XIIアース(トゥエルブアース)

第18話 脇役に徹するのもたまには悪くないモンだよ

　コマツの放つ斬撃を右に身体を回転させ転がるように躱すが、躱し切れず左肩に鋭い痛みが走り鮮血が舞う。

　くっ！　耐刃繊維が斬り裂かれた！

　ブーンと蜂の羽ばたくような音が響く。コマツの持つロングサムライソードを見れば、刀身が振動している事に気付く。

　高振動（バイブレーション）ソード！

　あれに掛かれば耐刃繊維等、紙同然。

　私はショートシノビソードを逆手で抜き、右腕のみで構える。

　一介のダイカンが、何処からあんな物を……

　アレはまだ開発段階で、ネオジパング内でも限られた者しか手にする事が出来ない物。

　刀身を高速で振動させ金属すら斬り裂くと言われているが、扱いが難しく持ち手を選ぶ。それ以上に大量の電力を使う為維持すら困難な筈……

　コマツが再び、大上段から次の大刀を打ち込んで来たのを、シノビソードで受け止める。

　体勢が悪い。上からの斬撃を片腕だけでは押し留められない！

「どうしたネズミ。もっと気張らんと、なます斬りになるぞ」

　コマツが下びた笑いを浮かべながら、柄に埋め込まれている起動スイッチを押し込むと、ロングサムライソードが振動を始めた。

　ビリビリと振動がこちらの手にも伝わって来る。ロングサムライソードの刃がシノビソードに火花を散らしながら、ゆっくりと食い込み始める。

　このままでは殺られる！

　しかし、この体勢からでは逸らす事も躱す事も出来ない。

　風前の灯火……最早これまで……

　諦めかけたその時、フスマスライドドアーが勢い良く開け放たれ、誰かが部屋に躍り込んで来る。

「つ、ツバキ……」

　状況を一眼で理解したツバキは、神速とも言える踏み込みで、一瞬にして距離を詰めるとコマツの胴を薙ぐ。

　すんでのところで刃を躱したコマツは一旦距離を置く。

「貴様、雇い主に刃（やいば）を向けるとはどう言った了見だ」

「カエデ、遅れてすまない」

「助かったわ、ツバキ」

　コマツの言葉を無視し、ツバキは私の手を掴み立たせてくれる。

「わしを愚弄するか！」

　無視された事に怒りを覚えたのか、コマツの振るう刃がツバキの背後へ迫る。

「ツバキ後ろ！　高振動ソードよ！」

「承知」

　ツバキは背後を振り向き様、サムライソードでコマツの一撃を受け止めた。

「馬鹿め、そのナマクラごと叩っ斬ってくれる！」

　コマツが高振動ソードを起動させ、蜂の羽ばたき音が轟き始める……

　しかし、ツバキの刀を高振動ソードが両断する事は無かった。

「ぐぬぬ……何故に！」

「その様な紛い物の剣技で、我が技は破れぬ」

　良く見ればツバキの持つサムライソードの刀身は、薄らと青白い輝きを纏っており、高振動ソードはその刃（やいば）に触れてすらいない状態。

　故に、コマツがいかに力を込めようが、高振動ソードを発動させようが無駄な事。

　-キ-ドライブ。

　ツバキの使う、特殊身体技術。

　血の滲む様な厳しい修行の元、培われた戦闘術。人体に宿る『キ』と呼ばれる生体エネルギーを自在に操り、身体能力の底上げや、今の様に自身の身体以外の物にも『キ』を宿らせ、攻撃力や防御力を増幅させる事が出来る。

