第24話 思い出は貴方と共に

 ノア級は本来、単艦で大量のスリーパーを運ぶ事を目的とした移民船。


 船団の中でも一際大きな船体は、全長6000メートルにも及ぶ。


 しかし、その巨大な船体の後部2割は、その巨体を動かすための大型核融合パルスエンジンや推進剤等の機関部が占め、船体中央7割をスリーパーの眠る冷凍睡眠カプセルが占めている。


 そして残りの僅か1割が、その他の施設。


 操舵室、医務室、研究室……


 そして、メンテナンスルームと私が目指す船長室で有る。


 幸運にも船首に比較的近いハッチから船内に入る事が出来たので、移動に手こずる事もない。


 通路はほぼ一本道、船内の構造もデータとして把握している。


 迷う事は無い、けど……


 目的の場所に辿り着くまで、黒瑪瑙オニキスの物で有ろう数々の思い出を見せられる事になるのだった……


          ✳︎


『お早う、黒瑪瑙。朝食は何かな?』


『船長、おはよう御座います。今朝も昨日と同じ化学合成食です』


『食事に拘りは無いけれど、流石に毎日同じだと飽きるね〜……そうだ! 黒瑪瑙、食事作ってよ』


『レシピは有りますが、材料が有りませんよ、船長』


『それなら大丈夫。実はね……』


          ✳︎


『船長! 何故裸なんですか!』


『いや〜シャワーを浴びたんだけど、着替えを忘れてね』


『何故わざわざこちらのシャワールームを?  

 船長室に備え付けのシャワーを使わなかったのですか?』


『今使えないんだよね〜……』


『……後程片付けに参りますからね』


          ✳︎


『また徹夜ですか? 良い加減にしないと本当に体調を崩しますよ?』


『もう少しで結果が出そうなんだよ。この荒れた大地でも育つ植物のね』


『例のイモですか?』


『そう! これが完成すれば食料問題に終止符を打てる! 

 そうすれば乗員達を、やっと起こす事が出来るよ。

 そうだ! データは他の船にも送って、平行実験してもらおう』


『いつに無くやる気ですね、本音は?』


『化学合成食飽きた』


『こっそり持ち込んだ食材、使い切りましたからね。でもバレたら大変ですよ? 冷凍睡眠カプセルを一台、無断で冷凍庫にするなんて』


『船長特権! って言うか、誰にバレるって言うのさ』


          ✳︎


『船の外殻を使って……ですか?』


『そう! 街をすっぽり覆う様に壁と天井を作るんだ。そうすれば砂嵐や外敵から街を守れるからね』


『悪い案だとは思いませんが、膨大な作業量ですよ? 物資も不足するかも知れません』


『作業量は無人の工作ロボットを使うし、物資は大丈夫。

 この船は呆れる程大きいからね! 材料には事欠かないよ。

 ああそれと、機関部は残して発電機に転用する予定だから』


『……大丈夫でしょうか?』


『ザックリだけど計算したから大丈夫。

 私を信じなって、私はこれでも地球で二番目の天才だよ?』


『自称ですか?』


『いや違うね。地球で一番の天才から、お墨付きをもらったからさ!』


          ✳︎


『船長。業務時間終了です。本日もお疲れ様でした』


『名前……』


『……え?』


『業務時間終わったんだから名前で呼んでよ。さん、はい!』


『テ……テリュミ』


『なんで噛んだし……』


『噛んでません!』


『顔真っ赤にして否定されても……全く、黒瑪瑙は可愛いな〜』


『もう知りません!』


          ✳︎


『アマテラス、ってどうかな?』


天照大御神あまてらすおおみかみがどうかしたのですか?』


『皆んなを目覚めさせて、私が市長になった時に名乗る名前』


『神様になりたいのですか?』


『神様って言うか、シンボル? みたいな。

 幸い日本人ばかりの船だし、有名人だから誰でも知ってるでしょ?

 こんな過酷な星で生きていかなきゃならないんだ。すがる相手は必要かなって』


『天野照美でアマテラス……

 少々安直では?』


『……否定はしない』


…………

……


 等々。


 二人は随分楽しくやっていたみたい。


 少し羨ましいかな……ううん、私とルビーだって負けて無い!


 船長室までもう少し。サッサと任務を終えて、ルビーの所に戻ろう!


 この角を曲がれば……え?


 本当なら、長い通路が有って途中に船長の私室と黒瑪瑙の部屋。突き当たりにメンテナンスルームとなっているはず。


 なのに私が目にしたのは、確かに通路は有るけど、左右の壁に大量の箱が並べられている通路。


 これは何? 何かのトラップ?


 慎重に箱へ近づいてみると、箱は金属製で小型の金庫に見える。


 蓋には南京錠が掛けられているけれど、力を込めれば多分壊せそう。


 試しに一つ握り力を込めてみると、パリンッと砕け光の粒子になって消えた。


 迂闊に開けて大丈夫だろうか?


