第22話 サファイア・イン・ザ・スカイ

 目の前に広がるのは、黒い空間にワイヤフレームで構成され、規則正しく等間隔で建ち並ぶ四角く大きな建物。


 この星では先ず見る事の無いその建物は、地球に有ったビルディングと呼ばれる高層建造物。


 ここはアマテラスの中。


 より正確に言うと、アマテラスのAIが作り出した仮想空間。


 眼前に広がる景色は、アマテラスの元となったアマノ船長の記憶が作り出した幻。


 そんな中私は、宙に浮いた状態でビルディングを避けながら、背中から生えた白く大きな鳥の翼を広げ、縦横無尽に飛び回っている。


 勿論この翼で揚力を得ている訳では無い。


 これは、パールが用意したサポートプログラムの一つ。


 AI内を効率的に移動する為のプログラムを視覚化した物。


 メンテナンスルームのモニターに映し出された、私の姿を見たルビーは『天使みたいでステキよ!』と喜んでいた。


 急旋回や急制動をかけ、機動性のテストをしてみるが、そのどれもが私の意思に従い能力を遺憾無く発揮する。


 ビルの屋上に降り立ち一休みしつつ、各種パラメーターを確認しても、数値に異常は見られない。


 流石パール。とても即興で組んだとは思えない出来。


 腰に巻かれたガンベルトを見下ろし、銃のグリップにそっと触れる。


 そう言えば、ルビーも不安を感じた時に良くこうやってたっけ。


 変な癖だと思ってたけど、今こうして真似てみると何と無く安心出来る。


 ホルスターにはルビーが愛用しているシックススターが収められ、黒い輝きを放っていた。


 現実世界では身に付けた事の無い、人殺しの道具。


 人を傷付ける事の出来ないアンドロイドにとって無用の品。


 これもパールが作った、サポートプログラムの一つ。


 シックススターを抜き感触を確かめる。


 薔薇の花が刻まれたグリップ。これもルビーとお揃い。


 グリップを強く握ると、動物の骨から削り出したグリップパネルの感触と、金属で出来たフレームの冷たい感触が同時に伝わって来た。


 グリップパネルに大きく彫られた薔薇は、滑り止めも兼ねてたんだね。


 シリンダーを覗くと、円状に並ぶ6発の弾丸が確認出来た。


 この弾丸は、対象のプログラムを破壊する強力なウィルス弾で有る。


 外部からの侵入者を排除しようと襲いかかって来る、アンチウィルスプログラムに使用するが、それ以外のプログラムにも効果は有るので使用する際は細心の注意を払わなければならない。


 同じ弾丸が24発、ガンベルトに差し込まれている。


 銃に装填された6発と合わせ30発。


 それが現状、私に与えられた全ての武器……


 私をモニタリングしながら、随時新しいサポートプログラムを送ると言っていたけど、間に合うのかな?


 そこは“天才”パールを信用するしか無い。


 左の太腿には、小さなポーチが巻き付けられている。


 これは、サルベージした人格プログラムを持ち帰る為のストレージバック。


 手のひら程度の大きさながら、外部記憶装置に繋がっているので、どんな容量の大きいプログラムでも持って帰る事が出来る。


 どうやって使うのか尋ねたら『手で掴んでバックに放り込め』と、かなり雑な説明を受けた……


『こちらパール。状況はどうかな?』


「今の所抵抗は無い。これより深部に向かう」


『サファイア、気をつけてね』


「了解。ルビー」


 外部との通信も問題無い。


 現実世界で私の義体は、あのメンテナンスルームでアマテラスとケーブルで繋がれ、ベッドに横たわっている。


 物理回線による接続でAI内に侵入し、アマテラスと黒瑪瑙オニキスの人格プログラムを分離。アマテラスの人格及び記憶を持ち帰り、別の義体に移し替える。


 それが今回のミッション。


 当初は黒瑪瑙の人格プログラムを消去する予定だったけど、ルビーの思い付きで両方助ける事になったのだ。


          ✳︎


『パール。アナタ天才よね?

