第23話 全てをやり遂げて必ず帰るから

 アンチウィルスを撃破し一息……と、行きたい所だったけど、残念ながらそうもいかない。


「シンニュウシャ、ハイジョ」


「シンニュウシャ、ハイジョ」


「シンニュウシャ、ハイジョ」


「シンニュウシャ、ハイジョ」


…………

……


 先程の騒ぎを聞き付けたのか、アンチウィルスが大挙してこちらに向かって来るのが見える。


「戦闘続行」


 シックススターから二発分の空薬莢を抜き取り、ベルトから取り出した新しい弾丸と交換、ハーフコックのハンマーをフルコック状態にする。


 数は、25……30体。一体に一発使っていたのでは弾が足りない。ここで使い切る訳にも行かないし……


 でも、このシックススターの攻撃力なら……


 相手の射程距離は先の戦闘で既に把握済み、こっちの方が遥かに遠くから迎撃出来る。


 かと言って、のんびりはしていられない。

 

 幸いSPは時間と共に回復する仕組みらしく、今はフルに近い状態へ戻っているが、あの数から一斉に攻撃を受ければ、シールド等一瞬で消え去ってしまうだろう。


 私は持てる演算能力を全て注ぎ込み、アンチウィルスの軌道シミュレーションを始める。


 私の様な思考型AIと言うわけでは無い、ただのプログラムに過ぎないアンチウィルスなら、決められた一定のパターンで動いているはず。


 しかし、改めてアンチウィルスを観察してみると、動きは至極単純という事が分かる。


 どの個体も私目掛け、大した回避行動もせず一直線に突っ込んで来るのだ。


 どうやら、頭が良いプログラムとは言えないみたい、助かるけど。


 軌道シミュレート、未来予測完了……そこっ!


 シックススターから放たれた一撃は、5体のアンチウィルスを一度に貫き、あっさりと光の粒子に変える。


 後25体……


          ✳︎


 フラフラと地面に降り立ち、状況を確認する。


 移動用プログラムの翼は、片方が根元から消失し、残る片方にも所々穴が空いていた。


 何とかここまで辿り着けたけど、もう一度飛ぶ事は出来ないだろう。


 SPは既に0になり、未だ回復する素振りを見せない。


 一度0になると、回復に時間が掛かるらしい。


 体力を示すHPの数値も、半分を切る程まで下がっており、何とも心許ない。


 被弾した箇所を調べる。左肩と右の脇腹が、まるで抉り取られたかの様に、半円状の部分消失をおこしている。


 が、不思議と痛みは感じないし、腕をグルグル回したり、身体を捻ってみたりしたが機能不全も起きていない。


 この空間では、いくら身体が傷付こうとHPが0にならない限り、無傷の時と全く同じコンディションで動く事が出来ると言う事だ。


 つまり、私はまだ戦える。


 手足を失う様なダメージを受ければ、その限りでは無いかも知れないけど……


 それは今考えない事とする。


 しかし、翼の状態を考えると、それは私の身体にだけ言える事で、サポートプログラムに関しては、ダメージを受けすぎると機能しなくなるようだ。


 幸い攻撃用のシックススターと、サルベージ用のストレージバックに被弾箇所は無い。


 ただシックススターの残弾は、シリンダーに装填されている四発だけ。


 初手こそ上手く行ったものの、その後は突然動きが変わり、予測の難しいランダム軌道や、複数機によるコンビネーション。仕舞いには、近距離で自爆と、やたらバリエーション豊富な攻撃へシフトしたのだ。


