最終話 ルビーとシルバリオ(中編)

 馬車の陰にアタシを残し、狙撃して来た奴を探しに行ったシルバリオが戻って来た。


 彼が居ない間に、ジェムもアタシと同じ場所に引っ張り込んで容態を見たけど、手足が拘束されてるのと、何発か殴られた程度で命に別状は無さそうだった。


 今は拘束を解き、寝かせて有る。目が覚めれば自分の足で歩けるだろう。


「お帰り、どうだった?」


「ほれ」


 ピンッと、指で弾いた何かがアタシの手の中に落ちる。


「薬莢……」


「狙撃場所にそいつだけが残されてた。ドン・マニエロの手下じゃ無かったんだろうよ。クライアントが死んだんでサッサと逃げちまった様だ」


 金で雇われた用心棒って訳かい。


 しかし……


「50口径……良く止めてくれたもんだよ。今度ネオジパングに行ったら、礼を言っとかないと」


 貫通しない上に、衝撃も逃す作りらしい。


 そうで無ければ、いくら弾を止めたとしても内臓が耐えられないだろうね。骨の何本かと、痣は出来たけど、それで済んだのだから驚かされる。


 全く、あそこの技術力はどうなってるんだか……


 まあ、街全体がロステクの塊みたいな所だからね〜


「さて、俺の身体もそろそろ限界だ。家に帰ろうぜ」


 そう言うとシルバリオは、未だに目を覚さないジェムの左腕を取り、自分の肩に描ける。


 アタシは反対側で同じようにして、ジェムの身体を支えた。


「すまんな」


「肩くらい貸すさ。ところでコイツらの死体はどうすんのさ?」


 二人でジェムを支えながら歩き出し、畑に転がるドン・マニエロの手下を顎でしゃくりながら、何となく聞いてみた。


「夜が明けたら保安官事務所に行ってくる。賞金の掛かってる奴なら引き取って貰えるだろう。そうじゃ無いやつは街の共同墓地行きだな」


「わざわざ弔ってやるのかい?」


 アタシなら、砂漠に捨てて来るけどね。と言う言葉は飲み込んだが、自分を襲って来た奴等など弔ってやる義理は無い。


「このまま置いときゃ、畑仕事の邪魔になる。肥料にするにもデカすぎるしな。いや、細かく砕けばいけるか?」


 と、冗談とも本気ともつかない言葉を口にするが、表情を見るに彼流の冗談なのだろう。


「それと、マニエロの野郎が持ってたロステク武器だが、アレはお前の方で処分しといてくれ」


「良いのかい? 一式揃った完動品だよ、売れば結構な額になるってのに」


「俺はお前さん程、そっち方面に詳しく無いんでな。精々悪用されない所で処分してくれ」


 確かにね……高くは売れるだろうけど、悪人の手に渡るって事も十分考えられる。


 かと言って、アタシは使う気にならない。


 あんなデカい物、旅の邪魔にしかならないからね〜


「……分かったよ」


「すまねーな。……やっぱりお前さんに任せてえんだが、考え直さないか?」


「しつこいね、それなら断ったはずだよ」


 孤児院……か。


 日が暮れるまで子供達と畑を耕し、サファイアやパールと一緒に慎ましく暮らす。


 そんな、何の刺激も無い生活、それはそれで悪く無いのかもね……


「まあ、アンタの最後位、看取ってやっても良いけどね」


「さすが俺が見込んだ女だ」


 シルバリオが居なくなるまで側に居よう。もしかしたら、その間に心変わりしないとも言い切れない。


 孤児院の窓から、子供達が手を振っているのが見える。


 シルバリオもそれに応え、片手を上げた。


「うぅ……」


 アタシとシルバリオの間で、ジェムが呻きを漏らす。どうやら気が付いたみたいだね。


「と、父さん……ごめん、俺……」


 自分の状況に気が付いたジェムが、シルバリオに謝ろうとするも、


「良いんだ、気にするな。子供を守るのが親の勤めだ」


「でも、俺がもっとしっかりしてれば、父さんやルビーさんに迷惑を掛けなかったのに……」


「ガキが自惚れるなよ。お前さん一人の力で、あの悪党共を何とか出来た訳無いだろうが」


 シルバリオはジェムの言葉を、切って捨てる。


 自らの無力さに打ちのめされたジェムは、泣くとも怒るとも付かない、そんな顔でただただ俯く。


「ほら、そんな顔で皆んなの所に帰るつもりか? しっかりしろ! 長男坊」


 シルバリオは自分のハットを手に取ると、ジェムの顔が隠れるよう目深に被せる。


「俺が生きている間はもっと頼れ。親らしい事が出来る時間は、短いんだからよ」


 コクリと頷いた拍子にジェムの顔から数滴、雫がこぼれ落ち、乾いた大地に吸い込まれて行った。


「分かったなら自分の足で歩け。俺もアリシアもガタガタなんだからよ」


