第17話 西部劇って所謂時代劇よね?

 私の名前はカエデ。


 私は、と有る密命を受け、オイランガールとして潜入捜査を始め、待つ事数ヶ月。


 ついに今夜、使命を果たせる……


 私はルビーさん達に、部屋で待機するように言い部屋を出ると、すぐ様中庭に植えてある松の木陰へ滑り込む。


 瞬時にキモノドレスを脱ぎ捨て、覆面とハチガネメットで顔を隠し、本来の姿を月光の下に晒す。


 身に付けるは、全身を覆い密着するように作られた、厚さ僅か0.2mm、ネオジパング謹製、高圧縮耐刃繊維製の特殊作戦用シノビスーツ『NS9-1』


 口元まで隠す紫色のスーツは、闇夜に溶け込み周囲から私の姿をかき消す。


 身体強化手術によって得た、常人離れした跳躍力で一気に屋根の上まで飛び上がると、音も無くカワラタイルの上へ降り立つ。


 ネオジパング-ミカドルーラー直轄-特殊諜報班-公儀隠密-ニンジャスパイ-カエデ見参!


          ✳︎


「カエデ君を追わなくて良いのかね?」


 はっ!


 カエデの突然の豹変ぶりに思考が追い付かず、呆然としていたアタシだったけど、パールの言葉で我に帰る。


「追うわ! サファイア、パール、行くよ!」


 フスマスライドドアーを勢い良く開き、辺りを見回すがカエデの姿は既に何処にも無い。


 気が抜けて居たのは、ほんの一瞬だったのに! キモノドレスでそんなに早く移動出来るの!?


「ルビー。辺りに人の気配を感じ無い」


「そうね、カエデはもう近くに居ないわ」


「そうじゃ無い。何時も聞こえる卑猥な声が聞こえない」


 確かに言われてみれば、普段なら、あちらこちらから聞こえる、男女の営みの声が聞こえない。


 今夜は店仕舞い? そんな話しは聞いていない。夜も更け、この手の店は正にこれからが本番のはず……


 だとすると……人払い!


 同じ並びに有る、お姉様方の部屋を確認してみると、やはり誰も居ない。


 どうする? どうやって探せば……


「ふむ。どうやら今現在、店内に居るのは、僕達とカエデ君、それにカエデ君が目標としている人物だけ……かな?

 だとすればサファイア君。君なら探せるんじゃ無いかな?」


 パールの的確な助言に、サファイアが肯定を返す。


「探せる。視覚センサーを熱源探知に変更。聴覚センサー増幅。接触センサーによる音感探知も並行して使用する」


 サファイアはしゃがみ込むと、床板に手を当て静かに周囲を探索し始める。


 すると僅か数秒で、


「見付けた。こっち」


 サファイアが足早に移動し始めた。


 凄いわ、サファイア。そんな事も出来たのね……


 サファイアは淀み無い足取りで、店の最奥を目指し移動する。


 確かこの先に有るのは……VIPルーム!


          ✳︎


 私は静かに屋根裏へ身体を潜り込ませると、物音一つ立てず目的の部屋直上まで移動する。


 途中覗き見た限り、見張は部屋の外に4人。内3人はトウドウの手下と思われるゴロツキ、そしてもう1人は……


 天井の板を僅かにずらし、部屋の内部を覗くと、目標の2人が正に密談中だった。


 ダイカンローカルガバナー『コマツ・セイベイ』


 トウドウコーポレーション、オヤブンプレジデント『トウドウ・ゴウケン』


「して、トウドウ。手筈の方は進んでいるのだろうな?」


「へい、オダイカン様。勿論で御座います。

 デジマシティーに流されたサムライ崩れや、旅の賞金稼ぎ。それにネオジパングに不満を抱いて燻っている若いもんを合わせて300。そして……」


 トウドウが懐から紫色の布に包まれた物を取り出し、コマツの前で広げる。


「……ほう。良く出来ている。これならば本物と見分けは付くまい」


 コマツが手に取り、満足気に眺めている物は紛れも無く、セキショゲート通過用のテガタパス。


 そして今の話からすると、偽造テガタパスか!


 戦力を集め、偽造テガタパスまで用意するとなると……

 

 内乱の準備! ネオジパングに戦を仕掛けるつもりか!


 なんと馬鹿な事を、大人しくしていれば、それなりの地位で安穏と過ごせたものを。


 何やら外の方も騒がしくなって来ている。


 ルビーさん達だろうか? やはり大人しくしていてはくれなかったのね。


 密談を想定しているのか、防音の効いた室内には、まだ外の状況は伝わって居ない。


 兎に角裏は取れた。急ぎこの事を報告せねば。


 その場を離れようと身体を動かした際、天井の梁が僅かに軋み、ミシリ……と音を立てる。


 しまった!


