第8話 教団潜入

「え? 過去? いったいどう言う事?」


 困惑しているアタシにサファイアは言葉を続ける。


「私は農場の生まれで、強盗に押し入られ両親を殺され私の身体は汚された。自分だけ生き残り他に身寄りも無く天涯孤独。もうこの星で生きて行けないと悟りアースへ帰るためスリーパー教団に助けを求めこの街へ来た……と言う嘘をつく」


 それって……


「嘘をつくにはには真実に嘘を混ぜた方が疑われ難い。でも私には何も無い。だからルビーの過去を私にちょうだい。

 いや、私にもルビーの過去を背負わせて」


 じっとアタシを見つめるサファイアの表情は真剣そのもの。


 アタシの過去を背負う……か。サファイアらしいわね。


「良いわ、アタシの過去をあげる」


「有難う。ルビー」


 そう言って安堵の表情を浮かべるサファイア。


 この子どんどん人間らしくなって行く気がする。

 きっと悪い事じゃ無いんだろうけど……


 作戦決行のため一度街から出て準備する事に。


 わざと汚しあちこち破れたワンピースに着替えたサファイアはどっからどう見ても『可愛そうな訳あり少女』で有る。


 解っていても見ていて気持ちの良いものじゃ無いね。

 アタシもあの時はこんな感じだったのかな……


 服だけでは無く顔や腕なども汚し、最後にブーツを脱いで裸足になる。


「じゃあ行ってくる」


「待ってサファイア」


 アタシは荷物の中からフード付きのマントを取り出しサファイアに被せる。


 サファイアの姿が余りにも痛々しくて見ていられない。せめて少しでも隠せないかと思い持って来た物だ。


 アタシのお古で丈がかなり余る。歩くと裾を引きずるがこの際置いておこう。


「親の形見とでも言っておきなさい」


「了解。ルビー」


 そう言い残し街の中に消えて行くサファイアを見送り、アタシは荷物を纏め宿に戻り連絡待ち。

 

