第25話 僕は友人で有る君に会いたいだけだ
「初めまして。貴方を迎えに来ました。
アマノ船長」
「迎え? 消去じゃ無く?
いや、まあ、君らが外で話していたのを聞いていたから知ってるんだけどね」
「聞こえてたんですか?」
「勿論、そこのモニターを付ければ聞くことも、見ることも出来るよ。
まあ見聞きするのは、私の気分次第だけど」
壁に埋め込まれたモニターを指差しながら、そう教えてくれる。
どうやら、記憶の共有をしているのは間違い無い様子。ならば話しが早い。
「でも、残念ながら私はここを動けないんだ。わざわざ来てもらったのに申し訳ない」
「何故です?
「それは……無くも無いかな?
でもね、理由はもっと他に有るんだ」
煮え切らない受け答えに、やや感情が昂って来る。
私は、早く任務を終わらせて、ルビーの元に帰りたいと言うのに!
「何です? はっきり言って下さい!
大概の問題は私達がなんとかします」
イライラしながらも、努めて冷静に聞こうとするも、どうしても感情が表に溢れ出してしまう。
「……私はね、君達が思っているようなモノじゃ無いんだ」
……?
「私は、アマノテルミの人格じゃ無い。
アマノテルミの記憶と黒瑪瑙の記憶から作り出された、ただのアバター。幻影に過ぎないのさ」
「そんな! じゃあ……」
「そう。私を連れ帰った所で、アマノテルミを復活させる事は出来ないって事さ」
そんな……私達の苦労は水の泡?
『サファイア君。モニターの電源を入れてくれるかな?』
唐突にパールからの要請が入る。
アマノ船長との会話は聞いていたはず。何か考えが有るのだろうか?
「パールが貴方と話したいって」
「パール?」
私は、アマノ船長の返事を待たず、外部に繋がっていると言うモニターのスイッチを入れた。
画面が暗転したままなのは、アマテラスが目を瞑っているせいだろう。
『やあ。久しぶりだねアマノ君』
「その声は……お久しぶりです、ドクター。
今はパールと名乗っているんでしたね」
『本当の名前なんて、ここでは意味が無いからね。どうだい? なかなか可愛らしいだろ?』
「ドクターは昔から可愛らしいですよ」
そう言って顔を
「あの時は突然居なくなって済みません。日本政府から、緊急の帰還命令が出たので……」
『事情は察するよ。移民船の船長を任せられたのだから、研究所で缶詰めになっている場合じゃ無い。やはり君は僕が見込んだ通り、優秀な人材だった訳だ』
「私としてはドクターを愛でながら、一緒に研究を続けたかったんですけどね」
おどけた態度だけど、多分言っている事は本心なのだろう。
『ふむ。君をこっちに連れて来ると、貞操に不安を覚えるね。やはり考え直そうか』
「心配いりません。私はここから出れません。所詮紛い物ですから」
『何故、人格も移さなかったのかな?』
パールの問い掛けに、今までの柔和な笑みを引っ込め、表情を引き締める。
「技術的な問題と物理的な問題、後は倫理的な問題ですね」
『ふむ。技術的な問題、記憶の保存には成功したのだろ? 君の技術を持ってすれば、人格の保存も出来たのでは?
物理的な問題ね、黒瑪瑙の記憶容量の事だろうが、外部に保存も出来たはずだ。
倫理的な問題? 科学者が何を言っているんだ。そんな物、犬にでも食わせてしまえ』
顎に手を当て、ウームと唸るアマノ船長。
「相変わらず手厳しい。本当の事を言えば、必要無いと判断したからです。私が居なくなっても、後継者を育てる為なら、記憶さえあれば可能だと思ったんです。
それに私は、永遠の命を欲した訳じゃ無い」
『ふむ。神様の名を騙り、自分を神格化までしておいてか?』
「それは、まあ……語呂合わせと言うか、悪ノリと言うか、ハハハ〜」
頭をポリポリかきながら、バツが悪そうに笑っているが、まんざらでも無さそう。
黒瑪瑙に見せられた記憶にも有ったけど、やはりその位のカリスマは必要だったのだろう。
それ程この星の環境は過酷なのだ。
『ふむ。その辺の些細な事は、取り敢えず置いておこう』
今までのやり取りが些細な事って……
『では問おう。人格とは何かな?』
「哲学ですか?」
『いや、もっと単純なものだ。人格形成に必要なものは何かな?』
「そうですね……経験や体験でしょうか」
『そうだね。では、経験や体験は……』
「記憶として残る。だから記憶から作られた私は人格そのもの……とでも言いたいんですか?」
パールの言葉に、やや被せ気味に答えるアマノ船長。その後、満足げなパールの声が続く。
『ふふん。分かってるじゃないか。
しかし、それだけでは無い。君は言ったね? アマノテルミと黒瑪瑙の記憶から作られた、と。
通常、記憶というのは主観的な物だ。にも関わらず、君には客観的な記憶まで存在する』
「何が言いたいんです?」
訝しげな表情をするアマノ船長だが、どこか嬉しそう。
パールとの会話を、心底楽しんで居る様子。
『君は非常にユニークな存在だと言う事さ。このままそこで、引きこもりをさせて置くのは、勿体ない程度にはね』
「ふぅ……相変わらず、人を説得するのが下手ですね、ドクターは」
『仕方が無いだろう。人と接する事自体、余り無かったのだから』
「そんなだから友達も出来ない、ヒキコモリ科学者なんですよ?」
『今の君に言われたくは無いね。それに上辺だけの友達なんて要らないのさ。今の僕には、かけがえの無い友人が居る。
勿論、君もその一人だ。
君の身体は用意した。戻って来い、アマノ君』
「……」
