第13話 ダイヤじゃ無いところが奥床しいだろ?

 夢を見ていた。


 長い旅路の末、たどり着いた星に降り立つ。 


 未開ながらも、人の手によって汚されていない美しい星。

 

 豊かな自然に囲まれ、数々の見たことも無い動植物に囲まれ、思う存分研究に励む。


 そんな『夢の様な夢』


 そんな幸せな眠りから唐突に覚まされる。


 夢の続きは現実世界で……果たしてどんな現実が待っているのやら。


『蘇生処置が完了しました』


 冷凍睡眠カプセルから無機質な声が流れ、移民船が無事、人類居住可能惑星に到着した事を伝える。


 目を開けると、先ず視界に飛び込んで来たのは、僕を見下ろすCFMSの無表情な顔。


 ふむ、わざわざ寝起きを出迎えるような、プログラムをした記憶は無いんだがね。


「ルビー。蘇生は無事完了。

 状態はオールグリーン」


 CFMSが何者かに伝えている。

 他にも誰か居るらしい。


 CFMSが居ると言う事は船長かな?


 眠りに着く前のブリーフィングでは、目覚めた後は、勝手に自分の持ち場に着く事になっていた筈なんだが……

 船長自らお出迎えとは、何か有ったのかな?


 取り敢えず起きて状況確認するとしよう。


「CFMS。ストレージから僕の私物を出してくれ」


 冷凍睡眠カプセルには、必要最低限の私物を入れておく為の、ストレージボックスが付いている。


 しかし僕の言葉に何故か従わないCFMSは、ただじっと見つめ返して来るだけだ。


「サファイア、ストレージボックスって?」


「個人の私物を入れて保管する場所。カプセルに備わっている」


 ふむ、もう一人の人物は女性らしい。

 しかも、ストレージボックスの意味すら解らない人物のようだが……何者だ?


「良いわ、出してあげて」


「了解。ルビー」


 さっきから何度か耳にする“ルビー”と言うのが、謎の人物の名前……なのかな?

 変わった名前だ。

 そしてCFMSは“サファイア”と呼ばれているらしい。


 サファイアと呼ばれるCFMSが、僕に私物のメガネを渡して来る。


 それを掛け、改めて辺りを見渡す。


 何処だ? 宇宙船の内部にはとても見えないが……


 無数に並んでいるはずのカプセルも見当たらない。


 謎の人物と目が合うと、何やら警戒されている様子。


 睨み付ける、までは行かないがそれに近い表情だ。


 時代錯誤な格好をしているが、顔立ちは凛々しく美しい。

 赤い髪の毛が、とても良く似合っている。

 

 ふむ、悪くない。


 CFMS……あぁもう、サファイアで良いか。

 

 サファイアは酷い格好だ。破損している箇所も有るじゃないか。


 もしや、何らかの虐待を受けているのか?

 だとしたら許せないな……


「気分はどうかしら?」


 ルビーと呼ばれる女性が……うん、彼女もルビーで構わないだろう。


「悪くは無いね。冷凍睡眠による後遺症も、特に出ていないようだ」


 身体の節々を触診し、特に問題無い事を確かめ、カプセルの生体データを確認する。


 ……生体データに異常値も見られないが……


 ふむ、随分長い間眠っていたようだ。

 地球を飛び立って、こんなに経っているのか……


「サファイア君……で、良いのかな?

 君は、第六世代のCFMSで間違い無いかい?」


「……」


 僕の問いには相変わらず答えないか……

 どうやら、何をするにもルビー君の許可が必要のようだね。


 僕が寝ている間に、誰かがプログラムを弄ったのか?

 いや、それは無いね。

 誰にでも弄れるような簡単な物じゃ無い。


 何せ、僕の自信作なんだから。


「サファイア、平気よ。彼女の質問に答えたげて」


「了解ルビー。

 貴方の言う通り。私は第六世代CFMS」


「どうも。これでやっと話を進められそうだよ。

 地球を出発して何年経ったんだい?」


「538年と9ヶ月、14日」


 成る程。カプセルでカウントアップを続けるタイマーは、狂っていなかったと言うわけだ。


「ここは移住可能惑星、で間違い無いね?

 この星に到着してから、どの位経ったんだい?」


「225年と9ヶ月、03日」


「現在の文明レベルは?」


 ルビー君の格好がただのファッションでは無いとすると……


「おおよそ1860年代」


 まあ、その辺りだろうね。


 つまり高水準の文明を維持出来ない、何らかの要因が有る訳だ。

 どうやら、恵まれた星では無さそうだね。


「ところでアナタは何者?」


 ルビー君が、僕に当然の質問を投げかけて来る。


「僕は科学者だよ。メカトロニクス専門のね。

 サファイア君を設計したのも僕だ」


「何ですって! アナタがサファイアの、生みの親だって言うの!」


 何をそんなに興奮しているんだい?


「生みの親、と言うのはどうかな?

 あくまで設計しただけで有って……」


「治せるの?」


 ふむ、発言中に割り込まれるのは、余り好きでは無いのだが……


「サファイア君の腕の事かい?

 それ相応の設備と資材が有れば、まあ直せるよ」


「やったわ! サファイア聞いた?