 ここに有る材料で、彼女の身体をもう一つ作れない?』


『君は何を唐突に……』


『両方助けたいの……アタシには、どちらかを消す何て選べない。

 だったらアマテラスから黒瑪瑙を取り出して、新しい身体に移せれば……それが出来るのは、生みの親のパール、アナタだけよ』


 ルビーは知らないのだ。自分が言っている事が如何に無理難題なのか。


 しかし、無知とは時に誰も思い付かないようなアイディアを生むものである。


『簡単に言ってくれるじゃ無いか。

 確かに君の言う通り、僕は天才で彼女達を設計したよ?

 だからと言ってそんな事が……いや、待てよ?』


 その後メンテナンスルーム内をくまなく探し回り、義体一体分の部品を確保。


 それぞれの部品は、四肢と身体、それに空のAIが入った頭と、ユニット単位になっていたので、繋ぎ合わせ人口皮膚を被せれば、簡単に出来上がった。


 最初はやや懐疑的なパールだったが、やると決まれば研究者魂に火がついたのか。


 お得意の即興プログラムで私をアマテラスに送り込むソフトと、その他必要そうなサポートプログラムを短時間で見事作り上げて見せた。


 さすが天才を自負するだけの事は有る。


 ルビーの無理難題を、いとも容易たやすく実現したパールだが「運が味方した」とも言える。


 ここにはルビーの思い付きを実現する為の、材料、機材、そして人材の全てが揃っていた。


『さて、これで準備は整った。後は僕達の覚悟だけだよ』


『覚悟?』


『そう。何度も言っているが、これからやる事は前例が無い。成功するかどうか僕にも予想が付かないんだ。

 そして外部からの操作だけでは、流石の僕でも正直難しい。

 なのでサファイア君をアマテラスの中に送り込み、AI内部から人格と記憶を直接サルベージして貰う事になる』


『……それってサファイアに危険は無いの?』


『勿論有る。AIには外部からの侵入に対しての保護プログラム、所謂アンチウィルスプログラムが存在する。

 それに攻撃を受ければ、サファイア君の人格プログラムが破壊される可能性も有る』


『そんな!』


『なので対抗出来るサポートプログラムも準備した。後は僕達……いや君の覚悟だけだ。

 彼女達を救う為、サファイア君を死地に送り込む。

 さあ、ゴーサインを出したまえ』


 そう言って、パールは意地の悪い笑みを浮かべる。


 ここに来て、なお逡巡しているルビーの手を強く握り、力強く頷いて見せるとルビーの迷いも吹っ切れたようだ。


『パール、そしてサファイア。アタシはアナタ達を信じる。作戦決行よ!』


『良し決まりだ。ああ、それと……持ち帰る人格プログラムはアマテラス……アマノ船長の方にしてくれ。

 僕に少し考えが有る』


          ✳︎


 少し前のやり取りをプレイバックし、ミッションの再確認を完了させる。


 ビルから飛び立った私は、ワイヤフレームの摩天楼を飛び越え、AI深部を目指し加速。


 ビル群を抜けた所で一度速度を緩め、空中に停滞する。


 景色が一変したからだ。


 今度の景色は良く見慣れた風景。


 空間に色が付き、今までの高精細とは言えないワイヤフレームの景色から、よりリアルな風景となって再現されている。


 砂と岩山に覆われ、荒涼とした大地。


 人が生きて行くには、余りにも過酷な環境。


 そんな中、遥か向こうに白く輝く、巨大な人工物が見て取れた。


 カメラの望遠機能を最大まで上げ確認すれば、船体番号からネオジパングの基部となった移民船だと分かる。


 この景色はアマノ船長がXIIアースに到着した時、目にした物なのか。


 永遠とも思える長い旅路の果て、辿り着いたのがこんな死の星。


 アマノ船長は何を思い、何を考えたのだろうか……


 感慨にふけていると、移民船の方から何かがこちらに向け、高速で接近して来るのが見える。


 身の丈ほど有る灰色がかった球体から二本の腕が生え、その腕の先端は銃口の付いた円柱状になっている。


 球体の正面には赤く無機質なカメラレンズが一つ、不気味な光を発していた。


 アンチウィルスプログラム。


 外部から侵入した敵性プログラムを排除する、攻勢プログラム……