 まだトラップと言う可能性は残っている。


 開けた途端、大爆発とか……


 それは無いかな? こんな所で爆発なんか起こそうものなら、黒瑪瑙の大切な思い出まで消えかねない。


 思い切って蓋を開けてみるが、特に何も起きない。


 恐る恐る中を確認すると、箱の中には、小さなカケラが一つ入っていた。


 摘み上げてみると、大きさの割にズッシリと重い。


 パズルの……ピース?


 形状はパズルのピースに酷似しているが、両面共黒一色で何かしらの絵柄がある訳では無い。


 多分何かのデータだと思うけど……


「パール。これが何か分かる?」


『ふむ。調べてみよう。サファイア君は他の箱も確認してくれ』


「了解」


 並べられた箱の鍵を、手当たり次第に握り潰し中を確認すると、やはり同じ様なパズルのピースが収められていた。


          ✳︎


「ふむ。どれどれ……これは何かしらの圧縮されたデータの断片だな。解凍してみるか……なんだ、プロテクトも掛けられていないとは無用心な」


 サファイアから送られて来た「何か」を調べ始めたパールは、ブツブツと独り言を呟きながら作業を進めているが、その内容をアタシは、これっぽっちも理解出来ずにいた。


「チョット、パール。アタシにも分かる様に説明してよ!」


「待ちたまえ、もう少しで解凍が終わ……うん、終わったね。モニターに出すよ」


 何やら出鱈目な数字の羅列が映し出されていた画面が一変し、映像を写し出す。


 清潔そうな室内に、大小様々な見慣れぬ装置が詰め込まれ、その装置に埋もれるように部屋の中で机に向かう小柄な人物は……パール?


『初めまして! ドクター……』


『出て行ってくれ』


 画面の中のパールは、机に向かったまま動かず。


 挨拶の途中だと言うのに、被せ気味に声の主に冷たい返事を浴びせる。


『あはは〜、お噂通り手厳しい。

 私は、日本から技術交換でやってまいりました、ドクターアマノです!

 宜しくお願いします』


 画面のパールがやっと声の主、アマノ船長を見る。


 メガネの奥、色濃いクマが現れたその目には、不信感に満ちていた。


『君も僕を笑いに来たのだろう?』


『は? 何です?』


『この研究所に居る他の研究員は、僕を見てくれだけで判断し、能無しと決め付けた。

 こんなガキのような身体しか持たない半端者に、何も期待出来ない。とね』


 そう言って、また机に向き直ってしまうパール。


『そんなの、ただのやっかみじゃ無いですか……

 私はドクターの論文は全て目を通しました。どれも素晴らしい内容で痛く感銘を受けました。

 今回の技術交換も、ドクターに会いたくて自ら志願した位です』


『そうか、なら失望しただろ? すまなかったね、こんなチンチクリンで』


『失望なんてとんでもない! 可愛らしくてむしろ興ふ……いえ、あの、今のは忘れて下さい……』


 そんな言葉を耳にし、暫し呆然としていたパールだが急に吹き出し、腹を抱えてブルブルと身体を震えさす。


『クックックッ……いや、済まない。寝不足で笑いの沸点が異常に低くなっていたみたいだ。

 でも、おかげで久しぶりに笑えたよ。

 君は正直な人間のようだ。

 僕の研究室にようこそ。ドクターアマノ』


 そう言って差し出された右手を、アマノ船長は両手で握りしめ、熱烈な握手を交わす。


『光栄です!』


『ふむ。所でさっき、僕の論文に感銘を受けたと言っていたが、本当かい?』


『はい! 特に次世代型自立思考アンドロイドに搭載する、ハイパーニューロン回路については、十分な設備と資金さえ有れば直ぐにでも実現可能だと……あっでも回路生成段階で少し気になった所も有るので、そこを修正すれば……』