 アナタを治せるって!」


 ルビー君は、大はしゃぎでサファイア君に抱き付いている。


 随分愛されているようだね……

 

 あの感じからして、少なくともサファイア君に、虐待じみた事はしていなさそうだね、安心したよ。


 しかし、喜んでいる所に、水を差すようで悪いけど……


「落ち着いてくれ。まだ喜ぶのは早いよ。

 言っただろう? それ相応の設備と資材が必要って。

 それが有る場所を、君は知っているのかな?」


            ✳︎


 治せると聞いて浮かれていたアタシだったが、彼女の言葉で一気に冷静さを取り戻した。


 確かに心当たりは無い……


 大体、この星にそんな物が有るのかも解らない。


 でも、少なくともそれさえ有れば、治せるんだ。

 サファイアの生みの親なら、例の自壊プログラムも消せるかも知れない。


 うん……


「心当たりは無い。けど、絶対見付けて見せる! だから見付けた時は、必ずサファイアを助けるって約束して!」


 アタシは、彼女の小さな両肩を掴みじっと目を見る。


「あ、ああ。解った。約束しよう」


 アタシの勢いに若干気圧されたのか、引き攣った顔で了承してくれた。


 少し強引だったかな?


 ん? ちょっと待って……


「ねえ、アレ、どう思う?」


 アタシは倒れているアルジーを指差し聞いてみる。


「ふむ。これは……機械化手術だね」


 うーん、死体を見ても全然動じ無い。

 それどころか、服を捲ったり、あちこち弄ったりしながら、詳細に調べ始めちゃった。


 見せたアタシが言うのも何だけど、どんな神経してるんだろう……


「ふむ、ルビー君の考えは予想出来るが、期待しない方が良いね」


「どうして! アイツが使ってた設備や材料がここに有るってのに!」


 彼女は一つ大きなため息をついてから説明を始めた。


「良いかい? 君のサファイア君は第六世代と言って、この世で最も優れた義体を持っている。

 この鉄屑とは比べ物にならない位のね。

 もし設備が有ったとしても、パーツ類に互換性が無ければ、交換は出来ない。

 設備にしたって、そんじょそこらの安物じゃあ、お話しにならない。

 僕の見立てだと、コレに使われている技術は、何世代も前のものだ。

 つまり、ここに有る設備もパーツも使い物にはならない。

 理解したかね?」


 早口で一気に捲し立てられ、話しの半分も理解出来なかったけど、ここじゃ治せないって事は理解出来た。


 ガックリと肩を落としたアタシの手を、サファイアが握り締めてくる。

 

 そんなサファイアの頭を撫でながら、


「ごめんね、良い考えだと思ったんだけど」


「私は平気。ルビーを信じてるから」


 必ず見付けてあげるからね……


 アタシを見上げる、サファイアの澄んだ青い瞳。

 その瞳を見つめていると、吸い込まれそうな感覚に落ち入る。


 そっと顔を近付けて……


「盛り上がっている所悪いのだが……」


「えっ! あっ、ごめんなさいね。放ったらかしで」


 一瞬、彼女の存在を忘れる所だったわ。


 って言うか、今何しようとしてた!?


「出来れば、何か着るものが欲しいのだが……」


 そう言えば、彼女素っ裸だったわ……

 余りにも堂々としてるんで、すっかり失念してたけど……


 彼女、いくつなのかしら。

 科学者とは言ってたけど、見た目で言えばサファイアより小さい……

 12、3歳? 位に見える。


 体型も華奢で、お世辞にも女性らしい体付きとは言えない。


 ソバカスの残る小さな顔に、不釣り合いな程大きい丸メガネ。


 髪の毛は真っ白な、プラチナブロンドを肩の下辺りまで伸ばしている。

 しかも結構な癖っ毛ね、アタシ以上だわ……


「ふむ、なにか失礼な事を考えているのは、何と無く解るけどね、同性とは言え、まじまじと裸を見られるは、僕としても多少の抵抗は有るのだが?」


「あっ! ごめんね。つい」


 アタシは慌ててコートを脱ぎ、彼女の肩に掛けてあげる。


 う〜ん、当然だけど、サイズが全く合っていない。

 まあ、無いよりマシか……


「気にする事は無いよ。その手の視線には慣れている。

 僕はこう見えても21歳だ。眠りに付いた時の年齢だから、今は559歳って事になるのかな?」


 何が面白いのか、クックッと笑う彼女。


 それより21歳って……とてもそうは見えない。


「おっと、科学的ジョークはお気に召さなかったか。

 21と言うのは本当だよ。見た目がこんななのは、そう言う病気なんだ」


「そうだったの……ごめ」

「謝らなくて良い。

 言ったろ? 慣れてるって」


 そう言って少し寂しげな笑顔を向けられると、アタシはもう何も言えなくなる。


 そして、つい。その小さな身体を抱きしめてしまった。


「何だか照れるね……でも、悪い気分じゃ無いよ……」


 アタシの胸に顔を埋め、安らいだ表情の彼女。

 目覚めたら500年以上経ってて、見知らぬ星に一人ぼっち。

 不安じゃ無い訳無いよね。


 ジーーー……


 背中に突き刺さるような視線を感じる……


 首だけギギギっと振り返ると、サファイアがいつも以上の無表情で、アタシの事を見ていた……


 あ、あれ? おかしいな〜さっきまでの澄んだ瞳が、今は何だか燻んでるように見える。

 

 ちょっと怖い……


「ち、違うのよ! これはそう言うんじゃ無いのよ!」


 すぐ様サファイアに駆け寄り、抱き着こうとするが、ヒョイと避けられてしまった。


「ルビーが何を言っているか解らない。

 そろそろ、ここから出る事を提案する」


 そそそ、そうね。そうしましょう!


「っと、その前に」


 彼女を振り向き、


「アナタの名前、教えてくれる?」


 彼女はアタシとサファイアを順に見て、自分の髪の毛を少し弄り。

 ふむ、と何か納得した表情をすると、


「じゃあ、僕の事はパールと呼んで貰おうかな」

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