 サファイア無事に帰って来てよ……


             ✳︎


 日が落ちかけた時間。


 家路に急ぐ人々。


 そんな中、身体に全く合っていないマントをズルズルと引きずり裸足の少女が大通りを歩く。


 フードを被る伏し目がちの少女の瞳に生気は感じられず、泥に汚れたその顔は、全てに絶望し既に喜怒哀楽など忘れてしまったかのような無表情。


 道行く人々はそんな哀れな少女に声をかけるでも無く、ただ哀れんだ視線を投げかけるばかり。


 誰もが厄介ごとなど背負い込みたくは無いのだ。


 少女は他に一切目もくれず、ただ一点を目指し歩く。

 その先に有るのは『スリーパー教団』を名乗る狂人の集う場所。


 ファーストステップス時代から続くオリジナルシティーとして栄華を極めたこの街で唯一の汚点とも言われる場所で有る。


            ✳︎


 スリーパー教団本部に到着したサファイアは一度ルビーに通信を送る。


『今入り口前に到着した』


『……』


 ルビーからの返答は無し。いや、宿で待機している筈なので距離的に向こうからの声は届かない。それでもこちらの声は届いているはず。


 小型で壊れかけた通信機と私に内蔵された通信機とでは出力が桁違い。


『ルビーの声は聞こえないけど逐一状況は伝える』


 入り口にはレバーアクションライフルを携えた男が2人、入口の両脇に立って私の事を訝しげに見ている。


 明らかに警戒している様子。


 私はそこにフラフラとした足取りで近付き2人の前でわざとつまずき転んで見せる。


 男達はお互い顔を見合わせていたが、その内1人が見かねて近寄って来た。


「おい、お嬢ちゃん。しっかりしな」


 私は近づいて来たお人好しに弱々しくしがみ付き、かすれた声で助けを求める。


「お願いします……私をここに置いて……もうこんな星に居たくない……」


「そう言われても俺の一存じゃあ……」


 懐からルビーに預かった紙幣の束を取り出し男に見せる。


 全財産……と言っても100ドル程しか無かった。ルビー使い過ぎ。今後お金の管理は私がすると提案しよう。


「これが私の全財産です……足りなければ働いて作ります……どうか……」


 精一杯哀れな声で訴えかけてみる。


 男は困惑気味だが視線は紙幣の束に釘付け。いくら自分の懐に収めるか、とでも考えているのだろう。


 男は暫くの間悩んだ挙句やっと決心したのか、紙幣に手を伸ばそうとしたその時……


「何をしているのですか?」


 入り口の内側からそう声を掛けられると、途端に2人の男は姿勢を正し直立不動になる。


 甲高い神経質そうな声……


「モス神父様。入信希望者で有ります」


「ほう……」


 モス神父と呼ばれた男がスゥっと目を細め私を見下ろす。


 短く黒い髪を後ろに撫で付け、細い吊り目に小さな黒目。

 青白く細い顔に不釣り合いな程大きな鷲鼻。

 尖った顎にはやはり尖った顎髭を生やしている。


 服装はキャソックと呼ばれる黒く飾り気の無い神父服で首からカプセルの形をした金色のシンボルをぶら下げている。


 この男が教祖、自分をファーストステップスの生き残りと自称する狂人の中の狂人。


『アルジー・モスと接触した』


              ✳︎


 客室で待機していると手元の通信機がザリザリと音を立て始める。


『今入り口前に到着した』


 サファイア! 


「聞こえたわ。サファイア気を付けてね」


『……』


 サファイアからの返答は無し。


 こっちからの声は届いていないのね……

 そうだ! もっと近付けば!

 

 椅子から立ち上がり通信機を引っ掴んで部屋から飛び出しそうになる。


 いや、アタシは顔を知られている。迂闊に近づいちゃ駄目。


 冷静にならなきゃ……


 椅子に座り直し通信機を見つめ心を落ち着かせていると再びサファイアの声を受信する。


『ルビーの声は聞こえないけど逐一状況は伝える』


 やっぱりこっちの声は届いて居ないのね……


 サファイア……


『……』


 暫く沈黙が続く。


 沈黙が鋭いナイフのようにアタシの心を削っていく。


『アルジー・モスと接触した』


 ! 教祖アルジー・モス。

 スリーパー教団を立ち上げた狂人。


 はたして上手く教団内部に入る事が出来るだろうか……


『ここからは私の聴覚を通信機に接続する。私が聞いている事がそちらにも直接伝わるようにする』


 その言葉の後、一度だけザリっと雑音が入ると、甲高い男の声が通信機から聞こえ始める。


『我がスリーパー教団へようこそ、お嬢さん』


『可哀想に、さぞ大変な目に遭ったのでしょう。お話は中でお聞きします。さあこちらへ』


 なんとも芝居がかった言い回しに如何にもなセリフ。

 薄っぺらで不信や不安しか感じない。

 それすら通り越して不快感すら感じる。


『教団内部に入った。塀の中は大小さまざまな、沢山の住居が乱雑に並んでいる』


 きっと信者達の住居ね。

 教団独自のコミュニティーが形成されている?

 

『先ずはこちらで身を清めなさい』


 ん? 身を清めるってまさか……


 通信機からはシュルシュルと衣擦れの音が響く。


「駄目よサファイア! そんな奴に肌を晒しちゃダメ!」

 

 通信機を握りしめ、届かないと知りつつも叫ばずには居られない。


『ほう、これは美しい。あ、いや失礼。

 汚れてはいますが怪我は無いようですね。

 彼女を清めてあげなさい』


『解りました。神父様』


 良かった、女性の声だ。

 少なくとも男共にサファイアの柔肌を弄られずに済みそう。

 アルジー・モス。アンタは殺す!


『清めは終わりましたね。では入信の儀式を行いましょう。奥へ進みなさい』


『通路の奥に金属製の扉が有る。その奥は……

 所狭しと冷凍睡眠カプセルが並べられている』


 いったい何をするつもり?


『さあ、この中へ』


 ギィ……と金属が擦り合う不快な音が聞こえた。


『冷凍睡眠カプセルに入らなければならない。これに入ったら電波が届かなくなる』


 なんですって!


『この中であなたは36時間の眠りに付きます。それが終われば立派な信者として生まれ変わっている事でしょう。では良い夢を』


 ギィ……バタンと聞こえたのを最後に通信機は沈黙した……

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