『ほぅ……』


 パールのメガネがキラリと光り、目をスッと細める。


『あっ! 出過ぎた意見でした! 失礼しました!』


『いや、君は僕の論文を正しく理解し、修正箇所まで指摘して見せた。

 そして、ここに有るのが正に君が指摘した所を修正した仕様書だ。

 ……見るかね?』


 パールの手には「-CFMS-Central fleet management system(船団集中管理システム)と、表紙に書かれた分厚い冊子が。


『これは……』


『近々発表が有ると思うけどね。移民と称して、人間を宇宙にばら撒く計画が有るのさ。政府が秘密裏に進めているモノだがね。

 こんなご時世、ロボットを作るから金を出せ、と言っても誰も出しやしない。

 だから、その移民船に組み込むシステムの一環として設計したのが、最新の第六世代型アンドロイド、CFMSだ。見るかね?』


『は、はい!』


 アマノ船長が冊子を取ろうと手を伸ばした瞬間、パールはサッと持ち上げその手から遠ざける。


『ただし、これはまだ発表前の物で、ここに書かれている内容はこの紙束と……』


 頭を人差し指でトントン叩きながら、


『僕の頭の中にしか無い。どう言うことか分かるね?』


『……はい』


『よろしい。ではこの瞬間から、君は僕の助手だ』


『わ、私にドクターの助手が務まるでしょうか……』


『なに、心配は要らない。僕が保証しよう。

 君は地球で二番目の天才だ』


 そこで画面は暗転し、メンテナンスルームに静寂が訪れる。


「これって……」


 パールを見ると、今にも泣き出しそうな、それでいて古い友人にでも会った時のような優しい笑みを浮かべ、黒い画面を見つめている。


「はは……アマノの奴。覚えてたのか……全く恥ずかしい記憶だよ……」


 パールの頬を一筋の涙が伝う。


 それを見て、居ても立っても居られず、パールをそっと抱きしめた。


 この瞬間まで、パールはこの星に一人。誰も自分の事など知らぬ、孤独な存在だった。


「パール、これがそうなのね?」


 でも、今は違う。


「ああ、間違い無い。

 これはアマノ君の記憶だ」


          ✳︎


『サファイア君。そこに有るピースを全て回収し、ストレージバックへ入れてくれ』


「どう言うこと?」


『細切れにされ、更に高圧縮されているが紛れも無い。

 それは僕達が探し求めていた物の一つ……

 アマノ船長の記憶だ』


 ピースの回収は時間は掛かったものの、手間取る事は無かった。


 後はアマノ船長の人格プログラムだけ。


 それさえサルベージ出来れば、任務は完了する。


 箱の並べられていた通路を抜けると、記憶に新しい本来の通路に変わった。


 そのまま通路を進むと、やがて向かい合わせの扉が見えて来る。


 向かって右が船長の私室……


 扉に近づくと、左側の扉、黒瑪瑙の部屋の扉が開いている事に気がつく。


 銃を手に、開け放たれた扉にゆっくりと近付き室内を伺う。


 部屋の中は何も無い、明かりすら存在しない薄暗い空間が有るだけで、黒瑪瑙の姿も当然見当たらない。


 あんなに思い出が有って、なぜこの部屋はこんなに寂しげなの?


 本来の部屋に何も無かった訳では有るまい。


 第一、あれ程黒瑪瑙を大切にしていたアマノ船長が、こんな何も無い部屋を与えるはずが無い。


 あくまでこれは黒瑪瑙が作り出したイメージなのだ。


 何も無いと思っていた部屋だけど、足元に何か落ちているのに気が付く。


 しゃがんで手に取ってみると、クシャクシャに丸められた紙片。


 破けないようにそっと広げてみると、それは扉に貼られていた手書きのネームプレートだった。


 黒瑪瑙……一体何が有ったの?


 立ち上がり回れ右をすると『船長室<アマノ・テルミ>』と書かれたドアに近付き、開閉スイッチに指を近付ける。


『そこに居るのは黒瑪瑙……では無いね。さっきから外を騒がせているお嬢さんかな?』


 スイッチに触れる直前、ドアの横に備えられたインターフォンから声が流れ出した。


『ああ、驚かしちゃったかな? ごめんね。

 入っておいで』


 まさか呼び掛けられるとは思っておらず、少々肝を冷やしたが、意を決してスイッチに触れると、ドアはすんなり開き私を迎え入れる。


 部屋の中は、さっき目にした黒瑪瑙の部屋とは対照的に、さほど広く無い空間に色々な装置や実験器具が乱雑に詰め込まれ、床には本や書類が散らかり放題となっていて、それら踏まずに奥へ進むのは苦労しそうな状態だった。


「こっちだよ、構わないから来たまえ」


 ならばと、私は床に散らばる物にも構わず、部屋の奥に有るもう一つの扉まで歩を進める。


 私が近づくと扉は勝手に開き、寝室と思われる室内をあらわにした。


「初めまして、お嬢さん。え〜と確か君は……サファイアちゃんだっけ? 会えて嬉しいよ」


 先程からの声の主、彼女はベッドに浅く腰掛け、組んだ足に片肘を乗せ頬杖を付いた状態で私を見上げていた。


 年の頃は30台半ば、余り手入れの行き届いているとは言えない黒髪を、無造作に束ね右肩に垂らしている。


 上半身は白い無地のタンクトップ。下半身にはミリタリーパンツを履き、室内だから構わないが、やはり裸足だった。


 ここへたどり着くまでに、何度も見せられた人物。


「初めまして。貴方を迎えに来ました。

 アマノ船長」

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