第13.5話 人に歴史有り、それがどんな過去であろうと
-少し時間は遡り、ネオジパングへの旅を始めて二週間程が過ぎた頃-
砂漠の夜は冷える。
まあ砂嵐で無いだけ、まだマシか。
全く酷い星だね、ここは。
僕がルビー君達と旅を始めて、半月が過ぎた。
目指すは遙か東に位置する、オリジナルシティー『ネオジパング』
サファイア君の破損した身体を治し、あわよくば、自戒プログラムを消し去る為、危険を顧みず旅をするとは、ルビー君のサファイア君に対する愛情は、並々ならぬものだ。
サファイア君もルビー君に、
それは『愛情』と言って差し支えない物だろう。
しかし、僕はそんな物プログラムした記憶は無いのだがね。
誰かが組み込んだのか?
いや、それは無いね。
僕の作った人格プログラムに、僕以外が手を加えられる筈がない。
荒事は苦手でルビー君任せだけど、そっちの分野には絶対の自信が有る。
その僕が断言する。
だとしたら一体何故?
地球を飛び立ってから500年以上が経過している。
サファイア君に聞いた話だと、この星に着いてから200年以上、一人宇宙船の中で過ごしたらしい。
200年の孤独……
普通の人間には理解する事も、体験する事も出来ない時間。
彼女はただ一人待ち続けた。
自分を見つけ、孤独から解放してくれる人物を……
そんな時間を過ごせば、アンドロイドにだって、プログラム以上の感情が生まれる……か。
さすが僕だ。自分でも知らない内に、自己進化するAIを作り出していたらしい。
実際の所、何が作用したかなんて分からないし、今更調べる気にもならない。
科学者としては失格かも知れないけど、今はどうでも良い。
目の前でパチリと薪木が爆ぜる。
その向こうには、ルビー君に寄り掛かり幸せそうに眠るサファイア君が居る。
そんな姿を見て、誰が彼女を『魂の無い作り物』だと思うだろう。
お互いがお互いを思い合い、支え合う。
そこに人間だのアンドロイドだの、そんな事に何の意味が有ると言うのか。
素晴らしい事じゃないか。
僕は、
だから必ず君を助ける。
身体を治し、自戒プログラムを消去し、君達二人の幸せを祈るとしよう。
それが僕の、科学者として最後の使命だ。
✳︎
パチリっと薪木の爆ぜる音で目が覚めた。
焚火の向こうには、こちらに目を向け、何やら思案顔のパールが見える。
冷凍睡眠カプセルから出て来た不思議な少女。いや、自称21歳なので女性か。
500年眠り続け、目覚めたと思ったら待っていたのは孤独。
自分を知る人も居ない。これからどうすれば良いのかも分からない。
そんな彼女を、アタシは放っておく事は出来なかった。
確かに最初は、サファイアを治せるから。
そう言う打算的な考えが有った事は認める。
でも今は違う。
彼女はアタシ達の大切な仲間。
今はそう思っている……
アタシに寄り掛かってスヤスヤと眠るサファイアを起こさない様に、そっと横たわらせると、パールの横に移動した。
「おはよう、パール。火の番ご苦労様」
「ああ、おはよう。しかし、交代の時間にはまだ少し有るようだが?」
そう言うとパールは、火の中に薪木を放り込む。
一瞬上がった炎が彼女の顔をオレンジ色に照らした。
「少しお話ししましょう。アナタとはゆっくり話した事、無かったから」
「ふむ、確かに。ドタバタしていたからね。
それに……」
パールはチラッとサファイアに視線を向け、
「君と親しげに話していると、彼女の視線が痛いんだよ」
そう言ってクスクスと笑うパール。
「全く。嫉妬なんて物プログラムした記憶は無いんだがね」
「サファイアは日々成長しているのよ。アタシなんかより、よっぽど伸び代が有るくらいにね」
お互い静かに笑い合った後、訪れる静寂。
眠気覚ましのコーヒーが入ったカップをパールが差し出して来た。
それを受け取り、アタシはどうしても気になっていた事をパールに質問する。
「気を悪くしないで欲しいんだけど……アナタの、その病気の事……」
「ふむ。治せなかったのか? と言う話かな?」
「ええ、そう。地球の医学は進んでたんでしょ?」