「何ヤツ!」


「上か!」


 コマツとトウドウが同時に叫び、それぞれ自らの得物を手に立ち上がる。


 コマツはロングサムライソードを鞘から引き抜き、構える。


 トウドウは腰に刺してあったタンヅツガンを抜くと、天井目掛け発砲した。


 天板を貫通した弾丸は、私の頭部に命中したが、弾丸は幸いハチガネメットに阻まれ、致命傷はま逃れる。


 しかし頭に受けた衝撃で一瞬意識が飛び、バランスを崩した私は天板を突き破り、そのまま床まで落下してしまった。


 半ば意識を失いつつも、幾度と無く繰り返し、身体に染み込んだ訓練の賜物か、咄嗟に受け身を取り落下のダメージを最小限に留める事には成功した。


 殺し切れなかった衝撃で痛みの走る左肩を押さえ、片膝を付いた状態で向き直るのと、上段に構えたロングサムライソードでコマツが斬りかかってくるは、ほぼ同じタイミングだった……


          ✳︎


 VIPルームまでの最後の角を曲がると視界に、ガラと頭が悪そうな男共の姿が飛び込んでくる。


 チンピラ改め、ヤクザファミリー、トウゴウの手下共って所かしら?


 そいつらは足早に近付くアタシ達に向かい、シラキ・ナガ・ドスを向け『止まれ!』だの『近付くな!』だのと叫んで来るが、勿論聞く耳は持たない。


「熱源反応は部屋の中に2人、屋根裏に1人」


「了解!」


 流石にキモノドレスの上からガンベルトは巻けなかったので、予備の弾薬も無し。


 速攻で方を付ける!


 アタシは、抜身で持って来たシックススターを3連射。


 放たれた弾丸は、ヤクザファミリー共の利き腕を正確に撃ち抜いた。


 傷口を抑え蹲るそいつらを飛び越えると、部屋の前にもう1人誰かが座っている……


 あれは!


 見間違える筈もない。


 美しい黒髪、凛々しい横顔、切れ長で鋭い眼。


 あの晩、アタシ達を助けてくれたケンカクガール……ツバキ!


 まさか、アンタがそっち側に付くとはね……


 ツバキはゆっくりと立ち上がると、アタシ達の正面に立ち、右手を腰のサムライソードに添える。


 アタシは本能が発する危険信号に従い、歩みを止めツバキと相対あいたいする。


 ツバキまでの距離は、ほんの数歩程しか無い。


 シックススターなら絶対に外しようもない、必殺の距離。


 にも関わらず撃てない……


 なんて言う殺気、まだサムライソードを抜いても居ないのに……このまま迂闊に動けば殺られるのはアタシの方……


 彼女、恐ろしく強い!


 全く動いて居ないにも関わらず、微塵も隙の無いカエデを前に動けずに居るアタシ達。


 ピンと張り詰め、緊張を孕んだ空気の中、打開策を求め思考をフル回転させる。


 先ず先制で一発撃ち込んで、相手の出方を見る?


 ダメ、そんな余裕は無い。きっとこの距離はツバキにとっても必殺の距離。


 撃った弾丸は避けられ、アタシの身体が一刀のもとに両断される。そんなビジョンが頭の中を駆け巡る。


 一発でダメならスリーフィンガーなら?


 ……そんな子供騙し、ツバキに通用するだろうか?


 それに予備の弾薬も無いこの状況下で、全ての弾を消費する様な攻撃は愚の骨頂としか思えない。


 何か他に気を逸らす方法は……


 その時、ツバキが何かに反応し、部屋の入り口へ視線を向けた。


 チャンス! 


 ツバキの意識が完全にこちらから逸れた。


 この機を逃したらアタシに勝ち目は無い。


 シックススターの銃口をツバキに向け、トリガーを引こうとした瞬間。


 ……何故か撃てなかった。


 ツバキの表情、何かを心配する様な、焦っている様な、そんな表情を見てしまったから。


 それはまるで、大切なものを守ろうとしている。アタシがサファイアに向けるような表情だったから……


 アタシが撃つのを躊躇っている内に、ツバキはフスマスライドドアーを開き、室内へ躍り込む。


 後を追うように部屋へ入ると、そこにはロングサムライソードで斬りかかる男と、左肩から血を流し、右手に持ったショートサムライソードで懸命にその刃を押し返そうとしているカエデの姿があった……

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