第19話 ミカドルーラー、アンタは一体何者なんだい?
さて、今現在の状況を話そう。
今アタシ達のいる所は、ネオジパングの中心に位置し、ミカドルーラーが住み公務を行う屋敷内の、更に最奥に有る謁見の間。
通称『アマノイワト』と呼ばれる所に居る。
まあゴテゴテ飾り立てる、自己顕示欲の塊みたいな人物より余程好感は持てるけど。
樹脂や金属で造られた屋敷だけど、壁や柱、それに廊下等には木目調のプリントが施され、部屋は全てタタミカーペットが敷き詰められている。
パール曰く、古代の『ニホンカオク』を模した物らしい。
全体的に落ち着いた感じのする所で、アタシは嫌いじゃない
デジマシティーも似たような作りの建物だったが、規模が全く違う。
あちらは、一つ一つの建物が小さく、部屋も狭かった。
それに引き換え、こちらはとにかく広い。謁見の間も、屋敷の一番奥に有るうえに、だだっ広い部屋をやたら長い廊下で繋ぎ、しかも入り組んだ造りになっているのでメチャクチャ歩かされた。
間違い無く迷う。と言うか、既に案内無しで外に出られる自信が無い。
サファイアとパールは覚えていそうだけど、アタシ1人では完全に迷子だねこりゃ。
さて、何でアタシ達がそんな所に居るかと言うと、カエデとツバキに手を貸し見事事件解決へと導いたから。それについてミカドルーラー直々にお礼を言いたいんだとさ。
結果からすればアタシらの手なんか借りなくても、充分2人で解決出来た気もするけどね。
まあ、礼なんてのは建前だろう。
カエデとツバキ、2人の素性は公にしない事になっているらしい。今回の様に潜入調査が主だった仕事となると確かにそうなる。
つまりは口止めの為に連れて来られた。ってのがアタシの予想。
何にしろ、ネオジパングへ入ると言う、当初の目的は果たせたので結果オーライなんだけど。
「こちらで暫しお待ちを」
案内してくれたジジョメイドはそう言うと、部屋から出て行く。
「あっ、ちょっと……」
振り返り声を掛けようとしたが、部屋の外で深々と頭を下げるジジョメイドは、閉じられた金属製のスライドドアーの向こうに消えた。
そう、金属製のドアーで仕切られているので有る。
フスマスライドドアーやショウジスライドドアーの部屋はいくつか通過したが、ここまで外界と隔絶された部屋は初めてだ。
それほど、この部屋は特別な部屋という事なんだろう。
通されたのは10人も入れば一杯になってしまう程度の、他の部屋に比べたら小ぶりな部屋。
それが謁見の間、アマノイワトである。
左右の壁に窓は無く、照明も僅かなロウソクが灯されているだけなので薄暗い。
正面には
『アマテラス様がご入室なされます』
何処からとも無く、先程退出したジジョメイドの声が室内に響く。
声と共に御簾シールドの向こう側に明かりが灯り、人影を映し出した。
『ようこそおいで下さいました。ネオジパング代表、ミカドルーラー、アマテラスと申します。以降お見知り置きを』
声に高圧的な感じは無く、むしろ丁寧。
そして、声と御簾シールドに映るシルエットからすると若い女性に思える。
『この度は事件解決の一端を担って頂き、誠に有難う御座いました。本来でしたらこちらから出向く所、私の不自由さから足を運んでいただく形となってしまい誠に申し訳有りません』
「いや、まあアタシらもこの
むしろ手間が省けて助かってるよ」
『そうでしたか。どの様なご用件で、わざわざこの様な辺境の街へ?』
サファイアの事を話してしまって大丈夫だろうか?
いや、ここは下手に隠さない方が良いね。
アタシは、サファイアの腕に巻かれている包帯を解き、配線や人工筋繊維の剥き出しになった痛々しい腕を見せる。
「この子の身体を治したくてね……ここなら治す事が出来るかも知れない。そう思って来たのさ」
『……なるほど。それならばお力になる事が出来ます……』
「ほ、ホント? やった! サファイア、治せるよ!」
アタシは喜びの余り、サファイアに抱き付いてしまうが、パールの咳払いで我に返る。
いけない、いけない。つい、はしゃいじゃったよ。
『……その代わり、私の願いも聞いて頂けませぬでしょうか?
事が済み次第、彼女の身体を修理し、自戒プログラムの消去も行いましょう』
自戒プログラムの事を知っている?
サファイアの腕を見て驚かなかった事から、サイボーグやアンドロイドについての知識は有るのだろうが、そっちまで?