 頭の悪いプログラムだとタカを括っていたけど、良く考えたらアンチウィルスもパールが作ったプログラム。


 頭が悪いフリをするなど、なんとも意地の悪い。製作者のひねくれ具合が垣間見えると言うものだ。


 シックススターの攻撃力にモノを言わせて何とか切り抜けけど、結局今の状態。それでも……


 任務の遂行は可能と判断。


『サファイア大丈夫!? あ〜もうこん所で見てるだけ何て耐えられない! アタシもそっちに行く!』


『ルビー君、落ち着きたまえ。人間の君が行ける訳無いだろう』


 興奮気味のルビーと、呆れた感じの製作者パールの声。


 二人の声を聞くと、緊張していた表情筋が動き頬が緩む。


「私は平気。ルビー、私を信じて待ってて。

 必ず生きて帰るから」


『あ〜サファイア君。それはフラグと言ってだね……まあ、良い。

 ほら、ルビー君。サファイア君が、ああ言ってるんだ。暴れるのは辞めたまえ』


『暴れてはいないでしょ! 分かったわ……サファイア、必ず無事に帰って来るのよ。

 良いわね?』


「了解。ルビー」


 何とも賑やかな通信だったけど、随分気持ちは軽くなった。


 私には帰る場所と、待っててくれる人が居る。ルビー、必ずミッションを成功させて戻るからね。


 空を見上げる様に上を向く。


 視界に写るのは無機質な白い壁を思わせる、端から端が見えない程巨大な体躯を持つ宇宙船の外壁。


 ノア級恒星間移民船<大和やまと号>が、半ば砂に埋もれ静かに横たわっているのだった。


          ✳︎


 ここまで辿り着いたけど、ここからが本番。


 飛んでいる時に上空からザッと周囲を確認してみたが、この仮想空間は大和号を中心に広がっているようだった。


 アンチウィルスの数から、周囲の警戒レベルもかなり高い。


 黒瑪瑙オニキスとアマノ船長の人格プログラムは、この中に違い無い。


 ここに無いとなると、広大な仮想空間を移動サポートプログラムも無いまま右往左往する事になるので、希望的観測も多大に含まれるのだけど……


 何にしろ、確認するには先ずは船内に入らないとお話にならない。


 仮想空間の中で、どれ程船体の構造が再現されているのか分からないが、外壁にある筈のアクセスポートを探す。


 通常、昇降口を外から開ける事は殆ど無いのだが、メンテナンスや緊急時に使用する外部端子は存在する。


 アマノ船長が存在を知っていれば、再現されている可能性は高い……


 たとえ再現されていたとしても、私のアクセス権限が通用するか疑問では有るけど、取り敢えず試してみよう。


 最悪の場合、外壁に穴を開けての侵入も考慮しなければ成らない……


 シックススターのグリップを、撫でる様に触る。


 果たして、恒星間移民船の外殻に穴を開ける程のダメージを与えられるのか、逆にオーバーダメージで不要な場所にまで損害を出さないだろうか。


 疑問や不安は多いけれども、ここまで来たらやれる事をやるしか無い。


 しかし、私のそう言った心配事は全て杞憂に終わる。


 開かれたハッチ、そこからまるで招き入れるかの様に、地上までタラップが降りているのを見付けたから。


 誘われていると考えるのが妥当。


 罠かも知れない。


 それとも私との決着を付ける為?


 懸念は尽きないけど……


『その誘い乗った!』


 ルビーならきっと、そう言うよね。


 タラップに足を掛け、一歩ずつ踏み締める様に登っていく。


 ハッチの向こうで待ち受けるのは果たして……


          ✳︎


 船内に足を踏み入れる。


 エアロックになっている二重扉は両方とも開け放たれ、奥には船外活動服の掛けられた待機スペースが見える。


 今の所、周囲に敵性反応は感知できない。


 センサーをフル稼働させ、辺りを探ってみても人の気配は感じられ無い。


 静かな空間に機関部が発するウォンウォンと言う音が、僅かながら響くだけ。


 待機スペースを抜け、通路に出てみても状況は変わらない。


 この寂しい世界がアマノ船長の記憶なのだろうか?


 ふと、視界の端に人影を捉えた。


 通路を曲がり消える人影を、足早に追いかける。


 曲がり角に背を預け、ホルスターからシックススターを抜き、両手で握り直す。


 そっと通路の奥を覗き見ると、誰かが立ち話をしている後ろ姿が見えた。


 黒髪を肩に掛から無い位のショートに切り揃え、ルビーと同じ程度の身長だけど、やや猫背気味なため小さく見える。


 上は白のタンクトップだけ、船長服と思われる上着は腰に巻かれ袖で縛り付けられていた。ズボンは流石に履いているが、何故か靴は履いておらず、通路に裸足で立っている。


 背格好からしてアマノ船長だろうか?


『やあ黒瑪瑙、今日も変わらずカワイイね』


『アマノ船長。船内チェック完了しました。異常有りません。

 それと、何度も言っていますが船長服を身に付けて下さい。後、靴を履いて下さい』


 話し相手は黒瑪瑙! ターゲットの二人をアッサリ見つけてしまった……?


 しかし何処かおかしい。あれだけの騒ぎを起こしたのに気が付いていない?


『だから身に付けているよ? 船長服』


 そう言いながら、腰の上着を摘み上げるアマノ船長。


 靴の件は、あえて触れない様子。


『きちんと着て下さい。誰かに見られたら船長の品位が疑われます』


 頭をポリポリと掻きながら、うーんと唸る。


『この服堅苦しくって、余り好きじゃ無いんだよね〜、来てるだけで肩が凝るって言うかさ〜。それに、他の人はまだ皆んな寝てるから誰にも見られ無いし……』


『そう言う事を言ってるのでは有りません。

 船長は常に規律を重んじ、皆の手本とならなくてはならないのです……

 船長。身体の汚染度が上がっています……シャワーは浴びましたか?』


『あはは〜今日はまだ……』


『何日浴びて無いのですか?』


『……船内時間で三日?』


『直ぐに浴びて下さい! じゃ無いと……』


 黒瑪瑙がアマノ船長から視線を外し、俯き加減で僅かに口を尖らせ。


『もう、一緒に寝てあげませんよ?』


『それは嫌だな。うん、直ぐに浴びるとしよう。何なら一緒に浴びる?』


『私はまだ仕事が有ります。そう言った行為は就業時間が終わってからにして下さい』


『りょーかい、副長殿』


 おちゃらけた感じで敬礼をして見せるアマノ船長に対し、黒瑪瑙はクスリと笑う。


 黒瑪瑙とアマノ船長が、一体どれだけの時間を共に過ごしたかは分からない。


 でも、少なくとも感情を得る位には成長している。


 そして、上官と部下だけでは言い表せない親密な仲の様だ。


 そんな二人の姿が、まるで一時停止したかの様に静止したかと思うと、次の瞬間パッと消え失せる。


 そして……


 背後からペタペタと聴こえる足音。


 振り向くと同時に、先程と同じ格好をしたアマノ船長が、私に目もくれず通過して行った。


『やあ黒瑪瑙、今日も変わらずカワイイね』


 目の前で、ついさっき行われたやり取りが再び始まる。


 ……そうか、これは黒瑪瑙の記憶なんだ。


 きっと、黒瑪瑙にとって大切な、忘れたく無い記憶……


 それを、何度もリプレイしているのだ。


 ならば本物の二人は一体どこに?


 私は迷う事なく歩を進める。


 現実世界で、メンテナンスルームへ向かう途中に見掛けた船長室へ……

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