　そのおかげで、ツバキは身体強化手術も行わず、行った者と同等、いやそれ以上の戦闘能力を有するのだ。

　キン！　と言う音と共にコマツの剣が弾かれ、身体も押し戻される。

「ただの武芸者では無いな。貴様何奴！」

　ツバキはゆっくりと刀を上げ、コマツに切っ先と鋭い視線を向ける。

「ネオジパング-ミカドルーラー直轄-特殊戦闘班-公儀隠密-サムライマスター-ツバキ」

　　　　　　　　　　✳︎

　部屋に入るや始まる神速の闘い。

　アタシの目でも、ツバキの動きを禄に追う事が出来無かった。

　アレがツバキの本気……

　そして、状況や口振りからすると、どうやらカエデの仲間らしい。

　と、言うかカエデよね？　あのやたらボディラインを強調した、薄い布地に包まれているの……

　オイランガール姿も悪く無かったけど、これはこれでアリね。

　っと、それは置いといて。

　アノ2人がカエデの標的ってとこか。

　1人はツバキと斬り合ってる、サムライソードを持った男。身なりからしてそれなりの地位にいる人間ね。

　もう1人は……うわ、悪そうな顔。

　多分、ギャングボスのトウドウとか言うやつかな？

　アタシ達の事を、ただのオイランガールと思っているのか、こちらの事は全く意に介さず。

　トウドウは単発式の銃でカエデに狙いを付け、今にも撃とうとしている。

　させるか！

　シックススターを3連射し、右手の甲を銃のグリップごと撃ち抜き、続けて右肩、右脚と、一応死なない程度に無力化しておく。

　カエデの方は怪我をしているけど、命に別状は無さそう。怪我を押さえつつ、目の前で繰り広げられる戦いの行末を見守っている。

　サムライソード持ちと、ツバキの闘いは続いていた。

　しかし、どう見てもツバキと闘うにしては力量が足りていない。

　いくらサムライソードを振り回そうが、ツバキは紙一重で躱し、傷一つ付かず。

　その内スタミナが切れて来たのか、ゼーゼーと息も上がり、サムライソードを振るうスピードも目に見えて遅くなって来ている。

　こりゃ勝負あったね、と言うか端（はな）から勝負になっていないか。

　……あれ？　倒れてた筈のトウドウの姿が見えない。

　室内を見渡すと、カエデの直ぐ横にトウドウの姿が！

　這って移動したのか、タタミカーペットには一直線に血の痕が続いている。

　そして、ツバキの戦う姿に目を奪われているカエデは、直ぐそばに迫るトウドウに気がついていない。

「カエデ！」

　トウドウの左手には、妖しく光るシラキドスが握られている。

　腰溜めに構えたシラキドスで、下から突き刺さんと、左脚に力を込め立ち上がろうとしているトウドウ。

　ヤバイ！　シックススターは弾切れ、こんな事なら息の根止めとくんだった！

「ルビー君！　これを！」

　パールが叫びながらアタシ目掛け、何かを放って来る。

　それを空中でキャッチし、それが何か確かめる間も無く、トウドウに向けトリガーを引く。

　パン！　と控えめな発砲音と共に撃ち出されたのは小口径弾だが、トウドウの持つシラキドスを弾き飛ばすには充分だった。

　獲物を失い、恨めしそうにコチラを睨み付けるトウドウだったが、その後頭部にカエデの蹴りが決まり、今度こそ確実に意識を刈り取られ、白目を剥き昏倒した。

　アタシの手の中に収まっているのは、小型護身用ピストル『ギャンブラーショット』

　単発式で口径も小さく、銃身も短いため極めて命中率は悪い、本来なら相手に押し付ける位の至近距離で使用するような代物だけど、我ながら良く当たったものだ。

　パールを見れば、グッと親指を立て満足そうな顔を向けて来る。

　信用してた……って事で良いのかな？

　何にしろ助かったので、後でお礼のハグでもしてあげましょう。

　ツバキの方に目を向けると、いよいよ決着の時が迫っていた。

　肩で息をし、血走った目で睨み付けるサムライソードの男と、その視線を涼しい顔で受け流すツバキ。

　男が放つ最後の気合いと共に、大上段から振り下ろされるサムライソード。

　しかし、ツバキの姿が一瞬消えたかと思えば、男の背後に移動しており、剣も既に鞘へと収められていた。

　最後に、「チンッ」と鞘へ収め切った音と共に、グラつき倒れる男。

　出血が無いところを見るに、サムライソードの歯の無い方(確か峰とか言うんだっけ？)を打ち付け気絶させた様子。

　勝負有り。

　ツバキの見事な一本勝ちで有った。