第20話 アタシだってこんな事は言いたか無いんだ

「私の中から黒瑪瑙オニキスの人格、記憶を、消去して頂きたいのです」


 なんだって?


「理由を聞いても良いかな?

 相手がプログラムだとしても、人格を一つ消すと言う事は殺人に等しい……と、僕は考えている。

 余程の理由が無い限り、御免被りたいのだが?」


「私の覚醒時間に、彼女が割り込んで来るような事が度々起きるようになったのです。

 このままでは、公務に支障を来たす恐れが有ります」


 公務に支障……ね。


 シティーの代表としては、確かに問題だろう。しかし……


「それだけかい? だとしたら僕は手を貸せない」


「パール、どうして! 彼女のお願いを聞かないとサファイアを治せないのよ?」


 ルビー君が、理解出来ない! と言う表情で噛み付いて来る。まあ、だろうね。


「君の気持ちは分かる。でもね、だからと言って僕に人を殺せと?

 さっきも言った通り人格を消す、と言う事は殺人に値するんだよ」


 まあ、これは僕のエゴなんだけどね……


「……アタシはサファイアを助ける為なら人殺しだって、いとわない……」


 唇を噛みしめ、絞り出す様な声でそんな事を言う。


「ルビー……」


 悲しそうな視線を向け、ルビーの腕にすがり付くサファイア。


 その目は『そんな事言わないで』と訴えている。


「ゴメンね、サファイア。でもアタシは本気よ。貴方の為なら何でもする」


 言葉とは裏腹に、随分辛そうな顔をしているじゃないか。


 強がるなら貫き通したまえよ。


「はー……分かった。負けたよ。

 確かに今の君なら本当にやりかね無い」


「有難うパール。そしてゴメン、辛い役回りさせて」


「良いさ。僕も少し気掛かりな事が有るからね」


「有難う御座います、ドクターパール」


 そう言って神妙な面持ちで、頭を下げるアマテラス。


 そして顔を上げた時、その表情は全く違う物になっていた。


 まるで今にも泣きそうな表情。


 そして……


「いや! 私を消さないで!

 あの人との思い出を奪わないで!」


 そう、必死の形相で訴えかけて来るアマテラス……いや、これは黒瑪瑙か……


 黒瑪瑙は一頻り叫んだ後、パタリと倒れ意識を失ってしまった。


 強制的に介入して来た事による過負荷で、一時的に電子頭脳がダウンしたのだろう。


 少しすれば再起動されるはず。


 成る程。前言撤回だ。

 

 これが頻繁に起きると言うのなら、確かに不味い。


 別人格に強制介入は、義体に相当な負担をかけている。そんな事が続けば深刻なダメージ負いかねない。


 元より二つの人格を並列処理させるような、そんな作りにはなっていないのだから義体、特に電子頭脳へのストレスは相当なものだ。


 彼女の願い、聞き入れるしか無さそうだが……アマテラスと黒瑪瑙、どちらの願いを聞くべきだろうか?


 そして、さっき僕が言った気掛かりな事。


 昔会った彼女アマノと今の彼女アマテラスでは性格が、かけ離れている。


 僕の考えだと……


          ✳︎


「パール。随分落ち着いているけど、彼女大丈夫なの?」


 目の前で突然豹変し、叫んだと思ったら意識を失ってしまったアマテラス。


 アタシはどうして良いか分からず、ただ呆然とするしか無かった。


「落ち着きなよ。大丈夫、彼女は壊れちゃいない」


「まだって……いずれは壊れるって言う事?」


 彼女はシティーの代表。その彼女が居なくなってしまったら、この街はどうなってしまうのか。


 普通の街なら、代表者の世代交代は当たり前に行われる。


 だってそうでしょ? 皆、普通の人間なんだから。


 でも、ここでは事情が違う。


 今までの話を聞く限り、世代交代は行われていない。


 正確には一度だけ、それすら同一人格なのでノーカンね。


 つまり、200年以上同一人物が代表を務めて来たって事になる。


 多分彼女は、ただの代表ってだけでは済まされない。


 そんな物をとっくに超越した存在……


「アマテラス……か。上手い名前を付けたものだよ」


 突然パールがそんな事を口走る。


「どう言う事?」


「アマテラスは地球に有った、ニホンと言う国の古い文献に出て来る神様の名前なんだ。そして漢字と言う文字で、こう書く」


 パールは懐から取り出したメモ帳に『天照』と書いて見せてくれる。


「そして、アマノ船長の名前はこうだ」


天野照美アマノテルミ


 ああ、なるほど。それでアマテラス……


「自分の名前をもじっているのね。

 それで?」


「最初にアマテラスを名乗ったのは、まあ名前を捩ったものだろう。それに、大半のニホン人が知る神話ミソロジーの神様だし、人々を導くには都合が良かったのかもね」


 見ず知らずの未開の星に降り立って、人々を鼓舞しながら開拓し街を作る。それには、神様の名前を名乗って、自分を神格化する位が丁度良かったって事?


「そして今の彼女だが、その古い文献にはこう有る『アマテラスは太陽神の性格と巫女の性格を併せ持つ存在』ってね。

 今の彼女の状態は正にそう見えないかい?」


「街の代表が太陽神のアマテラスで、巫女が黒瑪瑙って事?」


「まあ、そのものずばりでは無いが、イメージ的にはかなり近いと思うよ」


「でも、そのせいで彼女は苦しんでいるわ。

 パール。アナタなら助けられるんでしょ?」


「そうだね。出来る……と思う」


 腕を組み考え込んだ後、自信なさげに呟くパール。


「随分歯切れが悪いのね。いつもの自信はどうしたのさ」


「前例が無い事に対して、自信満々に『出来る』と言い切れる程、図太い神経はしていないさ。

 ただ、このままにして置けば、近い将来間違い無く彼女は……だから、やれる事はやって見るつもりだよ」


「そう……」


 意識を失ったアマテラスに目を向ける。


 彼女はサファイアの膝に頭を預け、未だに動かない。


 アマテラスの頭にはサファイアの手が添えられ、まるでその艶やかな黒髪を撫でているかの様にも見えるが、それは異常箇所が無いかの確認をしているのだそうな。


 しかし、2人は良く似ている。


 そうしている姿は、まるで仲の良い双子姉妹のようだ。


 パールに言わせれば『同型義体なので似ているどころか、全く同じ』らしいけどね。


「内部スキャン完了。特に異常は検知出来ない。一時的過負荷による自己防衛反応と推測する」


「ふむ。僕の予想通りだ。安心したよ」


「システム安定。再起動を確認」


 サファイアの言葉と共に、アマテラスが目を開ける。


 暫し保ほけていたが、状況を飲み込むと途端に飛び起き、姿勢を正し頭を下げた。


「大変お見苦しい所を、お見せしました」


 どうやら黒瑪瑙は引っ込んで、今はアマテラスのようね。


「簡易的なチェックだが異常は見られなかった。どうするね? 直ぐに処置を行っても良いが……」


 アマテラスはコクリと首を縦に振り、静かに目を瞑る。


 その表情は決心なのか、それとも後悔なのか。読み取ることは出来なかった。


「お願いします。メンテナンスルームへご案内します」


 彼女はそう言うと立ち上がり、背後の壁へ近寄ると、首に掛けてあったマガタマネックレスを手に持ち、壁に押し当てる。


 すると、そこを中心に壁の一部が左右に開き、入り口が姿を現した。


「どうぞ此方へ」


 アマテラスの後を追い入り口を潜ると、そこには無機質な金属製の白い壁に囲まれた通路が、奥へ奥へと続いているのだった……

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