第21話 黒瑪瑙とも一度ゆっくり話してみたいのだけど……

「随分長い通路だね。それにこの作り……」


「はい。ご考察の通り、移民船の一部をそのまま残し、流用しています」


 どうりで見覚えが有ると思ったよ。


 お宝探しで潜り込んだ墜落船は、もっと風化が進んでいて薄汚れていたけどね。


 そんなやり取りをしながら、アマテラスの後ろに付いて通路を進んで行くと、何かが見えて来る。


 ん? あれは扉?


 通路の左右に、スライド式の扉が向かい合わせに設置されていた。


 通り過ぎる際、扉に目を配ると、そこに貼られたプレートには『船長室<アマノ・テルミ>』と刻まれていた。


 アマノ船長の自室か……


 と言う事は、向かい側は……やっぱり。

 

 CFMSと刻まれたプレートに大きなバツ印が書かれ、プレートの下にはもう一つ、手作り感溢れる紙製のプレートが貼られている。


 そこには、手書きで『黒瑪瑙オニキス』と書かれていた。


 きっと、それをやったのはアマノ船長だろう。黒瑪瑙も大切にされていたんだね……

 

「メンテナンスルームはもう直ぐです」


 通路の突き当たりには、左右開きの大きめな扉が有り、アマテラスが近づくと勝手に開き、アタシ達を招き入れる。


 驚いた、電力が生きているのね。


 いや、どうして今まで気が付かなかったのか。大体、入り口だって同じ様に開いたし、今まさに通って来た通路も、窓が有る訳でも無いのに明るかったでは無いか。


 通路の天井を見上げると、等間隔で照明が設置され、煌々と光を放っている。


 サコクマネージメントは、こう言った技術を守るために行われていたのかも知れないね……


「如何なさいました?」


 呆気に取られていたアタシに、アマテラスが声を掛けてくる。


「いや、ね。ここまで電力を維持出来てる所は見た事ないな、と思ってね」


 もっと小規模な、個人で使う発電機で小さなランプに光りを灯す程度なら、ごく稀に見掛ける。


 それだって所詮金持ちの道楽品おもちゃで、実用的とは言い難い代物だった。


 これ程大掛かりな設備に、必要十分な電力を供給出来る物は見た事が無い。


 もし設備が有ったとしても、維持する知識を持った技師は、この星から居なくなって久しいと言うのに……


 ここネオジパングには、大掛かりな発電システムが有り、それをメンテナンス出来る技術者が存在している。


 ロストテクノロジーと思われていた物が、ここでは普通に動いている。


 アタシみたいな賞金稼ぎにとっちゃ、お宝の山に見えるよ。


 まあ、アタシのポッケには大き過ぎるけどね。


 メンテナンスルームの壁には、幾つもの大型モニター並び、数値化された街の状況や人々の暮らしが、代わる代わる映し出されていく。


 部屋の中央付近には医療用なのか、メンテナンス用なのか、金属製のベッドが二つ置かれ、そのベッドを囲む様に様々な装置が設置されている。


「メンテナンスルームと言うより司令室だね」


「実際それも兼ねています。この部屋なら居ながらにして、状況を把握し各所に指示を出す事が可能です。

 人と会う必要の無い公務の場合、私はここで執り行いま……」


 話の途中で、アマテラスが突然言葉を失う。


 様子がおかしい……


 アマテラスは腕をだらりと下げ、頭を項垂れた状態で微動だにしない。


 それも束の間、今度はギシギシと無理矢理身体を動かす様な、ぎこちない動きで顔を上げる。


 その顔は、貼り付けた様な無表情。


「貴方達を許さない……」


 表情とは裏腹に、絞り出す様に発せられた声には、怒りの感情がこもっていた。


「私からあの人を奪おうとする悪い人……

 私の命を奪おうとする悪い人……

 私は貴方達を許さない!」


 ヤバイ! また黒瑪瑙が出て来たの!?


 黒瑪瑙は、手近に有った金属製のパイプを手に取り、今にも襲い掛かって来そうである。


「落ち着いて! アナタ、黒瑪瑙ね?」


 まいった。武器の類は、屋敷の入り口で全て預けてしまった。


 何か武器になりそうな物は……


 辺りを見回すが、目ぼしい物は見当たらない。


 アタシの言葉になど耳を貸さず。そうしている間に、黒瑪瑙は鉄パイプを引きずりながら、ジリジリと近づいて来る。


「大丈夫だルビー君。アンドロイドは人を傷付けられない! 三原則と言うのが有って……」


 パールが好説を垂れている最中にも関わらず、黒瑪瑙は手にした鉄パイプを大きく上段に振り被り、アタシ目掛け振り下ろして来た。


「三原則はどうした!」


 パールの言葉のせいで、避けるタイミングを逃したアタシは、咄嗟に腕をクロスさせ、目を固く瞑り衝撃に備える。


 直後、ガキンッ! と言う音が鳴り響くが、一向に痛みは襲って来ない。


 目を開けると、まだまともな方の腕で鉄パイプを受け止める、サファイアの姿が有った。


「ルビーに手は出させない。ルビーは私が守る!」


「サファイア!」


「サファイア君、少しの間時間を稼いでくれ!」


 パールもそう叫び、端末に向かい何やらゴソゴソ始める。


 アタシも加勢しようとするが、鉄パイプを闇雲に振り回す黒瑪瑙に、近づく事すらできずに居た。


 なんて無力なの! 目の前でサファイアが滅多打ちにされてるって言うのに!


