第16話 キモノドレスって一度着てみたかったのよね

 まあ、何と言うか。

 

 君を信じた僕がバカだったよ。


「ルビー君。これが君の考えた良い方法かい?」


「そうよー。パール良く似合ってるわ」


「似合ってる訳無いだろー!」


 今僕は、いや僕達は、全員キモノドレスに身を包み、オイランガールの格好をさせられていた。


「カエデを守る為よ。それにホントにお客を取る訳じゃ無いから安心して」


「当たり前だ! 大体、僕なんかに金を出してまで買いたい客なんている訳無いだろう」


 誰がこんなチンチクリンを抱きたい等と思うものか。


「いいえ、そんな事は有りません。パール様。

 世の中には色々な趣味嗜好の方がいらっしゃいます。

 きっとパール様を気にいる方もいらっしゃいます」


 くっ! 


 サファイア君の着付けを終わらせたカエデ君が口を挟んで来たけど、何だろう。

 

 慰められてる様でその実、バカにされてる気がするのだが?


 しかも、本人にはこれっぽっちも悪気が無いので、更にタチが悪い。


 そもそも買われたい訳じゃ無い!


「全く、君達は良いよ。正直似合ってる」


 ルビー君は赤を基調に、白抜きで百合の花をあしらったキモノドレスを見事に着こなしていた。


 元来、背も高く出るとこは出て、引っ込むとこは引っ込んでる、女性の目から見ても羨ましいプロポーションの持ち主だ。


 その彼女が身に纏うキモノドレスは、胸元が大きく開き、豊満な胸の谷間を惜し気もなく晒している。


 赤い癖っ毛も入念なブラッシングとツバキオイルのおかげで、艶やかなストレートヘアーに生まれ変わり、それを結い上げる事によって、白いうなじもあらわになっていた。


 普段あまり見せない女の色香を、充分過ぎる程漂わせている。


 これなら普通に客が付くレベルだ。


 サファイア君も、小柄でスレンダーな身体だが、青地に色取り取りの菊の花があしらわれたキモノドレスを、変に着崩さずピシッと身に付けている。


 青く長い髪はあえて結わず、その様はまるでジパングドールの様だ。


 清楚や可憐と言った言葉がピッタリだろう。


 まあオイランガールとしてはどうだろうか? と言う疑問は残るが、少なくとも似合っている。


 彼女も、やや特殊な性癖の持ち主なら、喜んで金を積むだろう。


 そして僕だが……そんな2人とは比べるまでも無く……


 カエデ君が選んでくれたのは、白地に朝顔が散りばめられたキモノドレスだが、僕が着るとオイランガールどころか、夏祭りに行く子供が初めて浴衣を着た、そんなイメージ。


 まだ地球にいた頃、日本の文化を学んだ時に見た資料を思い出したよ。


 第一、ルビー君の髪はストレートに出来て、何故僕のはならない!


 どんだけ頑固な癖毛だよ……


「ホントに、パールだって似合ってるわよ。

 とても可愛らしいわ」


 だから、そう言う見え透いたお世辞は要らないんだよ!

 

 そして頭を撫でるな! 君は僕の母親か何かか?


 クソ! ちょっと心地良いとか思ってしまう自分に腹が立つ。


「まあ、良い。目的はオイランガールになる事では無いからね。

 で? これからどうするんだい?」


 僕の頭を撫で続ける、ルビー君の手を払い退けながら質問する。


「カエデ。アナタはお客を取っていないのね?」


「はい。わたくしはまだ見習いですので、お姉様方の御支度が主な仕事です。お客様は取っておりません」


 見習い……ね。


 カエデ君がオイランガールで無い事は、先の会話で既に見当が付いている。


 ルビー君は『男の臭いがしない』等と、いまいち意味の解らない事も言っていたがそれは置いておこう。


 店のオカミに事情を話し、協力を要請した時もやたらと物分かりが良かった。


 店内のオイランガールが寝起きする部屋を、丸々一室私達に充てがってくれた。


 おかげでカエデ君とは文字通り、四六時中一緒にいる事が出来る。


 オカミとカエデ君は、既に協力体制が出来上がっている。


 そう考えるのが自然だろう。


 娼館のオカミを納得させ、協力関係を築ける程の信用と報酬を準備出来る黒幕が、カエデ君には存在する……と言うことか。


「じゃあ、アタシがカエデと一緒に行動するから、サファイアとパールは店内を見回って、何か有れば知らせてね」


「何か……ねえ。怪しい言動、行動を見付けたら知らせるって事で良いのかな?」


「何か有れば私が知らせる。ルビー、通信機は持って来ている?」


 サファイア君の言葉に、ルビー君が懐から小型の装置を取り出す。


 教団事件で使った通信機か。アレが有れば、お互い店内にいる限り連絡が取れる。


 僕の方も、一応だが護身用の武器を準備して来た……が、出来れば使いたく無い。


 こう言うのは専門外なんだよ、使った所でろくな結果にならないのは解っているしね……


 そして3日が過ぎたある日……


          ✳︎


「何も起きないわね〜」


 カエデと共に働き始めて3日。


 あの日カエデを助けて、それ以来、何事も無く店での雑用を淡々とこなす日々を送っていた。


「ああ、おかげで寝具の上げ下げやお姉様方のお世話はすっかりお手の物だよ」


 慣れない仕事のせいか、疲労が色濃く残る顔のパールがボヤク。


 なんだかんだ言いながら毎日頑張っているものね、でも取り敢えずキモノドレスで、あぐらはやめた方が良いわよ?


「怪しい人物、と言う情報が曖昧過ぎる。

 もう少し明確な人物像が欲しい」


 そうね、サファイアの言い分は最もだわ。


 しかし当の本人に話すつもりは無く、俯き加減で口を開こうとしないカエデ。


「カエデ君に話す意思が無い以上、今晩も今までと同じ様に振舞うしか無さそうだね」


 重い腰を上げたパールが刺々しく言い捨てる。


「そうね……じゃあ行きましょう……」


『邪魔するよ』


 アタシ達が部屋を出ようとした時、フスマスライドドアーの外から声が掛かる。


 この声はオカミさん?


 オカミさんは部屋に入るなりカエデを呼び付け、耳元で二言三言囁くと、カエデの顔色が明らかに変わる。


「カエデ、大丈夫? 何か有った?」


 アタシは、雰囲気の変わったカエデにたまらず声をかけた。


「ルビー様。今宵は私もお座敷に上がりますゆえ、皆様はこの部屋で待機願います」


 アタシ達にそう告げるカエデの顔は、一切の感情を殺したような無表情だった。


「ちょっと! どう言う事?

 カエデはお客を取らないんじゃ無かったの?」


「事情が変わりました。皆様はくれぐれもこの部屋を出ないようにお願いします。では……」


 そう言い残し部屋を出て行くカエデ。


 訳も分からず部屋に取り残されたアタシ達は、ただ呆然と閉じるフスマスライドドアーを見つめるしか無かった。

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