 シルバリオの言葉、しかしジェムは身体を離さず、シルバリオの腕を取り肩に掛ける。


「俺が父さんを支えます。父さんも、もっと俺を信用して下さい」


 一瞬驚いた顔をしたシルバリオだったが、相好を崩しジェムの頭にポンっと手を置く。


「ガキだと思ってたのに、言うようになったじゃねーか」


 アタシはそっとジェムから身体を離し、親子二人の語らいを、背後から眺める。


 ようやく顔を上げたジェムは、シルバリオの目をしっかりと見据え、


「父さんの息子だからね」


 と、誇らしげな表情で言い放った。


 孤児院のドアが開き、子供達とサファイア、そしてパールが笑顔で出迎えてくれる。


 帰る所が有るってのも、悪くない……ね。


 パン!


 和やかな空気の中に、相応しくない乾いた音が轟く。


 ゆっくりと、まるでスローモーションの様に、目の前で崩れ落ちるシルバリオの身体。


 突然起きた光景に、その場に居る誰もが何が起きたか理解できずに居た。


「へ、へへ……やった。俺が伝説の男を倒してやったぜ」


 声の主は、最初に室内からのショットガンで撃たれた奴だった。


 アタシはソイツに、シックススターが空になるまで撃ち込み、今度こそ息の根を止める。


「シルバリオ!」


 彼の元に駆け寄り、傷を確認する。


 弾丸は背中から入り、胸から抜けていた。


 傷口からは絶え間無く血が溢れ、地面に血溜まりを作っていく。


 首のスカーフを外し傷口を強く押さえるが、一向に止まる気配は無く、ただ手を赤く染めるだけ。


 どう見ても致命傷なのは、誰の目にも明らかだった。


「ククッ、そうか奴は死んで無かったのか。つまりあの子達は誰も殺して無いって訳だ」


「しっかりしな! あんた無敵の男なんだろ! なんだい、これしきの傷……」


「アリシア……すまねえ……」


 シルバリオが弱々しく声を発する。


「喋んじゃ無い。今医者を連れて来るから」


「聞いてくれて。俺は昔、アイツらに雇われた事が有る。街の銀行を襲い、追っ手を始末するのが俺の仕事だった……」


 アイツらって……ブラッドフットブラザーズの事かい?


「あの頃の俺は自分の力を誇示する為に、どんな仕事でも受けた。悪党の片場を担ぐなんざ日常茶飯事よ」


 ゴホっと咽せると、口の端から赤黒い血が滴り落ちる。


「もう良い、話さなくて良いから……」


「……でよ、粗方片付いた後、落ち合う手筈だった町外れの農場に向かった。そこでお前を見つけたって訳だ」


 なっ! じゃあアタシの家族を奪ったのは……


「俺がもう少し早く着いてりゃ、お前の家族も救えたかもしれねぇ……すまなかった」


「もしかして、アンタが怪我した理由って……」


「ああ、お前の家族をやった奴らは、俺が見つけ出して殺した。その後下手打って報復されちまったがな」


「何でそんなバカな事を……」


 シルバリオが、アタシの頬に手を添え優しい笑みを浮かべる。


「情が移っちまった……いや、お前に惚れちまったからかもな。そして、それまでの自分にケジメを付ける為だ」


「アタシだってアンタの事を……」


 頬に添えられた彼に手を、強く握り返す。


「気が付いてたさ、だから余計にな。

 ジェム……こっちに。何惚けてやがる、しっかりしろ」


 その言葉で我に帰ったジェムは、彼の側に駆け寄り、跪く。


「父さん……」


 ジェムの口から言葉は綴られない、彼の目からもシルバリオが助からない事は分かるのだろう。


 だから余計な事は言わず、じっと父の言葉を待つ。


「これからは、お前がこの孤児院と兄弟達を守るんだ。これは、一人前と認めた証だ。お前が受け継げ」


 シルバリオは愛銃シルバータンゴを持ち上げ、ジェムに手渡す。


 シルバータンゴを胸の前で強く抱きしめ、ただ一度、強く頷いて見せるその顔は、すっかり男の顔になっていた。


 それを、満足そうに見つめ返すシルバリオ。


 ようやく動ける様になった他の子供達も、彼の周りに集まり涙ながらに見守っている。


「へへ……こんな沢山の息子や娘達に見送られるなんざ、俺の人生も捨てたもんじゃ無かったぜ、じゃあなジェム、アリシア……」


 力が抜け、アタシの手から滑り落ちそうになる彼の手を、強く握り直す。


「……アタシはルビーだよ……」


 最期に笑顔で旅立った彼は、本当に幸せそうに見え、それだけが皆の唯一の救いとなった……

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