「ガイブヨリシンニュウヲカクニン。ハイジョコウドウニイコウ」


 男性とも女性ともつかぬ機械的な音声と共に、私に向けられた銃口が火を吹く。


 途切れる事の無い連続的な発砲音。


 発射された弾丸は、レーザーを彷彿させる赤い光の線状に視覚化され、次々と私に降り注いで来る。


 咄嗟に真上へ上昇し、右へ左へ急旋回を繰り返しながら、何とか凶弾を避けるが絶え間無い攻撃が続き、反撃の隙を見付けられない。


『サファイア君、反撃したまえ!』


「不可能。回避するのに精一杯」


『大丈夫! 僕を信じろ。君を裸で送り出した訳じゃ無い』


 パールの声と共に、私の視覚内に何かしらの数値が表示される。


 SP 100/100

 HP 100/100


「これは何?」


『君の耐久度を数値的に表したものだ。SPはシールドポイント、君の周りに見えない壁が有ると思って良い。攻撃を受けると、先ずそれが減少する。HPは君自身の体力だ、SPが全て消費され更にダメージを受けるとそれが減り、全て0になると……』


「私は死ぬ?」


『それは最悪の場合だ。僕の予想だとアマテラスのAIから強制的にはじき出され、元の身体に強制送還される……と思う。その際もしかしたら君の人格プログラムに多少のダメージが残るかも知れない』


「了解した」


 私は空中で急制動を掛け、後ろから追いかけて来ていたアンチウィルスと、正面から対峙する。


 私の耐久度が視覚化された影響か、アンチウィルスの頭上にも、私と同じ様な数値が表示されていた。


 HP 30/30


 シールドは無し、体力も私に比べると随分少ない。


 アンチウィルスの放った弾丸が私に迫り来る。


 私は避けず、それが着弾するのを敢えて待ち構えていると、身体に到達する数十センチ手前で見えない壁に阻まれ、バチバチと音を立て弾け飛んだ。


 SP 85/100

 HP 100/100


 どうやらアンチウィルスの弾丸は、SPを僅かに減らす程度の威力しか無いようだ。


 今度はこちらの番。


 ホルスターからシックススターを引き抜き、ハンマーを起こし狙いを定める。


 その間にも、アンチウィルスの放つ弾丸がSPを削り続けていく。


 SP 60/100

 HP 100/100


 トリガーに掛けた指に力を込める。


 刹那、シックススターは轟音とも呼べる発砲音を轟かせ、余りの衝撃に反動を逃しきれず、銃口は高く持ち上げられ真上を向いてしまった。


 アンチウィルスの放つ弾丸とは、比べるまでも無い、極太のレーザーと化したシックススターの弾丸。しかし狙った所とは全く違う、今さっき抜けて来たビルの壁に着弾し、人一人通れる程の大穴を開ける。


「当たらない。そして強力過ぎる」


『あーすまない。僕も感覚で組んだからね。数値の設定を少し大きくし過ぎたみたいだ。

 当たらないのは少し待て。今、射撃サポートプログラムを送り込んでやる』


 少し? 少しどころじゃ無い。


 こんな物無闇に乱射したら、大切な人格プログラムまで破壊しかねない。


 無駄にSPを消費させない為、回避行動をしつつパールからの連絡を待つが、避けきれず数発貰ってしまい、更にSPが減少した。


 SP 30/100

 HP 100/100


『お待たせ。射撃サポートプログラムを送り込んだ』


 パールの努めて冷静な声と共に、私の右目周辺にキラキラとした光の粒子が集まったかと思うと、それは丸い片眼鏡モノクルの形状で固定される。


『スマートリンクシステムだ。君の視線と腕の動きを連動した。

 君は敵を見て、トリガーを引くだけで良い』


 敵を見て……


 再び急制動を掛け背後を振り返り……


 トリガーを引く!


 シックススターが二度目の咆哮をあげ、放たれた弾丸は今度は狙い違わずアンチウィルスの胴体中央に命中。


 アンチウィルスは、パリンっとガラスが割れる様な音と共に光の粒子となり霧散した。


『サファイアやったわね!』


『サファイア君、初キルおめでとう』


 こうして私の初戦闘は、余り実感の無いまま終了した。


 戻ったらルビーに銃の撃ち方を教えて貰おう……

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