「そうだね。少なくとも人を氷漬けにして宇宙にばら撒く程度には発達していたさ。
この病気も珍しい病気では有ったけど、他に症例が無かったわけでも無く、治療法も確立していた。
子供の頃に治療を受ければ、高い確率で完治するものだよ。でも僕には無理だった」
パールは自分のカップに入ったコーヒーに口を付け、一口啜る。
「何故か聞いても?」
「ああ。簡単な事さ。
経済的な理由だよ、治療費が払えない。
だから治療も受けられなかった」
「そんな! 普通の親なら、子供の病気を治す為なら多少の無理はするんじゃ……」
「両親は僕が産まれて間も無い頃、事故で死んだ。他に身寄りが無かった僕は施設で育ったんだ。当然施設では、高額になる治療費なんか出して貰える訳も無く……ってね」
「そう……だったの」
「僕に残されたのは、このダサい眼鏡だけ。
母親の形見なんだけどね。どうせなら、もう少しお洒落なのが良かったよ」
わざと戯けた調子で話すパールだったが、焚火の炎が作り出す陰影の中、パールの顔に僅かな陰りが見えた気がする。
辛く無い訳が無い。
親を早くに亡くし、顔も知らない。
病気のせいで、常に好奇の目で見られる。
周囲の視線には慣れたと言っていたけど、どれだけ長い間、その好奇の目に晒されれば慣れると言うのか。
「そんな暗い顔する必要は無いよ。僕自身気にしていないからね。
それにもう忘れたよ。何せ500年も前の事だからね」
パールがクックッと笑う。彼女お得意の『科学的ジョーク』と言うやつね。
そして嘘がヘタ……
アタシはパールの背後に回ると、その小さな身体を包み込む様に抱き締める。
「ななな、なんだい!? 突然……」
「パール。アタシ達は仲間よ。どんな事が有っても、アナタを見捨てたりしない。
嬉しい事も悲しい事も、アタシ達三人で分かち合うの。良い?」
「はは……まるで結婚式のセリフみたいだね」
そう呟いたパールは姿勢を変え、アタシに向き直り胸に顔を埋めて来る。
その肩は少し震えていた。
「パール……」
「余り顔を見ないでくれ。泣き顔なんて人に見せたく無いんだ……」
アタシは小さく震える、小さな背中を優しく撫でる。
暫くすると、胸元から規則的な寝息が聞こえ始めた。
泣き疲れて眠るなんて、本当に子供みたいね……
スースーと眠るパールの顔は、安堵の表情を浮かべていた。
✳︎
「昨晩はお楽しみでしたね」
翌朝、目覚めたサファイアが、アタシに向かってそんな台詞をぶつけて来た。
その表情は正に無。
これはもしかして、怒ってらっしゃる?
「え、え〜とサファイアさん?」
「パールが大切な仲間と言うのは認識している。でも、目の前で私に見せ付けるかの様に身体的接触をされると、余り良い気持ちはしない」
あ〜と、昨晩のパールとの会話見られてた?
「ち、違うのよ! あれはそう言うのじゃ無いのよ!」
つい必死に弁解してしまったけど、アタシにやましい事は何一つ無い……はず。無いよね?
「ルビーは無自覚に、他人に安らぎを与えてしまう気が有る。もう少し自覚する事を進言する」
「悪かったわよ〜ほら機嫌直して」
サファイアを胸に抱き寄せ、頭を撫でると僅かに表情が柔らかくなる。
「今晩は……」
「ん?」
「今晩寝る時は、私と寝る事を進言する」
はいはい、分かりやすい焼き餅ね。
そのままサファイアの、髪の感触を楽しんでいると、
んっん!
「ルビー君、サファイア君、お早う。何度も言っているが、そう言う事は人目に付かない所でやってくれないかな?」
「お早う、パール。よく眠れた?」
「ああ、お陰様でね」
確かにパールの表情は、何時もより心なしスッキリしているように見える。
良かったわ、少しでもパールの気持ちが晴れて。
あとサファイア、アタシの胸に顔を預けたまま、片目でパールを凄い勢いで見てるけど、ちょっと目が怖いわよ?
目的地であるネオジパングまでまだ半分。
空を見上げれば、既に太陽が地面を焦がし始めている。
「今日も暑くなりそうね……」
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