『疑われているご様子ですね。ですが、私ならば彼女を完全に直し、先程言った通り自戒プログラムも消す事が出来ます』
「……アンタは一体何者なんだい?」
アタシがそう言うと、一度向こう側の照明が消え、御簾シールドが上に迫り上がり天井に消えて行く。
えっ! 嘘……
白いコソデガウンに赤いハカマスカート。所謂ミコオラクルの格好に、淡いピンクのハゴロモショールを羽織り、首からは緑に光るマガタマネックレスを下げていた。
黒く艶やかなストレートの髪を長く伸ばし、黒い瞳でアタシ達を見つめている。
そこに居たのは紛れも無い……
「私はアマテラス。そして、もう一つの名はCFMS-XII。あの方に頂いた名前は、
髪と目の色が黒いと言う違いこそ有るが、サファイアと瓜二つの少女が静かに座っていた……
✳︎
これは驚いた。
まさか稼働しているCFMSに、二度もお目に掛かれるなんてね。
本来、地表に降り立った時点で自戒プログラムが働き、CFMSは機能を停止する。
上層部からの指示で、僕がそう組んだんだから間違いない。
サファイア君の場合は、着陸寸前での脱出、船長からの指令、そしてルビー君による指令の上書きと、イレギュラーな状況が続いた事により、偶然なのか何かしらのバグが発生したのか定かでは無いが、自戒を間逃れている。
が、彼女の口振りだと、自戒プログラムは人為的に消去済みなのかな?
そして彼女は、アマテラスと名乗りオリジナルシティーを一つ治める職務に付いている。
ただCFMSとも名乗っているので、これはもしや……
俄然興味が湧いて来たね。
「いくつか質問をさせてくれないかな?」
「構いませんよ。ドクター……」
「あー、今はパールと名乗っている。
……僕の事を知っているのかい?」
別に本当の名前を呼ばれても良かったんだが、どうせそれを知る人間も居ないし、禄でもない思い出しか持たない名前ならば今更未練もない。
それに、何となく気恥ずかしいじゃないか。
「存じております。私達CFMSシリーズの生みの親にして天才プログラマー。ドクターパール、お会い出来て光栄です」
そう言い、美しく整った、まるで手本のようなお辞儀をするアマテラス。
ふむ。本当の事とは言え、改めて言われると、なかなかにむず痒いね。
「では質問だが、君の自戒プログラムは機能していない……と言う事で良いのかな?」
「はい。私のそれは、随分昔に船長の手で消去されています」
「ほう……その船長が先代のアマテラスなのかな?」
僕の作ったプログラムを解析し、部分的に消去しただって?
これは益々興味が湧いて来た。
「そうなりますが、正確には違います。
船長『アマノ・テルミ』の人格は私の中にインストールされています。
よって私は『黒瑪瑙』でも有り『アマノ・テルミ』でも有ります」
やはりね。概ね僕の予想は当たっていた。
ん? アマノ? アマノってもしかして……
僕の助手を一時務めていた技術者と同じ名前だ。僕の知るアマノ君だとしたら確かに納得が行く。
僕の能力をなかなか認めず、見た目で判断するボンクラ共とは違い、きちんと能力を見極めた上で、意見やアドバイスまでしてくる優秀な人材だった。
実際研究を共にしたのはほんの数週間だと思ったが、成る程ね。確かに彼女なら僕の組んだプログラムに手を加える事も出来るだろう。
何も言わずある日突然、研究所から姿を消してしまったから、何事かとは思っていたが、そうか……彼女は移民船団の船長になっていたのか。
懐かしい記憶が蘇り、暫し記憶の海に意識を泳がせてしまったが、今は取り敢えず話を進めよう。
「二つの人格は融合しているのかな?」
「いえ。時間帯で入れ替わります。今の時間はアマノ船長の人格を用い、アマテラスとして職務に付いています」
「融合では無く、別人格として同居しているのか……記憶の共有は?」
「一つの人格が表に出ている時、もう一つの人格は寝ている様な状態になります。そして夢を見る様な感覚で、別人格の見聞きした事を認識しています」
「つまり記憶は共有している、と……
ふむ。ところでアマノ君の記憶はどの程度引き継いでいるのかな?」
「アマノ船長が船団に着任した頃からです。
それより以前の記憶は残念ながら引き継がれませんでした。
人格や知識を優先した結果と思われますが、今となっては……」
「そうか、そうだね。記憶容量は有限だ。彼女の人生、全ての記憶となると膨大なデータ量になるはずだ。流石にその全てを収められるほど、君の記憶容量は大きく作られていない。
ましてやCFMSの人格も共有する事を考えれば、取捨選択は当然の事だ」
やはり、僕の事に関する記憶は無いか……
地球にいた頃の僕を知る、唯一の可能性だったが……まあ仕方が無い……な。
とは言え、僕との事は共有に値しない記憶と言われたみたいで、ほんの少しだが寂しいね。
「話は大体わかった。君の言う事に嘘は無さそうだ。最悪設備さえ貸してくれれば僕の手で何とでも出来るだろうが、君に任せても問題無いだろう。
で? 君からのお願いとは?」
アマテラスは少し言い淀み、一度目を閉じると、決心したのか僕の目を正面からしっかりと見ながら言い放つ。
「私の中から黒瑪瑙の人格、記憶を、消去して頂きたいのです」
なんだって?
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