとお目当の物を手に入れ店を後にする。


 アタシはその足で街を抜けキャラバンに向かう。


 サファイアからの連絡は未だ無い……

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