 銃が無ければ何も出来ない、自分の無力さ加減を噛み締めていると、後ろで何かやっていたパールが動く。


 その手にはケーブルの束が握られていた。


「サファイア君! 首の後ろ。外部端子!」


 そう叫びながら、ケーブルをサファイア目掛け放る。


 ケーブルの先端をキャッチしたサファイアは、暴れ回る黒瑪瑙の動きを止めるため、抱き付くように掴み掛かるが、抵抗は止まらない。


 それでも必死にしがみ付くサファイアの背中に、幾度もパイプが振り下ろされる。


 サファイア、もう少しだけ頑張って……今なら!


 アタシは黒瑪瑙の背後に回り、両脇から腕を差し込み羽交い締めにした。


 幾分動きは弱まったものの、タガの外れたアンドロイドと非力な人間とでは、力比べ等するまでも無い。


 今にも振り解かれそうなのを、渾身の力で必死に押さえ込む。


「サファイア、早く……」


 コクリと頷き、黒瑪瑙の背後へケーブルを持った腕を回すサファイア。


 ケーブル先端が首に触れた瞬間、黒瑪瑙の顔がアタシの方を向き、感情の消えた漆黒の瞳と視線が合う。

 

 首から上を180度回転させたのだ。


 怖っ!


 アンドロイドだと分かっていても、人そっくりに作られたモノが人外の動きをすると、恐ろしく異質な感覚に襲われるものだ。


 こちらを向いた黒瑪瑙は、口が裂けるのでは? と言う程大きく開けたかと思うと、アタシの肩口に噛み付いて来た!


「くっ!」


 黒瑪瑙の小さな歯が服を切り裂き、肉に食い込み、口の端から血が滴り落ちる。


 万力で締め付けられる様な力で、ズブズブと突き刺さっていく。肩の肉が喰いちぎられるまで、そう時間は無い。


 痛みで力が抜ける……ダメ! 今離したら次のチャンスはもう巡ってこない!


 永遠とも思える時間を、気力で耐える。


 すると突然、黒瑪瑙の力が抜け、アタシ、黒瑪瑙、サファイアが重なり合う様に、その場へ崩れ落ちた。


 黒瑪瑙の首からは、サファイアが手にしていたケーブルが生え、そのケーブルを辿れば、パールが操作する端末の一つに繋がっている。


「即興で組んだ物だったんだけどね。効果が有って良かったよ」


「これは? まさか殺したとかじゃ無いわよね?」


 いち早く起き上がったサファイアの手を借り、黒瑪瑙の下から這いずり出しながら、パールに質問をぶつける。


「まさか。運動制御プログラムと義体の接続を、強制的に切り離すウイルスを注入したのさ。

 彼女は今、意識は有るけど身体は一切動かせない。人間で言う所の金縛りに近い状態だね」


「そう……」


 ピクリとも動かなくなった黒瑪瑙を見下ろし、アタシは複雑な気持ちになる。


 あそこまで抵抗するなんて、余程消されるのが嫌なのね。


 当たり前か……


 パールが言っていた。人格を消すと言う事は、殺人に等しいって。


 誰だって殺されると知れば、必死に抵抗するのは当然の事。


「しかし参ったよ。まさか三原則に逆らって、人に襲い掛かって来るなんてね」


「それなら私にも経験が有る。あんな矛盾だらけの原始的プログラムに、強制力は無いに等しい」


 そう言いながら、自分の傷付いた腕を掲げて見せるサファイア。


「そうだったね。君達の様に強い感情を持つ個体には、安全装置としては些か脆弱だった様だ。次回は少し考え直すとしよう」


 僕としても、あんな古臭い命令プログラムを入れるのは反対だったんだけどね……


 と、小声で呟くパール。


「さて。では早速処置を始めよう。僕の即興ウイルスが何時迄も保つとは限らないからね。その前に……」


 言葉を途中で切り、アタシに真剣な表情を向けて来る。


「最終確認だ。『黒瑪瑙の人格、記憶を消去する』それで良いんだね? ルビー君」


「それを、アタシに決めろと?」


「それはそうだろう。これはアマテラスの願いと共に、君の願いでも有るのだから」


 願い……確かに。


 アマテラスの願いを叶えないと、サファイアを治す事が出来ない。

 だからアマテラスのお願いを聞くよう、パールに言った。


 つまりそれがアタシの願い……


 たまらず、サファイアの顔を見る。


 サファイアもアタシの事を見つめ返して来る。


 不安を露わにした表情で……


 この子にこんな顔をさせるなんて……ね。


 もう一度、動かなくなった黒瑪瑙を見る。


 うん。決めた!


 アタシの願いは……

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