暫くの沈黙の後、観念したかの様に口を開くアマノ船長。
「……そこまで言われて、ノーと言える程私は図太く有りません。分かりました、行きますよ。でも、上手くいかなくても私のせいにしないで下さいね」
『助手に責任を負わせる程、落ちぶれてはいないつもりだよ』
良かった、やっと話が前に進んだ。
きっと私だけでは、アマノ船長を説得出来なかった。
さすがパールと言ったところか。
「で、どうすれば良いんです?」
『なに、難しい事は無い。サファイア君が装備しているストレージバックに入ってくれればそれで良い』
「え〜と?」
「ん」
私は左の太腿に装備している、ストレージバックの口を開け指差す。
「……だいぶん小さい様ですが、大丈夫ですか?」
『見た目程中は小さくない。問題無く全てのデータが収まるよ』
「いえ、入口が小さくて、そもそも入れるかな? と。ドクターならまだしも……」
『僕だってそこまで小さくない! 何だ君は。僕に喧嘩を売っているのか!?』
「やだな〜冗談ですよ」
パールに向かって、よりにもよって身体に関する冗談を言うとは……
それでも、パール自身本気で怒っている風には聞こえない。
地球にいた頃も、こうやって冗談を言い合ったのだろう。
「ところでアマノ船長」
「何かな?」
私は、ずっと疑問に思っていた事を確認する事にした。
「ネオジパングの執政を執り行っていたのは、アマノ船長では無いんですか?」
「ああ、私はずっとこの部屋で外の様子を見ていただけだよ。シティーの代表、アマテラスを演じていたのは黒瑪瑙だ」
「では……」
「本当なら私の記憶を使って、後継者を育てて欲しかったんだけど、まさか黒瑪瑙がアマテラスになるとはね。しかも、自分の中にもう一つの人格を作り出してまでだ。
余りにも長くアマテラスを演じたせいで、黒瑪瑙自身、どちらが本当の自分なのか分からなくてなっているんじゃ無いかな?」
「つまり、黒瑪瑙の中には、黒瑪瑙の人格、アマテラスとしての人格、そしてアマノ船長の人格と、三人分の人格が存在すると言う事?」
「私は紛い物で有って、正確に言えば人格では無いが、まあそんなところだね」
自ら二人分の別人格を作り出す。そんな事が私達に出来るとは思いもしなかった。
それ程、アマノ船長に対する黒瑪瑙の思いが、強いと言うことなのかな……
『どおりでね』
「パールは気が付いてたの?」
『ああ、アマノ君とアマテラスの性格は、かけ離れていたからね。
アマノ君は、あんな清楚可憐じゃ無いよ』
「失礼ですね〜ドクターは。演じてた可能性も有るじゃないですか」
『人の性格は、そんな簡単に覆い隠せるものじゃ無いからね。あれは多分、黒瑪瑙が考える理想のアマテラス、いやアマノ君なのでは?』
「……そうかも知れませんね〜私はこんなんですから、随分黒瑪瑙にも怒られましたよ」
自分の事を指差し、自嘲気味に笑うアマノ船長。
どうやら、だらしない格好という自覚は有ったらしい……
✳︎
『ウィルスの構成を解析……完了』
『ワクチン生成……完了』
『ワクチン投与によるウィルス除去……完了』
『制御プログラム再起動プロセス実行……完了』
『義体との接続……完了』
『義体診断開始……エラー検知。義体各部に信号断裂を確認』
侵入者との戦闘中に送り込まれた、ウィルス除去がやっと終わった。
義体の制御を切り離す厄介かつ、複雑なウィルスだったけど、意識を閉ざし大半のリソースをワクチン生成に回したおかげで、比較的短時間で除去出来た。けど……
義体の運動伝達系に、物理的断裂が有る。
ウィルス除去出来たと言うのに、身体を動かす事が出来ないとは。
義体の損壊を最小限に留めつつ、効果的な箇所を弄られたみたい。義体の構造を知り尽くしている。
あの女科学者の仕業ね、さすが私達の設計者と言ったところか。
更に、私の中に侵入者が居る。
自動防衛用アンチウィルスの、稼働ログを確認してみると、全て破壊されているのが分かった。
侵入者は手強い……直接行って叩くしか無さそうね。
私は、自分の中に有る仮想空間へダイブする。
私のテルミを誰にも奪わせない!
✳︎
『サファイア君、悪い知らせだ。黒瑪瑙が覚醒した。幸い義体の伝達系に細工して、動けない状態にしてあるので、こちらは平気だが……』
「来るんですね? 黒瑪瑙が」
『ああ、そこは彼女のテリトリーだ。どんな攻撃をしてくるか見当も付かない。油断するなよ』
「了解」
その刹那、頭上から降り注ぐ強烈な殺意を、私は確かに感じ取った。
天井を見上げる。
何も無い、いや何かが最短距離で近づいて来る。
私に対して一直線に、途中に有る筈の障害物など、お構い無しにだ。
天井の一部がブロックノイズでも掛かったかの様なモザイク状になったと思うと、次の瞬間粉々に砕け散り、怒気を孕んだ黒い塊が姿を現す。
私の頭上目掛け落下して来る黒い塊を、後ろに飛び退きギリギリ回避には成功したが、ヴォン……と言う音と共に眼前を通過する眩い光が、慣性に負けた髪の毛の先端を切り裂き、光の粒子に変えた。
黒い塊は、私とアマノ船長の間に降り立ち、ヴヴヴ……と、不気味な音を立てる光剣の先を私に向ける。
黒い髪に、黒いボディースーツ。私と同じ顔だが白目の部分は黒く染まり、怒りのせいか瞳だけが赤く輝いていた。
「黒瑪瑙……」
「テルミは誰にも渡さない!」
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